2024年12月10日 (火)

寺島靖国氏の看板アルバム 「Jazz Bar 2024」

今回もピアノ・トリオのオンパレード

<Jazz>

Yasukuni Terashima Presents  「Jazz Bar 2024」
TERASHIMA RECORDS / JPN / TYR-1129 / 2024

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Terashima2w  毎年の年末行事と化しているTERASHIMA RECORDSからの13曲入りの「Jazz Bar 2024 」がリリースされた。ジャズ愛好家は誰も知っている寺島靖国氏(→)の選曲するところのオムニバス・アルバムだ。彼に関しては、近年日本のジャズ界では、取り敢えずジャズ喫茶オーナー、評論家としてスタートしたといってもよい彼が、今や1938年生まれと言う86歳と言う高齢でありながら、オーディオ界、ジャズ関係書籍出版界、レコード出版界、音楽評論家界などにて破竹の勢いである。そして自己のレーベル「寺島レコード」を2007年に発足させ、彼なりきの感覚でジャズ系のレコード(CD、LP)をリリースしている。
 そしてそのリリース・アルバムの骨格はこの「Jazz Bar」シリーズといってよい。これは彼のレーベル発足前の2001年に初版がdiskUnionの力を借りてリリースした。それ以来24年、毎年の1巻リリースで経過で24巻、なんと十二支を二周したことになる。こうなると恐るべき延命のオムニバス・アルバムである。そして我がCD棚をみると2001から2024まで全て欠けるもの無く並んでいるという私も好き者なのである。彼のジャズ系のオムニバス・アルバムは、これに留まらず「For Jazz Audio Fans Only」16巻、「For Jazz Vocal Fans Only」7巻「For Jazz Ballad Fans Only」5巻「For Jazz Drums Fans Only」2巻と、合わせて54巻既にリリースしているのである。

 そして話は「Jazz Bar」に戻すと、主たる内容は世界各地のピアノ・トリオものが圧倒的に多い。その点は私の好みにピッタリであり、又どちらかと言うとヨーロッパ系が多いのもクラシックやトラッドの流れの因子の強いところに寄っていて、その点も私は大賛成なのである。ただ2001年の第1巻からしばらくは、まだその他のシリーズがスタートしていないのでヴォーカルものも入っている。

71woj1mmfhl_acw  スタートの2001年版(→)では、彼はオムニバスであることに面白いことを言っている「個人色は強く出す。社会一般のことなど考慮せず、とにかく好きなものをかき集める。そして虫眼鏡でのぞき、ふるいにかけ、あたかもマッケンジー河から砂金を取り出すごとく抽出してCDに収めるのである」と、そして「一曲一曲は砂金である。ゴールドである。・・・・以上のような性格が帯びたとき、はじめて普通一般のCDを飛び越えることがありうるのである」と。なかなか面白いではないかと、私もそれにお付き合いして24年、今年も巡り合えたことを喜んでいるのである。

 そもそも、私にとって新発見の好物が一番の目的であった。ここにすばらしさを知った曲のアルバムを入手したという事は、数えきれないぐらいあって、感謝してきたのである。さて、今年はどうであったであろうか・・・・・

(Tracklist)

1.Nightfall / Diego Imbert, Enrico Pieranunzi, Andre Ceccarelli
2.Den Vilsna Tomten / Tingvall Trio
3.Home / Joonas Haavisto
4.Solveigs Sang/ Henrik Gunde, Jesper Bodilsen & Morten Lund
5.Neena / Michel Bisceglia Trio
6.Grateful / Soren Bebe Trio
7.Room 93 / Marc Martin Trio
8.Overnight / Marco Frattini
9.Kansas Skies / Walter Lang Trio
10.Elle / Colin Vallon Trio
11.Deep Blue / Colin Stranahan, Glenn Zaleski, Rick Rosato
12.Valsa Para Julieta / Alexandre Vianna Trio
13.Au fil et a mesure / Dominique Fillon Augmented Trio

  以上の13曲、それぞれ異なったミュージシャンのリリースされたアルバムからの選曲であったが、近年は少々古いものも入ることも多くなった。とにかく、Audio的に注目のもの、Balladもの、Vocalものなどは、それらのシリーズが並行して動いていることや、ここ2000年以降、コロナ禍でアルバム作成が低調であったこと、又アルバム作成がCDとしてリリースしないことも増えてきたことなど、彼にとってもこのところは選曲対象が減少しているのではないかと推測するのである。
 そんなことなどで、なんと今回の13曲中7曲という半分以上が、実は私の持っているアルバムからの曲であった。最も趣向が似ているのであるからあり得ることであろうが、新発見を目的にしている私にとっては、ちょっと空しかったのである。

  当然注目曲は、おなじみのTingvall Trio (M2.), Joonas Haavisto (M3.), Michel Bisceglia (M5.), Soren Bebe Trio (M6.), Colin Vallon  Trio (M10.)のこの流れの常連ですね。私は既に聴いているものであって、寺島氏と共通であることを実感した。今回はそれが非常に多かったところだ。これらは当然、美旋律、哀愁などの世界でお勧めアルバムである。

