2024年9月 7日 (土)

ヘンリック・グンデ Henrik Gunde 「Moods」,「Moods Vol.2」

デンマークのジャズ・ピアニストの北欧流美的哀愁世界とトリオ・ジャズの楽しさを描くアルバムが2枚リリース

   北欧・デンマークの2022年、2023年の近年の一手段である配信リリースによるアルバムが寺島レコードから装い新たにLPとCDでリリース。ピアノ・トリオとはかくあるべきと寺島靖国氏に言わしめるピアニストのヘンリック・グンデとイェスパー・ボディルセン(Bass)、モーテン・ルンド(drums)のトリオだ。そして何としてもCD化をと言うことであったようで、ここにその成果が結実。
 私自身は北欧のピアニストが描く世界には共感するところが多いのだが、このグンデの作品は過去に実は記憶がない。寺島靖国監修のオムニバス盤で、最近一曲聴いたところであった。彼らが織り成す演奏は「北欧浪漫派ならではの繊細にしてエレガントな奥深い哀愁風情をしっとりと描いてくれる」というので、期待していたアルバムである。LPが今や再人気だが、私は音質的にも価格的にもCD軍配派で、CDで購入。
Henrikgunde_2018w
 ヘンリック・グンデ・ペデルセンHenrik Gunde(→)は、1969年にデンマークのエスビヤーで生まれたジャズピアニストだ。彼はデンマークのジャズシーンで誰もが知る存在のようだ。デンマークのラジオビッグバンドや彼自身のプロジェクトGunde on Garnerなど、さまざまなフォーメーションで演奏活動をしている。このトリオ・プロジェクトは、ジャズの伝説的存在であるエロール・ガーナーのスタイルに敬意を表したもので、特にグンデは、ガーナーのスイングとエネルギーをパフォーマンスに呼び起こす能力で称賛されている。
 イェスパー・ボディルセン(Bass ↓左)は、1970年デンマーク-シェラン島のハスレヴ生まれ、モーテン・ルンド(drums ↓右)は、1972年デンマーク-ユラン半島のヴィボー生まれと、デンマークの実力派トリオである。

56197wA_main_mortenlundw

 さて、そのアルバムは下のような二枚で、ジャケも配信時のモノからリニューアルされている。

<Jazz>

Henrik Gunde 「Moods」
Terashima Records / JPN / TYR1127 / 2024

81ip76s22el_ac_sl850w

Henrik Gunde (piano)
Jesper Bodilsen (bass)
Morten Lund (drums)

(Tracklist)
1. Blame It on My Youth
2. My Funny Valentine
3. Solveigs Sang
4. Kärlekens ögon
5. I Will Wait for You
6. Bye Bye Blackbird
7. Moon River
8. Softly as in a Morning Sunrise
9. Fanølyng

 M1."Blame It on My Youth" 冒頭から光り輝くが如くの欧州でもイタリア風とちょっと違った瑞々しい端正なるタッチのピアノの音が響き、北欧独特のどこか哀感のある世界が展開。いっやー美しいですね。
 M2."My Funny Valentine"、M5."I Will Wait for You、M6."Bye Bye Blackbird"、M7."Moon River"、M8."Softly as in a Morning Sunrise"といった日本でもお馴染みのスタンダード曲が続く。これだけポピュラーだと、特徴をどのように原曲を大切にしつつ表現するかは難しいところだと思うが、メロディーを大切にしたピアノと暴れずぐっと曲を深く支えるベースが印象的。そしてM5.は"シェルブールの雨傘"ですね、ドラムスが繊細なステックによるシンバルなどの音を軽快に流し、洗練されたピアノによるメロディーは、適度な編曲を加えて、ベースの音と共に静かな躍動感を加えて、聴くものに又新鮮な感動を与えてくれる。M7.はぐっとしっとり仕上げ、M8.は、"朝日のごとくさわやかに"ですね、詩情の世界から一転しリズミカルに、軽妙な味を3者のテクニックで楽しませ、ピアノとベースも珍しく低音部でのインプロも披露し、ドラムスも最後に出る幕を飾ってジャズを楽しませる。
 録音もただただ音で圧倒するのでなく、繊細に描くところが見事で、寺島靖国が欲しがるアルバムだということが、しっかり伝わってくる。

       * * * * * * * * * * *

<Jazz>

Henrik Gunde「Moods Vol.2」
Terashima Records / JPN / TYR1128 / 2024

81xuxwpxnnl_ac_sl850w

Henrik Gunde (piano)
Jesper Bodilsen (bass)
Morten Lund (drums except 1)

2023年Mingus Records作品

Gbl02300w(Tracklist)
1. Introduction (p & b only)
2. Ol' Man River
3. Fever
4. The Windmills Of Your Mind
5. Tennessee Waltz
6. From E's Point Of View
7. Golden Earrings
8. Olivia

  さて続編であるが、1stがあまりにも見事であったので、こちらでは少々細工が出てくるのかと思いながら聴いたのだが、ここでもスタンダードと彼のオリジナルの曲との混成によって成り立たせる手法は変わっていない。アルバムはグンデのピアノによる導入曲の後、M2."Ol' Man River"のカントリーつぽい牧歌的哀歌でスタートする。
 とにかく誰もが知っているポピュラーなM5."Tennessee Waltz"を如何に聴かせるかが、寺島靖国に言わせても大きなポイントだったようだ。それだけ有名なのだから、聴く方も何かを求めるわけで、名演でもアレンジが原曲から大きく離れてちょっと残念だということも確かにあり、そんな状況下で適度にジャズ化し適度にメロディーを聴かせ、なかなかうまく処理している。まあその点は心得た処なんでしょうね。
 戻ってM3."Fever"だが、北欧の詩情性アルバムにこの曲というのは驚いた。しかし前後の曲を聴くとこの流れは必要だったことが納得できる。アルバムというのは曲の配列によりメリハリをつけて描けるのだ。
 その他 M4."The Windmills of Your Mind"の"微妙な心境での希望"と M7."Golden Earrings"の"展望"といった未来志向の暗さから脱皮したスタンダードに加え、グンデ作曲のM1."Introduction,M6."From E's Point of View",M8."Olivia" の3曲、これらはやはり透明感あふれるピアノの旋律美にメロディ尊重派を感ずるし、ベース、ドラムスは、単なるサポート役でない対等なインタープレイを演ずるジャズ・グルーヴ感も印象的。1stから、一歩展望ある世界に踏み出した印象の2ndアルバムだった。

