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2008年4月29日 (火)

ジャック・ルーシェJ.Loussierとプレイ・バッハ(その4)

第3期を迎えたジャック・ルーシェ・トリオ

 1985年の2期トリオが1990年代にかけて円熟味を増す中で、テラークと契約して、彼らの意志かレコード会社の希望なのか、その点は定かでないが、1997に我々を驚かすことが起きる。

Jltvivaldi  約40年ルーシェはバッハのみにその作品を作り上げてきたが(モーツァルトを自作曲集で一度取り上げてはいるが)、1996年ついにバッハ以外の作曲家の作品にアプローチを開始した。

「ヴィヴァルディ:四季」(TELARC/PHCD-1550)

これは驚きで1997年に発表された。バロックの元祖的ヴィヴァルディの特にポピュラー的にも扱われる”四季”を取り上げたことに、新たなトリオの意欲を感ずることとなった。
 しかしこの後、ベースのシャルボニエが倒れ、更にルーシェの方向に変化がもたらされる。

Jltsatie  そして1997年、ベースにブノワ・デュノワイエ・セゴンザックを迎え、第3期ジャック・ルーシェ・トリオが誕生し、1998年「プレイ・サティGymnope'dies Gnossiennes」(TELARC/PHCD-1570)
を発表。
 ここでもバッハから離れたルーシェを見る。しかもバロックから一歩も二歩も離れたトリオに驚きを隠せなかった。

Plbtakebach この1998年には、ピアニスト姉妹のペキネルとジャック・ルーシェ・トリオでバッハの演奏を行っている。

「TAKE BACH」
(TELDEC WPCS10494)

これはジャック・ルーシェの別作業アルバムでした。

Jltbolero そしてこのトリオは更にラヴェルへもアプローチし、ルーシェの作曲した組曲も披露する。

「ラヴェル・ボレロ」(TELARC/PHCD 1578)

ここに来て、ルーシェの名作への挑戦が明確になってくる。

Jltbachgoldberg2000年になると・・・・・・

 しかし、ここではバッハに立ち返った彼の姿が見える。特にバッハの技術的に難しい曲をお披露目したことは、彼は決してバッハ以外に安易に挑戦しているのではないと言いたかったのだろうか。

「プレイ・バッハ:ゴルトベルク変奏曲」(TELARC/PHCD 1593)

 彼の長いプレイ・バッハ歴の40年にしてゴルドベルク変奏曲は初めての録音であった。

Jltdebussy  2000年になって、前アルバムにて、ルーシェはバッハに戻ったと我々は思っていたが・・・なんと更にピアノ曲制覇を目指すがごとく、ドビュッシーの登場となった。

「フレイズ・ドビュッシー/月の光」(TELARC/UCCT1008/2000)

 もうここまで来ると、バッハとは異なる世界を如何にJAZZとして仕上げるかの興味が沸いてくる。しかし”月の光”がこうなって迫ろうとは、ただただ脱帽のトリオの演奏であった。
 こうして、第3期ジャック・ルーシェ・トリオは止まるところを知らず、2000年代に入ってもバッハから離れて多彩な作曲家に挑戦するのが続くのである。

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2008年4月27日 (日)

ジャック・ルーシェJ.Loussierとプレイ・バッハ(その3)

円熟味を増す2代目ジャック・ルーシェ・トリオ

 1985年の新トリオ(ジャック・ルーシェ(P)、ヴァンサン・シャルボニエ(b)、アンドレ・アルピノ(per))は、バッハ生誕300年を記念して各界からルーシェのジャズ・バッハへの期待が大きく、その為誕生したと思って良いのだろう。
 前回紹介した「デジタル・プレイ・バッハ」「バッハ・トゥ・ザ・フューチャー」の2枚のアルバムは大きな歓迎を受けた。

