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2009年10月29日 (木)

私の映画史(4) : 衝撃の映画「攻撃 ATTACK!」

ロバート・アルドリッチ監督の執念が作り上げた衝撃の問題作

Attack2  「攻撃 ATTACK!」 1956年 米国映画 モノクロ

 一口に戦争映画と言っても、その内容は千差万別、この映画に描かれる世界は、極限の状態に押しやられた人間の姿を描いた凄まじい戦争映画と言っていいであろう。
 美化されるアメリカ軍部に対しての真の姿は何だったのか?、戦争下、その前線では何が起きていたのか?と、まさにアルドリッチ監督の反骨の精神の象徴のような不正に対する挑戦の映画。
 当時、この映画製作に当たってはアメリカ国防省が協力拒否し制作中止を勧告したと言われている。しかしアルドリッチ監督は自費を投げうって完成させた執念の結晶らしい。
 
 この映画を観た時は、そうした背景は知らずに、しかも私はまさに感受性の高い高校時代であって、私自身の人生の中でも、戦争映画という範疇では現在に至っても、最も最右翼にある屈指の名作と思っている。

 監督・制作ロバート・アルドリッチ
 脚本ジェームス・ポー
 原作ノーマン・ブルックス
 撮影ジョセフ・バイロック
 音楽フランク・デ・ヴォール

(キャスト)
 ジョー・コスタ中尉・・・ジャック・パランス
 クーニー大尉・・・エディ・アルパート
 クライド・ハーレット大佐・・・リー・マーヴィン
 ハロルド・ウッドラフ中尉・・・ウィリアム・スミサーズ


(ストーリー)
 第二次世界大戦末期のベルギー戦線を舞台に、ジャック・パランス演ずるコスタ中尉は臆病でしかも卑怯な無能な上官クーニー大尉により、部下を多数無駄死に同様の戦死に追いやられる。しかもそれを咎めないハーレット大佐、それには自己の戦後の利得のための野望の結果であった。再度にわたる上官クーニー大尉の裏切りにより、絶体絶命の窮地に陥ったコスタ中尉は、全てをこの上官を殺す為に戦火の中、鬼となり命をかけて部下の復讐を期す為に戦うのだ。

Attack3 このジャック・パランスの凄まじい熱演は、彼ならものでありアルドリッチ監督の執念が乗り移ったかの感がある。
 当時、ここまでもアメリカ軍の腐敗した一面を強烈に描き批判したものはなかったと思う。又、コスタ中尉が、男としての怒りを戦争の敵ではなく自分のいる軍隊の中に持ち、上官を殺す決断をするも、壮絶な死を遂げ、なしうることが出来なかった結末の姿に、戦争という究極の世界で何が起こるのか、何の為に多くが死んでいったのか?と我々に問いかけてくるのだ。
 更に、正義のアメリカ軍、人道的なアメリカ軍として伝えられてきた戦争の中に、実際にはどちらにも醜い何かがあった事をこの映画は教えてくれる。ただ敢えて言えば、コスタ中尉の部下達や同僚のウッドラフ中尉らの生き様に、男の正義というものがあることを示した終章に、なんとか救いがあると言いたい。

Photo■ 主演のコスタ中尉演ずるジャック・パランスJack Palanceは(1919-2006米国映画俳優)(←)は、日本では有名なあの西部劇「シェーン」の敵役、それから「革命戦士ゲバラ」のカストロ役などで知るところである。既に亡くなってしまっているが、彼の個性的な顔貌と演技はアメリカ映画史に燦然と輝き残っているところであるが、この映画こそ彼の最も彼らしい演技で埋め尽くされていると思う。



Robertaldrichw■ 執念で作り上げたこの映画のアルドリッチ Robert Aldorich 監督(→)は、後の映画「特攻大作戦」にみる単なる人間性という安易なものへの危機感、「ワイルド・アパッチ」などにも憎悪という人間感覚などを描いたと言われるが、残念ながら私は観ていない。しかし、この「攻撃」が反軍的な内容と烙印され、アメリカで上映禁止にされたなどの事実が残っており、彼はこの直後イタリアに渡っている。そして4本の映画を製作した。これは明らかにアメリカという自由が売り物の国においての、その表向きの世界と異なった圧力が彼を襲った事の結果であったろうことは想像に難くない。そして再びハリウッドに戻っての活動再開は、アメリカという国の腐敗にメスを入れ、反骨精神の塊のような作品群を作り上げたことの事実が残っている。

