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2009年9月30日 (水)

フェイツ・ウォーニングのプログレッシブ・メタルの道(4)

ヘヴィ・サウンドは決して失わないプログレ・メタル・バンド

 あの「PERFECT SYMMETRY」(1989)以来、このバンドは Jim Matheos (G)を中心に、Ray Alder (Vo), Mark Zonder (Drum) の3人体制で進化してきた。そして9thアルバム「A PLEASANT SHADE OF GRAY」では、彼らのプログレッシブなアプローチを完成させたと言える。そして3年の経過で、10thアルバムの登場となる。

Disconnected 「DISCONNECTED」 MetalBlade Records VICP-61156  2000

このアルバムも前作の好評の中の一連とみれる。バンド・メンバーも変わらず、今作もキー・ボードに「PERFECT SYMMETRY」で協力のあったドリーム・シアターのケヴィン・ムーアが前作に続いてゲスト参加している(既に彼はドリーム・シアターからは脱退している)。

   Disconnected Part 1
    One
    So
    Pieces of Me
    Something From Nothing
    Still Remains
    Disconnected Part 2
 
  とにかく、オープニングから不安感を誘うギターの唸り音で、一瞬にして引き込きこまれる。”One”は後にも良く演奏されるヒット曲で、ヘヴィの中に説得力あるメロディーを挿入して先への展望を感じさせる曲として聴かせる。しかしそれに続く曲”So”は、それに引き替えかなりマイナス気分を訴えて、なかなか難解な展開だ。
 一方”Something Frome Nothing”などのスペーシィーな曲作りは現代版ピンク・フロイドといってもいいが、後半はメタル・バンドの面目躍如。”Still Remains” は、ケビンのキーボードが生きているし、ベースのリズムを刻む手法が面白い。しかしこの曲は全体的には、前作よりは一歩ヘヴィな因子を増幅させた構成で、ジム・マセオスのギターも納得の演奏で16分の大作。最終章はスタートのギターの唸りにキーボードが支えての曲を再展開させ、ロジャー・ウォーターズの「死滅遊戯」のごとく語りを入れて閉じる。このあたりはかってのプログレ・バンドにも通ずる幕締めだ。まさに私の好むタイプであるが、見方によってはH/Mバンドとしては少々物足りなかったかも知れない。


Fwx2 さて、4年の間をおいての近作はこの「FWX」 MetalBlade Records 3984-145000-2   2004

久々のフェイツ・ウォーニングという感じだった。左に見るごとくのスリープ・デザインも如何にも自然現象への哲学的アプローチを感ぜさせるもの(クリックにて拡大)。このアルパムでは、前作ではゲスト参加であったベースのJoey Vera  は正式メンバーとなり4人バンドとなる。今回はあのキーボードのケヴィン・ムーアはいない。ただし一部の曲にジム・マセオスがキーボードを入れるが、全体的にはキー・ボード・サウンドは後退している。
 コオロギの鳴く音にアコースティック・ギターが語りそしてヘヴィ・サウンドの幕開けという手法をとる。どう見てもこのアルバムは”既にやりたいことは前作および前々作でやった。今回は我々のスリリングなヘヴィ・メタル・サウンドを聴いてくれ”と言わんばかしの曲構成。変拍子も惜しげ無く披露して、重く、あの暗さも持ちつつ、その中にも疾走するパワー全開の展開に圧倒される。しかし締めくくり曲の”Wish”は哀愁と美しさを聴かせてくれる。これぞ、現代プログレ・メタルと言いたげだ。

Athensdvd  こうした彼らの流れの中で、「FWX」発表後のライブ映像が、この「LIVE IN ATHENS」 INSIDEOUT 2005 (参照:私のこのブログにて2006.12.31に取り上げている)

 2005年2月20日ギリシャはAthensに於けるライブ映像。ここではジム・マセオスにフランク・アレスティを加えてのツイン・ギターで、圧倒的なヘヴィ・メタル・サウンドを展開。SET LISTを見ると、この「FWX」からの曲もあるが、やはり「A Pleasant Shade Of Gray」、「Disconnected」の2アルバムからの曲も多い。

    one
    a pleasant shade of gray partIII
    Lift in still water
    simple human
    heal me
    pieces of me
    face the fear
    quietus
    another perfect day
    a pleasant shade of gray part XI
    the eleventh hour
    point of view
    monument
    still remains
    nothing left to say

