マーラー Gustav Mahler の世界(1) : 未完成交響曲第十番嬰へ長調の衝撃
妻アルマ不倫事件との関係からフロイトとの出会い。そしてそれから生まれたものは?
私がマーラーを語るのはあまりにも未熟である。しかし思い返せばマーラーの音楽(交響曲)との出会いは私の人生の2/3以上前であり、かなり古い話になる。それ以来長いお付き合いであるので、ここで少々語ってもお許しいただけるだろう。
交響曲や協奏曲などに絞っても、かなり私の愛好する作曲家は多いのだが、とにもかくにも常にテーマになっているのは、このマーラーとショスタコーヴィチである。既に何回かショスタコーヴィチには触れたので、このあたりでこのマーラーに少々焦点を当てたくなった。
特にマーラー Gustav Mahler(1860-1911)はボヘミア生まれのドイツ系ユダヤ人ということから、おおよそ想像のつく世界が見えてくる。多くの民謡による音楽の世界は充実した環境であったと推測出来るが、一方それとは別に社会的・精神的苦闘を強いられた人間が、その事実を一つのトラウマとして人生の根底に持ちながら苦闘し発展しての成果が音楽の中に包埋しているであろうことが推測されるのだ。従って、どこかにかげりというか陽ではなく陰の部分を我々は感ずることになる。それは人間探求の姿として描かれる部分でもあり、それに聴くものは共感を得ることも事実であろう。
さて、このマーラーの交響曲に絞ってみると、後期ロマン派の代表的な役割を果たしたと言う評価が一般的通念だ。しかし彼はブラームスと対立するブルックナーの弟子であったことが作曲家としての成果を上げるには厳しく、道を開くにはそれなりの時間を要したという。
マーラーの人生については諸々の書籍を見ると人間の本質についてのテーマに焦点は向いていく。このことについてはおいおい語ってみたいが、ここでは私自身が彼の作品に如何に接してきたかについて言及したい。
「マーラー 交響曲第10番(D.クック復元版) / エリアフ・インバル指揮、フランクフルト放送交響楽団 」 1992年録音 DENON COCO-70479 1993
マーラーの交響曲には、私自身が関心を抱いたのはLP時代の1970年代だった。そして多分多くがそうであったと思う”交響曲第1番ニ長調<巨人>”や”交響曲第5番嬰ハ短調”に引き込まれていったのだった。当時はマーラーの交響曲の長さからLP2枚組が一般的であったのを思い出す。あの5番の第4楽章アダージェットの哀しき美しさには聴いたもの誰をも引きつけられてしまう魅力がある。
しかし私が最も驚愕したのは未完の遺作であった”交響曲第10番嬰へ長調”である。実はこの曲は第1楽章アダージョのみの演奏には接していたが、第5楽章までの通しての鑑賞は決して昔のことではなかった。このインバルのマーラー交響曲全曲録音の完結版と言える第10番完全演奏CDに接したのは1993年である。
この第10番は、第1楽章アダージョのみが総譜が完成していた曲であり、その為、第1楽章のみの演奏が行われていたもの多かった。そして第2楽章以降には多くの研究家による異なったバージョンがある為、それによって私はこの第10番には通して接することを試みていなかったのである。しかしこのDENONのインバル指揮のマーラー・シリーズは、当時録音は傑出していたし、インバルの描くマーラーに興味があって、約20年前に全曲のCDを持つ中でこの第10番を第5楽章まで聴くことになったのだった。
そして私が最も驚いたのは第4楽章末尾部と第5楽章の展開であった。デリック・クックにより復元されたこの未完成交響曲第10番をとりいれて、インバルの描く世界は、マーラーの心の葛藤と音楽としての構築が見事にシンクロして聴くものに衝撃を与える。”死”を意識した心を描く中での静と動、太鼓の絶妙な間隔をもっての一撃一撃はまさに衝撃であった。第4楽章の末部は静を呼び、そこに大太鼓の一撃で終わる。そして続いて第5楽章にこの大太鼓の打撃をそのまま絶妙な間隔で展開する。これこそは聴く私にとって衝撃であった。
私はむしろこのマーラーの死に繋がる最終作品を聴くことによって、逆に過去の交響曲が何であったかを再び聞き直さなければならない状況に追い込まれた。
マーラーは、丁度この第10番の作成に入った時あの精神分析で有名な心理学者のジークムント・フロイトSigmund Freud(左)との出会いがあった。それは、マラー約10年前に42歳の時、19歳も若い才女アルマと結婚し、そして現在32歳になったその妻の青年建築家ヴァルター・クロビウスとの不倫を知ることになった。彼女との関係の破綻による衝撃により自己反省の世界に入った時である。
もともとこの妻アルマも、マーラーにより彼女の能力発揮の場である音楽世界の活動を禁じられ、社会や男性側からの抑圧による神経症ヒステリー状態にあり、転地療養中であった。そこでクロビウスとの恋におちる。
マーラーは尋常な状態から破綻しながらも作曲活動はつづいた。特にフロイトとの接触による心の奥を覗かれることに恐怖心が強かったが、結局はフロイトの指導により作曲活動は続けられたのだ。
第10番には、このマーラーの妻との関係破綻に人生の破綻を感じながらその不安定な心情を描き、更に常にマーラーにつきまとう”死”の影をも描いていたと理解される。
実はこの未完成の第10番こそは、マーラー交響曲の一つの特徴であるいつも”死”の影の見える過去の10の交響曲を知る重要なキーであるように思えてならない。ここに見えるマーラーの姿は、もう少し掘り下げなければ、彼を理解することにならない。彼がユダヤ人であったことも含めてさ更なる検討を続けていってみたい。(続く)
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コメント
マーラーはジュゼッペ・マルトゥッチとの絡みで知りました
ロマン派の例にもれずなかなか重い曲を書く人だなと思いました
それととにかく曲が長いなとも
クラシック特に好きな作曲家はハイドンです
ハイドンはすべての交響曲を聴きました
92番オックスフォードの第4楽章が1番好きです
その次にOp.8以降のヴィヴァルディとイギリスのジョン・ジェンキンス(John Jenkins)です
投稿: akakad | 2022年2月27日 (日) 22時16分
akakadさん、コメントありがとうございます
10年以上前に書いたもので、ちよっと現在の私自身の感覚と流れが一致しているかは、若干心配です。
イタリアのGiuseppe Martucciがらみということですが、マーラーの方が圧倒的に有名ですので、マルトゥィチの方の知識がなく不安です。
人生を考えるにはマーラーの交響曲はまことに私にとっては有意義でした。一般的には第5から入るというところなんですが・・・いろいろとご感想聞かせてください。
ヴィヴァルディは私もかなりのめりこみました。 現在は、ユーロ・ジャズに現を抜かしておりますが、やはりクラシックの魅力はこれまた奥深いですね。
投稿: photofloyd | 2022年2月28日 (月) 20時39分