 究極、ジャズの難しい面の押し売りは感じさせず、ピアノの美しい世界に、トリオとしての味をうまく加えたアルバムと言って良いだろう。ヨーロッパ耽美派ピアノ・トリオの典型と現代欧州流解釈のトリオ・ジャズの楽しさを描いている。グンデの演奏にはユーロ系の北欧独特の詩情性と抒情性が独特の繊細さで描かれるが、けっしてそれだけでないジャズのハード・バッブ系のグルーヴ感を忘れないところが、やっぱりキャリアなんだろうと感じさせられた。
 

(評価)
□ 曲・演奏 :  90/100   
□ 録音        :  88/100

(試聴) 
"Blame It on My Youth" from「Moods」

*
" Tennessee Waltz"from 「Moods Vol.2」

 

| | コメント (2)

2024年9月 3日 (火)

サンディ・パットン Sandy Patton 「Round Midnight」

ベテランのアメリカン・スタンダート・ジャズ・ヴォーカル・アルバム

<Jazz>

Sandy Patton 「Round Midnight」
Venus / JPN / VHGD10012 / 2024

71nwe52jl_ac_slw

サンディ・パットン Sandy Patton - vocal
マッシモ・ファラオ Massimo Farao' - piano
ダヴィデ・パラディン Davide Palladin - guitar
ニコラ・バルボン Nicola Barbon - double bass

Produced by Tetsuo Hara
Recorded at Art Music Studio - Bassano Del Grappa - Italy
On February 26 & 27, 2024.

Festival_teachers_as_120717_204945_patto   ここに来て、アメリカ生まれの本格派ジャズ・シンガー、 ベテランのサンディ・パットンのニュー・アルバムにお目にかかるとは思っていなかった。それは意外に彼女はキャリアの割には日本ではそれ程一般的には浸透していなかったためだ。そこで興味もあり何はともあれ早速聴くこととしたもの。

 サンディ・パットンSandy Patton(→)は、アメリカ・ミシガン州インクスターに1948年に生まれ、幼少期から音楽に情熱を注ぎ、ワシントンD.C.のハワード大学とマイアミ大学で声楽を学び、マイアミ大学コンサート・ジャズ・ビッグバンドのツアーにも参加した。キャリアの初期にはライオネル・ハンプトンのバンドと共に3年間ツアーを行い、多くのジャズ界の巨匠と共演した経験を持っている超ベテラン。そして音楽活動はアメリカ国内だけでなく、ヨーロッパや中東、極東など世界中に広がっており、特にスイスのベルンにある「Hochschule der Künste」(ベルン芸術大学)では18年間ジャズボーカル教授として教鞭を執り、多くの若手ミュージシャンを育て注目されてきた。

 なんと現在78歳であるが、国際的に活躍しており、過去にフランス、ドイツ、スイス、アブダビ、セネガル、モザンビーク、ロシア/シベリア、ボリビア、韓国で世界各地で公演を行っている。現在イタリアのピアニスト、マッシモ・ファラオとの共演など、ヨーロッパの著名なミュージシャンとも精力的にコラボレーションを続けている。彼女のステージは、感情の深みと技術的な完成度で観客を魅了し、国際的なジャズシーンで高く評価されている。

 今回のアルバム、その経過は解らないが、日本のVenusからのリリースのアメリカン・ジャズ・スタンダード曲集。タイトルが「真夜中」ですから、やっぱり久々のナイト・クラブのムードのジャズ・ボーカル・アルバムとして期待して聴いた次第。

(Tracklist)
1. オールド・カントリー The Old Country (N. Adderley) 7:26
2. ゼア・イズ・ノー・グレイター・ラブ There Is No Greater Love (I. Jones) 5:23
3. ゲット・ハッピー Get Happy (H. Arlen) 2:59
4 .スクラップル・フロム・ジ・アップル Scrapple From The Apple (C. Parker) 3:31
5. ウェーヴ Wave (A.C. Jobim) 3:56
6. サック・フル・オブ・ドリームス Sack Full Of Dreams (L. Savary - G. McFarland) 4:49
7. インビテーション Invitation (B. Kaper) 5:37
8. ラウンド・ミッドナイトRound Midnight (T. Monk) 5:42
9. ラッシュ・ライフ Lush Life (B. Strayhorn) 5:42
10. ウィスパー・ノット Whisper Not (B. Golson) 6:24
11. マイ・ワン・アンド・オンリー・ラブ My One And Only Love (Wood - Mellin) 5:34
12. レディ・ビ・グッド Lady Be Good (G. Gershwin) 4:58