 彼らも、実験的曲作りによるプログレッシブなアプローチ、それはロックの過去の遺産への回帰とともにHM/HRのスタイルに新しい方向性を探究し、ややダークな中に哲学的思想を感じさせるバンドとして成長してきた。彼らの20年の経過は、けっして恵まれたバンドとは言えない。特に日本に於ける評価はヨーロッパに比べるとかなり低いと言わざるを得ない。多分、現在も多くの難題にぶつかってはいると想像する。しかし、内容の濃い貴重なバンドであることはまちがいなく、これからの道に光りが指すことを期待している。

 
 

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2009年9月29日 (火)

フェイツ・ウォーニングのプログレッシブ・メタルの道(3)

プログレッシブHMの彼らの第2の頂点に・・・

 アルバム「Perfect Symmetry」(1989),「Parallels」(1991) にてプログレッシブ・メタルという世界の一つの頂点を築いた彼らではあったが、続く「Inside Out」(1994)のリリースまではジム・マテオス主導の同一メンバーでのかなり実験的そしてテクニカルな奏法による一連の音楽作りをしてきている。

Apeasantshadeog  そして3年後の1997年、あのラッシュを手がけたテリー・ブラウンを再びプロデューサーに迎え、ジム・マテオスの新たなる試みが始動して、更なる頂点を目指した。

8thアルバム「A PLEASANT SHADE OF GRY」 Metalblade Records VICP-60051  1997

 なんと言っても、それは更なるプログレッシブなHMの実験的試みの新展開を果たすことになる。メンバーにあのドリーム・シアターを離れたケビン・ムーア Kevin Moore (Key boards)を招聘、ベースはジョーイ・ヴェラにチェンジしている。
 曲はなんとアルバム全体を12の組曲的構成による約50分の1曲で仕上げた。曲の印象はキーボードの流れに、それぞれのメンバーが丁寧な演奏を乗せて盛り上げて行く。その展開はまさにプログレッシブな感覚に裏打ちされた説得力のある演奏とメロディー、そして一つ一つの音をここまで大切にした作りは出色である。HMのギター・リフも散りばめてはいるが、トータルの曲の構成の中ではそれがメリハリとなり、一方ピアノの音の流れも加わって明らかにドリーム・シアターとは一線を画すタイプのプログレッシブ・メタルの極致を知らしめる。
 ビンク・フロイドを代表として、曲の展開と流れにロックというジャンルを超えた音楽性を構築するバンドを好む私にとっては、当時彼らの持ち前のダークさをもっての精神性を追求するサウンド作りに久々の感激を持って迎えたアルバムであった。

 そしてこの作品は、ヨーロッパで圧倒的な支持を得て、彼らは1998年ヨーロッパ・ツアーを展開。この”A Pleasant Shade of Gray” の全曲と過去のヒット曲を聴かせてくれた。
Stilllife その模様が、彼らの初のライブ・アルバム :
「STILL LIFE」 Metalblde Records VICP-60509-10 1998
に収められている。
 キーボードの加わった曲展開は、ヨーロッパでの支持を受けた大きな因子であったのかも知れないが、ここに過去の変拍子を構築してきた実力が加わっての成果とみたい。ただし、ライブではキーボードは、ムーアに変わってジェイソン・キーザーが担当している。


Dynamodvd  この当時の映像は、2000年リリースのDVD 「Live at the DYNAMO」 で観ることが出来る。
 これは1998年5月30日の”the Dynamo open air festival ”にての収録映像。
 いつぞや書いたことがあるが、どうもこのバンドは、ライブの姿が今ひとつ私のこのバンドに持つ印象の世界と違うのだ。強いて言えば、メタル・バンドという建前を前面に出すためか、ステージのパフォーマンスと曲やアルバムのどちらかというとダークな、そして哲学的なイメージとが異なっているように感ずるのだ。私は、このフェイツ・ウォーニングは、アルバムをトータルにジックリ聴く事の方が好きだ。

 このバンドの最高点に位置する「A Pleasant Shade Of Grey」まで言及できたが、次なる彼らの「DISCONNECTED」と近作の「FWX」の2アルバムについて、更に次回に検証したい。