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 さて、私がこのアルバムで新たに注目できたのは、まずスペインのMarc Martin Troの陰影感の曲(M7."Room 93" from 「Roaming」(2017, 上左))、イタリアのドラマーのトリオの Marco Frattiniの静の世界(M8."Overnight" from 「Empty Music」(2022,上中央))、 フランスのDominique Fillon Augmented Trio の聴くほどに味の出る曲(M13."Au fil et a mesure" from 「Awiting Ship」(2021,上右) ) 等であった。これらのアルバムはまずはサブスク・ストリーミングで既に試聴はしているが、更にアプローチしてみたいと思ったところだ。
 今年のニューアルバムからは、ここでも既に私は取り上げた寺島氏自身のレーベルのアルバムHenrik Gunde Trio『MOODS』(TYR-1127)のみであった。毎年のことではあるが年の締めくくりにふさわしい寺島靖国氏の『Jazz Bar 2024』を取り上げてみた。

(評価)
□ 選曲 : 90/100
□   録音 :   87/100 (全体的に)

(試聴) Marc Martin trio "ROOM93"

 

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2024年12月 5日 (木)

ジョン・バティステ Jon Batiste 「BEETHOVEN BLUES」

異色のベートーヴェンとアメリカン・ブルースの融合

<Jazz, Classic>

Jon Batiste 「BEETHOVEN BLUES」
Verve / International Version / UCCV-1209 /2024

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Jon Batiste : piano

Ab67616d0000b2737873w 「ベートーヴェンが唯一無二の存在だからだ。僕にとって、長年子供の頃から演奏してきた音楽と学んできた音楽との間につながりを築くことが、音楽の旅そのものだった。音楽は修練の道だ。ベートーヴェンの作品には、様々な音楽的方向性や含蓄が詰まってる。リズム的には驚くほどアフリカ的なアプローチが見られる部分もあって、そこから導き出せるものには、他のどんな偉大な作曲家にもない独特なものがあるんだ」
・・・と言うのは、今や泣く子も黙る勢いのある魔法の指先を持つと言われるジョン・バティステ(1986年11月11日 ニューオルリンズ生まれ →)だが、グラミー賞5冠に輝く才能発揮してのクラシックの名曲、ベートーヴェンをジャジーに演じ上げたピアノ・ソロ・アルバムの登場だ。

 ジャズ・ピアニストがベートーヴェンを取り上げたのは、あの「プレイ・バッハ」のジャク・ルーシェが2003年に交響曲第7番をテーマにトリオ演奏収録したのを思い出すが、バッハを演じ始めた若き時と異なって、人生達観した男の描くところであり、聴く方もちょっとそれなりの味を感じ取れた。
 そしてこのアルバムではバティステは若き勢いの上昇中において取り上げたベートーヴェンとの対話であり、それが又別の意味で興味が湧くところだ。内容は、11曲が収録されているがベートーヴェンの代表作のアレンジが主で、バティステ自身の新曲は3曲という構成である。
 
 ジョン・バティステ(Jonathan Michael "Jon" Batiste)は、幼少時から音楽に囲まれ育つ。8歳の時よりパーカッション、11歳でピアノと接し、10代からインターネット上で音楽をリリースし、弱冠17歳でインディーズから“Times in New Orlean”を発表。その後、ジュリアード音楽院でピアノの学士号・修士号を取得し、メジャー・デビュー作『ハリウッド・アフリカンズ』を発表、収録曲の"セント・ ジェームス病院"が2019年のグラミー賞最優秀アメリカン・ルーツ・パフォーマンス賞にノミネートされ、トップ・アーティストとして評価を得る。現在は彼がリーダーのバンド「ステイ・ヒューマン」で活躍、また、ジャズの本場NYにあるナショナル・ジャズ・ミュージアム・ハーレムではクリエイティヴ・ディレクターを務め、音楽ディレクターとしても高い評価を得ている。2020年の映画『ソウルフル・ワールド』でアカデミー賞、ゴールデングローブ賞で作曲賞を受賞し、2022年第64回グラミー賞では、史上3位となる11部門にノミネートされ、アルバム『ウィー・アー』、『ソウルフル・ワールド』で「アルバム・オブ・ザ・イヤー」を含む最多5部門を受賞した。

(Tracklist)
01.エリーゼのために - バティステ Fur Elise - Batiste
02.交響曲第5番-ストンプ Symphony No. 5 Stomp
03.月光ソナタ-ブルース Moonlight Sonata Blues
04.ダスクライト・ムーヴメント Dusklight Movement※
05.交響曲第7番-エレジー 7th Symphony Elegy
06.アメリカン・シンフォニーのテーマ American Symphony Theme※
07.歓喜の歌 Ode to Joyful
08.交響曲第5番-イン・コンゴ・スクウェア 5th Symphony in Congo Square
09.ヴァルトシュタイン-ウォブル Waldstein Wobble
10.ライフ・オブ・ルートヴィヒ Life of Ludwig※
11.エリーゼのために - レヴェリー Fur Elise-Reverie

 
Mv5bzjm4y2jkotmtowe5w   バティステが次のように言っている「コンセプトは……言ってみれば、ベートーヴェンの音楽に、この僕の発想から生まれる音楽的および文化的レファレンス、時には新たなテーマやセクションすら加えて、より拡張された音楽にするということだね」。
 やはり単なるクラシック音楽の名曲カバー集ではない。ジョン・バティステらしい意図があって作られたものだということが解る。タイトルに『Beethoven Blues』と名付けているようにM01.M11.「エリーゼのために」M02."Symphony No.5"「運命」からなんとアメリカのブラック・ミュージックの要素が聴こえてくるという極めて異様なアルバムだ。しかし原曲のメロディーはちゃんと生かしていてそこが聴かせどころだと思われる。

