マーラー Gustav Mahler の世界(3) : 第五交響曲(その1)~人間模様~
「交響曲第五番嬰ハ短調」:マーラーの人生絶頂期の作品
これは、マーラーが1901年から1902年(41-42歳)の約1年間をかけて完成させた交響曲。マーラーの人生でも最大のエポックである妻アルマ(恋多き女性、ファム・ファタールFemme fataleとして有名。後に二人の関係は破綻してゆく)との恋愛から結婚という時の作品であることが注目される。
私自身もこの第5番は、かって1970年代にカラヤンやバーンスタインで、初めてマーラーを知った交響曲であり、そんな意味でも印象深い。もともとマーラーは、交響曲の中に声楽を組み入れた手法に注目点があるわけであるが、この第5、そしてそれに続く第6、第7は”純粋器楽交響曲”であり、見方によってはこれらは3部作か?とも言われるところだ。そして特に第5は彼の新展開の曲、またはベートーベン等を意識しての彼の一つの挑戦のスタートとも見られる。
もう一つは、この交響曲は古典的構成への回帰という見方もある。それは彼も40歳となり、人生の安定を冒険や挑戦から一歩進んで得ようとするところにあり、彼の交響曲は自叙伝であるとの見方がされる点と一致している。
形式的に見て、2+1+2の対照的な5楽章より成り立っている。第3楽章のスケルツォが第2部で、第1と2楽章の第1部と第4と5楽章の第3部をシンメトリックに配置されているというのだ。それによりこの点は必ずしも古典回帰ではないと言う見方も多い。
さて、私自身は学問的に音楽論を身につけているわけでもなく、音楽研究家でもない。そう有意味では”単純に聴いて引きつけられる何かがあるかどうか、そして感動するところにあるかどうか”というところでの音楽評価になる。
なんと言っても第一楽章の葬送行進曲のスタートの圧巻から100%引きつけられる。トランペットのファンファーレ、そして全楽器の合奏で圧倒して序奏を形成、このあたりは非常に解りやすい。そして第4楽章アダージェットの弦楽とハープだけで演奏される旋律美には誰をもして感動ものであろう。これはマーラーがアルマに対する愛の告白との説もあるが、それはどうも現在一般的に否定的なようだ。
いずれにしても、私にとってはマーラー交響曲の原点であり、今も最も安心して聴けるのがこの第5である。
かってのLP時代からCD時代となり、そして中でも好録音をも求めた結果、DENONのインバル盤(1986年)を非常によく聴いたのを思い出す。
「 マラー交響曲第5番 / エリアフ・インバル指揮 フランクフルト放送交響楽団」 1986.年録音 DENON 33CO-1088 1986
この後インバルは、東京都交響楽団で1995年サントリー・ホールでこの第5を録音している(フォンティックFOCD9244 好録音盤)。
マーラーは先にも触れたが、丁度この第5の作曲時が、彼の人生としては最も重大な恋愛と結婚をする時であった。時に41歳から42歳にかけてである。そしてその相手が19歳年下のアルマ・シンドラー(左)である。彼女は美貌と多才で既に多くの男性と恋愛してきたタイプである。一方歌曲の作曲もしていたが、その師アレクサンダー・ツェムリンスキーとも恋愛関係にあった。その最中にマーラーとの最初の出会いが1901年11月7日であった。マーラーは直ちに11月28日には求婚している。12月7日秘密裏に婚約という早業。マーラーがここまで夢中になった理由は、これほど美人で才気がありしかも教養溢れていた女性に会ったことがなかったと言うことであろうと想像されている。
しかし、当時のマーラーは彼女に自己の作品を捧げることにより、彼女の作曲活動などを中止させ家庭に縛り込むエネルギーがあり、活動的な彼女もそれに屈して結婚に踏み切った。それも子供を身籠もったことにもよる。つまりマーラーにとって当時は40歳過ぎてから訪れた人生の一大発展の時であった。そしてこの第5交響曲は完成をみる。
マーラーの音楽理解のためには、彼のユダヤ人であることの世界も重要であったとみれる。そしてそのユダヤ人の歴史は差別と迫害の歴史といってもいい。そもそもユダヤ人とはその定義すら難しいが、あえて簡単に言うと基本的にはユダヤ教信者であればいい。一方母親がユダヤ人であればユダヤ人であり(母系社会)、このように宗教的因子と人種的因子がからんでいる。そのユダヤ人は差別され、迫害を受けそして嫌われてきた。
紀元前のエジプトでの迫害、一神教の特異性、モーゼによるエジプト脱出からパレスチナに築いた王国の崩壊、祖国を持たない異邦人、その異邦人の下賤な能力(”ベニスの商人”に代表される金貸しなどの彼らの能力)、彼らの信じているユダヤ教とキリスト教(西欧社会の最右翼に浸透)は基本的に相容れないもの(それは神の子を認めるか認めないかという点にも集約されるが、イエスの受難(ユダヤ人による)からのユダヤ教徒への憎悪と不信感はキリスト教徒には浸透している)、ヨーロッパにおけるユダヤ人ゲットー(特別居住区)の不気味な人種と民族的優秀さ、貧しい因習的な姿などなど・・・・彼らは常に非ユダヤ人から嫌われてきたのである。
しかし、ユダヤ人のマーラー自身も改宗してキリスト教徒西欧人に同化したわけだが、同化に遅れたユダヤ人に対して差別的目線を持っていたと言われる。それほどマーラーはユダヤ人であることの偏見意識のトラウマを持っていたことを窺い知れるのだ。そしてそのことは彼の音楽のどこかに潜んでいるのは事実であろう。
(続く)
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