Ede255_970c1c723a5f4cbcwPalladinw

  M1."The Old Country" オープニングから、ピアノの流れにに乗って、ぐっと深いヴォーカルでもうすっかりジャズ・クラブのムードが、ベテランの味ですね。スキャットや少しフェイクも入れてうまく歌っている。この曲かってキース・ジャレットの昔のアルバム『STANDARS LIVE』で、スタンダーズ・トリオの演奏で聴いたことがあったが、やっぱり名曲だ。
 M4."Scrapple From The Apple "は、スキャットを多用してピアノとのユニゾンでの歌は見事。
 そして、なんといってもアルバムタイトル曲M8."Round Midnight"曲は、マイルス・ディビスの演奏の代表曲("Round about Midnight")でもあり、彼女の気合の入り方も尋常ではない。マッシモ・ファラオ(上左)のピアノの美しさと共に情感と優しさが満ち満ちていて、夜のジャズの良さがしみじみと伝わってくる。ジャズ・ヴォーカルは、現在は、やっぱりなんなくこのスタイルが忘れられているが、今ここで聴くと納得なのである。
 曲によっては、バックがギター(ダヴィデ・パラディン(上右))でムードを盛り上げる曲もあって、M7."Invitation "は、映画音楽だが、なかなかピアノの情感と違って、むしろ感傷的とはいっても洒落た世界を描いている。M9." Lush Life "は、歌詞の表現に見事なテクニックを披露。

3_20240903152201  とにかく、アメリカの良き時代のジャズ・スタンダード曲の流れのおさらいのようなもので、それが又サンディ・パットンのベテランの説得力のあるヴォーカルが、一層歴史的ジャズの良さを実感させるので、広く聴いてほしいアルバム。そうそう演奏の中心であるマッシモ・ファラオ(piano)、そしてダヴィデ・パラディン( guitar)も慣れたもので、この世界を見事に描いていると思う。これはとにかくジャズ・ファンなら、いろいろと言わずに聴いて歴史的スタンダード・ジャズの良さを確認しておくことの出来る名盤の登場と言っても良いものだ。

(評価)
□ 選曲・演奏・歌 :   90/100
□   録音      :    88/100

(試聴) "Round Midnight"

*
(参考) 映画「Round Midnight」

 

| | コメント (0)

2024年8月27日 (火)

ブリア・スコンバーグ Bria Skonberg 「What Is Means」

彼女のトランペツトよりヴォーカルに注目して一票を入れる

<Jazz>

Bria Skonberg 「What Is Means」
CELLAR LIVE / Import / CM072624 / 2024

81ugw9fopl_ac_sl850w

Bria Skonberg (trumpet) (vocal on 02, 03, 04, 07, 08, 11)
Don Vappie (electric guitar except 11) (banjo on 06)
Chris Pattishall (piano)
Grayson Brockamp (acoustic bass)
Herlin Riley (drums, percussion except 11)
Aurora Nealand (soprano saxophone on 01)
Rex Gregory (tenor saxophone on 04, 08, 10) (bass clarinet on 09)
Ethan Santos (trombone on 04, 08, 09, 10)
Ben Jaffe (sousaphone on 01, 10)
Gabrielle Cavassa (vocal on 08) (female)

750x750w_20240823180701
 米ニューヨーク・シーンで活躍しているカナダ出身の女性トランぺッター兼ヴォーカリスト(兼ソングライター)のブリア・スコンバーグ(1983年カナダ-ブリティッシュ・コロンビア州チリワック生まれ。左)のアルバム。彼女は現在まで着々とアルバムをリリースしているが、今回は、小コンボ体制(と、言っても上記のように豪華体制)で、自己の音楽的ルーツであるニューオーリンズ・ジャズ〜トラディッショナル・ジャズに焦点を当てた作品。
 ニューオルリンズ・ジャズとなると、トランペットの活躍場所は大いにあって、彼女は溌溂と吹き上げている。しかし古典ジャズのニュアンスはどうしても拭うことはできず、ちょっと古臭い感覚にもなるが、彼女のヴォーカルも11曲中6曲に挿入されていて、その方が聴き応えある。

 2021年1月、世界的なロックダウンの暗い重みの中、彼女は他のミュージシャンと交流した回数は10回未満に落ち込み、さらに、親になるという未経験の世界とで、"世界的孤立"と"新しい種類の愛"の両方を経験した。そしてようやくギグが再開され始めたとき、彼女は「自分は、戻る方法と前進する道を同時に見つけようとしているように感じた」と言っている。そこで10代の頃に学んだ曲、ルイ・アームストロングの"Cornet Chop Suey"などの名曲を再検討し、ヴァン・モリソンやビートルズなどの家族ぐるみでの愛好音楽を再考した。それが今回のアルバムの基礎にあるとみてよい。

811gigbpd1l_ac_slwf  その上に、ブリア・スコンバーグは、既にダイアナ・クラール等が開拓したジャズ因子の絡めた洗練されたポップ・シーンを目指し、新たな領域をもって確固たる地位を築くことを試み、そもそも2015年のPortrait Recordsからのデビューアルバム『Bria』(このアルバムで私は初めて彼女を知ったのだが。→)には、スタンダード曲と5曲のオリジナル曲が収録されていて、「クラシックジャズを愛し、そこにリズム、パーカッションを重んじた現代的なポップ色あるところを融合させる」という手法をとってきた。その流れは今回のアルバムでも感ずるところにある。

 忘れてはならないのは、このアルバムには、ニューオーリンズのジャズシーンからいろいろなミュージシャンが参加している。特に、ドラマー/パーカッショニストのHerlin Riley(下中央)は、ニューオーリンズの伝説である。ベーシストであるGrayson Brockamp とは初仕事。ピアニストのクリス・パティシャルChris Pattishall(下右)は、ブリアの最も長いコラボレーターで、豊富な映画音楽の経験を生かしている。ギターとバンジョーで活躍するDon Vappie(下左)は、ニューオーリンズの音楽遺産の巨人。M1.で聴くソプラノサックス奏者のAurora Nealandは、ストックホルムのスウィングフェスティバルで彼女の元ルームメイトとか。

