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2011年1月31日 (月)

懐かしの癒し系ジャズ・ヴォーカル : キャロル・キッド Carol Kidd

かってのLPが、SACD盤で聴ける恩恵

Swinginbeautiescarolk  これ(左)は、私が結構興味深く愛読している隔月刊雑誌「ジャズ批評」の今年(2011年)の1月号 No.159 の連載記事”Swing'n Beauties~いかした美女たち~”後藤誠一)である。

 今月の第39回は、キャロル・キッド Carol Kidd の特集だ(彼女の過去のアルバムが並んでいる)。

 キャロル・キッドと言えば、スコットランド出身のジャズ・ヴォーカリストで既にもう60歳は優に過ぎているベテラン。私の耳にはなんとなく古いジャズ・ヴォーカリストとしてのわずかな印象しかなく、強い印象は実はなかった。もともと私はロック畑の歴史が中心で、そこでは男性ヴォーカルを多く聴いてきた人間で、女性といえば、ジャニス・ジョプリンなどの大御所は当然であるが、かってはプログレ系でアニー・ハスラムとかの女性ヴォーカルを聴いてきた程度。近年はゴシック・メタル系での多くのお付き合いはあるといえばあるといったところだ。

 ところが、私の歴史の中でも少しかじってきたジャズ畑となると、ピアノ・トリオが中心であったが、ヴォーカルものは、女性が全面に出てくる。ペギー・リー、サラ・ヴォーン、ヘレン・メリルなどなど愛聴してきた。そして近年はJazz 又はJazzyな女性ヴォーカルに魅力を感じている現状だ。

159 そんな時に、この「ジャズ批評」No.159では、メイン特集として”ジャズ絶対入門”という面白い特集があり、その中でやはり後藤誠一が”ジャズ・ヴォーカルのゼッタイおススメ盤”として近年の19人の女性ヴォーカリストを紹介。そのトップにベテランというところを評価してか、このキャロル・キッドを取り上げている。
 その外の女性群は、私がこのブログでも取り上げてきたヴォーカリストが主力でありそう珍しい話でなかったが、そのあたりのことはまた別の機会にするとして、このキャロル・キッドのアルバムであるが、なんともう二十数年前のものが、近年LINN レコード からSACD-マルチ・チャンネル盤としてリリースされていることをこの雑誌で知ったわけだ。それはちょっとほっておけないと、取り敢えず一枚入手してみたというのがこの話。

Allmytomrrows 「CAROL KIDD / ALL MY TOMORROWS」 SACD muti-Ch盤  Linn Records AKD-210 ,  2004

 これはもともと彼女の2ndアルバム(勿論LP)で、1985年にリリースされたもの。彼女は1946年生まれであるので(今年64歳)、30歳台の最後の40歳直前のあたりの収録で、最も油の乗った時期であろう。
 今、こうしてSACD盤で聴いてみても、ちゃんとしたマスターがあるようで、その録音の音の良さは特筆もの。ただしサラウンド効果はやはり少なかった。

(バック・バンド)
   sandy Taylor : piano
   Alex Moore : bass,  ac.guitars
   Murray Smith : drums
   その他、Matin Taylar (guitars)など

(収録曲)
   1. don't worry about me
   2. I'm all smiles
   3. autumn in new york , my funny valentine
   4. round midnight
   5. dat dere
   6. angel eyes
   7. when i dream
   8. i thought about you
   9. the falks who live on the hill
  10. haven't we met?
  11. all my tomorrows

Jazzview_carol_kidd  とにかく美しい歌声、そしてスローなバラードは優しく語り聴かせるような心温まる世界である。そしてチャーミングなところがいい。ただし近年主流の個性を前面に出した女性ヴォーカル陣と比較すると、若干やはり古さが感じられる。そしてインパクトという面では一歩譲るところとなる。しかし彼女のジャズ・ヴォーカルは、もともとそのインパクトを求めるというものでないことは知るべきだろう。歴史的な人気曲の"when i dream"は、今こうして聴いてもややフォーク調にもとれる流れであるが非常に説得力があり魅力たっぷりだ。

 彼女は現在も健在で唄っているようであり、頼もしいかぎりである。

 

 
 

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2011年1月26日 (水)