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2009年9月21日 (月)

私の映画史(3) : 衝撃の映画「情婦マノン」(仏 1948)

ファム・ファタール Femme fatale の魅力と悲劇

 人生の中で、映画というものはある意味では文学と同じに、人一人にインパクトを与え、その人間にとって忘れられないものとして存在す因子を持っている。
 そんな意味で、ここに私の10代に衝撃を受けた映画「情婦マノン」を、アイ・ヴィー・シーからDVDとしてリリースされており、ここに回顧してみたい。

Manon1 仏映画「MANON 情婦マノン」 1948製作   IVCF-5099

 ファム・ファタール(男達を破滅させる魔性の女)であり、妻である女(マノン)の残酷な環境の砂漠での悲惨な死に遭遇した男(ロベール)が、愛するが故に、置き去りに出来ずにその死体を抱きかかえ砂漠をさまよい、死体にたかるハエを払い、体力を失って行くに従ってよろめきながら、今度は両足を背に逆さに担いで歩く。担がれた死体は衣服が破れ、肌があらわになり、そして逆さのため眼は白目となって開き、口からは血が流れる。
 男は、その女が死んだことで、初めてその女の全てが自分のものになったと、幸せと満足感を感ずるという哀しさ。そして残る力もなくなり、砂漠に女を顔のみ残して埋め、それに自分の顔を寄せて死を迎える。究極の愛の姿として・・・・。

 このような壮絶な最終章を描いたこの映画は、1949年ヴェネチア国際映画祭でグランプリを獲得する。

STAFF
  監督:アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
  原作:アベ・プレヴォー(「マノン・レスコー Manon Lescaut」1731)
  脚本:ジャン・フェリ/アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
  撮影:アルマン・ティラール
  音楽:ポール・ミスラキ

  出演: ミシェル・オークレール(ロベール)
       セシル・オーブリー(マノン)


Manon2
 左のマノン役のセシル・オーブリーは、私の目から見てもそれほど美人というタイプでもなく、さりとて小柄ではあるが見るものを引きつける肉感的エロチシズムを感じさせるとして話題になった。そして彼女の熱烈なファンのモロッコの王族の息子と結婚。その為女優生活は短期で終ったようだ。後に離婚し童話作家としての才能を発揮したという。
 一方、マノンを愛したロベール役のミシェル・オークレールは、後にオードリ・ヘップバーンの「パリの恋人」(1957)などや1980年代までフランス映画に脇役で何本かに出演している。

 さて、この映画1950年代に私は観る機会があって、若年の私にとっては、愛というものの感動というよりは、最終章のその鮮烈というか、恐ろしい凄絶な映像に圧倒され、脳裏に焼き付いている映画であり、その為何時かはもう一度その内容をしっかりと観たいと思いつつ、ここに来てリリースされているDVDにより、鑑賞できたものである。

Manonlescaut ストーリーは、18世紀のプレブォーの「マノン・レスコー」を現代版として脚色して、第二次世界大戦末期のフランスを舞台としての人間模様とユダヤ人の悲劇と絡ませ描いたもの。

 レジスタンス運動に加わっていたロベールは、ドイツ人相手に売春をしていたためにリンチにあおうてしているマノンを救ったが、マノンの魅力の虜となって運動から脱落。共にパリに向かったが、マノンは贅沢のために平気で娼婦家業をするほどの悪女であるが、その官能的魅力にロベールは振り回される。その為殺人を犯すことになり逃亡するが、それを奔放な女であるマノンも、本当の愛を自覚しロベールを追う。二人はユダヤ人のパレスチナへの逃亡する群れに紛れるも、アラブ人にマノンは撃たれ死亡してしまう。そしてロベールはマノンの死体を担いで砂漠をさまよい、最後は”マノンは僕のものだ”と言いながら、壮絶な死を遂げる。

