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2007年1月31日 (水)

ロジャー・ウォーターズ(genuine Pink Floyd)の世界に何を見るか?-6-

プログレッシブ・ロックの時代背景に於ける意味

<Progressive Rock>
[BOOTLEG]
ROGER WATERS & THE BLEEDING HEART BAND
  「PROGECT KAOS」
Mecca Auditorium, Arena, Milwaukee, Wisconsin, USA. 13.11 1987 ( 及びその他各地)  Ayanami-20 (CD3枚組)

  ロジャー・ウォーターズが明確にピンク・フロイドを離れてのアルバムは「RADIO K.A.O.S.」である。
 「フロイド戦争」と言われての彼の脱退劇と、その後のピンク・フロイドという巨像(虚像)の使用権を巡っての戦いは、ロジャーの敗北であった。その経過の中で作られたものは、既に取り上げた映画「風の吹くとき」のサントラ盤である((参照)http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_a58e.html)。
 そこに既に彼のギルモア・フロイドに対しての宣戦布告が見られる。それは彼のTHE BLEEDING HEART BANDの結成となってその形は現れ、その中の彼の曲(”Towers of Faith”)にもその意志が明解に発見出来る。
  そして完全なロジャー・ウォータースの決意のアルバム「RADIO K.A.O.S.」の作成となる。

Radiokaos
  もともと、ロジャー・ウォーターズがピンク・フロイドからの脱退劇は、彼の作品造りの意欲がそうさせたと言ってもよい。彼のプログレッシブなロック・ミュージックへの意志は過去のフロイドに飽きたらず、新しい展開意欲が形成されていた。そしてその実行の為には、かってのピンク・フロイドの殻を破るべく、それまでのマネージャーであるスティーブ・オラークから離れる事が必要と彼を解雇、新しいピーター・ラッジへの契約変更を考え実行したのだった。しかし、オラークはそう簡単にこの美味しいピンク・フロイドというビック産業を放棄することはなかった。又、その時にソロで失敗したギルモアは、やはりピンク・フロイドというものの偉大さを知り放棄はしなかった。その両者の思惑は一致しピンク・フロイドの獲得を図ることになる。その為、ロジャーは自己の目指す発展の中で、協力者のないピンク・フロイドを封印したのであったが、その名前の権利を逆に譲らざるを得ない状況となり、自ら脱退して、フリーな環境での作品造りを目指したのである。
 この時、まだロジャーは「PROS & CONS ・・・」の興行的失敗は、ピンク・フロイドは自分が作ってきた物であったが為、ロジャー=ピンク・フロイドと自負し、ピンク・フロイドの名のないもとでの失敗とは気づいていない。さらにピンク・フロイドは自分なしでは存在できないものと信じていた。
 そこでソロの空しさを知ったギルモアは、ロジャーがピンク・フロイドを封印したのは放棄したのと同じとして、これ幸いと、ピンク・フロイドをメイスンと共に自己のものにする野望に走った。メイスンは当時ミュージシャンとして全く拠り所が無く、しかも自己でアルバム作りの能力は既になくなっていた為、当然ギルモアの提案に乗ることになる。
 しかし、この事件はあくまでもロジャーが引き起こしたものからの出発であり、ロジャーにはピンク・フロイドの再生を阻止できる根拠は失っていたのである。

Kaosmembers

 かくして、ニューアルバム「RADIO K.A.O.S.」は、自分が作ったビック・ネームであるピンク・フロイドとの戦いのアルバムとして、そして発表後行われたツアーも、それとの戦いの場と化すのだった。しかし、このアルバムはかってのでれっ~~としたフロイド・サウンドと一線を画し、力強いそしてリズム感のあるロック・オペラを展開する。このアルバムも核戦争がテーマとなっており、その事は「風が吹くとき」の流れと繋がる物でもあったと思う。

E4e950301bdd4a9a90875cc19a83bbbb  ロジャーがこのようなロック・リズムの新展開を曲作りに見せたことは、彼の一つの前進ではあったが、聴く者との遊離は大きかった。かってのフロイド・サウンドを期待した多くのものは決して絶賛しなかった。なお、不幸であったのは、あの対立したギルモア新生ピンク・フロイドはそうした時に、逆になんら新しさのない過去のフロイド・サウンドそのものであったことが、聴衆をして喜ばしたのだ。
 皮肉である。何かを求めてのプログレシブな前進は或意味では、現代の一見平和社会においては、特に大きな意味を持たなくなっていたことだ。むしろ過去の快楽でなんら不満は無かったのである。プログレというものの価値観なんぞには今の多層化したロックを聴く人間にとってはとるに足らないものであった。

  ここに取り上げたブートCDは、RADIO KAOSツアー後半のMilwaukee公演を比較的好音質完全収録。DJのジム・ラッドの進行そののままが記録されている。その他、驚くべきはツアー参加のクレア・トリーのあの”the great Gig in the sky”まで収録されている。私としては特に興味が持てた曲は”home”のような軽快さの曲はまさにロジャーの新境地であり、”Four minutes”は彼独特の効果をあげるフロイド世界でもある。ここに旧来のフロイドから脱皮した記念すべきロジャーの世界を知ることになる。
 なお、更にこのブートCDには、アルバムに収録されなかった”Molly's Song”,”Going To Live LA”などの曲もライブそのまま登場する。キャラックの”Tempted”も聴きもの。

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2007年1月27日 (土)

ピンク・フロイドそしてロジャー・ウォーターズを語るときの参考文献6(雑誌特集2)

