ピンク・フロイドPink Floydの始動と終結(7)
音楽を超越したリアリティーで終結するフロイド世界
まさに破壊寸前のリアリティーが迫ってくる。ピンク・フロイドとは何だったのか?、実験、創造、内省、不安、歪んだ社会批判、反戦等の世界が、いよいよ一連の”ウォール・プロジェクト”というウォーターズの企画の最終章として、(映画アラン・パーカー監督「ザ・ウォール」の制作に続いて)1983年12thアルバム「ザ・ファイナル・カットThe Final Cut」を発表する。
このアルバムのサウンドは更に斬新なものになり、もはや過去のピンク・フロイドではない。そしてかってのフロイドとも決別したダイレクトな歌詞のメッセージは、ウォーターズの「狂気」以降の流れを知るものにとっては感動無しには聴けない。これは如何にも大衆受けするAOR(adult oriented Rock)からの完全な脱皮として成し遂げられることになった。ウォーターズが「モア」の時代から「原子心母」「おせっかい」を経て、「狂気」に至った流れは、何時までも過去のサウンドによるアルバム作りをするバンドでない事を物語っている。そして、「アニマルズ」「ザ・ウォール」を経たときに、至ったモノがこのアルバムであった。「ザ・ウォール」にて自己の心情を暴露した後には、彼のトラウマの清算が必要であった。それは若くして戦死した父親への思いであり、更にフォークランド紛争への抗議、核戦争の破壊的行為に対する警鐘などがオーバーラップして、何はさておいても造らざるを得なかった彼の「ザ・ウォール」の最終章であった。
実はもともと「炎」でピンク・フロイドは終わったはずであった。しかし聴くものはパンク・ロックを支持するロック・ウェーブの中で「アニマルズ」を許し、そして逆に「ザ・ウォール」で感動し、「狂気」以降の二つめ頂点に沸いた。この流れは必然的に全曲ウォーターズによるもので埋め尽くしたこの「ザ・ファイナル・カット」を作らせたとも言える。ギルモアとメイスンは、ウォーターズのこの作品作りを許容した。そして緊張感の中で演奏する。ウォーターズの呟くような歌声に炸裂する大音響、そして絶叫し又囁く。そんな中でギルモアのギターが哀しくも美しく響き渡る。”the fletcher memorial home”から”southampton dock””the final cut”に流れる世界はまさに名曲である。戦場に我が子を送った母親が涙したこの世界は、ウォーターズが最も原点としているところだ。そして最終曲”two suns in sunset”で、”灰とダイアモンド、敵と友、これらは究極的には皆対等(同じ)であった”と結ぶ。これでピンク・フロイドは、「炎」で終えた後に、完全にこのアルバムで終結する。
哀しいかな、このLP時代の終わりには、多様化した一般大衆は、ウォーターズの更に前進したアルバム作りに既について行けなくなったことも事実である。数十年を経過したロックは、そこまでプログレッシブな姿勢が必要でない世界になってもいた。ギルモアとメイスンがカー・レースで遊ぶ姿のバックに流れるロック(「道:カレラ・パンアメリカーナ」)で十分だった。ここに哀しいピンク・フロイドの歴史が1987年になって刻まれることになる。
ギルモア主導による商業ベースに乗せられたピンク・フロイドの登場だ。アルバム「鬱 a momentary lapse of reason」「対 the division bell」のリリース。ここに来て、もはやピンク・フロイドのプログレッシブな姿は失われ、過去の懐かしサウンドの模倣と再現。アンコール版の出現としか言いようのない形骸化したピンク・フロイド・アルバムであった。
ピンク・フロイドは、狂気の天才シド・バレットにより興され、その幻影に悩まされつつも、自己のトラウマと歪んだ社会と戦ったロジャー・ウォーターズ。そしてそれにサウンド的に色づけしたデヴィット・ギルモアとリック・ライト。彼らを暖かく支えたニック・メイスン。これがピンク・フロイドであり、それ以外の何者でもない。この姿でビンク・フロイドは終結したのだ。
「ザ・ファイナル・カット」から既に25年、この4人のメンバーのそれぞれの歩んだ世界は余りにも異なった。今や4人にとっては、”ライブ8”などで一緒に演奏しても、これはまさに儀式でしかない。歳も取った彼らは、これからは儀式はむしろ盛んになるかもしれないが、ロック界を巨大に作り上げたピンク・フロイドは、丁度LP時代の終焉と同時に終結したのだ。
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コメント
Freeへのコメントありがとうございました。しかし、ここまでフロイドについて語れる人を見たことがありません。感動しました。私より論旨も明快で、首尾一貫しています。
確かに「鬱」「対」は個人的には好きですが、そこには焼き直されたフロイドしか見られないと思うのです。
投稿: プロフェッサー・ケイ | 2008年10月11日 (土) 00時33分