Manon3  しかし監督クルーゾーの世界は、強烈な印象を残すべく描かれる恐ろしい光景の中にも、逃亡する2人を助ける船長の人間性とか、殺人を犯して逃亡するロベールに本当の愛に目覚めて、まさに手に入ろうとしているあれだけ執着した贅沢な富をも捨て必死に追うマノンの姿、更にマノンの死体を手から放せないロベールの常軌を逸した激しい愛などを、人間の深層に迫る独特のタッチで見せてくれることが、今になって理解できる。
 こうして、初めて観てから50年の経過を経てこの映画に接してみると、もちろんあの死んだ女を担いで歩く恐ろしい映像も重要なポイントではあるが、一方砂漠の中を逃げて行くユダヤ人の一連隊を美しいシルエット画面で描いていることなども眼に映る。それなりに過去と現在では異なったところにも、この映画の価値観を認識できることに気づくのである。

Img_1521trw

(映画一シーン)

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2009年9月15日 (火)

JAZZYなメロディ・ガルドーの世界(3)「MY ONE AND ONLY THRILL」

静かな世界であっても、沈んではいない熱い訴えが・・・・・

Mono2 考えてみると、彼女はまだ24歳、何故あのような”小さな音がとても大切”と言う感覚の世界が構築出来たのであろうか?>ささやくような静かな歌声は実に緻密で、我々を引きつける。19歳の時の瀕死の重傷の交通事故、そしてその後遺症との戦い(今でも左手にステッキを持って歩く)、ある意味での人間の極限を知ってしまった世界からのメッセージなのか?。
 今年の夏に初めて、友人から送られたメロディのCDアルバムによって、このような単なるJAZZYと言う表現以上の奥深い静かな中に熱い訴えが感じられる世界を知ることになった訳だが、もともと女性ヴォーカルの為には、男性作家の曲と歌詞がいいと、実は私は長年思ってきたという偏見の持ち主であるが、ここに来てメロディによって完全に覆された。

Mg  さて、今年リリースされた2ndアルバム

「MY ONE AND ONLY THRILL」 Universal classics and  jazz UCCU-1186  2009

プロデューサーがラリー・クライン(ジョニ・ミッチェル、ハービー・ハンコックなどのプロデュースで実力派)という本作は、その為か一歩マイナーからメジャーへの作品に、バンドの層も厚くなると同時に内容が充実した。

    baby I'm a fool
    if the stars were mine
    who will comfort me
    your heart is as black as night
    lover undercover
    our love is easy
    les etoiles
    the rain
    my one and only thrill
    deep within the coners of my mind
    over the rainbow

 ”baby I'm a fool ”でスタート。曲の初めからストリングスが入って、そしてギターが後追いしてくる。明らかに1st とは異なった展開であるが、やはりメロディの歌声が流れると、もう彼女の世界そのものだ。ストリングスは、むしろ間をつなぐがごとくに流れ、彼女のヴォイスが時にリズム・カルにそして又ゆったりと語るがごとく聴くものを包み込む。
 3曲目”Who will comfort me”  の思わず体でリズムとってしまう展開こそニュー・ジャズィー・バンドとの組み合わせで見事である。先日のMARUCUBEのオープニングの曲で、初めて眼の前にしたこれぞメロディ・ガルドーだという感覚が私の脳裏にあっての忘れられない世界である。こんなタイプも実に彼女にはピッタリだ。
 続いての”Your heart is as black as night ”は、夜に向けての流れを意識させ、さらに”Lover undercover 秘密の恋人”で聴くものを静かに包み込み最後はストリングスで締めくくる。
 6曲目 ”Our Love is easy”は、easyな中の不安な世界を感じさせ、”Les E'toiles 流れ星” のラテン・ミュージック的曲展開は見事に尽きる。
 そして”The rain”は1stの"夜と朝の間のムード"の続編だ。この世界を歌い込むメロディの人間的深さを知らされる。
 アルバム・タイトル曲の”My one and only Thrill”こそ、彼女の曲の全てを網羅した名曲だ。一度聴いただけで、変な表現だが頭に取り付いてしまう。ピアノとストリングス・オーケストラをバックにしての繊細にしてダイナミックな唄い込みと間のとり方はハイレベルだ。
 そして”Deep within the corners of my mind”で、このアルバムでの彼女の作品は終わり、唯一のカヴァー曲”Over the rainbow”が、最後にラテン・タッチでまさに初めて聴く編曲を聴かせ、そしてアルバムを閉じる。
 
