戦争映画の裏側の世界(1) 「戦場のピアニスト」:ポーランドと監督ポランスキーの悲劇
ユダヤ系市民の苦節の歴史から生まれるもの・・・・・
映画の世界では歴史的にも、戦争を題材にしての作品は多い。古くはその内容も戦争の勝利までの作戦や戦いぶりを描いたものが多かった。しかし、近年は2002年のカンヌ映画祭にて最高賞であるパルムドールを受賞した「戦場のピアニスト」のような、戦時下に於ける一般市民の人間模様や、その他戦争と社会に眼を向けたもの、さらには戦争に従軍した戦士の人間的姿を描こうとするものなども多い。
そしてその舞台は、かってのベトナムものは影を潜め、イラク、アフガニスタンが注目されており、一方ナチス・ドイツに纏わる作品も相変わらず多い。そんな作品に眼を少し向けてみたい。
「戦場のピアニスト The Pianist」フランス・ドイツ・ポーランド・イギリス合作 2002年 監督:ロマン・ポランスキー
この映画は、既に多くが語られているのでここではそのストーリーなどには触れない。ナチス・ドイツのポーランド侵攻、ユダヤ人への迫害をユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンの体験記(伝記)がストーリーとなっている。このシュピルマンはドイツのベルリン音楽大学で活動していたが、ヒトラー政権樹立からポーランドに帰り、ポーランド放送のピアニストであった。ドイツ占領下では家族全員が収容所送りとなったが、彼は生死の境をさまよいながら逃亡中、奇跡的にも音楽を愛するドイツ将校ヴィルム・ホーゼンフェルトに救われた。この経験の伝記「ある都市の死」を1946年出版。これがこの映画の原本であるが、しかしポーランド共産主義政権により絶版となってしまっていた。
1999年になって、イギリスにて「The Pianist:The extraordinary story of one man's survival in Warsaw,1939-1945」の題名で復刊され、ポーランド人のロマン・ポランスキーRoman Polanski(左 1933-)により製作・監督されて映画化されたもの。(日本では佐藤泰一訳、春秋社、2000年)
この監督は、やはりユダヤ系であり、第二次世界大戦中に、ナチス・ドイツによりユダヤ人ゲットーに押し込められての生活に追いやられる。しかし彼の父親の力によりゲットーより脱出、その後は転々と逃亡劇となる。
戦後、ポーラントに戻り映画畑にて俳優として活動したが、ポーランドの共産党統制下から自由を求めてフランスに移る。(この当時のポーランドの悲劇は、この私のブログの初回(2006.12.24)に取り上げたアンジェイ・ワイダ監督の1958年の映画「灰とダイアモンド」(左)にて知ることが出来る)
そして1962年「水の中のナイフ」で監督として映画界に頭角を現す。その後アメリカを活動の場とするが、1977年には13歳の子役モデルに性的行為をした容疑で逮捕され、有罪判決を受ける。本人は冤罪として訴えたが受け入れられていない。その保釈中にアメリカを脱出してフランスにて市民権を獲得する。
そうした波瀾万丈の人生の中で、2002年になってこの「戦場のピアニスト」の中で、ユダヤ系ポーランド人としてどうしても訴えたかったのであろう。そして更に一つの人間的総括として監督・制作に力を注いだ。そして見事アカデミー監督賞を受賞するも、アメリカに渡ると逮捕されるため、授賞式には参加していない。2009年にはチューリッヒ映画祭の”生涯功労賞”授与式に出席のためスイスに行き、スイス司法当局に身柄を拘束されてしまった。
日本では、この映画は久々に戦争におけるナチス・ドイツ占領下の市民の悲惨な姿を訴えたものとしてヒットした。そしてこの映画の救いは、ナチス・ドイツ兵にも人間的な面あったことを描いたところにあったとも言える。しかしその裏には監督自身の暗い過去と現実の状況があったことがここにきて注目されるのだった。
さて、この映画のもう一つのポイントは、主人公シュピルマンが弾くショパンの夜想曲第20番嬰ハ短調「遺作」の美しさにあるだろう。もともと日本では第1番変ロ短調、第2番変ホ長調などは誰にも愛されてきたが、この第20番は1975年になって遺稿として出版されたもの。意外にショパンの若いときの作品であるが、奥深い魅力があり、この映画で取り上げられ多くにの人の心を打った。
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