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2008年5月 7日 (水)

Bootlegから見るピンク・フロイドPink Floydの真髄(4)「エコーズ」(その1)

最もバランスのとれた傑作か?「エコーズ ECHOES 」1971年

 「原子心母Atom Heart Mother」のヒットは、ロン・ギーシンの功績も大きかったが、いずれにしても初の全英No1に輝やいた。このことはピンク・フロイドのメンバーのロックに対する感覚の相違からの内部的葛藤とは別に、一般ロック・ファンに受け入れられたことにより、このバンド自身の方向性に周囲からの拘束も生まれることになる。
 彼らの実験的音楽思考、特にロジャー・ウォーターズの音楽そのものへの挑戦的実験性にある程度その先鋭化にブレーキがかかって、大衆音楽そのものへの方向性が保たれた。メロディー重視のライトやギルモアのニュアンスも手頃にバランスよく活動に生かされたのである。又このグループにギルモアの存在もシド脱退後居場所が明確になって、丁度4人の均衡がとれてきたといっていいのかも知れない。
 もともとロジャー・ウォーターズとニック・メイスンは音楽畑の人間でなく、建築学を学ぶことの中から共通の意志をもってシド・バレットという存在の下にロックへの関心の高まった二人であった。更にウォーターズの基礎には、ロックそのものの反体制的な指向というところにあり、それにひかれての活動のエネルギーを高めていた部分がある。それに対してファション・モデルとギターに生きようとしていたギルモアとは、世界観の違いは当然存在していたのだ。

 1971年11月ピンク・フロイドのニュー・アルバム「おせっかい MEDDLE」にて、一般的には”エコーズ ECHOES”のお披露目となる。このアルバムは当然前作の「原子心母」の評判の良さからも注目され、全英3位と評価は良かった。もともとピンク・フロイドはライブで新曲の実験を繰り返し、アルバム作りとなる手法をとるが、やはりこの”エコーズ”も例外でない。ほぼ年前の1971年1月に1ヶ月かけて4人のアイディアを持ち込み制作する。この時は4人がかなり対等にアイディアを出し、持ち寄られたかなり多くの曲をロジャーがうまく纏め上げたようだ。そしてこの曲は意外に初お披露目からほぼ完成していたという特徴がある。

Echmontreuxsep71 初の登場は、1971年4月22日、Norwich Lads Club(England)であり、まだ曲のタイトルは”Return of The Son Of Nothing ”である。そして5月15日ロンドンのクリスタル・パレスで行われたGERDEN PARTYで、この新曲の高い評価が得られ、彼らのグループとしての活動の価値観が高まったことにより、その存続が確定的となった。このことこそピンク・フロイドの後の傑作が生まれる原点となったのだ。そして9月18日左のブートCDに見られる(クリックで拡大)スイスのモントルー・ライブ「Live In Montreux1971」(THE SWINGIN'PIG TSP-CD-071-2)にて初めて”エコーズ ECHOES”と名付けられた。そしてこの後の”エコーズ”のライブ音源は非常に多数ある。この頃はピンク・フロイドも一流のロック・バンドとなり、多発するブートLPも売れ行きは良かったことにもよるのだろう。

Aphroditeaug71 Echojapaug71 これに先だって、あの日本の伝説の箱根ライブ・アフロディーテ(8月)、そして大阪フェスティバル・ホールでもこの曲は”原子心母”とともに披露されている。(bootleg CD:「APHRODITE」(Dynamite Studio DS94J058)、 「Echoes Of Japanese Meddle」(SHUT TO THE TOP STTP153)~この両CDは同一音源であり、しかもAPHRODITEと銘打っているが、大阪フェスティバル・ホールでのものと思われる)



Liveatpompeiild Liveatpompeiidvd       彼らの演奏映像は翌年1972年のポンペイでのライブ映像があまりにも有名だ(これはブートではなく、テレビ用映像版として収録されたもので、当時NHKでもモノクロで放映され、感動ものであった)。左のLD版と最近の再編集DVD版(Directer's Cut)がある。これにより日本での人気も決定的になった。
 この曲”エコーズ”は、リック・ライトの残響あるキーボード・プレイとメロディー、それにロジャーのベースとギルモアのギターが同時に刻んでゆくリズム、中間部のピンク・フロイド独特の各種実験音、ゆったりとしたヴォーカルと深遠な海の感覚の世界など魅力的と評判は良かった。これこそライトが対等に参加した結果であり、フロイドの4人がそれぞれの役割を果たしながら協力して作成した曲そのものだったのは事実と思う。
 だが一方、”この曲は映画のサウンド・トラックであって、そしてメッセッージがない”という批判もあったことは事実である。最もこの批判に敏感に反応したのは当然ロジャー・ウォーターズである。彼は後にこのようなピンク・フロイド作品から足を洗って行く方向を選んだ。選んだと言うよりは彼の本性を蘇らせたのだ。このバンドの実際の主導権はロジャーにあるがゆえに、その後はリック・ライトの出番は少なくなっていくのだ。ピンク・フロイドの四人が、ほんとうに対等に作成した曲はこの曲で終わるのである。


Bbcfinalsess  ブートでこの曲を聴いていると、なんと言っても、71年9月30日のBBCに於けるライブ・レコーディングの音源は凄い。まさに4人の演奏のパートが一つ一つ手に取るようにクリアに録音され(25分45秒)、アルバム「おせっかい」の”エコーズ”の音質を確実に超えている。ファンには必聴品である。「Pink Floyd BBC Final Session」 (Ayanami-032)


Echoes 1971年アルバム発売前のライブ音源CD「ECHOES」 。 これは録音 Oct.12,1971となっているが、どうもそれは眉唾物、12日ライブの記録なく、15日にはNORTH AMERICAN TOURに出ている。音質B級、演奏内容も特に特徴はない。



Echretsonnotnov71 USAツアー・ライブ音源 「Return of the Sons of Nothing」(THE GOLD STANDARD RAL-515, NAV-537~Nov.16.1971WashintonDC) 。これはまさに、アルバム発売当時のライブ録音もの。音質良好、完成”エコーズ”を聴ける。このツアーでのセット・リストを見ると”原子心母”が目玉曲で、この日のアンコールで”エコーズ”がお披露目され、注目を浴びた。


 1971年はこのUSAツアーで彼らは幕を閉じるのであるが、セット・リストの中では新曲はこの”エコーズ”のみであった。 
 翌年1972年には、UK tour を開始、ここには”原子心母”に変わり”エコーズ”を目玉曲として演奏活動をしている。しかしこのツアーでは、ロジャー・ウォーターズは、”エコーズ”を演奏曲群の中心の曲とはしているものの、この曲のロックとしての物足りなさ、つまりメッセージのないロックであるとの批判に対して、彼の持っているコンセプトをいよいよ打ち出してゆく活動に入ることになる。これにより、ピンク・フロイドは又新しい世界に突入するきっかけを掴んでゆくのだ。    (「エコーズ(その2)」に続く)

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