 このアルバム、無駄な曲が一つもなくその充実ぶりは、時間の経過とともに高い評価を得ることは間違いないと確信する。ここまで完成すると・・・次作が如何なるものとなるのか?作成に当たっては、相当なプレッシャーが彼女を襲うかも知れない。負けないで欲しい。いや、彼女の不幸の克服の姿を見れば、更なる展開は案外たやすい事なのかも・・・・・・。

* このメロディ・ガルドーの2ndアルバムの感想は、この夏、私にCDを送ってきた友人に捧げたい。( 多分、彼は笑って見てくれると思う ) *

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2009年9月14日 (月)

JAZZYなメロディ・ガルドーの世界(2)

深遠で哀しくそして優しく・・・・

090402_02  2005年のEP「SOME LESSONS: The Bedroom Sessions」でデビュー、続いて2006年にインディーズから本格的アルバム「WORRISOME HEART」をリリースして、ユニバーサルとの契約が出来、そしてメジャーデビューという彼女は、シンガー・ソング・ライターである。(1985年生まれ)
 現在2枚のアルバムをリリースしているが、先日紹介したように”JAZZY NOT JAZZ”(多分、日本で造られた言葉)と表す世界は、本人もお気に入りのようだ。
 彼女の曲はあくまでも本人も言っているように、自己の思いの記録であり、そして独創性のあるどちらかというとシンプルな曲と包み込むような歌声が特徴だ。女性ヴォーカルは声の質に魅力があるかないかも大きな因子と思うが、そんな意味では、可愛さのケイティ・メルアと大人のノラ・ジョーンズの中間にいて、その中間においてピアなヴォイスでシャズ・センスで情熱的なエヴァ・キャシディとそれに対してメロディ・ガルドーは双璧を成すと言っていいかもしれない。メロディの唄は低音部はゆったりとした暖かく包み込むようにややハスキーで幅広く、中間から高音になってゆくにつれて、可愛さのニュアンスの残る発音に変わる。更に繊細な弱音部が極めて丁寧に唄われ、このあたりが魅力と言っていい。そしてその醸し出す雰囲気は、この写真(これはモノクロ写真を愛する私のお気に入りだ=クリックして拡大して見て欲しい) のような世界が似合うのである。見方、聴き方によっては、ノラ・ジョーンズよりもジャズ寄りで大人の世界に居ると言えるかも知れない。

Mg  彼女の1stアルバム
「WORRISOME HEART (夜と朝の間で)」 Universal Classics & Jazz UCCU-1182 2008

 2006年のインディーズ盤に注目したユニバーサルが、2008年にリリースしたもの。まずこの日本盤の和題が見事である。まさにこのアルバムの印象を一言で表現したと言っていい。

    worrisome heart
    all that i need is love
    gone
    sweet memory
    some lessons
    quiet fire
    one day
    love me like a River does
    goodnite
    twilight
   
 スタートは、このアルバム・タイトルとなった曲”worrisome Heart”(めんどうな心)だ。これががいいですね。和訳として”夜と朝の間(はざま)で”となっているわけだが、まずピアノの調べそしてトランペットがバックで静かに流れ、まさにムードは深夜以降の世界。この曲一発でまず虜になってしまうところだ。同様の曲は8曲目に”love me like a river does”として登場する。この2曲は私が見るところ、一連と思われる歌詞がついていて、彼女の心を歌い上げている。特に”love me Like ・・・・”の方は、静かにそしてピアノとトランペットが支えてのメロディの語り祈るようなヴォーカルが心に浸みる。
 このアルバム全曲が、彼女の作品であり、特に彼女自身が言っているように、これは自分自身の日記のようなものと言うのは事実であろう。
 その他、”gone”、”goodnight”などでは彼女自身の二重録音による美しいハーモニーが聴ける。そして”some lessons”はアコースティックなギターを弾きながらの静かなじっくり聴かせる歌であるが、内容的には彼女の最大の試練の交通事故の模様と思われる歌詞がみえる。いずれにせよ、ジャズィーでブルージーな曲が私には印象的であるが、ポピュラーなニュアンスも決して失っていない。いずれにしてもジャズの世界に一つの分野が作られつつある感があると同時に、2ndも私は既に聴いている今、更に先日のMARUCUBEにての姿と彼女と握手をした感触をダビングさせて、今後大いに期待しているところである。
 2ndアルバム「My One And Only Thrill」は、更に内容が高まっている。これについては、更に次回に譲ることとする。