Plbgreatest_2 そして、1988年には彼らの新しい試みがスタートした。

フランスのクラシック・トランペット奏者のギ・トゥブロンを迎えて、このトリオに加えての新しい試みの
「ザ・グレイテスト・バッハ THE GREATEST BACH」(K32Y6252)を発表。
 選ばれた曲は”パルティーダ第1番変ロ長調BWV.825”、”管弦楽組曲第2番ロ短調BWV.1067”だった。



Plbbrandenburg_2 更に1988年には
「ブランデンブルグ協奏曲第1.3.5番」(K32Y-6251)

 これはオーケストラをバックに披露したアルバムで、新しい試みにてリリース。
 決してクラシックとしてのバッハのスタイルにとらわれるのではなく、ジャズとしてのバッハをトリオを生かして演奏している。

 



Playbachld89 当時のこのトリオはジャック・ルーシェにとっても最も円熟していたのではないだろうか。そしてレーザー・ディスクによる映像ものもお目見えする。
 
 1989年ミュンヘンでのライブ録音・録画されたもので
「プレイ・バッハ89」
・・・・
として登場。この時にはシャルボニエのベースも非常に評判よく、又ルーシェ自身のインプロヴィゼイションも以前に増して充実したと評された。この映像ものはまさに私にとっての宝物である。






Plbtoday
1994年「プレイ・バッハ・トゥデイ」 (TOSHIBA-EMI/TOCJ-5921)

Plbconcertos
そして1995年「恋人達のコンチェルトConcertos for Lovers」(TOSHIBA-EMI/TOCJ-5961)を発表する。
  もうバッハのジャズ演奏では世界の注目を一身に浴びる存在であった。

 その後の彼らのトリオは名実ともに評価を受けていたが、この二代目トリオ結成12年を経て、ベーシストのシャルボニエが卒中にて倒れるアクシデントが起きる。ルーシェにとってはそれを契機に又新しい世界を開拓することになる。

Plbanniversary  シャルボニエが倒れる以前の1993、94年録音ものを、ルーシェのブレイ・バッハのファースト・アルバム以来の40周年記念として
「The Bach Book Jacques Lossiier Trio 40th Anniversary Album」(TELARC/PHCD-1587)
が1999年に発売されたことも、(既にこの時にはルーシェは新しいベーシストを迎え、バッハ以外の曲にもアプローチを開始しているにもかかわらず)如何に当時のトリオが受け入れられたか解る。


Plbencore  今日、ルーシェのクラシックのジャズ・トリオ(3代目新トリオ)による演奏はこの10年非常に多岐に渡る作曲家の作品に及んでいる。この2007年には、やはり1992年録音ものを・・・・
「ブレイズ・バッハ・アンコールPlays Bach Encore!」(TELARC/CD-83671)
として、2代目トリオものを発売している。プレイ・バッハは、この2代目トリオで一つの頂点に達し完成したとみてよいのであろう。そして新しい動きが1996年に出てくるのだ。

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2008年4月22日 (火)

ジャック・ルーシェJ.Loussierとプレイ・バッハ(その2)

ジャック・ルーシェ、再びバッハへの挑戦開始

 前回紹介した「ブランデンブルク協奏曲第2番/第5番」の2LPは、それまでの第1~5集までとはジャック・ルーシェ・トリオがオーケストラとの競演したということで、意義は異なっていた。と、同時に1976年に日本でリリースして私がこのアルバムを手にした時は、実は彼らはバッハ演奏のLP制作には既に終止符を打っていたのが後に解った。
 このトリオは1971年1973年と二度来日して、日本にもファンは根付いていたのであるがこの1976年の後、約10年という長い期間、過去の彼らのアルバムを楽しむしかジャク・ルーシェを聴くすべはなかったのである。

 そして、約10年後の1985年(ジャック・ルーシェがバッハを演奏してデビューして20年後)、なんと再び我々の前に、LP時代からデジタルCD時代に変化しての新トリオでプレイ・バッハはお目見えすることになった。