④ 「beetleg」 通算22号 May, 2002 「Roger Waters  Pink floyd」  発行所:有限会社レインボウブリッジ

Beetleg02  ロジャー・ウォーターズの来日公演を記念しての特集である。
 藤田宗一郎はなんと、”結果的にウォーターズ抜きのピンク・フロイドがいかに空虚なものであるかを再認識していただければと考えている”と、オープニングで言い切っている。
 この雑誌ではその性格上ライブのブートレグを紹介しつつ”ウォーターズの独裁、フロイド封印”、”クーデターそして追放”、”ピンク・フロイドで稼ぎたいレコード会社”、”ソロでは売れないことを知ったギルモア”、”金稼ぎがしたくなったメイスン、ライトらの思惑”これらがフロイド再結成となった経過を辛辣に記している。
 ギルモアの価値あるギター・サウンドは、ロジャー・ウォーターズ抜きでの無理矢理のフロイド再結成による演奏となり、それはむしろ興行的成功と裏腹の彼のミュージシャンとしての意義にマイナスとなったのか?興味ある特集だ。

 「ストレンジ・デイズ」 No46 July 2003 「ピンク・フロイド 狂気」 発行所:ストレンジ・デイズ

Strange03 SACD版「狂気」の発売を記念しての特集。

 ここでなんといっても興味のあるのは、あの「四人囃子」の森園勝敏のギタリストとしてのフロイド評価の記事だ。ギルモアのブルース・ギターの評価、ロジャー・ウォーターズの月の裏側の世界のトリックめいたもの、それらを解らせてしまう歌と音楽的説得力を訴えている。
 その他、巽孝之、岩本晃市郎の記事もあるが、ちょっと深みに欠ける。

⑥ 「ストレンジ・デイズ」 No69 June 2005 「ピンク・フロイド」 発行所: 有限会社ストレンジ・デイズ

Strange05  なんで今ピンク・フロイドか?と思われるが、これは、ビンク・フロイドそしてロジャー・ウォーターズのアルバムの復刻盤発売を記念しての特集とみられる。
  特にロジャーの「ヒッチハイクの賛否両論」のジャケは例の女性のヒップを隠さずに丸出しの原点のジャケで出したところは評価しておこう。 
  この中では、坂本理が書いている”ふたつのピンク・フロイドを巡って”という記事が非常にフロイドを愛して来た感覚と期待とそれぞれのメンバーの気持ちを整理して納得させる。あの「ファイナル・カット」では既に表現者として自立してしまったロジャー、そして「ヒッチ・ハイクの賛否両論」ではピンク・フロイドでは表現できないようなスタイルの追求。考えてみれば、その歴史はかえってギルモアにもロジャーにも辛い戦いではあったが、かえってプラスであったとも言えるところを見いだしている。彼は新しいかっての4人のピンク・フロイドを願望をこめて期待している。

 しかし、私から見れば、人生山を越えたメンバーが例のライブ8のような共同作業はあっても、これほど世界の異なったロジャーとギルモアの2人によるアルバム作りという再作業は、やはり「?」であろう。それでも仮にあったとしても、ロジャーはリック・ライトは絶対に認めないと予想する。更に、これも仮にであるが、それをロジャーが認めたときは、完全に逆にピンク・フロイドの歴史に終止符を打つことになるであろうと。

別冊クロスビート「THE DIG」Oct.Nov 1995 No3「Pink Floyd 光と影の30年」

Thedig  「P・U・L・S・E」発売を記念しての特集、
 過去のアルバムについてのメンバーのコメント紹介が面白い。ロジャーに対しての掘り下げが若干物足りなさはあるが、フロイドの流れの理解には参考になる。

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2007年1月26日 (金)

ピンク・フロイドそしてロジャー・ウォーターズを語るときの参考文献5(雑誌特集1)

 「レコード・コレクターズ」 MAR.,1993 Vol.12,No3  「特集:ピンク・フロイド」 発行所:株式会社ミュージック・マガジン

Collectors93 この特集では、小野島 大のピンク・フロイドの歴史と評価の総論は、なかなか研究の深さをみる解説となっている。これは先に紹介した「British Rock Vol2」として取り上げた内容のオリジナル原稿である。
 なかなか一般の評論家は言及しないというか、知らないというか、あのギルモアとメイスンによるロジャーと決別して後の映像作品「道~カレラ・パンアメリカーナ」を取り上げ、彼らを見抜いた作品として(茶番)紹介している。
 又アルバム紹介では、宮部知彦が「the final cut」を、”このアルバムこそフロイドの最もスリリングで生々しい作品であると確信している”と述べ評価し、和久井光司は逆に「鬱」を、ちょっと意味が解らないが”堂々たる英国ロック路線”と評価している。このような対をなした評論が面白い。

 「炎」 別冊BURRN! 8月号増刊 1994 「特集:ピンク・フロイドの光と影」 発行:バーン・コーポレーション、 発売:シンコー・ミュージック

Honoo94 このピンク・フロイドの特集は面白い。

 伊藤政則は「時空を超えた音の魔力」と題して、「原子心母Atom Heart Mother」からのフロイドに焦点をあてて語る。彼の注目点はフロイドのサウンドに焦点をあてているのが良く分かる。

 松本昌幸は「ピンクフロイド28」でフロイド興業と呼ぶに価する「対」から出発してフロイド分析をしている。ロックは30年、40年と歳をとったことによるロックジェネレーションも歳をとり、それに若年層が加わっての多層化からの変化にフロイドの価値観分析を加える。ギルモアのピンク・フロイド、ロジャー・ウォーターズのソロ、それぞれの独立は、これから二人が共同作業をする必要がないことを知らせたと結論づける。彼の分析は何時も真摯で内容に重きがある。

 立川直樹は、対談でピンク・フロイドを語っているが・・・・彼はいつもその時の流れを見て、都合のよいように自己の意見を組み立てる。従って、それぞれの関係部署には都合がよい人なんでしょう。人気者であるが知識は浅く、解説に魅力がない。