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2009年9月11日 (金)

エヴァ・キャシディの掘り起こしアルバム検証(2)

リハーサル・テープからの構築されたアルバムは・・・・

 エヴァ・キャシディの掘り起こしアルバムの検証をしているわけであるが、この私のブログでも取り上げている英国の注目女性歌手のケイティ・メルアも、彼女の作品群には、エヴァに触発されているものも少なくないと言われている。面白いのは”DUET IMPOSSIBLE”という企画で、エヴァの残されたビデオ映像とダブらせてケイティがデュエットを試みている。("What A Wonderful World","Over The Rainbow"などの曲)
 このように今も愛され続けているエヴァであるだけに、未発表録音ものをアルバムとしてリリースされて来ているのも不思議なことではない。それらの検証として前回までに取り上げてない残る2枚をここでみてみよう。

Americantune アルバム「Imagine」から一年の経過の2003年、再びスタジオ・デモ、リハーサル・テープを掘り起こしてのアルバムの登場となる。
「American Tune」 Blix Street Records G2-10079  2003

評価の分かれた前作に比して、これもクリス・ビオンドが持っていたテープをビル・ストローが編集したもので、かってのアルバム「SongBird」に纏め上げられた作品群と比すと、出来には若干の見劣りがあっても、全体に明るさと作品としての発展性に富んでいて意外に好評であったものだ。

    drowning in the sea of love
    true colors
    the waters is wide
    hallelujah i love him so
    god bless the child
    dark eyed molly
    american tune
    it don't mean a thing
    yesterday
    you take my breath away

 オープニングのジョー・サイモンのヒット曲”Drowning In The Sea Of Love”そして4曲目のレイ・チャールズの”Hellelujah I Love Him So”など、彼女にとってのおなじみバック・バンドのKieth Grimes のエレクトニック・ギターに乗って、軽快に歌い上げる。又、エヴァが好んだというビリー・ホリディの曲の中の”God Bless The Child”などは、得意のJAZZYなアプローチで力みなく低音部から高音部への豊かな発声でのオーソドックスな曲に仕上がっている。ポール・サイモンの曲で、このアルバムのタイトルとなった曲”American Tune”は、どうもそれほどのインパクトはないが、安心して聴いていられる彼女の唄である。その他”Yesterday”までもエヴァ節で歌い上げている事には驚いた。
 とにもかくにも、こうしてリリースされたアルバムには、聴くものにとってはその出来映えと言うよりは、彼女の未聴の作品群に興味と期待を持って迎入れた。それほど、彼女へのファンの思いは大きいと言えよう。
 

Somewhere つい昨年(2008年)には、なんと彼女の死後10年以上を経て、掘り起こし未発表録音テープによるニュー・アルバムのリリースとなった。
「SOMEWHERE」 Blix Street Records G2-10090  2008

 ここまでするのかと思うほどであるが、やはりクリス・ビオンドの手にあった録音テープをビル・ストローが編集している。このアルバムの特徴は、一部の曲にはホーン・セクションやコーラスを後から加えられて曲作りをしたところだ。

    coat of many colors
    my love is like a red red rose
    ain't doin' too bad
    chain of fools
    won't be long
    walkin' after midnight
    early one morning
    a bold young farmar
    if i give my heart
    blue eyes crying in the rain
    summertime
    somewhere

 後付けされた楽器の音が加わってか、特に”Ain't Doin' too Bad”、”Chain of Fools”の2曲はこれまでの掘り起こしアルバムには見られなかったやや派手な曲の展開がある。これを良しとするかはいろいろの見方があろうが、「imagine」のようなアルバムを好む私にとっては、あまり歓迎しない。やはりエヴァはやや控えめのバック・バンドに、彼女自身のアコーステック・ギターに乗せて、じっくり聴かせてくれる歌声が似合うように思う。そんな意味ではここまでくるとそうならざるを得ないのか、若干作りすぎの感あるアルバムであった。
 又、全体的印象としてはアルバムの中間部では、カントリー・ソング的感覚が支配する作品作りがされている。このあたりも若干私の好みとは異なるところであった。
 彼女の死後12年を経て、ニューアルバムの登場には驚かされる訳であるが、いずれにしても彼女の愛されている技のなすところ、我々は大いに歓迎していいのであろう。アルバム最後の曲”Somewhere”は、このアルバムの中では全体の流れとしても異質な曲である。しかし、むしろこれを聴かせたいために作られたアルバムであったのかも知れない。と、などなど・・・いろいろと想像しながらも、楽しんでいる私です。

