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2009年11月30日 (月)

MONOCHROME(26)

by *floyd(風呂井戸) | KODAK 400TMY , FUJI GA645Zi professional FUJINON Zoom 55-90mm

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2009年11月27日 (金)

甦った30年の老兵ターンテーブル DENON DP-80

LPの復活を期してターン・テーブルDENON DP-80の修理

 この数年前、30年前に購入した私の愛機LPプレイヤーのターンテーブルDENON DP-80の回転が変調を来し、近頃は高回転の暴走をきたすようになり、いよいよもってLPとお別れするか、又は新規LPプレイヤーの購入かと悩んではいたが、30年前の製品とはいえ、相変わらずネット・オークションでは高価な取り扱いが見られるため、思い切って修理に出してみようと試みてみた。
Dp80in  そもそも、このターンテーブルは、1978年に発売され、当時DENON(当時はデンオン、現デノン)の最高級機であった。ACサーボモーターによるダイレクトドライブで、特徴は二重構造ターンテーブルと言われるもので、間接的な振動、直接的な音圧の両方に遮断効果がありクリアな音の再生ということで人気があったもの。
 又、回転数制御を行うサーボ機構としては、磁気パルスによる高精度磁気記録検出方式とクォーツロックによる位相制御を組み合わせたもので、その性能には相当の信頼があった。
 
  LPプレイヤーとして、このターンテーブル用のDENON DK-300というユニバーサル・キャビネットに乗せ、当時人気のあった MICRO のダイナミック・バランス・トーンアームのロングタイプのMA-505Lを組み合わせ、やはり DENON の MCカートリッジを使って、取り敢えずのLPプレイヤーとして仕上げたもの。考えてみれば、このこと一つとっても当時は諸々研究して仕上げる楽しみがあった。
Photo

左が私の持っているDP-80(シリアルナンバー182823)だが、本日無事修理完了で帰ってきた。もともと30年前のものが故障したということで、なかば諦めていたものであるだけに、感慨もひとしお。
 これもインターネット社会になり、諸々検索してみると結構修理して使っている人が多いことが解ったり、その故障部分も殆どは制御部のコンデンサー、トランジスタであることも解った。
Photo_2 これが修理してキャビネットに収納した状態である。もともと個人的に丁寧に使ってきたものであり、殆どキズもないため、完全な新品とはゆかなくも、それなりに気持ちよく見れるし、動作も静粛完璧で、取り敢えず自己満足の境地に浸っている。最近のオーディオ・アンプは、MCアンプ部はオプションとなっているものが多く、私もこのプレイヤーが休止状態後に新アンプに更新しているので、再びかっての古きMC(Moving Coil)カートリッジ・ヘッドアンプの登場となった。
Photo_3  これが、今回交換された部品である。
 さて、こんな事情から、再びLPを引っ張り出しての楽しみが始まる事になった。最近は、まだまだMCカートリッジや針もきちんと販売されていることや、かってのストックも持ち合わせているので、当分はLP再生に現を抜かすところとなりそうである。
 こうした古き製品もなかなか味があって、MICRO のトーンアームの機能も現在完璧であり文句はない。
Photo_4 こうして、私のターンテーブル再生は成功した。今言えることは、DENONもなかなかやるものだなぁ~~、30年前は、少々お高かったこの製品。それでも今こうして甦らせてくれて、そして楽しめるというのは愉快である。更に時代の波に逆らっているという存在感はこれ又楽しいものであり、CDなどのデジタル時代にアナログの味をもっともっと実感しておこうと思っているところだ。

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2009年11月20日 (金)

3回目のリマスター:キング・クリムゾン「クリムゾン・キングの宮殿」

「Red」と共に、やはり購入してしまったサラウンド・リマスター「宮殿」

 「Red」のオリジナル・アナログ・マルチ・トラックからのデジタル・サラウンド・リマスター処理による40周年記念盤に圧倒されたことで、この「宮殿」にも当然食指が動いてしまった。私がリマスター盤として購入した経過では、少なくとも10年おきの3回目である。そこが、クリムゾンのフリップ翁の魔術的恐ろしさである。今回も、こうして踊らされてしまいながらも、初めてのキング・クリムゾンとの接触に回顧され、胸が熱くなってしまうのだ。

Photo  40th Anniversary Series 「IN THE COURT OF THE CRIMSON KING クリムゾン・キングの宮殿」 WHD IEZP-15