③ 「beetleg」 通算8号 April,2000 「ピンク・フロイド ザ・ウォール総力特集」

Beetleg00  ウォール・ライブを特集している。ここではフロイド・メンバーそれぞれの発言を並べて、あのピークの時の思いを紹介し、アルバム「ザ・ウォール」の価値に迫る。ライブの記録も丁寧。
 面白いのは、「ザ・ウォール」の作成に至った因子の解説。ロジャーの当時の観客との間の壁の感覚は当然面白いが、それはさておき、彼らピンク・フロイドの会計業務担当の金融顧問組織ノートン・ウォーバーグ社の不祥事に言及。つまりこの事件により、多額の資金を失ってしまったフロイド・メンバーは、課せられた税金が納付出来ずに国外追放の身になったこと。それがウォール・プロジェクトを推進する因子となった経過を解説している。

  (続く)

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2007年1月25日 (木)

ピンク・フロイドそしてロジャー・ウォーターズを語るときの参考文献4(特別企画・事典=日本)

① 「ブリティッシュ・ロック集成 ENCYCLOPEDIA OF BRITISH ROCK」progressive rock & its periphey  マーキー別冊 マーキームーン社 1990

Encyclobrtotal90

 雑誌「MARQUEE」はプログレッシブ・ロックの日本に於ける重要な役割を果たした雑誌だった(残念ながら現在はその姿を変えている)。
 その企画本としてプログレッシブ・ロックを中心にブリティッシュ・ロックの集大成本として極めて価値あるものである。そしてピンク・フロイドといえば松本昌幸だ。彼の愛したピンク・フロイドは、そのリアルタイムな彼の解説と分析と評価で、当時はファンを納得させてきた。今でもその内容には感動すらある。是非とも見て頂きたい一冊だ。彼もここで言っているように、ピンク・フロイドがニュー・ウェーブの波の中で生き残り、確固たる地位を築いたのは、コンセプトであることを指摘している。又ロジャーの偏執さなくしてフロイドはないとも言わしめている。

② 「ヤング・パーソンズ・ガイド・トゥ・プログレッシブ・ロック」  監修:大鷹俊一 ONTOMO MOOK 発行所:株式会社音楽の友社 1991

Progressrtotal97 保科好宏が「アニマルズ」「ザ・ウォール」以降は従来の実験的・幻想的サウンドが陰をひそめ、よりシンプルでストレートな方向になったのは、ロジャー・ウォーターズの主導のバンドに変貌しつつあったことを指摘している。しかしギルモア中心の再結成したフロイドにはもはや時代を牽引したかつての音楽的マジックは無かったと評している。

British Rock Vol.2」  レコード・コレクターズ増刊 発行所:株式会社ミュージック・マガジン 1995

Brtotal95 ここでは、小野島 大の「内なる狂気を暴く シリアスな表現者集団」という記事が極めて的を得たピンク・フロイド評論を展開している。”ロジャー・ゥオーターズがバンドを去るまでのピンク・フロイドは極めて真摯な表現者集団であった。ロジャーは巨大化した産業ロック・バンドという表面のイメージだけでは決してはかることのできない生真面目なメッセージを持っていた”と記している。又”異端の天才シド・バレツト、その影と常に格闘し続けたロジャー・ウォーターズ。この二つの才能が火花を散らしながら作り上げていった巨大な表現体こそがピンク・フロイドであった”と言い切っている。

ロック大教典」 渋谷陽一 発行所:株式会社ロッキング・オン  1997

Daikyoten97  渋谷陽一のライナー・ノーツ集である。「アニマルズ」のアルバムについて、”これから自分達がやつていこうとすること啓蒙主義的とかイージー・リスニングとか言われようが、これしかないのだ。これが自分たちの骨をうずめる場所なのだ。・・・・・・今自分たちがすることはこの社会をしっかり見据え、正確に批判することだ。そしてそれを音にして訴えていくのは、現在一番レコードを売る力のある自分たち以外ないじゃないか、という強い決意を明らかにしている”と評し、フロイドの新しい出発の記念すべきアルバムと記している。リアルタイムに当時、このことが解らない評論家が多かったことは笑える。ただ、ギルモアがその後、ソロを出した意味が渋谷には解っていなかったと思われる。つまり、ギルモアには体質的にそうしたことの価値感が持てない社会に目を向けた感覚とは別世界の極めてサウンド志向の人間であったということだ。そこにロジャーとの悲劇が生まれる。

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ピンク・フロイドそしてロジャー・ウォーターズを語るときの参考文献3(輸入本imported special volume)

PiNK FLOYD An Illustrated History by Patrick Humphries  = Chameleon Books , Great Britain  1997

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 ピンク・フロイドの原点である1965年にニック、シド、リックそしてロジャーの4人による活動の意義、そしてその評価から始まって、そして3年後のデイブの加入の流れ、シドの脱退。そして「狂気」「炎」の絶頂期の姿、ロジャーのリーダー的な意義、そして分裂。更にその後のピンク・フロイドとロジャーのソロ活動を1996年まで貴重なフォト、イラストを含めてかなり丁寧な記録となっている。

Pinkfloyd1_1                                                         

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Pinkfloyd4_1 Pinkfloyd5_1                                                                                                                         Roger6  (参考写真はクリックすると大きくなります)          

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2007年1月23日 (火)

ピンク・フロイドそしてロジャー・ウォーターズを語るときの参考文献2(輸入本imported special volume)

Pink Floyd : in the Flesh the complete performance history  GLENN POVEY and IAN RUSSEL 1997  BLOOMSBURY

Flesh97

 

1962年からのCAMBRIGEそしてLONDONをスタートしてのピンク・フロイドPink Floydの原点である学生ロック・バンドとしての活動から、かなり綿密な記録をもとに分析をしている。貴重であるのは彼らのライブ記録も行き届いている。この発行年からも解るとうり、1996年までの記録である。
11期にこのバンドを整理している(↓)。