 彼が言うには、「アフリカから離散した者達が生み出したアメリカン・ブルースのリズムは、二つの異なる拍子を同時に用いるという考えに基づいている。例えば、1-2、1-2の2拍子と、1-2-3-4-5-6、1-2-3-4-5-6の6拍子が同時に存在し、演奏される。この世界で最初のリズムとも呼べる、西アフリカの離散者から生まれたドラムサークルの音こそ、ベートーヴェンの音楽に色濃く表れ、彼が欧州クラシック音楽に新しいリズムの考え方を取り入れた一例だ。ベートーヴェンが革新的だったのはハーモニーやメロディだけじゃない。リズムに関してもそうなんだ。同時に複数の拍子が用いられるというのは、アフリカのディアスポラの概念の継承と言えるものなんだよ」
 こんな彼の話を頭に置いて聴くと、M03."月光ソナタ"M09"Waldstein"など、美しさの中に彼の編曲がちょっと異様なのも、なんとなくそんなアフリカの音楽との関係がそれぞれのテーマに出ているのだ。そしてそこで成程と理解まではゆかなくとも、そうゆうところなのかと面白く聴ける。
 とにかく彼は"エリーゼのために"への思い入れが凄い。なんとM11."Fur Elise-Reverie"は15分を超える演奏になっている。この一曲だけでも聴く価値がある。いずれにしても、そんなところに注目して、これから何回かと聴いてみてのお楽しみといった奥深さがあるところなのだ。そして彼は更にベートーヴェンの第2弾とかショパンを考えているとの話もある。

□ 選曲・編曲・演奏  88/100
□ 録音        88/100
(試聴) "Fur Elise (エリーゼのために)"

 

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2024年11月30日 (土)

エミル・ヴィクリッキー Emil Viklicky Trio 「Moravian Rhapsody」

哀愁描写の美旋律ピアノがジャズのダイナミックな世界に展開

<Jazz>

Emil Viklicky Trio 「Moravian Rhapsody」
Vinus Records / JPN / VHGD10014 / 2024

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Emil Viklicky エミール・ヴィクリッキー (piano)
Petr Dvorsky ペトル・ドヴォルスキー (double bass)
Jirka Stivin Jr. ジルカ・スティヴィン (drums)
2024年4月4日,5日チェコ-プラハ録音

Emil_viklickyw  チェコのジャズピアニストの第一人者、エミル・ヴィクリッキーのヴィーナスレコードの第4弾。モラヴィア(チェコの東部地方)のフォークソングを題材に、ジャズピアノの深淵に挑戦するのピアノ・トリオとしてのピアニズムに注目だ

 Emil Viklickýは、1948年11月23日にチェコスロバキアのオロモウツで生まれたジャズ・ピアニスト兼作曲家だ。彼の作品はジャズ、クラシック音楽、チェコの民謡(モラヴィア民謡のメロディーや音楽的な特性を現代ジャズに)を融合させた独特のスタイルで知られている。
 彼は1971年にパラツキー大学で数学の学位を取得し、その後クラシック音楽の訓練を受けた後ジャズピアノに専念した。1974年にはチェコスロバキア・アマチュア・ジャズ・フェスティバルで最優秀ソリスト賞を受賞し、1977年にはバークリー音楽大学で作曲とアレンジメントを学ぶ奨学金を得て留学。
 その後、数多くの国際的なアンサンブルで演奏し、特にジャズ・ピアニストの評価は高いが、クラシック音楽の作曲やオーケストラとの共演もあり、一方映画音楽やテレビシリーズのスコアも手掛けてきた。彼の音楽のメインは、ジャズの表現とモラヴィア民謡の魂の深さを融合させたものと言われ、ヨーロッパの主力ピアニスト兼作曲家として評価されている。

(Tracklist)

01. 黒と黄色の冒険 Adventure In Black And Yellow (Emil Viklicky) 6:24
02. プレスブルグ,ドナウ川のそばで By Donau, At Presburg (Moravian Folk arr. Emil Viklicky) 6:38
03. モミの木の上で Up On A Fir Tree (Emil Viklicky) 6:28
04. ホワット・イズ・ゼア・トゥ・セイ What Is There To Say (Vernon Duke) 6:28
05. ムーン・スリーピング・イン・ザ・クレイドル Moon Sleeping In The Cradle (Emil Viklicky) 5:36
06. グレイ・ピジョン Grey Pigeon (Moravian Folk arr. Emil Viklicky) 6:30
07. トイズ Toys (Herbie Hancock) 7:52
08. シンフォニエッタ・クラリネット・テーマ Clarinet Theme Sinfonietta (Janacek arr. Emil Viklicky) 6:47
09. チャンズ・ソング Chan's Song (Herbie Hancock) 4:49
10. 愛の終わり Perished Of Love (Moravian Folk arr. Emil Viklicky) 4:00
11. ヤンコが徴兵された時 When Janko Was Drafted (Emil Viklicky) 7:21
12. 玉川ブルース Tamagawa Blues (Emil Viklicky) 6:22