Jlt_2_2
ジャック・ルーシェのピアノを中心に、ベース:新進気鋭のヴァンサン・シャルボエ、ドラムス:ベテランのアンドレ・アネピノのトリオとしてスタートする。バッハ生誕300年しとての世界的記念事業にも刺激されたことは事実であろう。そして我々の前には、以前にも増してスリリングな演奏をするトリオが甦って来たのだった。

<Jazz>
「The Newest PLAY BACH in Digital Recording (デジタル・ブレイ・バッハ)」KING RECORDS / K32Y6030 / 録音1984/発売1985

Plbdigital_2

 かっての好演の11曲を新トリオにてデジタル好録音にてリリース。もちろん私はすぐさま飛びつくことになった。バッハの曲群がジャズという手法はとっていても、けっして原曲を崩すことなく自然なアドリブを要所に導入し、現代にバッハを生かしている演奏には、非常に好感がもてた。

Johnlewisbach_2 しかし、面白いことに全くタイミングを一にして、あのジャズ界では押しも押されぬMJQ(彼らの演奏にジャック・ルーシェも触発されてジャズ界に入ったとも言われている)のピアニスト、ジョン・ルイスもバッハを演奏してアルバムをリリース
「プレリュードとフーガ」 
(左:全て写真はクリックで拡大します)。このことは我々には何重にも楽しみを与えてくれたし、又ルーシェにとってもこの上ない刺激になったと思われる。






そしてルーシェの活動は更にエネルギーを高めてバッハの協奏曲への挑戦の結果も翌年1986年発表する。

<Jazz>
「PLAY BACH "Bach To The Future"」
KING RECORDS / K32Y6105 / 1986

Plbfuture

ここには、バッハをジャズで・・・それは自己の20年の歴史から自分なりきに築いてきたルーシェの自身がみなぎっている。まさに名盤。前作の過去の演奏の焼き直しでなく、見事に新しいレパートリーの開拓を成し遂げている。
 
 こうして、再スタートを切ったジャク・ルーシェは、この後も更なるバッハへの挑戦を続けて行く。これは私自身の1960年代からのリアル・タイムなロックと平行してのジャズ分野における重要な位置を占めている。
(従って、更にジャク・ルーシェは”その3””その4”と、この私のブログでは過去を振り返りつつ、書き込みを続けて行くことになるでしょう)

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2008年4月21日 (月)

ジャック・ルーシェjacques loussierとプレイ・バッハ

フランスが生んだ粋なモダン・ジャズ

 バッハをジャズで・・・ということになれば、ジャック・ルーシェJacques Loussierです。
 私が初めてジャック・ルーシェのプレイ・バッハを聴いたのは1965年だった。それも当時はオーディオ界でも音質が良いと言われ発売していたオープン・リールのテープから聴いて圧倒されたのを思い出す。ベースとドラムスに絡まってのピアノのバッハの旋律は、新しい世界を感ずる感動であった。フランスで「プレイ・バッハ」がLPでお目見えしたのは、1959年。ジャック・ルーシェがデッカ・レコードのオーディションでたまたま弾いたバッハが認められ、トリオを組んでのスタートとなったという。

Jlt_2
ジャズ界ではその名も知れたベーシストのピエール・ミシュロPierre Michelotとドラマーのクリスチャン・ギャロChristian Garrosとトリオが組めたのも25歳のルーシェにとっては幸いの事であったと思われる(写真上、クリックで拡大します)。
 ”平均律クラヴィーア曲集 第1巻”より前奏曲第1番ハ長調BWV.846のルーシェのピアノから始まりベースが続き、静かにシンバルの音がバックを支える。ゾクっとする瞬間である。