Abdabs① SIGMA6(autumn 1963): Nick,Roger,Richard,Clive,Keith and Seilagh

② THE ABDABS(or The Screaming Abdabs)(spring-summer 1964):  Juliette,Nick,Clive,Keith,Roger and Richard

③ THE SPECTRUM FIVE(autumn 1964.):Roger(Syd),Bob,Nick,Roger and Richard

④ LEONARD’S LOGERS (winter 1964) : Roger(Syd),Bob,Mike,Nick and Roger

⑤ THE PINK FLOYD BLUES BAND /THE TEA SET / THE PINK FLOYD(january-winter 1965) : Roger(Syd),Bob,Chris,Nick,Roger and Richard

Pinkfloyd1 PINK FLOYD(january 1966-December 1967) : Syd,Nick,Roger and Rick    ソーホー地区ワーダー・ストリートにあるマーキー・クラブでアンダー・グラウンド・グループとして知られるようになる。その後、サイケデリック調のポップ・グループとして注目。ピンク・フロイドの基礎の確立がなされて来たとき。

Pinkfloyd2 ⑦ PINK FLOYD (january-March 1968): Syd,David,Nick,Roger and Richard  シドの状態悪く、ロジャーはここでデイブを誘い、5人バンドとなる。

Pinkfloyd3 ⑧ PINK FLOYD (march 1968-79):David,Nick,Roger and Richard    シドの精神状態悪化でグループ脱退し、こうして頂点を迎える4人グループがここに形作られる。しかし真の4人による活動は、この後1979年までの12年間のみであることに気づくとおり、この12年間の後半はロジャーの構想によるアルバム作りをするグループと化し、サウンド面におけるデイブ、リックの協力体となる。最終的にはロジャーのコンセプト、デイブの音作りのバンド化した。しかしこの1969年の「The Man / The Journey」の組曲は、ブートのみでしか聴かれないが、彼らのロックの世界に組曲を導入した歴史的功績は注目される。

Pinkfloyd4 Pinkfloyd5

⑨ PINK FLOYD (1979-85) : David,Nick and Roger   リックは あの「THE WALL」においては彼の協力的役割の低下より、ロジャーから追放扱いとなり、既に正式メンバーから脱落、ライブにおいてはゲスト参加あつかいとなっている。3人バンド化。

Rogerout ⑩ PINK FLOYD (1986-93):David and Nick   1985年リーダー・ロジャーの正式脱退宣言により、2人のバンドとなる。ここでロジャーとのピンク・フロイドの所有権を巡って、血みどろの戦いが始まる。なんとしてもソロ・アルバムの空しさを早く知ったデイブ・ギルモアは、このビック・ネームに固執して、脱退していたリックも呼び込んで、ピンク・フロイド名を自己のものにする。この時のデイブはまさにロジャーがイメージしたあのアルバム「アニマルズ」に描いた”PIG”と化したことは皮肉である。

Pinkfloyd6 Rogerwaters

⑪ PINK FLOYD (1994-) : David,Nick and Richard     リックの復帰により3人バンドとして現在に至る。

*ロジャーの脱退後の”アンチ・ピンク・フロイド活動”はすざまじい。まさにここに彼の対抗意識が、新しい創作活動に繋がる勢いがあった。(エリック・クラプトンとの共作「The Pros and Cons of Hitch Hiking」、「ロジャー・ウォーターズとブリーディング・ハート・バンド」結成、ベルリンにおける”THE WALL LIVE”、ジェフ・ベックとの共作「Amused to Death」等)

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2007年1月21日 (日)

私の映画史(2):今だからこそ「硫黄島の砂」

 映画「硫黄島からの手紙」で、このところ過熱気味の硫黄島という太平洋戦争の激戦地としての回顧が巷には広がっている。だからこそ私としては人間の”生の重要性”と、”人間関係の大切さ”、”部下に対しての厳しさは部下の為に”そして”戦争の残酷性”がテーマであった数十年前の映画をここに挙げざるを得ない。

Johnwayne1 「硫黄島の砂 SANDS OF IWO JIMA」 1949年アメリカ映画 B&W(109mins)

監督:アラン・ドワンAllan Dwan、脚本:ハリー・ブラウンHarry Brown,ジェームズ・エドワード・グラント James Edword Grant、主演:ジョン・ウェインJohn Wayne,ジョン・エイガーJohn Agar    / アメリカ海兵隊のライフル部隊に所属する鬼軍曹と、軍人のインテリ息子の葛藤を描きつつ、上官としての厳しさの中にみえる人間性、まれにみる激烈な戦闘となった硫黄島における日本軍との戦いを描く。これは日本においての公開に於いて、日本人の戦闘行為をカットしたという事情があった映画。あの西部劇のヒーロー・ジョン・ウェインが有名な「黄色いリボン」Johnwayne2_1 に主演した当時の映画であり、又この後の作品は「ケンタッキー魂」「リオ・グランデの砦」と続く時に、非常に異色の映画であった。

今、「硫黄島からの手紙」で栗林忠道が注目されているこの時に、戦争という環境下での個人の意志と国という巨大な組織化における自分の環境下での生き様は、この「硫黄島の砂」を見ておくことは私からの願いでもある。

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2007年1月17日 (水)

ピンク・フロイドそしてロジャー・ウォーターズを語るときの参考文献1(単行本special volume) 

 PINK FLOYD そして ROGER WATERS を語るにあたり、私が結構よくみる日本又は日本版の書籍を紹介しよう。まずは単行本(Special Volume )です。

Miles82 ①Pink Floyd a visual documentary by Miles. =編者:マイルズ、訳者:アルバ・フォーラム、発行所:株式会社CBS・ソニー出版、1982

