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2011年1月16日 (日)

マーラー Gustav Mahler の世界(2) : さらなる交響曲第十番嬰ヘ長調の考察

この第十番の裏にあった世界

 私にとって衝撃を受けたエリアフ・インバルによるクック復元版の交響曲第10番は、1990年代に入っての感動であった。そもそもこの未完成交響曲は、第1楽章「アダージョ」もしくは第2楽章「スケネツォ」までは、マーラーによる総譜はあるが、その第3楽章から第5楽章は、少なくとも清書されたフルスコアがない。そのため、それぞれ研究家によって補作され、演奏可能版あるいは完成版として作成され演奏されてきた。(そんな事情から、第一楽章のみの演奏盤もある)インバルはクック復元版を取り上げているわけだ。

補作版作成の主なる音楽学者は・・・・

 1. デリック・クック (イギリス)      1919-1976 
 2. クリントン・カーペンター (アメリカ)  1921-
 3. ジョイ・ホイーラー (イギリス)     1927-1977
 4. レモ・マゼッテイ・ジュニア(アメリカ)  1957-
 5. ルドルフ・バルシャイ(ロシア)      1924-

などである。特にクック復元版の特徴は、もともと残されたスコアとパルティチェル(器楽伴奏を省いた簡易スコア)に忠実で、大きな脚色もなく演奏可能な状態に持って行ったところにある。従って最もその評価は高い。一方、カーペンター版はマーラーのスタイルを研究し、比較的大胆に補筆を行ったところにクック版と大きな違いがあり「完成版」と謳っている。この両者が双極を成している。

Zinmansym5 「Gustav MAHLER / SYMPHONY NO.10 (交響曲第10番) デイヴィッド・ジンマン指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団  」 SACD マルチch盤 RCA 88697 76895 2 ,  2010

 これは、2010年録音の最新盤。前回紹介したインバル指揮のクック版と異なり、カーペンター Clinton A. Carpenter 版である。 ジンマン David Zinman はマーラー交響曲全曲の演奏録音を企画し行ってきてこの第10番に到達した。もともとジンマンの演奏スタイルは極めて素直で又極端な誇張なくやや静かな繊細な演奏と言っていい。そしてこの私の衝撃を受けた第4楽章から第5楽章にかけての太鼓の響きは、たたき付けるがごとくでなく、やや遠方から響き渡るがごとくに聞こえてくる。インバルの強烈な一撃とは異なる。
 これは実はかって私が抱いていたいわゆるマーラー的と言っていいが、インバルの強力な一撃と比較すると、ちょっと物足りないとも言える。
 この盤の録音は素晴らしい。SACDサラウンド盤としての臨場感は一級で、非常に音は繊細である。一口に言うと高級オーディオ装置向きといったところか。

Alma_1900  さて、前回も触れたが、この第10番の描く世界はマーラーの妻アルマとの関係が大いに語られるところである。ファム・ファタール(恋多くして、そして男たちを破滅させる魔性の女)と言われる彼女、マーラー42歳の時23歳で結婚、歳の差19歳であった。美貌と能力と活動性を備えていた彼女は、家庭主婦役に押さえられていたマーラーとの結婚生活に不満を抱き8年後精神状態不安定(かってのヒステリーと言われた状態)で転地療養に入った。その際、建築家ヴァルター・グロピウスと恋に落ちる。1910年マーラー50歳の時である。まさにその時、この第10番の作曲中であった。
 形だけは結婚状態を維持されていたこの夫婦の関係は、完全にアルマの心はマーラーから離れ、マーラーはアルマに固執した状態であった。マーラーのこうした心理状態はこの交響曲第10番の第3楽章以降に、彼女を失うことの恐れから書き込みがスケッチとして行われた。
 第5楽章末尾:「君のために生き、君のために死す! アルムシ(妻アルマの愛称)!」の記載、第4楽章:この楽章が閉じられる私が衝撃を受けた大太鼓の一撃、それは「死の打撃」と表現されており、「お前だけがこの意味するところを知っている。ああ、ああ、ああ、さようなら私の竪琴よ」と書かれているという。
 全てではないにしろ、この第10番の世界は、マーラーの悲惨な心情が加味された作品としてみれるということは間違いはなさそうだ。

Photo こうしたマーラーの心情にメスを入れる格好の入門書がある。(左)

「作曲家・人と作品シリーズ : マーラーGustav Mahler  村井 翔著」音楽の友社

著者は早稲田大学文学部教授で、専門はフロイト、ラカン精神分析学であるようだ。マーラーがフロイトの下に、このアルマの不倫を知って渋々指導を受けるようになった状況なども非常に興味深く記している。
 マーラーの交響曲の音楽的評価もなかなか鋭く知識も豊富で非常に面白い本である。私にとっても多くのマーラー本の中でも特に参考になったものであり、関心のある方にはお勧めである。

 マーラーと妻アルマとの関係について、最終的にはマーラーが彼女を失うことを恐れ、彼女の要求全てを受け入れる弱い初老期の人間に化した時に、更に彼女の心を失ってゆく過程を見事に分析している。このあたりはフロイトのマーラーやアルマの分析を参考にして説得力のあるものになっている。

 マーラーの交響曲第10番の背景を見ながら、一つの考察をしてみたわけだが、マーラー分析にはその他のポイントにも続いて焦点を当ててみたい。  (続く)

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