LP-playerの復活(7) 感動のショスタコーヴィッチShostakovich交響曲(1)
若き心に迫ったショスタコーヴィッチ交響曲第5番「革命」
LP用ターンテーブルの復活により、かってのLP盤の再聴をしている中に、私の若き時代が甦ってくる。その重要な位置にあるのがショスタコーヴィッチの交響曲だ。特に当時(1960-70年代)の私にとっては、ベートーヴェンでもなく、モーツァルトでもなく、マーラーとショスタコーヴィッチであった。この両者の交響曲は当時の私に対照的両局を成して迫ってきた。そして血気盛んな若き私にとっては両者に感動しつつ、特にむしろストレートな比較的解りやすい印象のあったショスタコーヴィッチDmitry Dmitriyevich Shostakovich (1906-1975) (最近はショスタコーヴィチと記すことが多い)に傾倒したのであった。
「ショスタコーヴィッチ 交響曲第5番作品47 カレル・アンチェル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団」 COLUMBIA(SUPRAPHON) OS-655-S 1966 (録音1961)
この第5番は「革命」と俗称されるもので、最もショスタコヴィッチの交響曲としては代表的なもの。もちろん私が彼の交響曲を聴くようになったのはこの第5番から。
そしてここにある紹介するLP盤は、45年前のもの。私にとっては当時購入し貴重な第5番のLPなんです(当時で\2,000 )。この盤ほど繰り返し何度と聴いたものはそうはない。そして今聴いてみるとLP盤には避けられない独特のスクラッチ・ノイズも多くなってしまっているが、実に録音が良い。最近の録音盤とも全く遜色がない。
このLP盤(アンチェル盤)こそ、私にとってはショスタコーヴィッチの第5番の原点であり基本となっており、そして又曰わく付きのアルバムなのである。
ショスタコーヴィッチの交響曲と言えば、レニングラード生まれの彼のソ連の激動の1930年から1940年代を知らずして聴くことは出来ない。プロレタリア革命進行の内戦の繰り返しによる社会主義国家の建設途上の国家情勢。スターリン独裁体制の確立した1927年以降のソ連における粛清政治下における苦悩。そして第二次世界大戦、ドイツナチスの侵攻との戦い。これらは当然文学、音楽その他芸術分野にも大きくのしかかってくる。特に1936年の600人以上の作家、詩人、芸術家が収容所に送られた大粛清。ショスタコーヴィッチとて例外ではない。いわゆる社会主義リアリズムの中、形式主義批判キャンペーンの対象となり彼自身の生死にもかかわる中にあり、既に作り上げ初演直前にあった第4交響曲を取り下げた(これを演奏したらいったいどうなっただろうか。誰が知ろう、おそらく誰も、なにも言えなかったに相違ない。わたしの生命は終わりを告げたかも知れない=「ショスタコーヴィッチの証言」から)。そうする中で、1937年1月21日、ソヴィエト革命20周年記念日にこの第5交響曲はムラヴィンスキーの指揮によりレニングラード・フィルによって初演されたものだ。
一般的にはこの交響曲は「革命」という名がついているとおり、ショスタコーヴィッチを救った交響曲となった。それはソヴィエト各地での演奏に、この曲の支持者が増え、”それは逞(たくま)しい精神力と闘争から勝利に”という意味合いに解釈され、共感をおぼえさせたという結果であった。
しかし後に(ショスタコーヴィッチの死の直後の1980年)、ショスタコーヴィッチの交響曲の解釈は、彼の友人であるソロモン・ボォルコフに託された彼の生き様の記録が、「ショスタコーヴィチの証言」として出版されたこと(西側に秘密裏に持ち出して出版)によって、大きな混乱状態となった。これは日本でも1980年に出版され、翌1981年私は購入した。そして彼の音楽に対する評価(国策迎合かヒューマニズムか)や芸術性について多方面から多くが語られることになる。(「証言」は偽書かどうかの議論が沸騰したもの。この事は次回に譲りたい)
ここでは、このアルバムの指揮者に言及したい。それはこのカレル・アンチェル(Karel Anc'erl 1908-1973)だ。彼を一言で表現すると”悲劇の指揮者”という言葉が適切かも知れない。彼はチェコ出身、1933年プラハ交響楽団の音楽監督になった。
しかし1939年ナチスのプラハ侵攻によりチェコは併合され、彼の上演曲はナチにそぐわない、又彼自身はユダヤ系であったことから、幼い息子を含む家族全員と共にアウシュビッツ収容所に入れられ、ここで家族全員がガス室で虐殺される。彼自身のみ生き残ったが、その理由は最後まで語られていない。それは憶測では、彼は収容所の強制労働に向かわされたユダヤ人の送迎や収容所に着いた人々に対してのオーケストラ演奏を課せられていたらしい。この演奏というのはあくまでも収容されたユダヤ人の人々を強制労働、虐殺ということからカモフラージュするための手段であったようだ。まさに悲劇の中の彼の音楽活動であった。
こうした暗い悲惨な人生を送った彼が、チェコがナチの支配から解放された後に、楽壇への復帰を果たしたのである。しかしソ連の衛星国化した中で反共運動家のもとにあったチェコ・フィルは低迷した。しかし彼の悲惨な現実を背負った中から生まれる努力はすさまじく、チェコ・フィルは再興したのだった。そしてこのショスタコーヴィチの第5交響曲の演奏が行われ1961年に録音されたものだ。(しかし、この後の1968年のチェコの反共的動きに対してソ連を中心としたワルシャワ条約機構軍の軍事介入「プラハの春」事件によりカナダに亡命)
ショスタコーヴィッチの暗黒の世界からの作品を、悲劇の指揮者カレル・アンチェルによってチェコ・フィルが演奏したこの作品は、両者の壮絶な環境の中から生まれ出た名作である。アンチェルが単なるソヴィエト革命下のスターリン体制を礼賛の曲として演奏したとは思えない。そうであったら取り上げていなかったであろう。彼がこの曲に秘められたショスタコーヴィッチの政治的粛清による死の恐怖下の生き様に思い馳せていたと思う。実はそれがショスタコーヴィッチの第5交響曲なのかも知れない。
ところで、このブログを書きながらネットで調べてみると、なんと左のように私が45年前に虜になったこのアンチェル指揮の第5番が、コロンビアミュージックエンタテイメント(株)からCD(the classics 1000 シリーズ)としてリリースされているではないか。まさに驚きであった。(「Shostakovich SYMPHONY No.5 Festive Overture / Karel Anc'erl , Czech Philharmonic Orchestra」 SUPRAPHON COCO-70591 1961.11.11録音 \1,000 )
当然手に入れたのは言うまでもない(まさしくそれは今日のことである)。そして1961年の素晴らしい演奏と録音に喝采を浴びせるのである。
・・・・・・・次回に続く
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