1965年から1982年までのピンク・フロイドの活動ぶりを全て網羅している。特に初期4人シド、ロジャー、リック、ニックの生い立ちから解説し、この17年間のライブ日程や、その際の主なる出来事を記録している。アルバムその他の記録はソロを含め、主なる話題になったBOOTLEG海賊版に至るまで記録され、写真も豊富。貴重盤。

Karldallas88 ②PINK FLOYD ピンク・フロイド BRICKS IN THE WALL = 著者:カール・ダラス、訳者:広河泰家、発行所:株式会社CBS・ソニー出版 1988

ピンク・フロイドがロンドンUFOクラブに出演していた頃からの親交のある評論家カールのピンク・フロイドの歴史と事実、そしてロジャーの脱退分裂にいたる経過と新たな彼らの出発に至るまでを歌詞の分析まで考察しピンク・フロイドに迫る。

Lyrics90 ③ピンク・フロイド詩集 PINK FLOYD "LYRICS" = 訳者:肥田慶子、発行所:株式会社シンコー・ミュージック 1990  

1stアルバム「夜明けの口笛吹き」から「鬱」までの歌詞(詩)を精力的に和訳している。文学的訳の評価は一目置くが、いかんせんピンク・フロイドそのものの知識が浅く、訳に不満も感ずる。しかし非常に評価されたものである。

Saucerful93 ④ピンク・フロイド神秘 saucerful secrets the pink floyd odyssey = 著者 :ニコラス・シャッフナー、 訳者:今井幹晴、発行所:株式会社宝島社 1993

音楽ライター、映画・ミュージカルの作詞・作曲家として活躍していたニコラスのシドやロジャーの行動分析を含めてかなり詳しく入り込んだものとして話題になった。こうしたものに対してもロジャーは決して良いこぶっての詳細な会話の対応はしてくれなかった事も書かれている。ピンク・フロイド分析は著者にとっても非常に難解で興味ぶかかったことが読み取れる。シドの1990年の撮影写真の公開もあった。

Meigu97 ⑤ピンク・フロイド 幻燈の中の迷宮 = 今井荘之助・高橋伸一 共著、発行所:株式会社八幡書店 1997

ピンク・フロイド・ミュージュックの懐疑と魅力、フロイドの核であるロジャーの思想的因子の分析とその偏屈性から生まれる魅力。魔術師・異端児ロジャー、音楽的魅力のギルモア、テクノロジーのニックなどの評価が面白い。

Storydisco99 ⑥PINK FLOYD STORY&DISCOGRAPHY ピンク・フロイド = 著者:和久井光司・松井巧・菅岳彦・岩本晃市郎・池田聡弧子、ストーリー翻訳:吉田香織、発行所: 株式会社エクシード・プレス 1999

ピンク・フロイドの”メンバー個人”と”作品バンド”にそれぞれ迫ろう。彼らの真実を後生に伝えようと・・・。アルバム解説とバンドの奇異性などの分析に見るものがある。

Pinkfloyd02 ⑦ピンク・フロイドPINK FLOYD solo,groups & session (地球音楽ライブラリー= 発行: TOKYO FM 出版 2002

アルバムそれぞれの解説に力をかけている。SESSIONSにも及んでいるところが一つの価値。

File05 ⑧PINK FLOYD File = 監修:中村直也 発行所:株式会社シンコーミュージック・エンタテイメント 2005

ピンク・フロイド・ストーリーからそれぞれメンバー個人の歴史、CHRONOLOGY、アルバムそしてライブ、話題と内容は豊富。SESSION WORKS, BOOKS, 映像物などにも及んで解説。資料物としての価値もあり現在手に入る物としては最右翼。

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2007年1月14日 (日)

ロジャー・ウォーターズ(genuine Pink Floyd)の世界に何を見るか?-5-

[BOOTLEG]
ROGER WATERS
「Complete ”Hitch Hiking” Performance」

Radio City Music Hall , Manhattan , New York City , New York , USA. 3/28/85  HIGHLAND HL-185-186 soundbord recording

Procinhitperfom
Proconhitperfomc 1984年6-7月に行われたRoger Watersの「THE PROS & CONS OF HITCH-HIKING-WORLD TOUR」の約半年後に引き続いて行われた「PROS AND CONS-PLUS SOME OLD PINK FLOYD STUFF-NORTH AMERICAN TOUR」の様子を収録した2枚組CDである。
(内容は左の如くで、84年の前期と内容は大きな変化はない-クリック拡大)

  前回の目玉でもあったエリック・クラプトンは参加していない。ここにアンディー・フェアウェザー・ロウがギターで参加している。これ以降、ロジャーとアンディーの関係は濃厚になり、この後のロジャー作品やライブにはほとんど彼は関係している。


31cca39c073f4deaa92be9afd9ce1f99 さて、ピンク・フロイドを離れてのロジャーではあったが、演奏の大半はピンク・フロイド時代の主として「狂気」以降の代表曲をメンバーの個性を生かしながら、即興性も含めてアレンジした演奏を展開し注目される。彼の過去のピンク・フロイド・サウンドから又一歩新しい展開を目指した試みであったのかも知れない。ただそれは必ずしも商業的に正解ではなかった。ビンク・フロイド・ファンというのはあまりにも社会的多層階の、しかも社会一般大衆そのものに広く浸透して、彼の意志とは隔離していく一現象がここに始まるのである。もともと「狂気」「炎」「ザ・ウォール」「ザ・ファイナル・カット」というビンク・フロイド時代の一連のアルバムは、彼の戦争のもたらした父を知らない自己の社会に於ける不安感・疎外感・不信感から歪められてきた彼の感情に対しての内省的問題であったことの暴露として、この「PROS & CONS ・・・・」が存在し、彼の真摯な誠実な自己暴露としての一つの解決であったと思える。
 