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 M01."Adventure In Black And Yellow" スタートは、彼自身の曲で、想像と別の驚きの力強い攻撃的なトリオ・アクションでドラムスの爆発が印象的で圧巻。
 M02."By Donau, At Presburg" がらっと変わって、このアルバムのテーマのモラヴィア・フォークの登場。冒頭からのピアノはヨーロピアンらしい耽美性や浪漫溢れる哀愁描写を聴かせ、中盤では親しみやすい躍動型メロディック・プレイを綴る。後半のベース・ソロも物語調で、続くピアノの旋律とのバランスも見事。
 このフォークは他に2曲登場して、M06." Grey Pigeon "は、これは描くは鳩なのか、 平和感のあるジャズ・アレンジ。M10."Perished Of Love"は、いかにも優しい曲に演じ上げる。
 M03." Up On A Fir Tree " これも彼の曲で、更に美的センスが深まってゆく、流麗にして抒情的なピアノが流れ、その後次第に快調なアドリブに変化し、やはりベースとの共演が快感。
 M04." What Is There To Say "、M05."Moon Sleeping In The Cradle" ピアノのメロディー演奏がいっそう美しく。
 60年代に彼はハービー・ハンコックのファンとなり、ここでもM07." Toys"M09."Chan's Song"の2曲を取り上げ演ずる。
 M08."Clarinet Theme Sinfonietta " ヤナチェクの曲、ドラマティックな展開。
 M11."When Janko Was Drafted" 学生時代に書いた曲、どこか空想的な世界に。
 M12."Tamagawa Blues " トリオ演奏を楽しむがごとき三者の躍動感あるブルース。

 なかなか硬質でありながら、抒情性豊かな哀愁描写のピアノの音に痺れる。一方ダイナミックなアグレッシヴな重厚ハードボイルド・アクションもあって、さすが百戦錬磨のピアニストの味がたっぷりと感じ取れる。ヨーロピアンらしい哀愁描写の中に、意外と親しみやすい旋律のエキゾティック・フォーク風情の世界にも浸れてなかなか中身の濃いアルバムであつた。

(評価)
□ 曲・演奏 :   90/100
□   録音   :   88/100

(試聴)

"By Donau, At Presburg"

 

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2024年11月25日 (月)

ヨーナス・ハーヴィストJoonas Haavisto 「INNER INVERSIONS」

叙情性溢れるバッハ楽曲やバッハにインスピレーションを得た自己のオリジナル曲を展開

<Jazz>

Joonas Haavisto 「INNER INVERSIONS」
BLUE GLEAM / JPN / BG015 / 2024

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Joonas Haavisto : Piano

Recorded June 1-4,1-4,2024 at Steinway Piano Gallery, Helsinki, Finland
Recorded by Abdissa Assefa and Joonas Haavisto

  北欧フィンランドの注目のジャズピアニスト、ヨーナス・ハーヴィストの約15年のキャリアで初となるソロ作品(日本レーベルBLUE GREEMとしては第4弾となる)。既に過去の作品はここで取り上げてきたが、彼の叙情的に描く美しいピアノには定評があって、しかもそれに留まらず硬質にして透明感あるダイナミズムに圧倒される。そして日本と馴染の深い人気ピアニストだ。

1008763622  今年の彼のアルバムには、これも異色の『MOON BRIDGE』(EIRD8008 →)があるが、これはケスタティス・ヴァイギニス(リトアニア出身のサックス奏者)との作品で、ピアノとサックスのデュオ作品で、日本庭園でみられる円月橋にインスパイアされたという。水面にその姿が反射するように配置されアーチと水面に映った影で形成された円は、満月を象徴していることからデュオの「共生」、国と国との「繋がり」、平和を築き橋を架けるとする彼らの想いが込められているアルバムだ。
 
 彼は、今までは主としてピアノ・トリオ作品であったが、今回のこちらのこのアルバムは、おそらく満を持してのピアノ・ソロものと推測する。そして内容は彼に大いに影響をもたらしているJ.S.バッハがテーマになっている。タイトルも"INNER VERSION = 内部反転"という意味深なところにあって、どうも自己の内面に迫り、相対する側面を見つけるという感覚のようだ。単なるクラシックもののジャズ化ではないところは明白で、彼の描きたいところに興味を持ちつつ聴くことになったアルバム。

Imagesw_20241122221701  ヨーナス・ハーヴィストJoonas Haavistoは、1982年生まれ42歳。7歳の時に故郷コッコラの音楽院で音楽の勉強を始め、クラシックのコントラバスを演奏し、16歳でジャズピアノのレッスンを受けた。高校を卒業し、兵役を終えた後、2002年世界有数の音楽大学であるヘルシンキ芸術大学(旧シベリウス音楽院)に入学した。2004年秋、フィンランドのトップビッグバンド、UMOジャズオーケストラでデビューし、更に2005年、マイアミ大学フロスト音楽院に留学。2006年自身のカルテット「アピラス」が名誉ある「ヤング・ノルディック・コメッツ」で最優秀賞を受賞。2010年アルバム『BLUE WATERS』(ZENCD2130)リリース。2012年2nd作『Micro to Macro』(BLUE GLEAM)で日本デビュー。2017年世界トップのピアノメーカー、スタインウェイ&サンズ社(米国)より、スタインウェイ・アーティストとして承認される。2022年USAツアーで、ジャズクラブの最高峰「BLUE NOTE NEW YORK」に出演。キース・ジャレット、チック・コリア等に影響を受けた。卓越したイマジネーションとハーモニーセンスを持つ北欧屈指のジャズピアニスト。

(Tracklist)
1. Paraphrase on Bach's Fugue in C Minor
2. Kuer Changes
3. With Me
4. Jesu, Joy of Man's Desiring, BWV 147
5. Paraphrase on Bach's Prelude in C Major
6. Paraphrase on Bach's Fugue in C Major
7. Sleepers Awake, BWV 140
8. Prelude for B.G.
9. Inner Inversions
10. Waltz for Debby (Bonus Track)