 この映画、かなり以前にVHSビデオ・テープで家庭用にも販売され、その時は何はともあれ飛びついて買ったのを思い出す。今日(こんにち)においては、2003年と今年(2009年)にDVDで三度、我々に提供されている。戦争映画というものの世界を超えて、人間や社会に迫った価値ある映画であり、反体制的反骨精神から生まれた貴重な作品であることを訴えたい。

(視聴)

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2009年10月23日 (金)

マリリオン marillion 回顧(1)「Brave」

マリリオンの存在感は社会を見つめる眼だ

 プログレッシブ・ロックは1960年代から1970年代には、最も大衆のミュージックであるロックに、クラシックやジャズ的手法を取り入れ、新しい音、新しい手法、そしてコンセプト・アルバムの誕生と、新しい分野として注目された訳である。しかしこの形はいずれにしても形骸化して行く宿命にあり、多くのプログレ・バンドは崩壊した。
 しかし、その流れは決して消えるものでもなかった。その一つがマリリオンが築き上げた世界でもある。

1994年”2期マリリオン”の第3作 :
Marillion 「Brave」
EMI records / Tocp-8186 / 1994

Blave


 まさにこのアルバムこそ、彼らの最高傑作と言っていいだろう。
 1983年にアルバム「独り芝居の道化師 Script For A Jester's Tear」でデビューを果たした彼らであったが、当初からジェネシスの再来か?と期待されていたのであるが、ヴォーカルのフィッシュ(デレク・ディック)の独特の声の質と唄い回しはファンを2分していた。

 当初からの彼らのストーリー性のあるアルバム作りには、プログレッシブ・ロックの再来として注目を集めていた。しかし、私にとっては、いかんせんフィッシュのヴォーカルには、どうも共感がもてないままで居たわけであるが、1980年ヴォーカリストがスティーブ・ホガースに変わり、ある意味での変身が試みられた。そして新メンバーの3作目「Brave」に至り、まさにプログレッシブ・ロックの新時代盤として我々に迫ってきたのであった。
  当時のマリリオンのメンバーは、15年後の今年のニュー・アルバム「Less is More」、昨年の「happiness is the road」と同じで、steve hogarth(_Vo),steve rothery(G),mark kelly(Key),pete trewavas(B),ianmosley(Dr) という布陣である。
 
 このアルバムの生まれる発端は、英国で実際にあった事件、それは大きな吊り橋のかかった高速道路脇で記憶喪失の錯乱状態の少女が発見されたという事件だ。このことから、今英国で起きている社会問題にスティーブ・ホガースが切り込んだ内容のアルバム作りとなったのである。現代社会の病巣ともいってよい部分にメスを入れる彼らの姿勢と、一方曲のタイプはキーボードによって支えられる音空間に、見事なギター・プレイと躍動感あるドラムスによるドラマティックな展開の曲構成に、ホーガスの語りそして訴える歌声が絡んで見事なトータル・コンセプト作品となった。
 
    1 bridge
    2 living with the big lie
    3 runaway
    4 goodbye to all that
    5 hard as love
    6 the hollow man
    7 alone again in the lap of luxury
    8 paper lies
    9 brave
   10 the great eacape
   11 made again


 1.~2.曲では、冒頭で不安な世界を思わせる音を発して、静かに物語の始まりをイメージする。次第にキーボードのうねりにギター・サウンドがハードに訴える。しかし時としてホーガスの語りに近い歌が入って抑揚の曲構成が見事。もうこの段階で聴くものを離さない。次第に哀しげな重く心に迫る曲と、かなりハードな緊張感を呼ぶ曲が交錯して進行する。そして時にみせるそれぞれのメンバーの演奏する楽器の音の彩による不思議な変調子は、高い演奏技術を見せつけるのだ。このあたりは名作と言われるところであろう。