Proconhitperfomb ただ、その手法として、当初はピンク・フロイドの1アルバムとして企画したが、受け入れられなかったこと、そしてこのアルバムのリリースの関係から、ビンク・フロイドとの決別が必要であったことなど、彼にとってのマイナス面が重なった現象であったことも事実である。
 しかし先に述べたように、そうであったからこそ、かってのセールス的にはマイナスであったが、フロイド技法から離れての試みが出来たことは、彼の音楽技法に於ける新展開が出来たという意味のあったアルバムであり、ツアーであったと言える。

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2007年1月12日 (金)

ロジャー・ウォーターズ(genuine Pink Floyd)の世界に何を見るか?-4-

<Progressive Rock>[BOOTLEG VIDEO]
ERIC CLAPTON & ROGER WATERS 1984
MONTREAUL LIVE 1984

Ericrogerlive  これは映像ものである。この映像ものをネタに、ロジャーのソロ「THE PROS AND CONS OF HITCH HIKING ヒッチハイクの賛否両論」をもう少し評価してみる。このアルバムが「THE WALL」「the final cut」とロジャーの人生歴史の縮図的なアプローチをした後、分裂した(させたと言ったほうがよいか)ピンク・フロイドに一つのケリをつけた時に、彼は、神経症の男を描き、女性への不信感と男女間の関係破壊への緊迫と不安との交錯を歌い上げた極めて内向的である中に強烈な叫びのある作品に仕上げた。

 この作品はギタリストとしてエリック・クラプトンを起用して話題になった。アルバム発表後、すぐにツアーに出る。そして前半はクラプトンの参加もあり、マイケル・ケイメン、メル・コリンズらと共に一大絵巻を展開する。その映像は特にオフィシャルなものがなく、ここに取り上げたようなブート・ビデオに頼らざるを得ない。しかし、ここにみることの出来るロジャーはじめクラプトンらの演奏こそ、私から見るとロジャーの歴史の中では実はトップ・クラスの演奏を披露している。

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 特にフロイドものでは、あの"money"の凄さは特筆ものであり、ピンク・フロイド・メンバーの演奏を遙かにしのぐレベルにある。ややジャズ傾向にアレンジされ、ロジャーのベースとヴォーカルにメル・コリンズのサックスとクラプトンのギターの掛け合いは、その間の取り合いと音の交錯は、アルバムの演奏に捕らわれないその時の解釈によるインプロビゼーション的ニュアンスのあるみごとな演奏で目を見張る。更に「PROS & CONS・・・」になると、クラプトンのブルーズィーなギターが惜しげもなく歌い上げ、このアルバムのレベルの高さを知らしめるのである。
Rwtheproandcons
 
ロジャー・ウォーターズの今日までのライブ演奏では、もちろんピンク・フロイド時代も含めても、これほどの出来のものはなかったと言っても過言でない。私はロジャーはこの時点が彼の音楽活動の一つの頂点であることを断言する。

・・・・・・・しかしこの映像がこのような粗悪なブートでしか見れないことは極めて残念なことである。(しかし、これだけでも所持している私は幸せ者なのかも知れない)更に残念なことは、このライブ・ツアーが大衆はあのピンク・フロイドのサウンドを期待したが為に、このグループの価値感を見つけられず、従ってツアーが低調に進行した事実をして、この後のロジャーの「RADIO K・A・O・S」ツアーの敗北と合わせて、彼にライブにおいてはアルバム通りの演奏が喜ばれるものと信じ込ませ、今日の(2007年ツアーも)彼の姿勢に今も影響しているこは、大きなマイナス因子となったとみる。この時の彼を見ずしてロジャーは語れないことをここに指摘したい。

Backw 一つ追加ですが、このロジャーのクラプトンとのライブですが、バックスクリーンに、これ又刺激的な映像が映し出されます。アルバム・ジャケが問題になった全裸のリックをしょった女性がヒッチハイクしている。そこに単車の男性が現れ女性をさらう。
  更にその後のシーンは、路上に女性が一枚一枚着ている物を向こう向きに歩きながら脱いで行く、そして最後にはパンティーまでもおろして全裸になる。その画面の前でロジャーの語りと叫びと歌声が響き、クラプトンのギターが泣く。多分この会場にいた連中は、圧倒されたことは想像に難くない。ロジャーは全てを出し切った感ありだ。

  このビデオに納められているライブ演奏は、私の持つ資料から”THE PROS & CONS OF HITCH-HIKING-WORLD TOUR”の最終日、31 . 7 . 1984 に、The Forum , Montreal , Quebec , CANADA で行われたものと思われる。このツアーは、Swedenにて1984年6月16日から始まり、ヨーロッパ、アメリカ、カナダと21回目がこの日であった。この後第二次ツアーが1985年3月に北米にて開始される。

(なお、参考までに、「the final cut」でロジャーの独裁を経験した・デヴィッド・ギルモアは、この時ロジャーより一歩早くソロ・アルバム「ABOUT FACE 狂気のプロフィール」をリリースしてライブに出たが、やはりピンク・フロイド時代の喝采はみじんもなく惨敗した。その後今度はロジャーが必死のソロ・ライブ活動を展開している最中に、既にギルモアはソロの空しさを感じている(ピンク・フロイドは偉大であった)。これが後に何が何でもピンク・フロイドのビック・ネームを手にしたいという欲望をギルモアは(ロジャーが感ずるより先に)知ったことが、後のピンク・フロイド獲得騒動に繋がって行く。)

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2007年1月 9日 (火)

ロジャー・ウォーターズ(genuine Pink Floyd)の世界に何を見るか?-3-

[BOOTLEG]
ROGER WATERS 「Thanks For the ride」 
PART1(GSCD1018),PART2(GSCD1019)
golden stars -live in STOCKOLM,SWEDEN,1984