 全編、ハーヴィストにとって最も重要な意味をなす、つまり彼の内面に大きな影響をもたらしているJ.S.バッハをテーマにした曲による構成がまさに美しい。登場する10曲は、バッハの名曲「平均律クラヴィーア曲集第1巻」からインスピレーションを得てイメージして彼が作り上げた曲(Paraphrase=M1,5,6)と、バッハの曲を彼の感覚で編曲したもの(M4,7)、更にバッハの手法を模倣し彼自身が作曲した曲(M2,3,8,9)の3つ分かれる。そして最後には、ビル・エヴァンスがバッハの影響を受けて作曲し演じた人気曲"Waltz for Debby"が登場する。

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 冒頭のM1."Paraphrase on Bach's Fugue in C Minor"から美旋律が流れてくる。この曲は平均律第1巻第2曲のフーガをイメージしての彼なりの構築が見事。M6."Paraphrase on Bach's Fugue in C Major"のParaphrase(表現しなおす)も優しさがあふれている。
 そしてバッハの演奏を試みたのは、M4."Jesu, Joy of Man's Desiring, BWV 147"M7."Sleepers Awake, BWV 140"で、両者原曲旋律を演じつつ即興を交えるも、かなり曲そのものの美しさは出来るだけ残してかなり素直に演じていて聴きやすい。
 問題のM9." Inner Inversions"は、ジャズとクラシックを境界なく融合して、優美さを描いた技に彼の本気を見た思いだ。
 日本向けサービスのエヴァンスのM10."Waltz for Debby "は、ちょっとさわりといった程度でどっぷり浸かれなかったのが残念。

 近年のBrad Mehldauのバッハへの迫り方のジャズとしての奥深さ、複雑性と若干異なっていて、ハーヴィストの場合、北欧的美学が根底にあって、アルバムとしての聴き方には、私自身が北欧系に惹かれる因子があるだけに、このハーヴィストのほうにピアノのリリカルな美が感じ取れて聴きやすかった。従って、その違いをどう受け入れるかは聴く者の個性によるところで良いのではないかと思うのである。
 なお2024年11月30日から6年振り5度目の来日公演「JOONAS HAAVISTO JAPAN TOUR 2024」がスタート。本作「Inner Inversions」ライヴパフォーマンスを披露する。

(評価)
□ 曲・演奏  90/100
□ 録音    87/100

(試聴)

 

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2024年11月20日 (水)

コリン・ヴァロン Colin Vallon 「Samares」

独特のリズム感と空気感により表現主義的センスが生きている

<Jazz>

Colin Vallon 「Samares」
ECM / Internatinal Version / 6593279 / 2024

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Colin Vallon(piano)
Patrice Moret(double-bass)
Julian Sartorius(drums)

2023年6月,7月 Auditorio Stelio Molo RSI,Lugano 録音

Engineer:Stefano Amerio
Produced by Manfred Eicher

Ab6761610000e5eb2998d02393cw  久しぶりですね、スイス人ピアニストのコリン・ヴァロンのニュー・アルバムだ。前作がなんと2017年の『Danse』ですから7年ぶりの登場。構成はトリオ・アルバムでメンバーはスイス出身で固められ前作と変わっていない。
 そして変わらずの ECMからのリリースであり、と、なると誰もが知っている通りマンフレート・アイヒャー(Manfred Eicher)が創設したレコードレーベルでの彼のプロデュースする音楽哲学は「The Most Beautiful Sound Next To Silence (沈黙の次に美しい音)」であり、かって私がこのコリン・ヴァロンのアルバムの評価は、まさにそれを地で行くものと評価していた。おそらく今作もと、そのパターンは私の好むところで期待が大きいのである。

 そもそもコリン・ヴァロン・トリオは1999年に設立され、1stアルバム『Les Ombres』は、2004年にスイスのレーベルUnit Recordsからリリースされた。そして2007年、『Ailleurs』がHatHut Recordsからリリースされ、2011年に国際的な実績のあるレーベルECM Recordsから3枚目のアルバム『Rruga』をリリースし、2014年には『Le Vent』、2017年には『Danse』をECMからリリースしたという経過だ。そしてジュリアン・ザルトリウスのみは『Le Vent』からトリオ・メンバーとなっている。
 コリン・ヴァロン(1980年生まれ)は、紹介では、過去において、ラリー・グレナディア、ホルヘ・ロッシー、ジェフ・バラード、アンブローズ・アキンムジーレ、ヴォルフガング・ムスピール、トム・ハレル、ケニー・ウィーラーなどのアーティストと共演したり、レコーディングを行ったりしてきていると。
 又、ベースのパトリス・モレット(スイス、1972年生まれ、下左)は、2005年よりこのトリオ入り、クラシック・ベースを基礎としている重量感あるベース・サウンドを奏でる。ジュリアン・サルトリウス(スイス、1981年生まれ、下右)は2014年より当トリオに加わって、コーディネーション(リズム・反応・バランスなど)の才能が評価されている 

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(Tracklist)

1. Racine
2. Mars
3. Lou
4. Ronce
5. Étincelle
6. Timo
7. Samares
8. Souche
9. Brin

  期待通りのリリシズムとメランコリーの流れを感じ取れるアルバムだ。ヴァロン自身のオリジナル曲により構成されていて、アルバム・タイトルのフランス語の 「Samares」は、"サマラという実"のことを指していて、見た目は種と葉の中間のような形をしており、翼のような羽ばたきが特徴だとか、そんなイメージはこのトリオが演ずるところとかなりマッチングが良いようだ。自然の植物からのインスピレーションを瞑想的に描くことに一つの世界観に誘導しているようだ。
 M1."Racine"(根)、M4."Ronce"(荊またはブラックベリー)、M9." Brin"(小枝または草の葉)など、植物由来が曲名となっている。
 なかなか描くところの真髄に迫るのは難しいが、演ずるところ、このトリオそれぞれが音質と音色に対する強い意識を共有していると言われ、おり、非常に複雑なアンサンブルサウンドがリリカルな世界で構築されている。 今回は新たに導入したエレクトロニクスの効果も興味のある処。