 この記念盤の特徴は、HQCD高音質2009年リマスター盤CDも良いが、それに加えてのマルチ・トラックの掘り出しによるサラウンドリマスターのDVDオーディオ盤(5.1サラウンド&ステレオ)にあるといっても過言ではない。特にそのDTSサラウンドのダイナミックなリアルな音には圧倒される。それはいかに1960年代と言えども、アナログ録音が優秀であったが、今となって実感できるのだ。
Photo_2  この1969年のオリジナル盤に収められた5曲の素晴らしさはあらためて語る必要がないが、このバンドのスタート・メンバーは、ジャイルズ・ジャイルズ&フリップを母体として結成された。そして彼らは如何に革新的でプログレッシブであったかは、当時のロックを顧みれば歴然としている。ジャズ、フォークそしてクラシックの要素をロックと融合させ、荘厳で雄大な世界を構築して見せたのだ。それは当時アンダー・グラウンドから生まれたサイケデリックと言われたピンク・フロイドが作りつつあったプログレッシブ・ロックの流れを一つのバックとして支えられた彼らは、一気にビートルズを乗り越えてトップに躍り出た。
 メンバーは、Robert Fripp(G), Ian McDonald(reeds,woodwind, key, mellotron, vibes, vo), Greg Lake(vo,b), Michael Giles(ds,perc,vo), Pete Sinfield(words,illumination) であるが、当時圧倒されたスタートの曲”21st Century Schizoid Man”においては、それぞれが演奏するこれだけの多くの音を如何に凝縮したかが、サラウンド・サウンドによって更に知ることになる。全体にヴォーカルも合唱部は更に広がりを見せ、私の一押しの曲”Epitaph”では、メロトロンが響き渡り、ドラムスの重さが圧倒的だ。”Moonchild”では繊細な音が、一つ一つ拾えるがごとく明瞭に聴き取れる。”In The Court of The Crimson King”は壮大で言うこと無し。
 やはり、この3回目のリマスター盤も「Red」同様に、フリップの魔術に翻弄されてしまう。やはりこれは必聴ものである。映像は69年ものとしてなんとかというところで、ちょっと無理があったと言って良い。グレック・レイクの若き姿が印象的だ。

Photo_3  さて、この3回目のリマスター40周年記念盤に先駆けて、私をして誘われたのが10年前の1999年「クリムゾン・キングの宮殿」(DGM PCCY-01421)であった。30周年記念24ビット・リマスター見開き紙ジャケ盤である。ゴールドCDが泣かせるものだ。
 当時も、音源の改良をうたい文句にし、”21世紀の精神異常者”には”ミラーズ”を加えて我々に迫ったものだ。フリップ魔術の一つである。又、この紙ジャケ仕様も懐古的で、心をくすぐった。

Photo_4  そして「Red」同様に、更に20年前の1989年フリップが手がけたというリマスターAAD盤「クリムゾン・キングの宮殿」(E'G Virgin VJCP-2301) がある。これも当時は単なるLPからのCD盤でなく、リマスター盤として、音の良さに感動したものであった。

 こうしてやはり10年おきの3枚のリマスター盤を並べてみると、キング・クリムゾンの1stがこのように、一つの音源から時代に沿って、一種の発展をしていることに驚かされるのである。まあ、これはあのロックが進化し続けた時代に生きた私にとっての郷愁と感動のお遊びのようなものであるが・・・・更に、何枚ものブートレグがその横に並んでいるのを見て、(恐ろしくなり)ちょっと複雑な気持ちになるのである。

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2009年11月16日 (月)

恐怖のキング・クリムゾンKing Crimson 「Red」

40周年記念(Anniversary)エディションの「レッド(Red)」

 まさに恐るべき時が来てしまった。キング・クリムゾンだけは、このブログでは取り上げないように注意をしてきて早3年、ついにその決意を翻すことになってしまった。
 1974年のあのニュー・ヨークはセントラル・パークで彼らの最後の勇士を拝んで以来、あれやこれやとブートレグを買いあさる何年間を経て、どうもディシプリンそしてエイドリアン・ブリューのいるキング・クリムゾンってちょっと違うんじゃないか?と、思いながらも、考えてみれば1974年までの回顧に引きづられ巨額の投資をしてしまった。ブートレグ泥沼に加えてロバート・フリップの魔術的過去の遺産のリリース。そして現存するバンドの攻めにあって、今日にいるわけだ。今こうしてこのブログで取り上げると言うことは、再びフリップの魔術の世界に誘われそうで怖いのである。