800pxmarillion_warszawa2007  丁度この頃は、唯一生き残ったプログレッシブ・ロックの雄ピンク・フロイドは、既に彼らの持ち味であったスペーシーな宇宙的曲から時代に呼応してハードでストレートな曲に変身し、又ロジャー・ウォーターズの詩的かつ哲学的であり社会に挑戦的な詩の世界が前面に出た「Animals」,「The Wall」,「The Final Cut」という3連作を生み出した後、ロジャーがバンドを脱退してギルモアのピンク・フロイド再構築が行われ2作目の「the division bell」をリリースした時でもある。しかしそれはコンセプトに弱さのあったピンク・フロイドであっがために、このアルバムでは過去のピンク・フロイドに近い壮大な曲作りとコンセプトを持ったマリリオンは当然プログレ・ファンには喜ばれた訳であり、パンク、ニュー・ウェーブを乗り越えたネオ・プログレッシブとも言われるに至ったのだ。それは英国独特の暗い社会背景をものの見事に描き、それを問題視した作品で、まさにマリリオンの頂点でもあった。

(試聴)

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2009年10月19日 (月)

マリリオン marillion:プログレの一世界の新譜 「less is more」

アコースティック・ニュー・アルバムの登場

 ウィッシング・トゥリー the wishing tree を取り上げた(前回)となれば、この大御所マリリオン Marillion に触れないわけにはゆかない。私がこのバンドに興味を持ったのはもう既に二十数年前のことになってしまう。考えてみれば彼らも長いキャリアを持ったバンドになってしまった。もともとプログレッシブ・ロックに傾倒していた私であり、あのキング・クリムゾン、イエス、ジェネシスなどが、形骸化してしまったプログレッシブ・ロックが総崩れしていった時に(ピンク・フロイドのみは1977年ロジャー・ウォーターズの決断「ANIMALS」で新展開)、我々の気持ちを繫いでくれた貴重なバンドである。
 プログレについて語るとなると長い話になってしまうので、ここでは省略するが、1970年後半から1980年代にかけて、我々はユーロ・ロックにプログレを求め、一方クイーンズライクそしてフェイツ・ウォーニング、ドリーム・シアターのヘビー・メタルにプログレ感覚の開花を発見し、それに相対しての古きプログレの発展形としてマリリオンに期待したという時代を持った。
 そのマリリオンの長き歴史の中で、今年なんと16作目に当たると思うが、この秋にニュー・アルバムに接することが出来たのだ(残念ながら、彼らのサイトから発売で日本盤なし、Germanyからの盤があり、我々はそれを手に入れられる)。

Lessismore 「less is More」 intact / ear music 0200602ERE  2009

 このアルバムは、1989年ヴォーカルが現在のスティーブ・ホーガスに変わって以降のアルバムからの選曲により、アコースティックいわゆるアンプラグド作品である。

members   
    steve rothery : guiar
    mark kelly : key.
    steve hogarth : vocal
    ian mosley : drums
    pete trewavas : bass

 彼らのスタジオ・オフィシャル盤では、初めてメンバーの写真がスリーブに登場しているし、ブックレットは全て彼らの写真で埋められている。又一曲を除いて過去のアルバムからの選曲のアコーステックな焼き直しということで、なにか彼らのバンドに変化があったか、変化をするのか、異様な感覚を感じながら聴いている。
 一部、エレクトリック・ギターも聴かれるが、基本的には、アコーステイック・サウンドで落ち着いた曲作りでる。一時代をまじめに音楽を考えてやってきた結論だと言いたげなまとめ方で、何か意味ありげに静かに訴えてくる。それぞれの曲の録音も繊細に仕上げられ好録音である。

    Go!
    Interior lulu
    Out of this world
    wrapped up in time
    the space
    Hard as love
    Quarts
    if my heart were a ball
    it's not your fault
    memory of water
    this is the 21st century

 「Afraid of Sunlight」からの”Out of this world”、「Seasons End」からの”the space”などは、ゆったりとピアノとアコースティック・ギターが奏でる世界にホーガスの歌声が乗って感動を呼ぶ。近作の「Happiness is the road」からの”Wrapped up in time”は、ここではエレクトリック・ギターが泣いてみせる。又「Anoraknophobia」からの”Quarts”,”if my heart were a ball”は如何にもマリリオンらしい。