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 いずれにしてもオープニングM1." Racine"から、深遠な世界にどっぷり浸かることが出来る。ドラムス(パーカッション)の微妙な響きが印象的。そして M2." Mars" でリリカルなピアノのメロディーが登場する。
 M3."Lou" 優しさはこの上なく、M4."Ronce"の後半の盛り上がりが面白い。
 M5."Étincelle"  重く響くベースに誘われピアノの美旋律が流れ、M6."Timo"のリズムカルなひねりは先進的。M7."Samares" では、まさにピアノの響きが広く展開し語り聴かせる。
   M8."Souche" で、やや瞑想的に沈むもピアノの美しさは描かれ、M9."Brin"にて、安堵感に通ずる雰囲気を描いて納めている

 やはりヴァロンの独特のリズム感と空気感の表現主義的センスが生きているリリカルな世界は相変わらずで、ベースがピアノを導き、ピアノの世界を独特な手法でサポートするドラムス、トリオの相互関係が即興的な世界でも見事に充実していて素晴らしい。歴史的ピアノ・トリオ・スタイルから一歩も二歩も進歩した世界を聴かせてくれる。
 又Stefano Amerioの録音は、立体的なトリオの配置が心地よく聴きとれて、特にメロディーを支えるベース・ドラムスの生かし方は素晴らしかった。

(参考)Colin Vallonに関する過去の記事はこちら →http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/cat59236188/index.html

(評価)
□ 曲・演奏  90/100
□ 録音    90/100
(試聴) "Mars"



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2024年11月15日 (金)

アヴィシャイ・コーエン Avishai Cohen 「Brightlight」

若き才能を取り入れての独自のジャズをスリリングに演ずる

<Jazz>

Avishai Cohen 「Brightlight」
NAIVE / Import / BLV8583 / 2024

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Avishai Cohen (bass & vocals)
Guy Moskovich (piano on 01, 02, 04, 05, 07, 09, 10, 11)
Eden Giat (piano on 03, 06, 08)
Roni Kaspi (drums)
Noam David (drums on 03)
Yuval Drabkin (tenor saxophone on 06, 08, 11)
Yosi Ben Tovim (guitar on 03)
Lars Nilsson (trumpet on 08, 10)
Hilel Salem (flugelhorn on 03)
Jakob Sollerman (trombone on 10)
Ilan Salem (flute on 03)
Jenny Nilsson (vocal on 10)

Recording at Nilento Studio, Goteborg, Sweden (1, 2, 4, 5, 7, 9, 10), Kicha Studios, Tel-Aviv, Israel (3, 6, 8, 11)

Dsc00804w   イスラエルを代表する既にお馴染みのベーシストのほうのアヴィシャイ・コーエンのニューアルバムの登場。過去のアルバムにては、独特なメロディーに引き付けられ、不思議な世界でのジャズに魅せられてきた。その不思議さは、ユダヤの民俗音楽、ジャズ、ワールドミュージック、クラシックの影響をミックスしたドラマチックなアコースティックベースサウンドを、独特で親しみやすいスタイルに織り込んだものと言われている。しかしこの2023・2024 年ツアーでは、更に世界中で熱狂の渦に巻き込んでいると言われる(日本でもブル-ノ-ト東京公演で2年連続登場)驚異の若き才能が注目で、イスラエル出身のロニ・カスピ(drums、2000年生まれ、下左) とガイ・モスコビッチ (piano、1996年生まれ、下右)とのトリオ+αの待望の録音アルバムということである。
 この二人、女流ドラマーのロニ・カスピはダイナミックなリズムでエネルギッシュにして、ライヴで迫力のソロを展開し、時折交える変拍子もセンス抜群と言われている。ピアニストのガイ・モスコビッチも、繊細なタッチで描くハーモニーの魅力と、技術力の高さで注目。
 そしてこのアルバムの収録曲は、11曲で8曲がアヴィシャイのオリジナル曲だ。

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 アヴィシャイ・コーエンは、1970年4月20日にイスラエルのKibbutz Kabriで生まれ、スペイン、ギリシャ、ポーランドにルーツを持つ多文化家族で育った。家の環境は常に音楽があり、母親の芸術的センスからクラシック音楽と伝統音楽の両方を聴いていたという。彼のの音楽人生は9歳のときのピアノを弾く事に始まり、14歳のときに家族と一緒にミズーリ州セントルイスに引っ越した後、ピアノの勉強を続け、一方ベースギターを弾き始めました。その後イスラエルに戻ってから、エルサレムのミュージック&アーツアカデミーに参加し、ベースの世界をさらに探求。22歳のとき、軍楽隊で2年間勤務した後、コーエンは大きな一歩を踏み出すことを決意し、ニューヨーク市に引っ越した。1990年代後半にチック・コリアのトリオで注目を集めた後、彼はユダヤ民俗音楽からジャズ、クラシックの特徴を、独特で親しみやすいスタイルに構築。それにより世界的な認知度と幅広い影響力を獲得、今やジャズ界のトップベーシストの一人としての地位を固めている。

(Tracklist)
1.Courage
2.Brightlight
3.Hope
4.The Ever And Ever Evolving Etude
5.Humility
6.Drabkin
7.Roni’s Swing
8.Hitragut
9.Liebestraum Nr 3
10.Summertime
11.Polka Dots And Moonbeams