 思えば、英国ロック界のビッグ・ニュースは1969年にリリースされたアルバム「クリムゾン・キングの宮殿 In The Court Of The Crimson King」をもってして、なんとあのビートルズをけ落としたというロック・グループのキング・クリムゾンの登場であった。しかし、日本にはそのニュースは届くが、なんとそれがなかなか手に入らない。ローカルな地にいた私はこの驚愕のアルバムを手にしたのは年単位で後になっていた。しかしその驚きは今でも忘れないし、まさにその直前のピンク・フロイドのアルバム「神秘」「モア」「ウマグマ」との出合とともに、約40年の私のロックの歴史が始まったのであった。

Red40 King Crimson 40周年記念エディション「レッド Red」 WHD Entertaiment IEZP-17 HQCD+DVD

 なんたることか、LPは当然としても、その後のCD時代になって、アルバム「Red」のリリースは3回目になる。ここに登場したものはCD1枚とDVD1枚。特にDVDは5.1サラウンド(DTS版も)+ボーナス映像(1974年フランスTV局収録)であり、そうなれば当然とびついてしまう。又CDも英国初回仕様ジャケットのHQCD版(+ボーナストラック)、ロバート・フリップ翁の魔術は40周年にして再び三度我々に無理強いして来るのだ。

 しかし、この記念エディションはやっぱり買っておくべき価値があった。だから恐ろしい。サラウンド・サウンドも日常的になっている今日、そのものは珍しいところではないが、ここに登場する曲は以下の通りである。
   1.Red
     2.Fallen Angel
     3.One More Red Nightmare
     4.Providence
     5.Starless
   (Bonus tracks)
      6.Fallen Angel Trio Version
      7.Providence Full Version-Taken from The Great Deceiver
      8.A Voyage to the Centre of the Cosmos-Taken from The Great Deceiver
 彼らの演奏がサラウンドになるとどうなるか?それは是非聴いて欲しいが、あのスリリングな部分はDTSの音の効果も重なって更に強調され、私にとっては名曲中の名曲Starlessを聴くと、この曲の展開は如何にすばらしかったかが再認識される。又あの「The Grat Deceiver」からのライブ版の2曲もリアルで聴き応えある。

 映像は以下のものだ
     Larks' Tongues In Aspic P.II
     The Night Watch
     Lament
     Staress
 懐かしの、Cross, Wetton, Bruford とFrippの演奏が楽しめる。

Red30  アルバム「Red」に関しては、今から10年前(2000年)に30周年記念エディションとして紙ジャケ見開きケース入りで、左の24ビット・リマスター盤(Dicipline Global Mobile PCCY-01427)も発売され、当然買わされたわけであるが、これには’74年リリース当時の新聞記事などの記録されたブック・レット付のものであった。この時も70年代のクリムゾンに想いを馳せたものであった。
 
 ところが実は、その前にも買わざるを得ないCDがあった。



Red1989  これが、更に10年前の1989年に、当時「Red」Re-Mastered by ROBERT FRIPP and TONY ARNOLD (E'G VJCP-2307)ということで、買ったもの。(左)
 とにもかくにも、フリップ翁のマジックにして正規のオフィシャル盤も1974年のリリース盤(日本はなんと遅れて発売)以外に、ことあれば手を変え品を変えして我々に迫り、そしてその思惑には従わざるを得ない私の弱みがある。しかしその度に結果的には10年周期で楽しんでいるわけで・・・思えば幸せなのかも知れない。
 キング・クリムゾンの1969年-1970年代に構築したロックの世界は、無二の世界といってもいい。ジャズ的センスも加味しながら、メロトロンという広がりのある空間を描いた楽器の導入。クラシック・ヴァイオリンの味付けでスリリングな音を作り、インプロヴィゼイションの楽しさを教えてくれた。さらにパーカッションの妙、そして何か深遠な世界に導く詩とともに、フリップのギターも静かにそして時として荒々しく新鮮であった。
 今、この40周年の時を迎えて懐かしの感動を押さえられないのは私だけではないであろう。

 

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2009年11月13日 (金)

