私の映画史(9) ピンク・フロイド「Pink Floyd THE WALL ザ・ウォール」(1982年作品)
人間社会において現在にも通ずる「壁」を描く!
ロジャー・ウォーターズ(ピンク・フロイド)が、多くの単なるお祭り騒ぎに近いオーディエンスの前での演奏において、自らの活動に疑問を持ち、そして憤りすら感じてしまった。1977年の「アニマルズ・ツアー」において最終日7月6日モントリオール公演にて怒りは爆発。前列にいた男に唾を吐いたという事件は起きる。(確かにブートCD「The End Of Animals」(AYANAMI-150)によりその状況を窺い知ることが出来るが、爆竹が鳴りウォーターズは演奏を中断したりしている。彼は後にそんな自分にもショックを受けたと言っている)
彼は、それ以来誰もが過去に考えたこともないステージに聴衆から隔壁を築きその裏で演奏するというアイデアに突入、そとてバンドは壁の後ろに隠れてしまうことを考えた。(実際にライブではそれを行い、最後に壁を崩壊させた)そして音楽も彼の生い立ちの哀しみから、シド・バレットの狂気に繋がる模様を描き、人間の疎外感を中心にアルバム「THE WALL」(当時としては珍しいLP2枚組)に凝縮してリリース。
そして”ウォール・プロジェクト”としてライブの他に映画の作成を企画した。
LaserVideodisc 「Pink floyd THE WALL」 MGM Home Video FY074-25MG , 1983
私は、この映画との出合は、映画館でなくこのLDだった(1983年。映画の公開は1982年)。この原点であるピンク・フロイドのロック・アルバム「The Wall」は1979年リリースで、ロジャー・ウォーターズの半自叙伝的物語から出発して、人間社会、個人個人の疎外感、人格の崩壊などの諸問題にロック音楽としての限界に迫ったもの。
それをあの「ミッドナイトエクスプレス」のアラン・パーカーがメガフォンを取りながら、ロジャー・ウォーターズの発想を取り入れ、アニメーターのジェラルト・スカーフの3人で脚本を仕上げた。
もともと脚本は35ページしかなかったという。つまり音楽が物語りを綴っていく。そもそもウォーターズの考えた原点は、ステージ・ライブを発展させたモノであったというが、アラン・パーカーは、やはりそれとは違った独立した映画として作成することに固執した。
結果はロジャー・ウォーターズの役にはボブ・ゲルドフを起用。
又、アルバムからの音楽も映画用にマイケル・カーメン指揮のオーケストラと共にピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズとデヴィット・ギルモアが再録音している(この出来が実は素晴らしい。アルバムから情景の描写に一歩前進していることは確かだ。録音の素晴らしさも快感だ)。
監督アラン・パーカーは、”僕が知ったと時、「The Wall」は既に大成功していた。ロジャー・ウォーターズの人生に基づいた話だし、彼の音楽に物語りを語るエネルギーがある。そもそも彼の曲がこの作品を撮ろうと思わせる原動力だ”と言い、台詞は殆どなくとも映画は十分作り上げることが出来たと言っている。
そして作り上げられた映画は、当時の一般常識を覆すような現実の撮影とアニメーションによる表現の交錯、人間の内面の葛藤をここまでリアルに描いたものとしては類のない傑作として受け入れられた。
もともとロジャー・ウォーターズが、生まれから意識下では一度も会うことが出来なかった父親の無惨な戦死、そしてそれによる母親の増長した子供への愛情。幼少期の父親の不在の苦い経験。そしてそれがトラウマとなっての人生。そして戦争の残虐性が並行して描かれる。
更には、形骸化して個人を見つめない教育、そしてそれに当たる教育者の無配慮。そこから我々全員に共通する人間の孤立の壁を気づくことになる。つまり狂気、孤立、抑圧への恐怖それらは社会の一人一人を孤立させる壁の形成になって行く。
ピンク・フロイドの音楽が全てを語って行く。オープニングの”When the tigers broke free”は、実際にはアルバム「The Wall」には登場しなかったが、もともとウォーターズは父親を語るべく曲として持っていたモノ(1982年シングル発売)。これは後に次のアルバム「The Final Cut」にも個人的すぎると採用されなかった。しかし近年の再発リマスター盤に登場するようになったという曰く付きの曲だ。
そして現在はDVD盤としてこの映画はリリースされている。(左:「Pink Floyd THE WALL」 SMV SRBS1414 , 5.1Surround , 1999)
(スタッフ)
監督:アラン・パーカー
脚本:ロジャー・ウォーターズ
製作:アラン・マーシャル
アニメーション監督:ジェラルド・スカーフ
音楽:ロジャー・ウォーターズ
デヴィット・ギルモア
ジェイムズ・ガズリー
撮影:ピター・ビジュー
(キャスト)
ピンク:ボブ・ゲルドフ
少年時代のピンク:ケビン・マッケオン
父:ジェームズ・ローレンソン
妻:エリナー・デビッド
ロジャー・ウォーターズの幼少期、少年時代の父親不在の哀しい人生、そして彼の見たシド・バレットという現実から離れてしまった人間像に連結して、社会の中での阻害されていく人間と内にこもっていく姿、そして防御壁の構築を描ききった。最後にはこの壁を破壊するが、その結末についてはウォーターズは語らない。監督のアラン・パーカー自身も結末を求めていない。それは時代ごとに見つめられていくことになろうと主張しているのだ。
今年この「THE WALL」は、30年の歴史を持った。かってベルリンの壁崩壊時にはロジャー・ウォーターズの一大イベントが行われ話題になったが、今年はこの秋から北米中心に現代の「ザ・ウォール」ツアーを展開しようとしている。又来年にはヨーロッパ中心に行うことが発表された。今日に於けるロジヤー・ウォーターズの「壁」は如何に描かれるか、パレスチナ問題におけるイスラエルの築いた「壁」にも近年彼の強い関心は明白になっている。今年のツアーは、彼の人生最後のツアーを臭わせており、楽しみでもあり又恐ろしくもなる。
なお、この映画は映画監督の樋口真嗣が過去の外国映画史に於けるベスト10の中に入れていることを追記しておこう。
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コメント
さすがに気合の入った記事ですね。30周年の今年、どこまでのライブを見せてくれるのか期待です。映画版の音とアルバムってやっぱ違うんですよね。どうしても映画に気を取られていて何か違う?くらいで没頭していたのとこの映画、観るの疲れるんで(笑)。でも、好きです。
投稿: フレ | 2010年6月 3日 (木) 20時58分
フレさん、コメント有り難う御座います。どうも思い入れがあると力んでしまいます。^^)
映画版の音は、ボブ・ゲルドフが唄う”In The Flesh”は当然として、”Mother ”あたりはウォーターズが更に情緒深くゆったり間をおいて静かなオーケストラとギターをバックに歌い上げていて、特に録音が良いですね。それから映画では”Hey You”が抜かれてましたね(実際は撮っていたようですが)。
アラン・パーカーも言ってますが、彼自身も映画製作では波があって、この「THE WALL」はかなり気合いが入ったようです。又制作中は、ウォーターズとスカーフと相当やり合ったようですね。三者それぞれ主張があって(芸術家はなかなか妥協しない)それが又良いものを作る刺激なんですね。
ピンク・フロイドもお互い刺激し合った時が、花だったのかも知れない。
投稿: 風呂井戸(*floyd) | 2010年6月 4日 (金) 15時29分