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2008年11月12日 (水)

ピンク・フロイド Pink Floyd 博引旁証(1)

懐かしのピンク・フロイド専門誌「PINK FAN」

Pinkfloydfan  かって日本にはこんな雑誌があった。左にみるのは1980年4月1日発行の第17号(第6巻第1号)である。これはピンク・フロイド専門誌として自負して発刊されている。この17号は「ザ・ウォール」の発表を記念してのもの。
 1970年代は、もう既に前半から、ロックの原点回帰運動も展開され、キング・クリムゾンは’74年「Red レッド」発表にて解散。イエスは同じく’74年「Relayer リレイヤー」で失速。ピンク・フロイドは難産の結果の’75年の「Wish You Were Here炎」は「狂気」の好評とは裏腹に、売れた割には好評は勝ち得なかった。そして沈黙。
 こうしたパンク・ロックを中心としたニュー・ウェーブの流れのロック界において、もはやこのクリムゾン、イエス、ビンク・フロイドの御三家は撃沈されたと思いきや、なんと’77年「アニマルズ」、そして’79年「ザ・ウォール」にてピンク・フロイドは見事に、このロック界に名を馳せる。その時の日本に於ける状況を見事に反映して見れる雑誌が、この「PINK FAN」だ。
Pinkfloydfanp23 この雑誌の23ページには(クリックにて拡大され、読めると思いますが)、”ロジャー、「ウォール」を語る”と題して、ロジャー・ウォーターズの「ザ・ウォール」の曲一つ一つの解説をイギリスのラジオにて放送されたモノの簡略記載している。その中でも、彼が意外に重要として強調しているのが、”Bring The Boys Back Home”の曲であった。この2007-2008年の彼の世界ツアーでも、この曲を最も力を入れて演奏していることは、既に出回っているブートで見ることが出来るが、まさに彼の当時からの一貫したスタイルを窺い知ることが出来るのである。



Photo この雑誌は、今井荘之助氏が編集・発行人になっている。彼は、1997年発行の著書「ピンク・フロイド 幻燈の中の迷宮」が知られるところである。
 ピンク・フロイドに関しては、松本昌幸、市川哲史、小野島大、宮部友彦そして藤田宗一郎各氏は、相当深入りした人たちであるが、今井荘之助氏の評価も面白い。彼らもリアル・タイムにピンク・フロイドを分析してきたところに評価に説得力がある。今井氏のピンク・フロイド論を紹介しよう。
 
 ウォーターズは81年にライトを排除し、当時はギルモアでさえ「メイスンも追いだそう」と言っていたそうだが、中間を排除しては、ピンク・フロイドという名の分光器スペクトル(狂ったダイアモンド製のプリズム)は存在し得ないのだ。したがってライトの抜けたフロイドは存続できなかった。また彼が復帰したウォーターズ欠員の新生フロイドは、創造性を著しく欠くと感ずるのは私だけではないであろう。新生フロイドは、スペクトルの根本構造こそ壊れずにあるが、あくまでも三分の二でしかない。欠落するのは言うまでもなく創造性としての超意識--紫外線に該当する不可視レンジ--すなわちロジャー・ウォーターズである。

と、述べている。当時の雑誌を今見ていてもピンク・フロイドを愛した諸氏の熱意はひしひしと感ずるのである。

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