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2008年11月29日 (土)

ジェフ・ベック Jeff Beck ニュー・ライブ・アルバム「ライブ・ベック3」

「Performing This week...live at Ronnie Scott's」

でましたねぇ~~~、ジェフ・ベックの究極のライブ・アルバム。「ライブ・ベック’06」(Official Bootleg USA '06)でもかなり納得していた私ですが・・・今回の、まさにオフィシャルなロニー・スコッツ・クラブのライブ録音アルバムには感動しているのです。
Jeff <日本盤SICP2111>                       昨年のCROSSROADS のジェフには多くの者が感動したんですが、そしてCDもしくはDVDのリリースを期待していた。(ブートDVDでは、全12曲は見ているものの、やはり画像、サウンド面にどうしても不満が残る)しかし、それを十分納得させる同一メンバーによる2007年11月~12月のロンドンのクラブにおけるライブものだ。曲は全16曲、そしてなんと言っても録音がいい。ベックのギターは、既に定評どおり、あれだけの多くの音を聴かせるギタリストはいない。ある人に言わせると”マジック”という表現に至る。それをものの見事に録音している。彼のストラトキャスターはここまで泣くのかと、トレモロ・アームを操ってのアーミングは出色だ。もともとジェフはピックは多用せずの指弾きであるが、そのテクニックはCROSSROADSの映像でもしっかりと拝見できている。
(メンバー)
 Jeff Beck : guitar
  Tal Wilkenfeld : bass
  Vinnie Colaiuta : drums
  Jason Rebello : keyboards
今回の選曲は、彼の歴史を見るがごとくのライン・アップで、聴くものを堪能させる。評判になった可愛い女性タル・ウィルケンフェルドTal Wilkenfeld(22歳)のベース・プレイも手に取るように聴ける。(彼女に関しては、アルバム「TRANSFORMATION」参考に)
Jeffband   
しっかりとしたオーディオ装置で、めいっぱいボリュームを上げて聴いて欲しい。クリアで、しかも繊細な高音にして、暖かい厚みのある低音で非常に好感の持てる音に仕上げてある。彼のアルバムでもベストに近い。
 まさに格好良くて、サウンドがスリリング、そして説得力のあるリズム。ジェフ・ベックは、やはりナンバー1のギタリストだと断言できる。このCD盤に続いて映像物のDVDも近々発売されると言われている。楽しみなことだ。
更に、来年2月には来日公演が決まっている。今度は生の音に酔いたい。

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2008年11月22日 (土)

さようなら「写真工業」

「写真工業」2008年12月号(Vol.66 No.716)にて休刊 

Photo 私の長年親しんだカメラ・写真雑誌「写真工業」が、この2008年12月号をもって休刊となった。1952年6月創刊で56年間、日本の写真産業界の発展に寄与し、リードしてきた雑誌である。まさに日本の写真・カメラの歴史そのものであった。この休刊の理由は、”昨今のデジタル化による業界の急激な変化により、「写真工業」という題号で対応することは難しくなった”と・・・・そして”所期の目的は十分に達せられたとの認識の基に、このたびの運びとなった”と謹告がでている。
 この12月号では、小野隆彦氏の「どうなるデジタル一眼レフ」という記事では、”最後にデジタルカメラの設計者に御願いしたいことがある。ぜひ写真を撮って作品をつくる芸術家であっほしい。机上だけで考えて設計したり、市場調査の結果だけでカメラを作らないでほしいのだ。本当に写真が好きな設計者が作ったカメラならば、賛同者はたくさんでてくるはずだから”と結んでいる。更に、コンパクト・デジカメのニコン、キャノンのクールピクスP6000とパワーショットG10 の評価なども記事として取り上げているが、やはり本誌の基本的役割は光学的機器の発展や銀塩アナログ写真の充実に寄与することであったと言える。デジタル時代となって、精密光学機器の意味づけから大きくエレクトロニクスへの変化がその意義が大きくなってきた現在において、一つの時代を象徴している。
 それでも、この最終号ではハンガリーの黒白印画紙の登場を紹介しその性能にも評価をしている。一方、”皇后さまがご愛用になったオリンパスペンS”などの記事は泣かせるところである。更に石川文洋の”生死をかけたベトナム取材”という記事は強烈なインパクトがある。