Images2w2Licensedimagew2P00042_chris_pattishallw2

(Tracklist)

01. Comes Love
02. Sweet Pea*
03. Do You Know What It Means To Miss New Orleans?*
04. The Beat Goes On*
05. In The House
06. Cornet Chop Suey
07. Beautiful Boy (Darling Boy)*
08. Days Like This*
09. Petit Fleur
10. Elbow Bump
11. Lullabye (Goodnight My Angel) /A Child Is Born (vo/tp-p-b trio)*
*印 Vocal入り曲

 もともとラッパ物入りニューオルリンズ・ジャズには興味のない私であるので、これはスコンバーグのヴォーカル・アルバムとして聴いてみようと思ったところだ。思った通りどちらかというとクラシックなスタイルの明るくハキハキとしたトランペットの響きが主体の演奏で、それ自体は悪くないが、私はあまり興味もわかなかったのである。しかし彼女のヴォーカルの入る曲にはちょっと一目を置いた次第。

S10_web_briaskonberg_herow

 M1. "Comes Love" 戦前のブロードウェイ・ミュージカル曲のスタンダード化したポピュラーな曲が軽快に登場。トランペットが活躍して、管楽器の合奏でこれから楽しくゆきましょうと言った感じのクラシカル・ジャズ。しかし中盤から変調するなどして洒落ている。
 M2. "Sweet Pea" さっそく彼女の高音寄りのヴォーカルの登場。白人系ではきはきしていて端正、スッキリ感で良い。
 M3. "Do You Know What It Means To Miss New Orleans?" おおここでは、彼女の可愛げなスローバラード調のヴォーカルが登場、後半になってトランペットがメロディーを演ずるがなかなかいいムードだ。この曲からアルバム・タイトルが造られたのだろう。
   M4. "The Beat Goes On"ロックン・ロールして楽しそう。
   M5. "In The House" も軽快、ベースの響きのリズムが印象的、トランペットもコントロールしての歯切れの良い独演、ピアノの相槌がいい。管楽器のユニゾンよりは私は好き。
   M6. "Cornet Chop Suey" 昔のルイ・アームストロング が作曲したジャズ・ナンバー。演奏の奇抜さが評判の曲を彼女は負けず劣らず見事に技巧を凝らして演奏する。
 M7. "Beautiful Boy (Darling Boy)"ジョン・レノンの息子への曲、彼女の優しさの溢れたヴォーカルで、このアルバムでは異色作。
 M8. "Days Like This" ヴァン・モリソンの曲、家族で愛している曲と。
 M9. "Petit Fleur" 日本で昔ピーナッツが歌った"可愛い花"。彼女のトランペットが聴きどころだが、"小さな花"の懐かしき曲。
 M10. "Elbow Bump" 興味は湧かなかった。
 M11. "Lullabye (Goodnight My Angel) /A Child Is Born" (vo/tp-p-b trio) ビリー・ジョエルの美曲。ここでのスコンバーグのなかなか優しい歌は聴きどころ。最後にM7.とともに我が子へ送る歌だろうか。

 このアルバムでは、ブリア・スコンバーグの溌剌明快なところとプルースの渋さ満点のところのあるトランペツトが一番の聴き処だろうが、私は彼女のヴォーカル曲を、美声であり、曲によっての歌いまわし技巧がすぐれていて、ソウフルな味もあっての点に注目して快く聴くことが出来た。もともと古めかしい華々しさのそんなニュー・オルリンズ・ジャズには興味がないのだが、それでも演奏陣は、現代にマッチすべくトラディッショナル趣向をうまく新感覚に併わせて演奏し、リフレッシュ効果を忘れずに奮戦していた。当初からのヴォーカル中心の世界に絞って聴こうとしていたわけだが、そこも加味して高評価しておきたい。

(評価)
□ 曲・演奏・歌 88/100
□ 録音     87/100

(試聴)



| | コメント (0)

2024年8月22日 (木)

クララ・ハーバーカンプ Clara Haberkamp trio 「Plateaux」

音楽の構造に技巧の複雑性を織り込みつつ描く世界

<Jazz>

Clara Haberkramp trio 「Plateaux」
TYZART / Import / TXA24184 / 2024

1008858055

Clara Haberkamp(Piano, Vocals (Danny Boy))
Oliver Potratz(Bass)
Jarle Vespestad(Drums)

Nik9679_clara_haberkampw    ドイツ出身の女性ピアニスト・作曲家のクララ・ハーバーカンプCLARA HABERKAMP(1989-)(→)率いるピアノ・トリオの2024年新作。ピアノ・トリオは2010年に結成、ベルリンの有名なジャズ・クラブ「A-trane」などで活躍、注目を受けていて、クララ・ハーバーカンプのプロ・キャリアとしての流れようだ。彼女は若いころから「Jugend jazzt」や「Jugend musiziert」などのコンペティションで数々の賞を受賞し、その後、ドイツの国立ユースジャズオーケストラにも所属。
   日本ではあまり知られず、前作『Reframing the Moon』(2021)が高評価で聴かれたところだ。2022年には以前からのベーシストであるオリバー・ポトラッツ(下右)に、ノルウェーのヤール・ヴェスペスタッド(下左)がレギュラードラマーとして加わり、そしてこのアルバム『Plateaux』は、このメンバーの最初のレコーディングと言うことだ。
 内容は、オリジナル曲を中心に、カナダを代表するSSWのゴードン・ライトフットの"If You could read My Mind"とトラディショナル・ソング"Danny Boy"(ここでは彼女のヴォーカルを聴かせる)のカバー収録している。
 曲想はかなり独創的で、メランコリックな味付けに感情の高い情熱的な要素が入り、かなり緻密性の高い楽曲が特徴的と言われている。ユーロ・ジャズの特徴の耽美的でリリシズム溢れる作品が魅力。