 こうして、ジャック・ルーシェのプレイ・バッハに接することが出来た私であったが、その後しばらくは、クラシック関係はバロックから離れショスタコーヴィッチ、マーラーと大作交響曲方面に傾倒していていたため、このルーシェのことも忘れていた。
 又1960年から1970年にかけては、それまで無視していたロック界ではあったが、クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル(CCR)の”スージーQ”を聴いて、ロック・ミュージックの世界に引き込まれていた。そしてキング・クリムゾン、ピンク・フロイド、サンタナに夢中になったが・・・・。

Playbachvol1  しかし再びジャック・ルーシェのプレイ・バッハとの出合が訪れたのは、1976年レコード店で、左のLPに接したことから始まる。なんと10年も前の感動したアルバムの復刻盤がお目見えしていたのだ。早速購入したのは言うまでもない。そして左が第1集で、聴いみて解ったが、これは日本で初お目見えしたものではなかったのだ。(日本においてはこのシリーズの第4集が、1964年にまず発売されたようだ。それが私の初めて接触したものであったのだ。それは勿論フランスでも記念すべき第一号)
「プレイ・バッハ第1集」(LONDON-King / JPN / GP191 /1976)

1.シンフォニアBWV.29 2.コラール前奏曲BWV.735、3.コラール第16番BWV.684 4.幻想曲とフーガ ト短調bwv.542  5.コラール前奏曲第1番bwv.645

Playbachvol2 続いて当時発売されたLPは全て手に入れることとなる。
「プレイ・バッハ第2集」(LONDON-King / JPN / GP192 /1976)

1.イタリア協奏曲ヘ長調BWV.971  2.<2声のインヴェンション>より 第1番、第13番、第8番、第14番、第15番 3.幻想曲ハ短調BWV.906
ここにみるジャック・ルーシェのバッハは、フランスというお国柄であったからこそのフランス特有のユーモアやエスプリとしての価値観を当時のアルバムのライナーノーツの岩浪洋三が強調している。まさにそれであったのであろう。

Playbachvol3
「プレイ・バッハ第3集」
(LONDON-King / JPN / GP193 / 1976)

1.パルティータ第1番変ロ長調BWV825
2.主よ人の望みの喜びよ BWV147
3.前奏曲 BWV.851
4.アリア BWV.1068
5.フーガ BWV861
6.前奏曲 BWV.866

このあたりで、ジャック・ルーシェが如何に深くバッハを理解し、そして洒落たジャズ・プレイをしているかが、一般に知れ渡ったのではないか。

Playbachvol4
「プレイ・バッハ第4集」
(LONDON-King / JPN / GP194 / 1976)

<平均律クラヴィーア曲集 第1巻より>
1.前奏曲とフーガ第1番 BWV.846
2.前奏曲とフーガ第2番 BWV.847
3.トッカータとフーガ ニ短調  BWV.565
4.前奏曲第8番 BWV.853
5. 前奏曲とフーガ第5番 BWV.850

この第4集こそ、日本でのジャック・ルーシェのプレイ・バッハ・シリーズの初公開アルバムであったのだ。それは特にバッハとしてはポピュラーなトツカータとフーガ二短調が収録されていたためかも知れない。(このアルバムこそ、1959年録音の記念すべき「プレイ・バッハ」第一号である)

Playbachvol5
「プレイ・バッハ第5集」(LONDON-King / JPN / GP195 / 1976)

1.トッカータ、アダージョとフーガ ハ長調 BWV.564
2.シチリアーノ BWV.1031
3.目をさませよと呼ぶ声が聞こえ BWV.645
4.バッサカーリア ハ短調 BWV.582

  こうして一気に5集が再発され、ジャック・ルーシェ・トリオのアルバムを私は、あの10年前の感動から自分の世界に引き込むことが出来たのである。 

そして更にこの年には

「ブランデンブルク協奏曲第2番へ長調bwv.1047/5番ニ長調bwv.1050」(LONDON-King / JPN / GP196-197 / 1976)
・・・・・の2LPもお目見えした(これは今思い起こすと懐かしいが、「PHASE 4 STEREO」というタイプのLP盤である)。