マリリオン marillion 回顧(2):「過ち色の記憶」

プログレッシブ・リヴァイヴァルのポンプ・ロック

 ピンク・フロイド、キング・クリムゾン、イエス、EL&P、ジェネシスなど・・・ロックのスタイルにキーボードなどの楽器の導入によって、ジャズやクラシックの技法を融合させて、一種の音楽性を追求した1960~70年代のロック(日本流に言えばプログレッシブ・ロック)も、”ロックを原点に”のパンク、ニュー・ウェーブの嵐により、その存在が消えかかった時、あの時代への郷愁は決して失われていなかった。
 その最右翼がマリリオンのネオ・プログレッシブと言われた世界だ。彼らは音楽の構築美を追究し、そしてストーリーのあるコンセプトを持ちつつ、ドラマテックな展開の曲を前面にしたアルバム作りをして見せた。
 そんな中でも忘れられないのが、私が彼らの音楽性に注目するきっかけとなった1985年の3rdアルバムだ。
Misplacedchildhood marillion 「Misplaced Childhood 過ち色の記憶」 EMI Records 1985

 キー・ボードが、ギターが全曲連続性に、物語風にメロディアスで不思議な世界に誘ってくれる。メンバーは現在のマリリオンのSteve Rothery(Guit.), Mark Kelly(Key), Pete Trewavas(Bass), Ian Mosley(Dr.) の4人に、ヴォーカルは当時話題のこのアルバムでバンドを離れたFish(Derek Dick)である。彼のヴォーカルはまさに彼独特の癖のあるハスキーで粘りっこいところは物語を語るにはある意味ではピッタリというところであろうが、どうも私は一つとっつきにくいところでもあった。
 しかし、バンドのサウンドは私の好みのピンク・フロイドにも通ずるところがあり、ドラマティックで、そしてギターも十分にキー・ボードに負けずと宇宙空間を作り上げる。そんなところに引きつけられて、私のマリリオンとの関わりの歴史がスタートしたのだ。
 このアルバムのスリーブ・デザインもなかなかのもの(クリックで拡大して見て欲しい)。この少年の眼光が表情が、彼らの描きたかった世界を表している。少年をテーマにある意味では混沌とした社会に挫折しながらも、それでも立ち向かいながらも、光明を求めて行くところが描かれているように思えてならない。全10曲の終章は力強く締めくくってくれる。
 このアルバムこそ、社会を見つめるマリリオンの初期の傑作であろう。

 1987年、4thアルバムからヴォーカルはFishから Steve Hogarth に変わって、彼らの長い歴史がスタートすることになる。そして何度かのイメージ・チェンジも繰り返し現在に到達しているわけであるが、その間の名作は前回紹介した6thアルバムの「Brave」であったと思う。

Somewherelondondvd  近年の彼らを知る上に恰好の映像ものがある。
 DVD / 「Somewhere in London」 MVDvisual MVDV4766 2007 = "The Somewhere Else Tour 2007" London 15&16 June 2007

 14thアルバム「Somewhere Else」リリース後の現在のメンバーによるライブ・アルバム。とにもかくにも肥ったギターのSteve Rothery はあまり見たところはよくないが、他の4人は、なかなか渋く歳をとってスマートで、演奏にも余裕があって見応えがある。 
 彼らのライブの姿は意外にオフィシャルなものが少ない中で、このDVDは映像、サウンドもしっかりしていて、ファンであれば是非持っていたいもの。
 アルバム「Somewhere Else」よりの曲を主体に演奏されているが、2枚組DVDでDisc2には、"Here's Some We Played Earlier"として過去のアルバムの特徴ある曲を7曲収録している。会場の聴衆と大合唱してみたりで、マリリオンの愛され方が見えてくる。ライブものの楽しさが十分味わえるし、近作の先日紹介したアコースティック・アルバム「L=M」の雰囲気も、十分に想像できる。

 これからのマリリオンは、目下はメジャー・レーベルからは解約され、彼らのスタイルがどのように受け入れられていくかは難しい局面にいる。そして彼らの活動が、どうゆう形で進行するか?まさに想像がつかないが、健闘を期待して回顧してみた。

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2009年11月 2日 (月)

私の映画史(5):「怒りの葡萄 The Grapes of Wrath」

アメリカ資本主義社会の歪みに生きる農民の怒りと生への執念

Dvd 「怒りの葡萄 The Grapes of Wrath」 米国(20世紀フォックス・スタジオ)映画 1940年 128分 モノクロ

 もちろんこの映画は制作年でなく、1960年代に私は観ることが出来たもの。(現在はデジタル画像化された映像で、DVDにて観ることが出来る)
 日本においては、富める国の代表的なアメリカに於いても、このような悲惨な現実があったのかと当時は驚くとともに、ジョン・フォード監督の得意の人間模様を描く内容に感動したものである。
 原作はジョン・スタインベック(社会派小説「The Grapes of Wrath」)であり、映画に感動してこの小説を買って読んだという私の経歴である。映画は小説の全てを終章まで描いているわけではないが、スタインベックの基本的精神は十分に描ききっていると思う。(実はこの終章にショッキングな感動があるのだが・・・)