Unnamedw_20240818220301

(Tracklist)

1.Cycle
2.Fantasmes
3.Plateaux
4.On a Park Bench
5.Ich bin von Kopf bis Fuss auf Liebe eingestellt*
6.Enfold Me like a Poem
7.Counter-Curse
8.If You could read My Mind*
9.Collage
10.Danny Boy*

  このアルバムは、印象としてピアノ演奏芸術を感じさせるところを感ずる世界であるが、ベースのリードが織り込まれ、そこにドラムスの響きがシンバル音なども有効に響くという世界で、ちょっと別世界のピアノ・トリオを聴く想いになる。

Thumbnail_clarahaberkamptrio2w

 爽快なスタートをM1."Cycle"で飾る。これは曲を形作る演奏法を表したタイトルか?、冒頭から圧倒的なピアノのアルペジオ奏法が円を描くように流れる展開に、ベースとドラムスが歩調を合わせ、後半にはダスナミックなピアノに続き、ベースが特徴的に主役を演ずるところを織り込んでの流れで、演奏技法に圧倒されただならない世界を感ずる。
 そしてM2."Fantasmes"となり、ピアノの明らかにメロディックな世界に変調して、どこか不安げな印象が伴った夢の展開。
 M3."Plateaux" アルバム・タイトル曲が、次の世界に導く。
 M2., M3.を経て、M4."On A Park Bench"の瞑想的世界にたどり着いた。ぐっと"静"の世界に入り内省的、三者によるテーマの探求であり、ピアノの間をおいた美しい音の響き、トリオのそれぞれがきらめくような美を演ずる。
 M5."Ich bin von Kopf bis Fuss auf Liebe eingestellt"このセッションの奇抜性が描き挙げる曲。
 M6."Enfold Me like a Poem"ぐっと深く沈みつつピアノが美しい。抒情性の極み。
 M7."Counter-Curse"珍しく快活なドラム演奏から始まる。ベースとドラムは、ピアノが進む道をたどりつつ、支えに変化するも、緊張感を維持している。
 M8."If You could read My Mind" やはり瞑想性はここにも演じ込む。
 M9."Collage"ピアノの孤独性に、重なるベース、ドラムスにより進行する緊張感。
 M10."Danny Boy"ピアノのみの響きに彼女のヴォーカルが乗って最期を飾る驚きの緊張感の解放。

 ピアニストのクララ・ハーバーカンプがドイツのジャズシーンにある種のインパクトを与えていることが実感できるアルバムであった。曲を演ずるところに音楽の構造に技巧の複雑性を織り込みつつ、描く世界はそれと共に表現てしてゆき、更にアルバムを一つの世界として作り上げる。そこには瞑想的であったり、抒情性の世界であったり・・・スリリングな展開による危機感であったり、トリオとしてのそれぞれ役割も十分構築してその表現は見事であった。私の注目アルバム。

(評価)
□   曲・演奏  90/100 
□ 録音    88/100

(試聴)
"If You could read my mind"

*
(参考) Trio Live  2022

 

 

| | コメント (0)

2024年8月17日 (土)

ジョヴァンニ・グイディ Giovanni Guidi 「A New Day」

グイデイ・トリオとフリー・ジャズのルイスのサックスで描く世界は ?

<Jazz>

Giovanni Guidi 「A New Day」
Universal Music / JPN / Ucce-1209 / 2024

516fm8zvvml_ac_slw

ジョヴァンニ・グイディ Giovanni Guidi(piano)
ジェイムズ・ブランドン・ルイス James Brandon Lewis(tenor saxophone)
トーマス・モーガン Thomas Morgan(double-bass)
ジョアン・ロボ João Lobo(drums)

engineer : Gerard de Haro
Mastering : Nicolas Baillard
Cover Painting : Emmanuel Barciton
Produced by Manfred eicher

Recorded: August 2023, Studios La Buissonne, Pernes les Fontaines,France

1900x1900ggw   2013年にECMデビューを果たした、私の注目のイタリアのピアニストであるジョヴァンニ・グイディ(1985年イタリア・フォリーニョ生まれ)(→)のECM創立55周年におけるリーダー作5枚目。前作『Avec Le Temps』から5年ぶりとなるが、ECMデビュー以来10年以上のトリオに加え、アメリカの気鋭サックス奏者ジェイムズ・ブランドン・ルイスを加えたカルテット構成の注目作品。
 グイデイの作風はメロディックで感情豊かであり、静謐な瞬間と強烈な表現が交錯する独特の深遠なスタイルだ。そこが私の好むところなのだが、今回は、グイデイのオリジナル曲5曲と、Traditional1曲、Richard Rodgersの1曲という内容である。

 ここに加わったジェイムズ・ブランドン・ルイス(↓右)は、即興を重んじるアヴァンギャルドな流れやフリー・ジャズの伝統性とヒップホップ世代らしい作風で知られる気鋭のサックス奏者/作曲家だ。私はサックスなどの愛好者でないので詳しいことは解らないが、彼はハワード大学やカリフォルニア芸術大学で学び、現代音楽や民族音楽の領域にも学術的に踏み込んできたという人で、考えてみるとグイデイとの結合はちょっと興味も湧いてくるところである。

Picture_jazz15_guidi_triow James_brandon_lewisw

(Tracklist)

