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2008年9月 8日 (月)

ピンク・フロイドPink Floydの始動と終結(6)

ロック界の巨大バンドの変身

Photo  4人のバンド・メンバーの共作により作り上げて来た世界から、異質の世界へウォーターズはピンク・フロイドを導いたアルバムの作成を断行。既に過去にピンク・フロイドが評価を受けた重要な因子であるコンセプトのそのリーダーであったウォーターズの実績には、この変身をメンバーの他の3人は不本意ながらも許容を余儀なくされた。この1977年10thアルバム「アニマルズANIMALS」は、ウォーターズにすれば前作「炎」と平行してライブで演奏していた曲群を使って、”パンク・ロックでなければロックにあらず”のロック革命の嵐の中で、実はパンク以上の問題意識を持っていたが為に、歌詞を大胆にストレートに修正し、こうした攻めに入らざるを得なかったのかも知れない。そして過去にとらわれずに、敢えて築き上げてきたエコー・サウンドを基調とした音響的な魅力をかなぐり捨て、むしろストレートでハードなサウンドを選びそれを前面に出し、過去の内省的なテーマから、社会問題に矛先を向けた。
 ピンク・フロイドの幻想的世界に評価をもっていた評論家達は一斉にネガティブな反応を示したが、しかしこのアルバムによりピンク・フロイド(ウォーターズの)の歪められた現代社会批判のコンセプトの激しさに、むしろライブでは更にピンク・フロイドというものの価値観を高めることになり、評論家の予想とは裏腹に大衆の支持を得るのに成功し、更に巨大化していった。しかし、そんな現象もウォーターズにとっては、決して素直に喜べるものでなかった。彼の問題意識の理解無く大騒ぎする聴衆にむしろ嫌悪感を抱くようにもなった。(この”アニマルズ・ツアー”の最終日の様子は、まさにウォーターズの炸裂した爆竹に端を発して怒り、演奏を中断し、不満をまくしたてる姿が記録されている : Bootleg 「THE END OF ANIMALS」live at olympic stadium,Montreal,CANADA july 6 1977: AYANAMI-150 参照)
 こうした中で、当時ギルモアとライトのソロ・アルバムが発表される。このことは既にアルバム作りにお互いの共通の世界が無くなったことを物語っている。(この時のギルモアのソロ・アルバム「DAVID GILMOUR」は彼にとっては初の試みであったが、フロイドの世界から離れての重圧から解放された音楽重視の彼の姿が見えて、なかなかリラックスしたAORであって、後のフロイドを名乗った「鬱」「対」のような力みが無くいいアルバムだと思う)

Photo_2 そして1979年、ウォーターズは彼の人生に加えシド・バレット結成したピンク・フロイドのロック・バンドの歴史、彼が常に抱いていた(出征して戦死したために一度も会わずの)父親の不在のトラウマ、狂気への不安、現代社会の矛盾、管理社会の非人道性など全てを網羅した集大成アルバム11thアルバム「ザ・ウォールTHE WALL」を完成させた。当時のロック・アルバムとしてはLP2枚組という例外的長さの曲群を大衆に聴かせてしまうウォーターズの手法は、ここに完成をみるのだ。このアルバムは全米1位、全英1位という成功をおさめた。不滅のピンク・フロイドの歴史的アルバムとなった。(しかし、この世界こそウォーターズの世界であって、既にバンド・メンバーからライトは落とされ、単なるキーボード奏者として参加しているにすぎなかった。ギルモアもこの狂気に満ちたウォーターズの感性と主張の世界に疲労を感じ、ウォーターズから間隔を開けるようになる。歴史的ピンク・フロイド・バンドは実質解体状態となった)
 しかし、このコンセプト・アルバム成功こそ、サウンド中心に傾きつつあったピンク・フロイドのAOR(Audio-Oriented Rock=音志向ロック、Adult Oriented Rock=大人を重視したロック)化、バック・グラウンド・ミュージック化の世界から見事に脱皮して、ロックの一つの頂点を極めたことになった。
 こうしてピンク・フロイドの繰り出す一つ一つのアルバムは、その時代の中で反応しながら、常にサウンドやリズムを中心に実験を積み重ね作り上げてきた。又一方ロジャー・ウォーターズにとっては未体験のシド・バレットの”向こうの世界(狂気)”に直面し、その影を感じつつ不安を募らせると同時に、彼自身の父親不在のトラウマを背負っての疎外感の中で、ある時は内省的な世界に没頭し、又一方社会不安の問題意識を強烈にアジテートし警鐘を鳴らしてきた真摯な姿がアルバムにそのコンセプトを反映させて、どれをとっても同じアルバムはなく真の意味でプログレッシブであったと言える。特に「狂気」以降のアルバムはウォーターズの世界の具現化であって、この「ザ・ウォール」が集大成であったことは間違いない。

(続く)

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