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2010年3月12日 (金)

ショスタコーヴィチの交響曲(7) 取り敢えず理解のための参考文献(2) ローレル・ファーイ著書など

激動のソヴィエト社会に生きる音楽芸術家の生き様

 ショスタコーヴィチを知ろうとする流れは、一つにはソヴィエトという国の歴史的内情を知ろうとする事や、一方ショスタコーヴィチが何故あのスターリンの文化粛清を逃れられたかということなど、世界の歴史の中でも類をみない激動期であり他国にはない社会を経験した音楽家としての興味などが重なり合って今日に於いても激流に近い。

Photo そうした中で、注目度の高いのは前回紹介したヴォルコフの「ショスタコーヴィチの証言」であり、そしてもう一方は現在の日本では左のファーイ(フェイとも言う)の著書であろう。
ローレル・E・ファーイ著、藤岡啓介・佐々木千恵訳「ショスタコーヴィチ ある生涯」(改訂新版)アルファベータ発行 2005年

 なんと言ってもファーイはヴォルコフの「証言」の真贋説に関しては、決定的な役割を果たした。つまりある意味での捏造を証明し決定づけた研究家である。
 しかし、この著書を読んでも解るように、ショスタコーヴィチの姿勢に対して、ヴォルコフが言わんとしている”御用音楽家ではない姿、反体制派的創造活動”を否定しているわけではない。この著書を見ても資料が膨大である。その分析にも、ショスタコーヴィチが非常に筆まめであって、現在も多くの記録や、手紙などが残っていることが幸いしている。
 この著者ファーイとは、米国のロシア・ソヴィエト音楽研究家で、1971年以来ロシアを何度か訪れ研究を続けているという。コーネル大学哲学博士号取得している人物だ。
Photo_3(左写真:右よりショスタコーヴィチ、ムラヴィンスキー、ロストロポーヴィチ) そしてショスタコーヴィチ自身の書簡、当時の新聞記事、彼を知る人の批判や日記など、更にコンサートのプログラム・記録などの膨大な資料を下に検証し、この作曲家の実態に迫ろうとしている。(本文350頁に対して、資料は150頁に及ぶ)
 特に第4番の取り下げから第5番の成功までのショスタコーヴィチの複雑な心情がひとひしと伝わってくる。全世界未体験の共産主義社会建設下における全体主義的なスターリン大粛清という社会において、文化活動者にとっての恐怖の実態。そしてここには芸術家としての求めるもの、社会主義リアリズムのよって求めるもの、これら相容れないと思われる事情にも、それに対して真摯に貫いた彼の心情が読み取れるのである。

Photo_2  日本人によるショスタコーヴィチ研究も盛んで、幾つもの著書があるが、非常に纏まってしかもショスタコーヴィチ音楽解説から生き様まで、丁寧にしかも解りやすく扱った著書がある。
千葉潤著「作曲家・人と作品シリーズ:ショスタコーヴィチ」音楽之友社 2005年

 この著書は、既に発刊されてから5年を経過しているが、私にとっては、近年非常に参考になったものである。私のように音楽というものに精通しているわけでもなく、又楽器の演奏する能力もなく、単に聴く者として感動したり、心が惹かれたり、そうしたところにジャンルを問わずアプローチしているものにとっては、こうした解説書は貴重である。
 ソヴィエト社会の情勢にも研究の跡がみられ、その中でのショスタコーヴィチの占める位置をも探求している姿があり、この音楽之友社のクラシック音楽ガイド・ブック・シリーズとしては、なかなか内容のレベルも評価に値すると思う。確かに取り敢えずショスタコーヴィチを知ろうとしたら、最も第一に接して良いと思われる書として薦められる。
 勿論、作品一覧、年譜なども付いている。ここでも、交響曲第4番、第8番、第10番の重要性に言及している。やはりショスタコーヴィチの音楽の奥深さと芸術性と人間性との関わりが興味深い。

Kgb 更に余談ではあるが、ショスタコーヴィチそのものの音楽芸術論とは若干離れるが、ソ連というものを少しでも知る上には興味深かった本を紹介しよう。

①アンドレイ・イーレシュ著、瀧澤一郎訳「KGB極秘文書は語る~暴かれた国際事件史の真相」文藝春秋 1993年
②ヤコブレフ、シュワルナゼ、エリツィンら著 世界日報外報部訳・編「”苦闘”ペレストロイカ~改革者たちの希望と焦り」世界日報社 1990年

 
ソ連に於ける「雪解け」から「ペレストロイカ」に至る経過から、その国の実情に少しでも迫ろうとする書である。①は、国家体制が崩れるときに流出した秘密資料にもとづいて、スターリンのまともな死に様でなかった事件などを始め興味深い。②は、ゴルバチョフ書記長のペレストロイカ路線と社会主義体制との相容れない姿を実際の重要人物の声をソ連メディアから集められたもの。ソ連の実態に迫る。この年ベルリンの壁は崩壊した。

 ソヴィエト社会主義社会での世界的作曲家ショスタコーヴィチの交響曲を取り上げて、私自身の興味の歴史や、ショスタコーヴィチの生き様にも触れてみた。これからも更に愛されるであろう彼の音楽に喝采を浴びせつつ・・・取り敢えず締めとする。

 

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