 フィルム・モノクロ写真を愛し、現在においても暗室作業としてフィルム現像から印画紙へのプリントを楽しんでいる私にとっては、これからの銀塩写真の将来に不安を抱きながら、この「写真工業」の休刊を寂しく思っているところだ。
 この写真工業社は、カメラ機器の研究、レンズの研究、暗室作業への導き、フォトテクニックなどなど写真というモノに関しての書籍の発刊もエネルギーを注いできた。これからの大きな転機の時としてとらえての「写真工業」の休刊かもしれないが、やはり一時代の終わったことを物語っている。

 取り敢えず、最近の私のモノクロ写真2枚をここに付けて、「写真工業」の過去の業績に敬意を表したい。
Photo_2 Photo_3

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2008年11月12日 (水)

ピンク・フロイド Pink Floyd 博引旁証(1)

懐かしのピンク・フロイド専門誌「PINK FAN」

Pinkfloydfan  かって日本にはこんな雑誌があった。左にみるのは1980年4月1日発行の第17号(第6巻第1号)である。これはピンク・フロイド専門誌として自負して発刊されている。この17号は「ザ・ウォール」の発表を記念してのもの。
 1970年代は、もう既に前半から、ロックの原点回帰運動も展開され、キング・クリムゾンは’74年「Red レッド」発表にて解散。イエスは同じく’74年「Relayer リレイヤー」で失速。ピンク・フロイドは難産の結果の’75年の「Wish You Were Here炎」は「狂気」の好評とは裏腹に、売れた割には好評は勝ち得なかった。そして沈黙。
 こうしたパンク・ロックを中心としたニュー・ウェーブの流れのロック界において、もはやこのクリムゾン、イエス、ビンク・フロイドの御三家は撃沈されたと思いきや、なんと’77年「アニマルズ」、そして’79年「ザ・ウォール」にてピンク・フロイドは見事に、このロック界に名を馳せる。その時の日本に於ける状況を見事に反映して見れる雑誌が、この「PINK FAN」だ。
Pinkfloydfanp23 この雑誌の23ページには(クリックにて拡大され、読めると思いますが)、”ロジャー、「ウォール」を語る”と題して、ロジャー・ウォーターズの「ザ・ウォール」の曲一つ一つの解説をイギリスのラジオにて放送されたモノの簡略記載している。その中でも、彼が意外に重要として強調しているのが、”Bring The Boys Back Home”の曲であった。この2007-2008年の彼の世界ツアーでも、この曲を最も力を入れて演奏していることは、既に出回っているブートで見ることが出来るが、まさに彼の当時からの一貫したスタイルを窺い知ることが出来るのである。



Photo この雑誌は、今井荘之助氏が編集・発行人になっている。彼は、1997年発行の著書「ピンク・フロイド 幻燈の中の迷宮」が知られるところである。
 ピンク・フロイドに関しては、松本昌幸、市川哲史、小野島大、宮部友彦そして藤田宗一郎各氏は、相当深入りした人たちであるが、今井荘之助氏の評価も面白い。彼らもリアル・タイムにピンク・フロイドを分析してきたところに評価に説得力がある。今井氏のピンク・フロイド論を紹介しよう。
 
 ウォーターズは81年にライトを排除し、当時はギルモアでさえ「メイスンも追いだそう」と言っていたそうだが、中間を排除しては、ピンク・フロイドという名の分光器スペクトル(狂ったダイアモンド製のプリズム)は存在し得ないのだ。したがってライトの抜けたフロイドは存続できなかった。また彼が復帰したウォーターズ欠員の新生フロイドは、創造性を著しく欠くと感ずるのは私だけではないであろう。新生フロイドは、スペクトルの根本構造こそ壊れずにあるが、あくまでも三分の二でしかない。欠落するのは言うまでもなく創造性としての超意識--紫外線に該当する不可視レンジ--すなわちロジャー・ウォーターズである。

と、述べている。当時の雑誌を今見ていてもピンク・フロイドを愛した諸氏の熱意はひしひしと感ずるのである。

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