 いずれにせよ、このアルバムは多分店頭では見られないかも知れないので、その気になって仕入れておいたほうがいいと思う。なにか彼らの集大成を意味しているようでならないからだ。メジャーからのリリースがなくなってしまった彼らのマイナー・レーベルのアルバムではあるが、同様の2部作の前作とともに聴き応えがあり、是非とも愛蔵盤に加えておくことをお勧めする。ここで少し前作にも触れてみると・・・・・・・・

Happinessistheroad1 Happinessistheroad2  別発売2枚の前作







「happiness is the road Vol.1”essence”, Vol.2”the hard shoulder”」
MVDaudio MVDA4814 , MVDA4815
  この2部作は、彼らの集大成的なものではないかと思って実は聴いていた。
 これは昨年2008年に、やはりマイナー・リリースされたものである。既にメジャー・レーベルとは契約がない彼らは、こうして実験的アプローチよりは、自己の過去からの集大成的なアルバム作りをしているようにもみえる。そしてその内容は非常に過去にも増して美しくあり又渋いものになっている(Vol.1「essence」は比較的ポップに近い作りでありマリリオンへの私の期待とは若干異なっているが、終章になってのタイトル曲の”happiness is the road”でようやく彼らの作品作りのあの詩的でありしかも宇宙的に広がる展開の世界が聴ける。Vol.2「the hard shoulder」は、叙情性のある彼らの原点である「Brave」にみた壮大さを感じさせる曲が繋がる。私にとってはこちらのVol.2が好みの分野になる。なかなか久々にマリリオン節が聴けて嬉しくなるのだ)。これは彼ら自身の世界をむしろ流行に関係なく自由に作り上げているからなのかもしれない。
 
 かって、ジェネシスとピンク・フロイドの中間的なバンドのイメージで出発したマリリオンであるが、当初のパンドの看板でもあったヴォーカルのフィッシュの独特の声の質と唄い回しがどうも私にはいまいちであった。そして現在のスティーブ・ホーガスに変わり、ジェネシスとの比較はされない彼らのネオ・プログレッシブと言われる世界を構築して来た。別の表現ではポンプ・ロックとも言われるが、その形の結果から彼らの人生観も含めての現在到達した世界が、このアルバム(特に Vol.2 )のような気がしてならない。
 スティーブ・ロザリーのギターは、メロディーが美しい中に変化も繊細にそして大胆に響き、マーク・ケリーのキー・ボードも音空間をうまく作り上げる。このあたりは渋いピンク・フロイド的ニュアンスが感じられるが、ホーガスのヴォーカルは決定的に異なって、やはりマリリオンなのである。ただ気になるのは、この作風が「Brave」のような社会問題への挑戦的内容でなく、人生を達観してしまった感が見え隠れするところである。これからのマリリオンの存在意義を何処に求めるのか?不安でもある。

 彼らの過去のアルバムも、こうした新譜が出たとなるともう少し紐解いてみたいと、今思っているところだ。現在私の手元には過去の10枚の彼らのアルバムがあるので、そのポイントを少々まとめてみたい(次回)。

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2009年10月16日 (金)

ウィッシング・トゥリー the wishing tree の復活

ハンナ・ストバートの甘く小悪魔的な歌声は健在

 12年前、英国のポンプ・ロックのマリリオンから派生的に生まれたユニット。なんとも愛くるしく(コケティッシュな)、そして小悪魔的な歌声のハンナ・ストバートを押し出しての英国であるから作れるケルト系のフィーリングでトラッド、エスニックな世界、そしてアコースティックな曲展開で、私のかなりお気に入りのプロジェクトであったあの”ウィッシング・トゥリー”が、なんと信じがたく12年ぶりに2ndアルバムをリリースしたのはつい今年の春だった。
 このところ、JAZZYな女性ヴォーカルの話題を多く書いてきたので、このあたりでロックの女性ヴォーカルの世界に戻ってみたい。

