ショスタコーヴィチの交響曲(4) 「血の日曜日」を描いた標題交響曲第11番の示すもの
”形式主義の烙印”からの名誉回復は?=秘めたる”国家による民衆への迫害”の悲観論
「SHOSTAKOVICH SYMPHONY No11 in G Major , OP.103 "1905" (ショスタコーヴィチ交響曲第11番”1905年”) / Yevgeni MARAVINSKY ・Leningrad Phil.Sym.Orch 」 新世界レコード SH-7710 Recorded in U.S.S.R 発売日不詳
私の歴史的LP盤は、このムラヴィンスキー指揮の第11番「1905年」である。
なんとモノラル録音盤ではあるが、録音日の記載がない(1959年か?)。初期の盤はスタジオ盤とライブ盤があるようだが、これはスタジオ盤だ。そして私が購入した年も覚えておらず(多分1970年代前半だろうと思うが)、日本ビクターよりリリースされているが、その日時もスリーブに記載されておらず、今日考えてみれば、いい加減と言えばいい加減な話である。
しかし、このムラヴィンスキーとレニングラード・フィルハーモニー管弦楽団の演奏は、その緊迫感が凄い。ここまでに緻密さをもって繊細に構築された演奏はそうはない、名盤だ。
この曲の初演は1957年10月30日、革命40周年を祝う首都モスクワで、ナタン・ラフリン指揮のソヴィエト国立交響楽団によって行われた。
この第11番の意義を知る為には、そこに至る考察を以下にする。・・・
前回考察した第7番のその解釈は、ショスタコヴィチ自身の意識は別にして、戦時中の反ファシズム闘争の英雄的戦いとして捉えられ、世界的にももてはやされ、ソヴィエト政府もそれを歓迎して受け入れた。すなわち彼は粛清から逃れられたのであった。
しかし彼の交響曲への意欲の根源は決してそのようなものでなかったのは前回考察したとおりである。
そしてその後の第8番(左:私の推薦するショルティ指揮盤LONDON FOOL-20462)は、戦争の現実(悲劇)に眼を向けた深刻性のある作品(第8は、戦争交響曲と言われた第7.8.9番のなかでは、人間的な思索の芸術性に長けた作品として今日では最も評価が高いが、当時は抹殺された) となったが、ソヴィエト当局のその評価は厳しかった。
更に1945年、スターリンにより戦争勝利の賛歌が期待された第9番も、まさにスターリンの期待を裏切ったショスタコの抵抗的パロディー作品となった。その結果、再び形式主義作品と断定されてショスタコの評価は地に落ちてしまう。(モスクワ、レニングラード両音楽院教職をも解雇される)
そして8年後のスターリン没によってその体制の終焉した1953年になり、ショスタコーヴィチの長年の結晶第10番が発表された。
(参考:(左CD)
「SHOSTAKOVICH Sym.No.10 / Evgen Mravinsky ・Leningrad Phil.Sym.Orch. 」1976録音 VICC-40256)
ソ連のスターリン統制下のプロパガンダ音楽に飽きていた多くの聴き手にとっては、ショスタコーヴィチの主張性の濃いこの交響曲を聴き、”自由への目覚め”を感じて絶賛した。ここにはスターリンを代表する国家による民衆への迫害を如何にも哀しく暗く描ききっていたのだった。(私の推薦交響曲である)
一方スターリン体制の実践家ジダーノフの一派からは交響曲全体を覆うペシミズム(悲観論)にソ連社会にとっての不健全さを指摘し、強い疑惑を向けられた。1954年、作曲家同盟の公開討論会においてその評価は2分した論争に至った(「第10論争」)。そして結果としてこの作品には国家的支持は行われなかった。しかし勇気あるショスタコの実践によって、まだまだ行く末の不明瞭な国家情勢においても、特に芸術界における自由化運動は確実に進行したのである。
さて、ここで交響曲第11番の話に戻る。・・・・・・・
時は流れてスターリン体制が崩壊3年後の1956年には、フルシチョフの”スターリン批判”が共産党大会で行われるに至った。息を吹き返したショスタコヴィチは翌年の1957年の革命40周年のために標題交響曲として革命評価をする交響曲を作り上げる。それがこの第11番だ。
第一次革命闘争の発端ともなる1905年1月9日のペテルブルグの広場における市民の請願デモに対して当時のロシアツァー政府側の一斉射撃によって血の海と化した事件。この「血の日曜日」事件はロシア革命運動展開の発端となった悲惨な事件であった。これによって、多くの難題を克服して人民の革命闘争が蜂起するのであった。これを取り上げたこの第11番の標題交響曲は、フルシチョフの時代になって、ショスタコヴィチが初めて国家体制の民衆への迫害をあからさまに批判し、革命の意義を評価し描く対象とすることが出来たのである。もともとレーニンの革命運動の評価を心に秘めていたショスタコヴィチにとっては、非スターリンの時代となって、一つの結実をみる。しかし発表前年にはソヴィエトによるハンガリー自由化弾圧の”ハンガリー動乱”もあり、ほんとに極めて真摯に革命評価が出来たのであったかどうかは解らない。
私にとっては、この第11番の”静と動”のメリハリの効いた曲、第3楽章の弦による崇高さ、最終章の”警鐘”の暗示的な世界は非常に愛してきた交響曲である。
ショスタコヴィチは、第5、第7によって、”社会主義リアリズムに即した作品”と言われて、スターリン独裁粛清下でも生き延びることが出来たわけであるが、それはその解釈を説明する言葉は彼からは示されていない。むしろ逆に前回触れた「証言」にあるような、体勢批判と国家的弾圧を悲観する彼の生き様は実は真実であろうとする事が現在の評価の趨勢である。
しかしこの第11番にして、彼は今度は本当にソヴィエト体勢の中で自分になりきれたのかどうかは不明だ。この社会の中で芸術家がしたたかな抵抗と絶望的な過酷な状況で生き延びた姿が彼の交響曲から見え隠れするのである。
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