« ロジャー・ウォーターズ2007LIVE極上CD | トップページ | ピンク・フロイドPink Floydの始動と終結(3) »

2008年7月21日 (月)

ピンク・フロイドPink Floydの始動と終結(2)

プログレッシブ・ロックとしてのスタート1968年「神秘」、そして1983年の「the final cut」でLP時代に終結するPINK FLOYD

1967年、LP「the piper at gates of dawn(夜明けの口笛吹き)」で始動したピンク・フロイド(私は前回(1)に書いたとおり、歴史的ピンク・フロイドの始動は”Interstellar Overdrive(星空のドライブ)”にあるとみている)。もちろんシド・バレットの世界はピンク・フロイドの創始者であるが、後のピンク・フロイドを世界的に巨大化していったものは、シドの世界とは別物とみている。この初のLPからロジャー・ウォーターズのいた「the final cut」までの12枚のLPをみるに、誰もが気づくことは同じタイプのアルバムがないことである。つまり如何に彼らが音楽的手法・構築において何かを求め、そして実験を繰り返し歩んできたかが窺い知れるところである。そしてその対象は、音楽そのもの、楽器の機能、実験音、そして訴える内容は人間であったり、社会であったり、自らの人生であったり等々で、それらを積み重ね、社会にの変化に沿って歩んできていたことにある。私は幸い1968年の2ndアルバム「神秘(A Saucerful Of Secrets)」からリアルタイムに共に歩めた人間としてこの点は信じて疑わない。

Photo_2

Photo 「神秘」このアルバムで気づくことは、シドからウォーターズ指導体制への変化が明解に出たアルバムだ。つまりサイケデリックとは言われてもその基礎はポップ・ミュージックであるが、それから脱皮していわゆる当時のプログレッシブ・ロックの世界を歩み始める。それはロック・ミュージックの中での実験であり、暗中模索の中で楽器の音、曲のリズム、創られる何にもとらわれない彼らの曲の構築を試みている。
 特に注目の曲は・・・・
   ① "Set The Controls For The Heart Of The Sun"
       ②"A Saucerful Of Secrets"
Photo_3 ロジャー・ウォーターズの熱意がギルモアを呼び、このバンドの継続を計った当時は、かなりメンバーの4人が民主的、協力的曲作りと運営をしていたと見られる。プログレッシブ・ロックという表現は、これより後に一般化するが、既にウォーターズにはその意識が、このアルバム作りに見ても如実に表れている。それは特に曲①に、歌詞からしても彼の意志が見られるようになっている。そして曲②はまさに4人の共作であったといえる。

 「プログレッシブ・ロック」というロックのジャンルにおいては、1969年デビューのキング・クリムゾンを思い起こすことになるが、ロジャー・ウォーターズがピンク・フロイドと決別しての2作目のソロ・アルパム「RADIO K・A・O・S」が、時代は変わってLPからCDとして日本でもリリースされたが、その日本のライナー・ノーツを担当した原田洋一が的確に纏めている。それによると・・・・・・・・・・・
  プログレッシブ・ロックのアーティストの特色としてまず挙げられるのは、英国人で、しかも中産階級以上の出身だということだ。彼らの多くは、ベースにクラシックがあり、サウンド的には、それまでのギター・サウンド中心から、キーボードを中心としたサウンドを導き出した点が重要だ。当時は、今のようにコンビューターの発達もなかったが、その中で様々な試行錯誤を繰り返しながら高度なテクニックを駆使した、高尚な音を作り出していったのだ。
 次に忘れてはならないのが、確固としたコンセプトがあるという点で、政治、宗教、社会事情といった形而上、或いは形而下の事象を、文学的かつ哲学的な歌詞を用いて表現し、その高度な思想性は、ロックは労働階級のものという概念を完全に打ち砕き、ロックが知識階級にまで浸透するのに大いに貢献したのであった
・・・・・・・・・・・・
 と、プログレッシブ・ロックを評価した。まさにピンク・フロイドの発展の歴史でもある。

Photo_4 彼らが真にプログレッシブ・ロックと評価されたのは、1970年の4thアルバム「原子心母(Atom Heart Mother)」からではあるが、シドがバンド・メンバーから脱落しての彼らのバンドとしての音楽的構築は、特に思想的にも社会に反体制的感覚が強いロジャー・ウォーターズによるところが大きく、そして音楽的にはリック・ライト、そして新メンバーのデヴィット・ギルモアによるところが大きい。当初、このバンド作りには、ウォーターズは作詞、作曲を積極的に行って4人の力の結集に努力し、4人の人間関係においては、ニック・メイスンの力が大きかったと言えよう。
 バンドの創世記は、シド・バレットによって形作られたが、後のピンク・フロイドという圧倒的巨大化したバンドは又異質のもので、これへの道は、この新メンバー4人によっての協力的パワーによりスタートした。

 

|

« ロジャー・ウォーターズ2007LIVE極上CD | トップページ | ピンク・フロイドPink Floydの始動と終結(3) »

デヴィット・ギルモア」カテゴリの記事

ピンク・フロイド」カテゴリの記事

ロジャー・ウォーターズ」カテゴリの記事

音楽」カテゴリの記事

ROCK」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/193563/22421477

この記事へのトラックバック一覧です: ピンク・フロイドPink Floydの始動と終結(2):

« ロジャー・ウォーターズ2007LIVE極上CD | トップページ | ピンク・フロイドPink Floydの始動と終結(3) »