Ostara the wishing tree : 2nd 「OSTARA」 ear MUSIC 0198062ERE 2009

 マリリオンのギタリストSteve Rothery が女性ヴォーカルのHannah Stobart を軸としたユニットを”ウィッシング・トゥリー”と名付けて、いわゆるフォーク・ロックとして登場させたのが12年前のアルバム「CARNIVAL OF SOULS」だった。当時あのハンナの歌声とアコースティック・ギターのトラッド的世界に魅了されて、惚れ込んだのだが、それ以降全くの音無し、このユニットは一回だけのあだ花だったのかと思っていたが、今年になって、この2ndが登場したというわけである。

    ostara
    easy
    hollow hills
    seventh sign
    falling
    fly
    kingfisher
    soldier

 以上8曲+ボーナストラック2曲という構成ながら、1stアルバムでは学生だったハンナも12年経ってどうなったのかと思ったが、あいも変わらずのコケティシュな歌声が健在で驚く。全く12年の経過を感じさせないのだ。このアルバムもロザリーのギターが主役で彼女のヴォーカルを支えるパターンなのだが、いわゆるフォーク・ロック、トラッドという印象を聴かせてくれる。ギターもアコースティックの他、エレクトリックも使用され曲によって色を変えてはいるが、マリリオンの acoustic side project という言葉は当たっている。全曲ロザリーとハンナによって作られていることも、やはりマリリオンのサイドプロジェクトとして、目下大御所のマリリオンが座礁した状態であるからこそ復活したのかも知れない。
 
 いずれにしてもハートに快感刺激を与えるヴォーカルで、英国の落ち着いたある意味では若干暗さのある牧歌的ロックとの融合で、取り敢えずは聴き応えあるアルバムであると言っておこう。しかし、あの1stのようなインパクトはやはりない。全体にやや、単調である。
 そしてそれに加えて、このジャケ・デザイン(↑)は頂けない。ひどいですね。全くこのアルバムの内容を表現していない。(こりゃ、いったい何なんでしょう?)
Ostarasoldier_2 しかしそれに反して、左のように、ブックレットの曲のイメージ・カットはなかなか芸術的。これは最後の8曲目の”soldier”のもの。この暗さは何とも言えず訴えてくる。その他の曲のイメージ・カットも見るに値するものだけに、ジャケはもっと考えて欲しかった。

 ジャケ(スリーブ)デザインって、私はかなり重要と思っている人間で、過去においても色々のアルバムで、その点も楽しんでいるわけだが、特にLP時代は今の小さいCDとは違って、もっと重要だったのではなかったか?。

Wt_ostara_a5_flyer

ところでこれ(左:いずれもクリックで拡大)は、リリース宣伝イメージ・カット、なかなか良いと思ってここに供覧する。このあたりをジャケにして欲しかったというのは、私の余計な希望と言ったところだ。

 とにもかくにも、ハンナ嬢(奥様?)の健在を喜んでいる。
 プログレッシブ・ロックが形骸化して、潰れていく中で、一つのネオ・プログレッシブとして注目されたマリリオン。フェイツ・ウォーニングやドリーム・シアターのプログレ・メタルと相対するプログレッシブ・ロックの進化の形のポンプpompという分野として現在に残された世界を造り上げた事は貴重である。そしてそこから生まれたウィッシング・トゥリー、このユニットの将来は解らないが、こうしたものが、日本盤としてリリースされないのは寂しい。

Hannah  このアルバムの重要な因子である女性ヴォーカルのハンナ・ストバートは、1stアルバムのドラマーPaul Craddick と結婚したというのは現在までの情報で、それ以上のことは知らないが、彼女の歌声は、男心をくすぐるような独特の甘さと可愛いらしさがあって貴重と言えば貴重。今後も活躍して欲しいことを願いつつ、この2ndアルバムを聴いているところである。
 

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2009年10月13日 (火)

MONOCHROME(25)

by *floyd(風呂井戸) | KODAK 400TMY , Hasselblad 503CX , Planar CF 80mm

0455

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2009年10月 8日 (木)

MONOCHROME(24)

by *floyd(風呂井戸) | KODAK 100TMX , Hasselblad 503CX , Planar CF 80mm

0096_2

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