 これもロジャー・ウォーターズのピンク・フロイドから離れてのソロ一作目のアルバム「THE PROS AND CONS OF HITCH HIKING」発表後のエリック・クラプトンとのツアー・ライブもののブートである。
    CDはPART1とPART2の2枚で、2枚組でなくそれぞれ別に売られた。

[ PART1]

Thanktideeric1Thanktideeric1b





  ピンク・フロイド・ナンバーを"MONEY""WISH YOU WERE HERE""HEY YOU"などピンク・フロイド・ヒット曲集的な内容。適度にアレンジも加えて演奏している。まさにロジャーが俺がピンク・フロイドであったことを何の抵抗もなく披露している。しかし、この時ロジャーには最初のダメージが襲う。それはこのツアーがかってのピンク・フロイドとは別物であることを知らされるのだ。客の入りは彼の思惑どうりでなかった。ソロとビック・ネームのピンク・フロイドの格差を突きつけられる。
  実質、あのヒット作「THE WALL」そして問題の「the final cut」両アルバムは彼のソロであったといってよい。それは彼の人生が父親の戦死から始まって諸々の被害意識、父親を知らずに育って歪められてきた感覚、更に母親の左翼思想のもとでの反体制意識が彼の創造力の源でもあり、それから生まれ得た作品であった。今回のアルバムは人生の要である夫婦の絆に亀裂が生まれての被害意識がやはりこのアルバムに見える。そうした抑圧に似た世界からの解放はあるのか?そうした社会・家族に向けた問題意識は、彼にとって見れば別物でなく、連続的問題であり、それを訴えた作品群であるにもかかわらず、今回のソロでの彼の努力は結実しなかった。

 [ PART2]

Thanktideeric2Thanktideeric2b















 これは、このライブの後半で有り、やはりこの「PROS & CONS ・・・・」の全曲を網羅していて、最後に彼得意の”BRAIN DAMAGE”で幕を閉じる。このツアーは、クラプトンの他にもメル・コリンズ、ティム・レンウィック、ミハエル・カーメンなどメンバーも豪華で演奏内容も評価に価する。
 しかし・・・客受けはいまひとつに終わり、後半の1985年ニュー・ヨーク等の北米ツアーはクラプトン、レンウィックは参加していない。ロジャー・ウォータースは、自分のいないピンク・フロイドは何も出来ないと信じ、自分がピンク・フロイドである(事実そうであった)と信じ、そうした根拠は彼のコンセプトがアルバムの根源にあったこと、それが評価されていたことから、自己の力を信じていたが・・・・・、この時になって彼の独裁とそれから来た自信は崩れてゆくことになるのだ。

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2007年1月 7日 (日)

ロジャー・ウォーターズ(genuine Pink Floyd)の世界に何を見るか?-2-

[bootleg]ROGER WATERS「THE PROS & CONS OF LIVE HITCH HIKING 」Silver Rarities  SIRA45-46(2CD) BIRMINGAM 27 june 1984

Prosconsboot

Proconlivehit_3 ロジャー・ウォーターズは予てからの構想であるアルバム「the pros and cons of hitch hikingヒッチハイクの賛否両論」を1984年リリース。直ちにツァーにでる。もともとこのアルバムの構想は「THE WALL」制作前に、フロイド・メンバーに示しているものであったが、採用されなかったものだという。「the final cut」作成時、ロジャーはフロイドのその他のメンバーではとてもピンク・フロイドとしての活動は無理と信じていた。ロジャーはギタリストとして、かってから親交のあったエリック・クラプトンを招きこのアルバム制作に入ったのだ。フロイドメンバーのリック・ライトは意欲低下、能力の限界にあり、ニック・メイスンは既にドラマーとしての評価は得られない状態にあった。従って、ギルモア以上の評価のあるクラプトンを擁して作られたアルバムは、ピンク・フロイドはロジャーからみれば敵ではなかった。Prosconlivehit2_1

Prosconlivehit3     しかし、その思惑は崩れる。大衆は、かってのピンク・フロイドの類似サウンドであれば、後はどうでも良かったのだ。コンセプトもいらない。このアルバムはあまりにも難題であった。夫婦の生活のテーマから深層心理をつく、非常にレアなアルバムで、クラプトンのギターも、聴かせ所をつかんだ見事なものだった。しかし、セールス的には、そしてツアーの入りはピンク・フロイドを名乗るバンド当時にはかなわなかった。

1db4d8e94f124bfc95703bd4e71b9ffa  ここに紹介するCDは、このツアー前半はクラプトンも同行して行われ、それを収録したものである。そして一回の公演の前半にはクラプトンもピンク・フロイドの曲を弾いて見せている貴重盤。"set the controls for the heart of the sun"からスタートし、"money"ではキーボードとクラプトンのギターがアレンジされて共演していて、楽しい。"the gunners dream"なども、なかなか聴かせる。後半は「PROS &CONS・・・」全曲を演奏し、あらためて聴いてみると実に素晴らしい演奏である。しかし一般大衆はかってのピンク・フロイドとの類似点を見いだせず、喝采を浴びせることはなかった。そしてこのツアー後半はクラプトンは参加していない。(一部には音楽論でロジャーと対立してしまったという話も出ていたが、近年クラプトンとロジャーの共演もあり、親交は相変わらずであるようだ)多分、ロジャーにとっては、この時初めてピンク・フロイドという巨大な存在を知ったのであろう。自分で作り上げてきたものの大きさを初めて知ったのであろう。ソロ活動はその比でないことを。まさにその後、既にソロの評価の少なさをかってから知っていたギルモアは1986年、ピンク・フロイド立ち上げ宣言をするのである。機能的にも低下した仲間を否定したロジャーは、そのメンバーから否定される結果となった。