 収録11曲のうち、ガイ・モスコビッチがアレンジしたリストのM9."Liebestraum Nr 3"、ジャズ・スタンダードM10."Summertime"M11."Polka Dots And Moonbeams"以外はアヴィシャイ・コーエンのオリジナルである。

 全体の印象として、過去のアルバム(『From Darkness』(2015)、『Gentry Disturbed』(2008)など)と少々ニュアンスが異なっている印象だ。このアルバムでは、過去のオリジナル曲におけるピアノ・トリオのピアノやベースによる美旋律の情緒ある演奏が後退している。それはいつも少々見え隠れはしていたのだか、挑戦的ジャズ因子への試みがここでは主体的に増大しているのだ。それは前作『Shifting Sands』(Naïve Records、2022年)においてもみられたところであるが、その評価はこのところむしろ高まっているところにある。しかし一方私自身の好みとなると、Shai Maestro(ピアノ)がトリオにいたころの曲の描く世界の方が親しみやすかった。

 このアルバムは、いわゆる躍動的ピアノ・トリオを基軸に、テナーサックスやトランペット、フリューゲル、トロンボーン、フルート、ギター、ヴォーカルらも加わって、曲による変動した体制で迫ってくる。このあたりは私の個人的好みとは別だが、むしろジャズのグルーブ感としては面白いと思うところにある。彼が結成している現在のこの基本にあるトリオ自身がその方向に向かってエネルギー感たっぷりの充実感を追求しているのかもしれない。
 そんな中で、いつものようにコーエンの肉太ベースのうねるような躍動もリズミカルにぐっと迫ってきて、なかなかパッションあるエネルギッシュなピアノ、そしてドラムはたたみ掛けるスリル感満点を演ずる。又テナーサックスは3曲に登場し、思いの他M11."Polka Dots And Moonbeams"のように、ソフトで中々味わい深さを感じさせてくれた。

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 オープニング曲M1."Courage"は、ドライブ感のあるベースサウンドで始まり、軽快なモスコヴィッチのメロディーに乗せて、常に活気に満ちたカスピのドラムが展開。このトリオの役割紹介のような演奏。
 M2."Brightlight"タイトル曲で、トリオ三者が技術力で楽しんでいるようなコンテンポラリー作品。
 M3."Hope"は、ちょっと今までにない世界だ。ゲストミュージシャンのギタリスト、ヨシ・ベン・トヴィムとフルート奏者のイラン・セーラムが描くところが魅力的。
   M7."Roni's Swing"は、カスピに捧げられているようで、ピアノがリズミカルなスウィングにて流れるようなソロをみせ、中盤のコーエンのベースソロに繋がる。それがカスピの鋭さを引き出している。M6."Drabkin"では、ドラブキン(イスラエル)の豊かなサックスのメロディにトリオが伴奏する形。『Shifting Sands』から取られたM8."Hitragut"は、サックスのパートに対応する編曲版。M4."The Ever and Ever Evolving Etude"は、『Gently Disturbed』(2018年)に収録されている曲の再演。

 最後に3曲のカバーがアルバムを締めくくる。ちょっと驚きは、M9."Liebestraum Nr 3"で、アルバムの頂点が過ぎたところで登場し、なんとフランツ・リストの夜想曲「愛の夢」で、モスコヴィッチの流れるような上質演奏作品で納得。ジョージ・ガーシュウィンのM10."Summertime"は、コーエンのヴォーカルが登場し、跳躍するリズムを奏でアルバムを高揚感で盛り上げようとしている。しかしあまり新鮮味無く、アルバム前半のイメージからは異質で意味が感じられなかった。その代わり、最後のM11."Polka Dots and Moonbeams"は、スロー・ベースとサックスの響きが心地よく、よりメロウな音色でアルバムをうまく締めくくっている。

 作曲と演奏スタイルは、コーエンの多方面の幅広い音楽世界を反映して、快調にこ展開する。カスピは全体を通して独自路線を崩さず攻撃的でパワフルなところが目立った。モスコヴィッチはシャイ・マエストロとは異なるが、Cohenの低音ドライブに適応してそれなりに素晴らしい。このアルバムは、コーエンの創造性は相変わらず進行形で、彼の描くトリオの多才さとダイナミズムは、やはり一流と言えるだろう。

(過去のアヴィシャイ・コーエンの記事) →http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/cat57629737/index.html

(評価)
□ 曲・演奏 :   88/100
□   録音   :    88/100

(試聴)

 

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2024年11月10日 (日)

アルマ・ミチッチ Alma Micic 「You're My Thrill」

ニュー・ヨーク・ジャズに故郷のバルカン半島の心を籠める

<Jazz>

Alma Micic 「You're My Thrill」
Vinus Records / JPN / VHGD-10013 / 2024

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Alma Micic アルマ・ミチッチ (vocal)
Rale Micic ラレ・ミチッチ (electric guitar on 2, 3, 4, 5, 8, 9)
Brandon McCune ブランダン・マッキューン (piano except 3, 8)
Alexander Claffy アレクサンダー・クラフィ (bass except 6)
Jason Tiemann ジェイソン・ティーマン (drums except 6)
Eric Alexander エリック・アレクサンダー (tenor saxophone on 1, 2, 7, 9)

2023年6月16日米ニュージャージー州イングルウッド・クリフスのVan Gelder Studio録音
(engineered by Maureen Sickler)

