ピンク・フロイドPink Floydの始動と終結(5)
AORに傾くピンク・フロイドとパンク・ロックの嵐
1973年3月ピンク・フロイドにとっては、最も評価を受け、米国では初のNo1となるアルバム「狂気The Dark Side Of The Moon」の発表となる。このアルバムこそ全曲の作詞をウォーターズが行い、彼らの共同作業の一つの形として評価のある曲「MEDDLE」の”Echoes”のいわゆる弱点であるメッセージ性のない事からの反省から、コンセプトを明解にするアルバムとして打ち出したのである。
このアルバム作りには、久々に時間を要した。ウォーターズのアイディア”不安と狂気、もうひとつの世界”。そしてそれに過去の構築されたフロイド・サウンドを、メンバーがライブを通して磨き上げたものとして作り上げられた。誰にも潜む狂気の不安、特にシド・バレットの現実を知った彼らの心に潜むダメージの大きさがここに歌い上げられ、孤独と社会からの疎外感までも、切々とウォーターズの詩に刻み込まれた。ギルモアのギター、ライトのキーボードも良い役割を果たしている。そして彼らが思った以上のまさに売れに売れたアルバムとなった。
ウォーターズにしてみれば、こうして売り上げと言い、内容的評価といい、世界トップに至るアルバムを造ってしまったことで、ロック・バンドとしての懐疑を持つに至り、次作は楽器をいっさい使わないアルバムという構想に入ったが、それはメンバーからも物議を醸し出すことになり断念。ここに長期のブランクをもち、1975年になって9thアルバム「炎Wish You Were Here」発表。この時期になるとウォーターズのコンセプトは完全にピンク・フロイドの核となり、彼の言葉で表現されて行く。あの「原子心母」の”If”から始まり、「狂気」でより具体的にした”Brain Damage”,”Eclipse”、そしてこのアルバムの”Shine On You Crazy Diamond”と、一連の作品に見る狂気への不安、シド・バレットとの決別の歴史、彼自身の疎外感、そして向こうにある世界と現実と世界の自己解決に至るまでの姿を、ギルモアのギターで美しくも悲しく歌い上げた作品となった。
前作の「狂気」とは曲の地味さから又別のフロイドをここに見せるわけであるが、彼らのここまでの流れは、実は当時台頭しつつある下級労働者階級の”ロックをもう一度我々の手に”というパンク・ロックの流れには格好の攻撃対象となっていく。こうした中でプログレッシブ・ロックを代表とした音楽的にも、思想的にも難解でしかも哲学的ロックなどは、微塵もなく崩れ去ってしまったのだ。ピンク・フロイドのこの「炎」などへの曲作りは、見方によっては保守的なAOR(Adult Oriented Rock 大人が心を向けたロック)に傾き、特にライトなどはその世界に没入し、過去のロックの持つ人間的・社会的問題意識、反体制的精神の作品作りとはかけ離れていく。この時にフロイドのメンバーで、パンク・ロックに勝るとも劣らない反権力、反体制、反差別、反暴力(戦争という国家的暴力も含めて)精神の持ち主は、ロジャー・ウォーターズその人であった。ギルモア自身もウォーターズとは別のライトの音楽性重視に流れる傾向があったが、メイスンと同様にウォーターズの方向に従っていくことになる。
このような状態の中では、このピンク・フロイド自身も他のバンド同様、崩壊寸前であったことは事実で、次のウォーターズの決意のアルバム「アニマルズ」では”メンバー冷戦状態ピンク・フロイド誕生”となってしまう。
(続く)
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