1. Cantos Del Ocells鳥の歌 *(Traditional) 6:23
2. To A Young Student (Giovanni Guidi) 3:57
3. Means For A Rescue (Giovanni Guidi) 7:42
4. Only Sometimes*(Giovanni Guidi, James Brandon Lewis, João Lobo, Thomas Morgan) 5:48
5. Luigi *(The Boy Who Lost His Name) (Giovanni Guidi) 7:30
6. My Funny Valentine (Lorenz Hart, Richard Rodgers) 5:52
7. Wonderland *(Giovanni Guidi) 6:43
*印 Quartet

 ECMデビュー以来のトリオはさすが、乱れることのない曲想に沿ったインタープレイを展開。そしてこの作品で初のECMデビューを飾るアメリカの気鋭サックス奏者、ジェームス・ブランドン・ルイスを迎えたアンサンブルも聴き所であるが、見事なバランス感覚でのコミュニケーションにより、このトリオの深淵さ、哀愁感、静と躍動のバランスの良さ等は残された上でのアンサンブルが良い感じで展開されていた。 印象としては前作よりはゆったり感があるように感ずる。
 やはりグイディの言葉では、「我々は違った道を歩んできたから、ある意味、これはまったくのギャンブルだった。しかし『A New Day』のセッションは我々が正しかったことを証明した。トリオは新たな領域に踏み入れて、私見だが、ジェイムスは私たちと繋がるためのとてもユニークで興味深い方法を見つけた。セッションは偽りのない発見の旅だった」と、語っている。特にTSが独奏してしまうとトリオの良さがかき消されるところが良くあることだが、確かにその点ルイスは配慮しながらのTSの良さを主張していて、よいカルテットであったと言える。

81e5jh4ms4l_ufw

 M1."Cantos Del Ocells" スペイン北部のカタルーニャの伝統的子守歌と言われる曲「鳥の歌 」で幕を開ける。バラード調のトリオによるイントロの後、ルイスが表現力豊かなサックスで登場して、それは穏やかなやや控えめなトリオに配慮しつつバランスが見事で、聴く方もほっとして聴いた。
   このアルバムは全体的にやや沈鬱な内省的な面が描かれているが、M2、3、6はトリオの演奏。
 M2."To a Young Student”は、アルコ奏法のベースとピアノが生み出すダークなトーンにドラムスが響き、物思いの世界
   M3."Means For A Rescue" 静寂の中に描くピアノとドラムス、そしてベースが加わってなんとなく緊張感が漂ってくるトリオ演奏。
 M4."Only Sometimes" ベース・ドラムスでスタートしてのカルテット(後半にサックス)による余韻と交錯の見事な即興演奏。ここでも深遠さは相変わらず。 
 M5." Luigi"ここでもベースとドラムスのリードから、そしてピアノとサックスの印象的会話が描くどこか民族的音楽的世界。
 M6." My Funny Valentine " 唯一のスタンダード曲トリオ演奏あり、ピアノのキーストロークで広がり。グイデイなりきの独特にして繊細な解釈で訴える。
 M7."Wonderland" 締めとしてカルテットのサックスの印象が強い曲。

 ピアノ・トリオ愛好家の私にとっては、サックスの加わり方によっては、ピアノの味が消されてしまうことを恐れるのであるが、ここでは4曲に加わり、残るはピアノ・トリオ演奏で極めて納得。しかもルイスは自己のTSの加えたカルテットに於いても、ピアノの味を消さないところに助長効果としての役割と、M.4の後半にはやや暴れての自己主張も見せながら、自らの音の味付けの意味をうまく加えていて、私としてはこのアルバムは実に心地よいのであった。
 又、カルテットとしても究極ジョバンニ・グイディの世界の中での曲の仕上げは失っておらず、ベース、ドラムスの役割をも十分損なわずに描ききっていて、ルイスのTSのフリー・ジャズ感覚が、グイデイの即興的世界へのマッチングが意外に良かったと感じたところだ。

(評価)
□ 曲・演奏  90/100
□ 録音    88/100

(試聴)

*

 

| | コメント (0)

2024年8月12日 (月)

クラウディア・ザンノーニ Claudia Zannoni 「STURDUST ~ Love Nancy」

'50年代活躍のナンシー・ウィルソンのトリビュート・アルバム

<Jazz>

Claudia Zannoni 「STURDUST ~ Love Nancy」
Venus Records / JPN / VHGD-10011 / 2024

Xat1245782263

クラウディア・ザンノーニ CLAUDIA ZANNONI - VOCAL
マッシモ・ファラオ MASSIMO FARAO' - PIANO
ダヴィデ・パラディン DAVIDE PALLADIN- GUITAR
ニコラ・バルボン NICOLA BARBON - BASS
ボボ・ファキネッティ BOBO FACCHINETTI - DRUMS

Produced by Tetsuo Hara
Recorded at Art Music Studio - Bassano Del Grappa - Italy
On March 3 & 4, 2024.
Sound Engineers : Diego Piotto
Mixed and Mastered by Tetsuo Hara
Photos by Designed by Artplan

366318949_1023126539w   イタリアのキャリア十分の歌姫クラウディア・ザンノーニ(→)がVinus Recordsからアルバム『 NEW GIRL IN TOWN』で2020年に日本デビューして以来の3作目のニュー・アルバムが、同じVenus Recordsからここにリリースされた。彼女は1990年からキャリアを積んできており、アルバム・リリースもあるが、日本では殆ど知られていなかった存在。少女時代から歌うことが好きで、特に1950年代と60年代のジャズに強い影響を受け、ナンシー・ウィルソン、アニタ・オディ、エラ・フィッツジェラルドを吸収して本格的ジャズ・ヴォーカルを学び、ベースも習得している。90年代末からプロ・シンガー&ベース奏者としてその活動を拡げてきた。
 このアルバムもナンシー・ウィルソンに捧ぐと言うモノで、溢れる愛のスタンダード・ソング集と言ったところだ。