Bbrugconno2Bbrugconno5
この7枚のLPは、私にとっては宝のようにされていることは言うまでもない。目下LPのターンテーブル(当時評判のデンオンDP-80)不調のため、お蔵入りしているが、目下LPを聴くことの再スタートを目論んでいる私である。

(その後のジャック・ルーシェのプレイバッハは次回に書きたい)
(追記)2016.8 問題のLPターンテーブルDP-80は、現在復調して完動している。

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2008年4月 1日 (火)

メコン・デルタ MEKONG DELTA ~その2~

 ドイツのメタル・ロック界の頭脳的・技能的・技術的集団?

 そもそもこのバンドは”リーダーはベーシストのビヨルン・エクルンドなる得体の知れない人物の音楽実験プロジェクトとか?そしてそれはドラマーのゴードン・パーキンスの両者をもとに結成されたものだ”という謎を一つの売り物としてスタートした。Firstアルバムではプレイヤーの顔写真もジャケットにはなかった。しかし、複雑なサウンドとスラッシュな時代を意識してのメタル・ロック、そこにクラシックをも昇華してゆくアプローチに喝采が浴びせられたのは事実だ。その後、ドイツのHR/HMのバンド・メンバーがバックを固めているところから、次第にこのバンドの全容が明らかになっていった。
Mekongdelta  特にリーダーでありメイン・ソング・ライターのビヨルン・エクルンドなるものは、ラルフ・ヒューベルト(所属レーベルの創設者でプロデューサーである)あることが判明して、ようやくこのバンドが、その目的意識も含めて一般に知られていくことになった。

 我々にとって、そのような経過はそれとして、EL&Pによってカヴァーされたクラシックのなかでは最も前衛的といわれた「展覧会の絵」からの曲を1stそして2ndアルバムで披露し、更にヒナステラの「TOCCATA」を演奏し3曲入りシングルをリリースしたところは、いやがおうでも注目した。しかし、残念ながらアルバムに納められたそれ以外の曲群をこなすのは私にとってはかなりの難題。しかしニュー・アルバムとなると必ず手にしなければならなかったことは、プログレッシブ・ロック界に刺激を求めていた私自身の結果であったのであろう。
  とくに3rdアルバム「THE PRINCIPLE OF DOUBT」の”twilight zone”あたりは感動ものであった。
 その後、4thアルバム「DANCES OF DEATH」においては、オリジナル組曲展開し、それにムソルグスキーの”はげ山の一夜”を更に聴かせたあたりは、私の期待にかなり応えてくれたと喜んだものだ。
 更に1992年になってのアルバム「KALEIDOSCOPE」では、ハチャトリアンの”剣の舞”を聴かせ、続く1994年には、私としてはようやくアルバムを最初から終わりまでを聴き込めた彼らの集大成としてのアルバム「VISIONS FUGITIVES」発表。ここには過去のクラシックへのアプローチ、そしてそれをスラシュ・メタル技法による演奏を自己のものとして作り上げた誇りが見え隠れする。これが彼らの行き着くところであったのかも知れない。

 そして、続いて「展覧会の絵」全曲をバンドのみとオーケストラとの合奏の2タイプで演奏しきって幕を閉じていた。まさに彼らのプロジェクトの幕締めであったのであろう。

Lurkingfear  ところが、2008年になって、この間約10年の沈黙を経過し、新メンバーによるアルバム「LURKING FEAR」(KICP-1289)の発表となった。
 演奏スタイルはスラッシュ・メタルの色合いが濃くなっている。ところが、最終曲にソ連の革命から第二次世界大戦(ナチス・ドイツとの戦い)さらにスターリンの恐怖政治時代を生き延びたショスタコーヴィチの曲を取り上げている。彼らはこれから何を求めて行くのか?私自身がついて行けるかは疑問もあるが、出来る限りは期待を込めて注目はしてみたい。

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