  その後実はギルモアとニックで作られた「道」という最悪のレーザー・ディスク盤がある。彼らの奈落ぶりが浮き彫りされている。これではロジャーは否定するのも当然と思われる。しかし立派な評論家達もこれを取り上げない。多分知らないのであろう。ロジャーが否定する彼らがここに見える。
(ここに取り上げたブート・アルバムのジャケなどはクリックすれば大きく見れます。参加ミュージシャンなども見て下さい)

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2007年1月 6日 (土)

ロジャー・ウォーターズ(genuine Pink Floyd)の世界に何を見るか?-1-

31cca39c073f4deaa92be9afd9ce1f99 1983年PINKFLOYD「the final cut」をリリース。この時からROGER WATERS ロジャー・ウォーターズの真の世界が一歩明解になった。彼にとってみれば、コンセプトのないロックの存在などは考えられない。ロック・ミュージシャンとして生きるにも、時代の流れの中で一つの自分の世界が持てたときにその存在価値がある。既に誰もがアルバム「THE DARK SIDE OF THE MOON 狂気」から、既にロジャーのコンセプトがPINK FLOYDピンク・フロイドの世界を作り育ってきた事は知っている。形骸化したロックに、ロックの原点への回帰を目指した1970年代後半のパンクの流れ押し寄せる中でも、ロジャーは社会に目を向け訴えることに彼のロックの価値観を高めた(アルバム「ANIMALS」1977)。その時代その時代の背景の中にあって、主張するものを持ちロックは存在意義があり、「ANIMALS」の価値観を語るときに、時代分析のない多くのロック評論家の批判と評論はまさに反吐が出る。

 それはさておき、ロジャー・ウォーターズは「the final cut」発表後、ピンク・フロイドを封印することになるが、既にロジャー主導のピンク・フロイドに対してソロ活動していたギルモアは、如何にピンク・フロイドの名が大きいかを身をもって体験していた(ギルモア自己名義のアルバム「DAVID GILMOUR」、「ABOUT FACE」を発表するも、特に前作のほうは内容的にもセンスもなかなかのものであったにも関わらず、セールス、評価もいまいちであった)為、ピンク・フロイドのビック・ネームの価値感を否が応でも知ることとなり、ロジャーが放棄したピンク・フロイドの名に飛び付くのである。哀しいかな、ロジャーにとってみれば、ギルモアはじめ他の3人が否協力的になったピンク・フロイドはあり得ないと判断した結果自分は別の道を企画したのであった。こうしてこの時から、まさかそうなるとは思いもしなかった自分で作ったビック・ネームのピンク・フロイドとロジャーは戦わなければならないという皮肉の世界に突入する。

Proconlivehit  ロジャーは、既に構想は出来ていたアルバム「the pros and cons of hitch hiking ヒッチハイクの賛否両論」をエリック・クラプトンを迎えて制作発表することになる。次回は、本来のアルパムは誰も知っているので、BOOTLEGを紹介しながら、ロジャーに迫ってみたい。

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2007年1月 3日 (水)

今年の目標1

この目標に向かって頑張りたいもの(絵画・写真)

 写真と絵画・・・この両面に今年は自己の評価がどうなるか?そんな事を考えながら取り敢えず頑張ってみたい。長年抱いている目標のイメージは、その一つの絵画の世界に求めると・・・・

      相原求一朗 (1918-99)です。

Photo
 
 彼の絵の世界は・・・・・、私の知りうるなかでは、例えば暗い灰色に近い色が多くの作品に多用されているが、その中に多くの色があり、作品によってイメージを変える。簡単に一口では表現できないが、私にとっては日本の原点的なものを彼独特の世界から感じられる。一見暗いのですが、実はそこに人間としての味といいますか何か心に輝いてくるもの、そして自然の深淵さなども感じます。北フランスや北海道を中心に描かれた一連の作品は、花の咲く華やかなシーズンでなく、厳冬であったり日の射さない世界であったり、そして広い大地であったり、道が主題であったり、そこに感ずる弧愁の詩情は、私にとっては私自身の作画の目標としてのものを感じさせるものでもあります。
  
 又彼の技法の特徴は下地が黒であって、そこに色をのせ、そしてひっかいて下地の黒を生かして行きながら又色を乗せてゆくというところ。これは彼のたどり着いた技法であるようだ。モノクロームの中にも色があり又その奥深いところが彼の絵の味と言わしめるものがある。幸いにしてこの作品ではありませんが、私は彼の一枚をなんとか所有できたことが、今となっては幸せだと思っています。
 (ここに実はある画集から代表的な一枚の絵をデモしました。タイトル「バルビゾン」1979、油彩・カンヴァス 24.5×33.6cm 相原求一朗美術館所蔵 、著作権の問題がある可能性がありますが、著作権法第32条より、公表されたものを研究等に引用する場合・・・・・・と解釈してデモさせていただきました。問題がありと判断された場合はご連絡下さい。削除いたします。)

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2007年1月 1日 (月)

2006年 記憶に残る音楽DVD(POPULAR)  -5-

「DIVA」 / Sarah Brightman  Angel Recrds

Sara2diva_1   これはプロモーション・ビデオ・クリップ集で、つまり映像はなかなか凝っているが、しょせん口パクで、ライブ映像のような迫力はない。それでも彼女のベスト盤であって、一見の価値はある。この前に出された「LIVE FROM LAS VEGAS」は、アルバム「HAREM」からが中心であったとはいえ、過去のヒット曲も登場して見応え十分であった為、ちょっと今回のプロモーション・ビデオものはワンランク下であることはやむをえない。しかしこのSarah Brightman は、プログレッシブ・ロックなども引っ張り込んだり、曲の構成は多彩である。又発声そのものも、曲によって変えていたりで芸達者でもある。なにはともあれ音域が広く美しい歌声は貴重な存在であり、歌い上げるその手振り身振りも完成されている。このDVDは曲一つ一つに彼女自身のコメント付きで、ファンにはたまらないだろう。今年は新しいアルバムに期待する。

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