2dvdtr 監督 : ジョン・フォード
制作 : ダリル・F・ザナック
脚本 : ナナリー・ジョンソン
音楽 : アルフレッド・ニューマン
撮影 : グレック・トーランド

(キャスト)
 ヘンリー・フォンダ : Tom Joad
 ジェーン・ダーウェル : Ma Joad
  ジョン・キャラダイン : Casy
 チャーリー・グレイプウィン : Grampa Joad
 ドリス・ボードン : Rose-of -Sharon Riveyrs
 ラッセル・シンプソン : Pa Joad

(ストーリー)
 殺人容疑で入獄していた主人公トム・ジョードは仮釈放で4年ぶりに故郷オクラホマの農場に戻るも、小作人のジョード一家はダストボウルと大規模資本主義農業の進展で、居場所が亡くなり立ち退いていた。叔父の家で家族と再会したトムは、大家族皆でボロのトラックで家財道具を積み込んで、カリフォルニアの大農場に職を求めて出発する。しかし苦労の末たどり着いたそににあったものは、過酷な労働、安い賃金などのあまりにも厳しい残酷な現実であった。しかしそのような中で、労働者の運動も進行し、トムは運動家ケーシーに関心を持つようになる。しかしケーシーは資本家に雇われた警備員に殺され、その場に居合わせたトムはケーシーを殺した男を殴り殺してしまう。そして又トムは家族と離れて逃亡の旅に出る。

 この「怒りの葡萄」は、1930年代のテキサスからカナダ国境に吹き荒れた砂嵐により耕地が砂丘と化した天災と、資本家の機械化された耕作会社に追われたオクラホマの貧農ジョード一家の苦悩を描いている。カリホルニアには仕事があるという宣伝ビラにつられて、二千マイルという行程を山や砂漠を横切ってたどり着くも、そこには甘い世界はない。オーキー(Okies)と蔑称される多くの土地を追われた浮浪農民が集まっていた。使用者の意のままの彼らの得る安い賃金は生きることも困難な状況に追い詰められる。その中で生まれる弱い者の団結抗争の芽生え、それは「赤」として一層の弾圧を受けることになる。
Photo 小説(スタインベック「怒りの葡萄」(上・下巻)大久保康雄訳、新潮文庫)をみると、このあたりの状況はその中で、奇数章は物語の筋とは別にその時代の背景を、そして偶数章は物語の筋を語るという手法をとり、スタインベックの事実考証を積み上げてのアメリカ商業主義への怒りと批判でを綴っている。更に、トムの母親の秘めたる生への力、ローザシャーンの悲劇的女の生き様から人間の究極において滅ぼすことができないのは、生きようという本能的力を描いている(訳者)。それはこの本の訳者が、”激しい抗議の文学であり・・・・主観を押さえてあくまでも冷静であり、時には非情であって、それがこの小説の劇的な雰囲気を盛り上げてゆく上にすばらしい効果を上げている・・・”と記しているところからも想像がつくことであろう。
 

 映画では、相変わらず人間の姿をジョン・フォード監督は得意の手法でものの見事に描いているし、主役のヘンリー・フォンダが熱望したといわれるトム・ジョード役で、彼のこの後の正義を物静かに貫く役柄を確立したとも言われている。トムの母親の静かではあるが、すざまじい生への力などの描写は特筆ものである。更にグレック・シーランドの描く撮影画像がすばらしい。シルエットで描く世界、暗い中でも光りの取り入れ方が見事でモノクロ画像の極致をゆく映像と言っても過言でない。

Camel

最後に、この小説に触発されて、一枚の音楽アルバムを作り上げた作品があるので、ここに記す。
CAMEL:「DUST and DREAMS」 Camel Production CP-001CD 1991
Andrew Latimer率いる英国ロックバンドCAMELの作品だ。彼のギターが叙情豊かに描く作品となっているが、悲惨であり哀しい中でも人間のたくましく生き続ける姿を描いている。彼らの傑作アルバムの筆頭にあり、このスリーブ・デザインも出色である。一聴に値する。私のお薦めのアルバムだ。

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