 かっては何というかちょっとえげつないアルバム・ジャケが多かった日本のVinus Recordsからのリリースものだが、これは、それがなんとこの7月リリースであって、それが見ての通りのザンノーニの冬の恰好の写真、この暑い夏にどうもしっくりしない。収録曲が冬物でもないので、どうも対応がいいかげんというか、配慮が足りないというか、言い訳としてリリースが遅れたのであっても、その様な事への対応が準備してあっても良さそうなのに、・・・どうもいただけない。

Nww  さて、ここにザンノーニによりトリビュートされているナンシー・ウィルソンNancy Wilson(1937-2018)(→)は、アメリカのジャズおよびR&Bの歌手であり、その暖かく豊かな声で知られ、1950年代後半から活躍。スタイルはジャズだけでなく、ポップスやソウルミュージックにも影響を受けており、クロスオーバーアーティストとしても高い評価を得ている。彼女の代表的なアルバムには、「Something Wonderful」(1960年)や「How Glad I Am」(1964年)があり、「How Glad I Am」はグラミー賞を受賞。長いキャリアの中で合計3回のグラミー賞を受賞している。テレビや映画にも出演し親しまれた。
 ここでは彼女をそもそも人気者にした曲"GUESS WHO I SAW TODAY "も取り上げられている。

(Tracklist)

1 過ぎし夏の想い出 THE THINGS WE DID LAST SUMMER - (SAMMY CAHN - JULE STYNE)
2 君を想いて THE VERY THOUGHT OF YOU (RAY NOBLE)
3 君住む街角 ON THE STREET WHERE YOU LIVE (ALAN LERNER - FREDERIK LOVE )
4 ネバー・レス・ザン・イエスタデイ NEVER LESS THAN YESTERDAY (LARRY KUSIK - RICHARD ALHERT )
5 オン・グリーン・ドルフィン・ストリート ON GREEN DOLHIN STREET ( BRONISLAV KAPER - NED WASHINGTON)
6 ジス・タイム・ザ・ドリームス・オン・ミー THIS TIME THE DREAM'S ON ME (HAROLD ARLEN -JOHNNY MERCER)
7 スターダスト STARDUST (HOAGYCARMICHAEL- MITCHELL PARISH)
8 恋をしたみたい ALMOST LIKE BEING IN LOVE (FREDERICK LOEWE -ALAN JAY LERNER)
9 アイ・ウィッシュ・ユー・ラブ  I WISH YOU LOVE ( CHARLES TRENET )
10 ゲス・フー・アイ・ソー・トゥデイ GUESS WHO I SAW TODAY (MURRAY GRAND - ELISSE BOYD)
11 君の瞳に恋してる CAN'T TAKE MY EYES OFF OF YOU (FRANKIE VALLI )

  ザンノーニの歌は、極めて標準的なヴォーカルを展開している。声の質も高音も低音もそれなりの美で無難にこなす。そしてそれを見事に支えているのは、前作同様ベテラン、マッシモ・ファラオ(↓左)のピアノである。彼は以前から彼女と共演していて、呼吸はピッタリでの美しい演奏を繰り広げている。 

12378096_102084249w453071384_18035947w

 このアルバムの目的を訴えるように、オープニングのM1."THE THINGS WE DID LAST SUMMER " は、ギターと彼女のスキャットがユニゾンスタイルで明るくスタート。
 M2."THE VERY THOUGHT OF YOU" 好きな人を想って歌うしっとりとした曲、ナンシーのムードをうまく取り入れ、バックもベース、ピアノて語り聴かせ、ギターが更にムードを高めている。こうしたバラード曲はナンシーを知らしめたM10."GUESS WHO I SAW TODAY "も、なかなかいい感じだ。
 M3."ON THE STREET WHERE YOU LIVE" 「マイ・フェア・レディ」からの有名な曲を軽快に明るく、ファラオのピアノも軽快に踊る。
   M5."ON GREEN DOLHIN STREET"では、ギターとドラムスが健闘し、リズムに乗っての彼女の歌と楽しさを助けている。
   アルバム・タイトル曲のM7."STARDUST"は、誰もが歌う超有名曲。やはりこのアルバムでは出色の出来。ここでは彼女の歌唱力を見事に発揮して、ピアノの繊細にしてゆったりとしたメロディーの美しさに乗り歌い上げる。

 こんな調子で、戦後の懐かしのアメリカ・ヴォーカル曲を思い出させてくれるが、肩ぐるしいところがなく、気楽に聴くアルバムとして取り敢えず完成されている。

(評価)
□ 選曲・演奏・歌  87/100
□ 録音       87/100

(試聴)

 

| | コメント (0)

2024年8月 7日 (水)

マデリン・ペルー Madeleine Peyroux 「Let's Walk」

彼女の苦悩の心が歌い込まれる名盤の出現

<Jazz, Folk>

Madeleine Peyroux 「Let's Walk」
BSMF Records / JPN / BSMF5128 / 2024

814mtm653ml_ac_slw

Madeleine Peyroux : vocals
Jon Herington : guitor
Andy Ezrin : Keyboad 
Paul Fraser : Bass
Graham Hawthome : Drums