 私にとっては初物の現在ニューヨークのクラブで活躍中のジャズ・ボーカリストであるアルマ・ミチッチの登場。彼女独特の魅力的なソフトで中低音の充実しヴォイスで高音にも伸びる本格的ジヤズを歌い上げ、その表現力の素晴らしさはなかなかのもの。今回のアルバムは日本のヴィーナスレコードからで、テナー・サックスのエリック・アレキサンダーが4曲参加している。

Imagesw_20241107184201   アルマ・ミチッチは、セルビア・モンテネグロ共和国=旧ユーゴのベルグラードで生まれ育った。16歳の時、地元のカルテットで演奏を始め、すぐに彼女はラジオ・ベオグラード・ビッグ・バンドのゲスト・ボーカリストとなった。ツアーを始め、多くの地元のジャズ・フェスティバルやテレビ、ラジオ放送に出演した。1995年、マサチューセッツ州ボストンの名門バークリー音楽大学に入学するための奨学金を授与され、1999年に卒業、以降ニューヨーク市に住む。その後2000年から彼女は多岐に活躍し、2004年に1stアルバム『Introducing Alma』をリリース、広くわたって好評を得る。その後『Hours』(2008)、『Tonight』(2013)をリリースとキャリアは十分。アルマの歌は、「自信に満ち、ソウルフルで、傷つきやすく、リズミカルに精通しており、最も官能的なビブラートが聴ける」と評されている。クレオ・レイン賞(優秀音楽家賞)やニューヨーク・アーツ・カウンシル(NY Arts Council)のBRIO賞など、数々の賞を受賞している。

(Tracklist)

1 バイ・バイ・ブラック・バード Bye Bye Blackbird (Mort Dixon - Ray Henderson) 4:44
2 アイル・ビ・シーイング・ユー I'll Be Seeing You( Irwin Kahal - Sammy Fain) 3:25
3 イン・ア・センチメンタル・ムード In A Sentimental Mood ( Duke Ellington) 4:04
4 マッド・アバウト・ユー Mad About You (Aaron Earl Livingston) 4:20
5 あの子は最高 Moja Mala Nema Mane ( Traditional, arr. Alma Micic) 3:01
6 マイ・ワン・アンド・オンリー・ラブ My One And Only Love (Robert Mellin - Guy Wood) 3:01
7 いそしぎ The Shadow Of Your Smile (Paul Francis Webster - Johnny Mandel) 4:48
8 ユア・マイ・スリル You're My Thrill (Sidney Clare - Jay Gorney) 3:20
9 黄色いマルメロ Zute Dunje (Traditional, arr. Alma Micic) 5:54

 まずの印象は、あまり癖のない極めて標準的な歌を展開する。あるところでは「メロウ・テンダー&クール・ソフトな優しいしっとり感と敏活でダイナミックなスイング&ブルース・センスを併せ持った基本はあくまで柔和で節度とゆとりある抒情派ヴォーカル」という評をしているが、これは案外的(まと)を得ていると思う。つまりスローでもアップ・テンポでも自在に歌い上げる表現力の素晴らしさを持っている。
 主力はやはり自己の主張による彼女のオリジナル曲を展開するSSWの機能発揮でなく、いわゆるクラブなどでスタンダードなど彼女自身の好むところを歌い上げて、会場に心地よさを提供するといった世界とみる。

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 M6."My One And Only Love"のようにバラード調は見事に歌い上げ、M7."The Shadow Of Your Smile"のようなポピュラーなスタンダードは、手慣れた歌だ。
 アルバム・タイトル曲はM8."You're My Thrill"で、これは古い1933年の人気曲で、ジャズ界の多くに愛されてきた曲(ジェイ・ゴーニー作曲、シドニー・クレア作詞)で、映画『ジミーとサリー』(1933年)で披露。これをメインにおいてのアルバム造りから、ニュー・ヨークのジャス界に根ざしている彼女の姿が見て取れる。
 しかし注目は、続く最後のM9."Zute Dunj(ズテ・ドゥンジェ)"で、これはこのアルバムでも異色で、特にバルカン半島の伝統的な民謡に属する曲で、彼女の故郷のボスニア・ヘルツェゴビナやセルビアなどの地域で歌い継がれて来たものだと。そして曲のテーマは、愛や悲しみ、自然への愛(季節の移ろいなど)を歌った内容が多く、地元の人々にとって感情深い歌詞と旋律が特徴的で、愛されているようだ。
 更に、M5."Moja Mala Nema Mane"も、セルビアやクロアチアの伝統的なフォークソングのようで、「私の小さな(恋人/妻)には欠点がない」という意味で、主に愛や魅力について歌った内容であって明るい曲だ。バルカンの伝統音楽には、このように情熱的で感情表現豊かなスタイルが多く、リズミカルなビートや複雑なメロディーラインが特徴的のようだ。この2曲がちょっと異質ではあるが、彼女にとっては生まれ故郷を想い一つのよりどころとしているのだろう、こんなところからは、彼女の心の歌としてここに登場させているところが、ちょっと哀感の感ずるところである。

463064503_11266842623w バックは、ちょっと粋な味を見せるピアノ(Brandon McCune )やソウル感溢れるブルージーなギター(Rale Micic)、テナー(Eric Alexander)はそれらしい力をみせて、アメリカ・ジャズっぽいグルーヴ感を演じつつ彼女の抒情派ヴォーカルを旨く乗せているという感じだ。まあそれで良いのだろうと思うところ。

(評価)
□  編曲・歌  87/100
□ 録音    87/100

 

(試聴)

 

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