 エヴァ・キャシディの死後、名盤「Live At Blues Alley」の後の残されたリハーサル・テープ、デモ・テープなどから作られた4枚のアルバムを検証してみた。私はもちろん彼女の死後12年経過した今年に初めて接したわけで、外盤のみでしか手に入らないアルバム群ではあるが、こんなに親近感が持てたのも不思議なことであった。
 これからも、一人でも多くの人が彼女の唄声に接して欲しいと思いつつ、この検証を閉じる。

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2009年9月10日 (木)

エヴァ・キャシディの掘り起こしアルバム検証(1)

生きている純粋さと新鮮さ、そして心を打つ歌声

Eva1  エヴァ・キャシディ Eva Cassidy (正しくはイーヴァ・キャシディといったほうがいいのかも知れない)が、あの彼女の為のバンドといっていい構成の中のベーシストでありプロデューサー(ボーイ・フレンドでもあったという)であったクリス・ビオンドが録音しておいた音源からのアルバム「Live At Blues Alley」は、まさに今でも愛され続けている名盤だ。しかしこれも彼女の短命の死後にリリースされたわけだが、1stとこのライブ盤とのコンピレーション・アルバムがビル・ストロー Bill Straw によって「Songbird」としてリリースされ、英国においては圧倒的な支持され話題になって以降、10年以上経っても、彼女の録音音源掘り起こしを行って、ニューアルバムとしてリリースされいいる事は、驚くべき現象である。如何に聴くものの心を打つ歌声であるかが想像に難くない。そして私もその魅力に感動している一人である。

 そうしたアルバムの一つは先頃触れた「Time After Time」(2000年)であり、そしてそれ以降も3アルバムがリリースされている。それらを検証してみよう。

Imagine 「imagine」 Blix Street Records G2-10075  2002
後に掘り起こされた彼女の未収録トラックの集められたものである。これもビル・ストローによる編集盤だ。このアルバムは、ファンの間では貴重盤ではあることは一致するも、評価は2分している。いわゆる商業的に残り物をかき集めただけでエヴァの本質には迫らないあくまでもテスト・トラック集と言うものと、実はここにエヴァの姿が凝縮されて、エヴァ解釈による曲展開に喝采を浴びせるという人たちもいる。
 いずれにしても私はエヴァの基本的なアルバムとして存在する7枚のアルバムの中では、実は好きなアルバムの右翼である。主体はカヴァー曲であっても、彼女の解釈が十分生きている為か、初めて聴いたような印象深い曲として受け止められる。特に、バックがオーケストラ的バンドでなく、彼女の奏でるリアルなギターと小バンドの音にのって唄われるリアル感はたまらない。

    it doesn't matter anymore
    Fever
    who knows where the time goes
    you've changes
    Imagine
    still not ready
    early morning rain
    Tennessee Walz
    I can only be me
    Danny boy

 ポール・アンカの”I doesn't Matter anymore”でフォーク調にスタートし、”Fever”ではヴァイオリンをバックにリズムに乗って天に届くがごとく歌い上げる。3曲目の”You've Knows where the time goes? ”では、エヴァ節は健在だ。そして続く”You've Changed ”は、Jazzyな面をたっぷり堪能させてくれる。このあたりが私の好むところ。
 そしてジョン・レノンの”Imagine”でも、これほどレノンと異なった世界で、しっとりを聴かせてくれる歌手はいるだろうか。彼女のすんだ歌声と造り上げる世界は一聴に値する。それに続く”Still Not Ready”は、精彩に欠けると評価するものもいるが、サックスの音でスタートして、ベースとともに、けだるさを唄い上げるJazzの世界は私は評価するし好きだ。”Tennessee Waltz”,”Danny Boy”などの唄い込みも、見事と言わざるを得ない。
 とにかく、力みがなくしかし丁寧な曲づくりと歌い上げは、これはこれ一つのアルバムとして評価したい。全体をスロー・ペースの曲が占めているため、パンチという点では欠けているとみられがちであるが、決して内容は低くない。私は推薦するアルバムと言っておこう。
 