Biow  注目してきたジャズ&フォーク・シンガーソングライターのマデリン・ペルーの久々6年ぶり10枚目のアルバム登場。グラミー賞受賞のプロデューサー&エンジニアのエリオット・シャイナーを迎え、ギタリスト、ジョン・ヘリントン(米、1954-)が作曲・アレンジで全面協力。久しぶりのこのアルバム、過去と異なって、全曲自らも関わってのオリジナルで訴えてきた。どうもコロナ禍によって、全て抑制された困難を乗り越えての、中身は政治的・社会的な問題を彼女ならではの世界観で捉えた歌詞で、ニューヨーク州北部のクラブハウスで録音されたこのサウンドはフォーキーに、ブルージーに、シャンソン風にと多彩に表現している。

 マデリン・ペルーは、1974年アメリカ、ジョージア州生まれのジャズ系シンガー・ソングライター。ニューヨークなどに住んでいたが、13歳の時に両親の離婚で、母親とパリへ移住。2年後セーヌ川の南のラテン・クオーターでストリート・ミュージシャンとして活動を始め、一方ジャズ・グループに参加し経験を積む。そしてアトランティック・レコードに見いだされ1996年『Dreamland』でデビュー。しかし声帯のポリ-プ手術のため8年間のブランク。2004年プロデューサーのラリー・クラインと組んで発表した復帰作『Careless Love』が大ヒット。続く2006年『Half the Perfect World』もヒット。その後2009年『Bare Bones』、2013年『The Blue Room』、2018年『Anthem』など続けて発表。レナード·コーエン、レイ・チャールズなどの名曲を彼女らしさで再構築し、ジャンルという枠を越えた音楽で世界的に評価されてきた。

(Tracklist)
1.Find True Love
2.How I Wish
3.Let's Walk
4.Please Come On Inside
5.Blues for Heaven
6.Et Puis
7.Me and the Mosquito
8.Nothing Personal
9.Showman Dan
10.Take Care

 過去のアルバムから、“21世紀のビリー・ホリデイ”とか形容されることも多い独特の深く温かい力みのない歌声で、今回は作曲者のジョン・へリントン(↓左)のギターに加え、アンディ・エズリン(キーボード↓左から2番目)、ポール・フレイジャー(ベース↓右から2番目)、グレアム・ホーソーン(ドラム↓右)らがバックアップ。フォーキーな因子を聴かせながらも、シャンソン風も顔を出し、ブルージー、ジャジーな曲などで聴く者を飽きさせない。

O0427064014684740539wAb6761610000e5eb42643e5bwPaulfraserofstanleygibbwA402372158980w

 アルバムのオープニング曲M1."Find True Love"は、ジョージ・フロイド殺人事件の裁判中にペイルーに届いた曲だという。闇の中から希望を求めて彼女の歌がスタートする。ヘリントンのアコースティックギターとアンディ・エズリンのKeyboadが優しく彼女の希望の歌を支える。
    M2."How I Wish"は、白いアメリカ人の肌と格闘した哀感漂うやや暗めの心に響くワルツの曲。2020年の3ヶ月間に起きたジョージ・フロイド、ブレオナ・テイラー、アフマド・アーベリーの恐怖の殺人事件に対するペルーの反応である。「2020年は私が目を覚ました年でした」と彼女は言い、一つの苦悩を負っている。それはアメリカ・オクラホマ州出身の哲学者、政治思想家の人種問題を歴史学的分析を用いて論じ、熱心な社会活動家としても知られるコーネル・ウェスト(エチオピア系のアフリカ系アメリカ人)の作品に影響を受けている彼女は、ニーナ・シモン、ルイ・アームストロング、マリアン・アンダーソンなど、抑圧に対して音楽で対応することに感銘を受けている。「アフリカ系アメリカ人の音楽は、私の人生で不変の真の道です」とまで言っている。
 アルバム・タイトル曲M3."Let's Walk"はゴスペル調であるが、アップビートで、コーラスもバックに入れてなかなか快活だ。「この歌詞は、世界中の公民権を求めるデモ参加者の大衆動員について言及しています」と彼女は説明している。「人道主義のイデオロギーを支持する自発的に統一された行動」を歌い上げ、続く難民をテーマにしたM4."Please Come On Inside"M5."Blues for Heaven"では、感情を豊かに高めている。オルガンの響きの印象的なM5.では、天国の平和を願いあげている。

Madeleinepeyrouxw  そして中盤では世界を変えて、フランス語で歌うM6."Et Puis"はパリの街角に白人の特権、そしてM7."Me and the Mosquito"は国境の南カリブへと想いを馳せて、陽気な曲でありながらここではマラリアとの関係に。「私たちはどんな時でも単に喜びを求めてはならない。そして、皮肉を考えずにそのように」と、ただし暗さだけには終わらせていない。

 そして問題作M8."Nothing Personal"では、女性への性的虐待・暴行にも正面から取り組み、加害者は「自分の行動の結果のあらゆる側面を学び、被害者が歓迎するあらゆる方法で回復の当事者になるべきだ」と反省を訴える。ペルーの切なくも決意された心のヴォーカルは優しく美しい。

 このアルバムは、この6年間の困難な社会を生き抜いての彼女の再々出発への一つの道のような位置にあるようだ。人種問題、性問題など社会問題を取り上げての社会的位置を明確にしている。彼女自身の人種については、アメリカ人であり、具体的な人種についての詳細な情報は公にされてい。ただし、音楽のスタイルや影響を受けたアーティストの多くはアフリカ系アメリカ人であるため、ジャズとブルースの伝統を深く理解し、それを自らの音楽に取り入れて、そこから生きるということの大切さを訴えていることが解る。
 久々の彼女のアルバムに触れて、心のミュージックとして曲の多彩さに感動し彼女の決意を見る思いであった。

(評価)
□ 曲・演奏・歌 :   90/100
□   録音     :   87/100

(試聴) "How I Wish"

 

| | コメント (4)

«中澤 剛 Mr.Jazz Quartet 「Japanese Classics Vol.1」