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2007年1月31日 (水)

ロジャー・ウォーターズ(genuine Pink Floyd)の世界に何を見るか?-6-

プログレッシブ・ロックの時代背景に於ける意味

<Progressive Rock>
[BOOTLEG]
ROGER WATERS & THE BLEEDING HEART BAND
  「PROGECT KAOS」
Mecca Auditorium, Arena, Milwaukee, Wisconsin, USA. 13.11 1987 ( 及びその他各地)  Ayanami-20 (CD3枚組)

  ロジャー・ウォーターズが明確にピンク・フロイドを離れてのアルバムは「RADIO K.A.O.S.」である。
 「フロイド戦争」と言われての彼の脱退劇と、その後のピンク・フロイドという巨像(虚像)の使用権を巡っての戦いは、ロジャーの敗北であった。その経過の中で作られたものは、既に取り上げた映画「風の吹くとき」のサントラ盤である((参照)http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_a58e.html)。
 そこに既に彼のギルモア・フロイドに対しての宣戦布告が見られる。それは彼のTHE BLEEDING HEART BANDの結成となってその形は現れ、その中の彼の曲(”Towers of Faith”)にもその意志が明解に発見出来る。
  そして完全なロジャー・ウォータースの決意のアルバム「RADIO K.A.O.S.」の作成となる。

Radiokaos
  もともと、ロジャー・ウォーターズがピンク・フロイドからの脱退劇は、彼の作品造りの意欲がそうさせたと言ってもよい。彼のプログレッシブなロック・ミュージックへの意志は過去のフロイドに飽きたらず、新しい展開意欲が形成されていた。そしてその実行の為には、かってのピンク・フロイドの殻を破るべく、それまでのマネージャーであるスティーブ・オラークから離れる事が必要と彼を解雇、新しいピーター・ラッジへの契約変更を考え実行したのだった。しかし、オラークはそう簡単にこの美味しいピンク・フロイドというビック産業を放棄することはなかった。又、その時にソロで失敗したギルモアは、やはりピンク・フロイドというものの偉大さを知り放棄はしなかった。その両者の思惑は一致しピンク・フロイドの獲得を図ることになる。その為、ロジャーは自己の目指す発展の中で、協力者のないピンク・フロイドを封印したのであったが、その名前の権利を逆に譲らざるを得ない状況となり、自ら脱退して、フリーな環境での作品造りを目指したのである。
 この時、まだロジャーは「PROS & CONS ・・・」の興行的失敗は、ピンク・フロイドは自分が作ってきた物であったが為、ロジャー=ピンク・フロイドと自負し、ピンク・フロイドの名のないもとでの失敗とは気づいていない。さらにピンク・フロイドは自分なしでは存在できないものと信じていた。
 そこでソロの空しさを知ったギルモアは、ロジャーがピンク・フロイドを封印したのは放棄したのと同じとして、これ幸いと、ピンク・フロイドをメイスンと共に自己のものにする野望に走った。メイスンは当時ミュージシャンとして全く拠り所が無く、しかも自己でアルバム作りの能力は既になくなっていた為、当然ギルモアの提案に乗ることになる。
 しかし、この事件はあくまでもロジャーが引き起こしたものからの出発であり、ロジャーにはピンク・フロイドの再生を阻止できる根拠は失っていたのである。

Kaosmembers

 かくして、ニューアルバム「RADIO K.A.O.S.」は、自分が作ったビック・ネームであるピンク・フロイドとの戦いのアルバムとして、そして発表後行われたツアーも、それとの戦いの場と化すのだった。しかし、このアルバムはかってのでれっ~~としたフロイド・サウンドと一線を画し、力強いそしてリズム感のあるロック・オペラを展開する。このアルバムも核戦争がテーマとなっており、その事は「風が吹くとき」の流れと繋がる物でもあったと思う。

E4e950301bdd4a9a90875cc19a83bbbb  ロジャーがこのようなロック・リズムの新展開を曲作りに見せたことは、彼の一つの前進ではあったが、聴く者との遊離は大きかった。かってのフロイド・サウンドを期待した多くのものは決して絶賛しなかった。なお、不幸であったのは、あの対立したギルモア新生ピンク・フロイドはそうした時に、逆になんら新しさのない過去のフロイド・サウンドそのものであったことが、聴衆をして喜ばしたのだ。
 皮肉である。何かを求めてのプログレシブな前進は或意味では、現代の一見平和社会においては、特に大きな意味を持たなくなっていたことだ。むしろ過去の快楽でなんら不満は無かったのである。プログレというものの価値観なんぞには今の多層化したロックを聴く人間にとってはとるに足らないものであった。

  ここに取り上げたブートCDは、RADIO KAOSツアー後半のMilwaukee公演を比較的好音質完全収録。DJのジム・ラッドの進行そののままが記録されている。その他、驚くべきはツアー参加のクレア・トリーのあの”the great Gig in the sky”まで収録されている。私としては特に興味が持てた曲は”home”のような軽快さの曲はまさにロジャーの新境地であり、”Four minutes”は彼独特の効果をあげるフロイド世界でもある。ここに旧来のフロイドから脱皮した記念すべきロジャーの世界を知ることになる。
 なお、更にこのブートCDには、アルバムに収録されなかった”Molly's Song”,”Going To Live LA”などの曲もライブそのまま登場する。キャラックの”Tempted”も聴きもの。

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コメント

聴衆は「ピンクフロイドのロジャー ウォーターズ」を見に来てるっていう自覚は、本人になかったのでしょうか?「聴衆との間に壁がある」って自ら言ってたのにね。「そんな事を言ってるからお前はダメだ」ってロジャーに言われそうです。

投稿: nr | 2007年1月31日 (水) 22時33分

ロジャーとて人の子、ギルモアらに反対された曲を、敢えて歌詞を変えて社会批判、攻撃に出たアルバム「アニマルズ」でのパンクの波に打ち勝ったとは言わなくとも、その波を乗り越えたことが(彼の独裁のスタートであった)彼自身の自己評価に狂いを生じさせたのでしょう。更に「ザ・ウォール」の成功。そしてピンク・フロイドなければ、絶対に受けを考えたら作れない「ファイナル・カット」の作成まで来ると、フロイド=ロジャーであったと思うのも無理はないでしょうね。事実、アニマルズではリック・ライトの脱落(一部には、リックはコカイン中毒説もある)。そして「ザ・ウォール」では下手としてメイスンも降ろされ、「ファイナル・カット」ではギルモアも単なるセッション・ギタリスト状態であったことは、ピンク・フロイドはロジャー・ウォーターズであり、そしてそのことが、彼自身にしても”ピンク・フロイドの終わり”を感じていたのは事実でしょう。

投稿: 風呂井戸 | 2007年2月 1日 (木) 21時40分

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