 続く、「American Tune」「Somewhere」の2アルバムは次回に検証する。

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2009年9月 4日 (金)

ニュー・スタイル(Jazzy not Jazz) の メロディ・ガルドー (1)

東京JAZZ スペシャル・シヨー・ケースでの出合

Mg ユニバーサルで新しい音楽のかたち(New Style of Jazz Music)=JAZZY NOT JAZZ として力を入れている世界に、このシンガー・ソング・ライターのメロディ・ガルドーがいる。左の2ndアルバム・・・・
「My One And Only Thrill」universal Music Classics and Jazz UCCU-1186 2009
・・・・を聴いてみると、スタートの"baby I'm A Fool"を聴いただけで、直ちに彼女の世界に没入してしまう。包み込む暖かいヴォリュームのある低音、そして美しい高音にゆったりと流れていく歌声、哀愁と説得力のある語りにも通ずる唄の流れは、24歳の若さとは信じられないほどだ。
 私は、つい最近友人にこのアルバムを紹介してもらったところであり、非常に関心を持った矢先のところであるが、昨日(9月3日)丸の内ビルのMARUCUBEにて彼女に会ってきた。(まさに東京JAZZ2009で来日中で、明日9月5日国際フォーラムでライブ出演する)
 ここに載せた2ndアルバムのジャケ写真をクリックして拡大して見て欲しい。昨日彼女にサインしてもらった生々しいものだ。”ARIGATO! (有り難う) MELODY (+ハート・マーク)TOKYO ’09”と書いてくれた。(取り敢えず、永久保存だ)
 彼女は交通事故で約1年寝たきりの状態で、障害を残してしまったことは語られるところであるが、やはり歩きは左手にステッキを持っての状態であった。頭部強度打撲による健忘症と光・聴覚過敏症を克服するためのギター片手にしてのリハビリテーションにより音楽活動を再構築したという。

Mg1  この写真は、昨日のリハーサルの様子である。彼女のアルバム全体の印象としては、彼女の作る曲が主であり、我々に事故障害を持つという先入観があるせいか?哀愁、静、語りかける訴え、苦しさを克服する精神力などなど暗さが感じられるジャズ・ミュージュックととれるところがあるが、一方決して埋もれて行くのでない光明も感じられ、又リズムもボサノバタッチな南米的明るさも取り入れていて、彼女の優しさが出ている将来の希望も感じ取れる。

Mg3 左の写真は彼女が演奏したギターを撮影してきたものである。
 このステージで語った内容は、日本の印象や自分の過去の話が中心であったが、なんといっても私が思っていたところとは裏腹に、話す声はあの柔らかいヴォリュームのある低音と違って、やや高音でかわいい声には驚いた。そして嬉しいことに非常に明るいし、自分の不幸な事故が現在のこうした活動の原点になった(こうして日本にも来れた)として、不幸中の幸い、かえってそれを将来への自分の発展への原点と捉えていると・・・いうことに、ほっとさせられたのである。(これは余談であるが、日本の”まんじゅう”が旨かったと・・・・、富士山が見事であったと・・・・)

 又、声量もかなりあり、聴く位置が近くであったせいもあるか、マイクを通しての歌声に地声も聴くことが出来た。こうしてここでのライブでは、2ndアルバムの私好みの"Who will comfort me."でスタート。そして"Baby I'm A Fool"の説得力、""Over The Rainbow"の軽快なアレンジとそこにある中身の厚さは見事であった。 
 
 サインの場では、逆にいろいろと私に語りかけてくれてこちらがタジタジ。私が英語が得意であればもう少し話も出来たのだが、とても24歳とは思えない落ち着きと、サングラスの中には優しい眼と相手に対しての誠意が感じられ、私としては最高の気分であったことをここに付記しておこう。明日のライブの盛会と成功を祈っている。
(1st,2ndアルバムの内容と感想は次回に譲る)

 

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