ライブで健闘のジェフ・ベック Jeff Beck

ライブで楽しむジェフ・ベック

Rcknrollparty  アルバム「エモーション・アンド・コモーション Emotion & Commotion」のヒット以来、各地でのライブの成功が話題になっているジェフ・ベック。
 近々、2010年6月8日、9日にニュー・ヨークのレス・ポールにゆかりの深いイリディウム・ジャズ・クラブで行ったスペシャル・ライブのステージの模様の映像アルバムがリリースされる(「Jeff Beck / Rock'n Roll Party honouring Les Paul」) 。左のスリーブ・デザインで見るとおり、ギブソンのES-175や名機レス・ポールを弾く姿が拝めるということもあり注目されている。
 近年ロカビリー軍団のイメルダ・メイ・バンドとの共演など(既にここでも取り上げたが)ジェフの活動は多岐に及んでいるが、このステージでもゲストとしてイメルダ・メイが参加しているし、その他多彩なゲストの名が挙がっている。

 こんなジェフ・ベックの話題が尽きないところであるが、先日LAのグラミー・ミュージアムで行ったライブ音源を収録したCDを手にしたので、ここで取り上げておく。

Grammymuseum 「JEFF BECK / LIVE AND EXCLUSIVE from the grammy museum」 ATCO R2-526419 , 2011

2010年4月22日、LAのGrammy Museum で行われた公演のライブ音源。当初この音源は、ネット配信(iTune Music Store)でのみということで、不満が巷にあったが、その後CD-Rでの販売があったりしたもの。しかしこの盤はしっかりしたCD盤。

 この時は、親しい仲間を集めての小ホールでの限定ライブで、そのうち8曲が収録されている。又アルバム「Emotion & Commotion」とはメンバーが異なっていて、2010年4月の来日メンバーと同じだ。キーボードは、Jason Ribello で変わっていないが、ドラムスはかっての仲間 Narada Michael Walden が久々の登場。そして可愛い女性ベーシストのタル・ウィルケンフェルドに変わって、これまたベテラン女性ベーシストのRhonda Smith という陣容だ。

(収録曲)
   1.corpus christi carol
   2.hammerhead
   3.over the rainbow
   4.brush with the blues
   5.A day in the life
   6.nessun dorma
   7.how high the moon
   8.people get ready

 この8曲であるが、来日時の演奏と基本的には変わっていない。しかしアルバムより一歩進化した印象を受けるのは、ウォルデンのドラムスによってパワー・アップした感があり、又スミスのベースもJazzyなタルとは若干異なってロックそのもののエネルギーを感ずる。
 しかし、ライブものはスタジオ盤と違ってのその場の変化や迫ってくるパワーが違って素晴らしい。それはこの好録音も見逃せないところだ。
 さて、この盤の印象を語れるのは、やはりジャパン・ツアーの内容を体験しているからに他ならない。又そんな意味でもこの良質のブートも巷に流れていることをチェックしておこう。

Tokyo1 「JEFF BECK  International Forum, Tokyo, Japan 13th April 2010」 Bootleg , 2010

2010年4月13日の東京国際フォーラム全曲オーディエンス収録2枚組ブート・アルバムである。
 これがなかなかクリアなサウンドで、ここまでブートで演奏22曲全曲聴けるのであるから嬉しいことだ。さすが日本、オーディエンスは比較的良好な態度だ。肝心の演奏はしっかり聴いている。録音に全くの支障ないところが立派。
 上の Grammy Museum の演奏と比較しても決して手を抜いていないのが解る。

2010tokyolive_3  Jeff Beck はかってはライブもののリリースを拒んでいた経過があるが、近年逆にライブものに結構力が入っているようにも見える。
 そして今回は、メンバーの影響もあるのかとも推測するが、演奏そのものにもウォルデンのパフォーマンスが明るくパワフルで、ジェフ本人は結構楽しんでいるようにも見えし、66歳になった彼が一歩も二歩も我々に近くなってくることに嬉しく思うのは私だけではないであろう。

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2011年1月20日 (木)

マーラー Gustav Mahler の世界(4) ・私の映画史(12) : 第五交響曲の映画音楽としての魅力

第5交響曲嬰ハ短調はマーラーの最も聴かれる交響曲(映画「ベニスに死す」の感動)

Zinmansym5 「Gustav MAHLER /  SYMPHONY NO.5 (交響曲第5番) デイヴィット・ジンマン指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団」 SACD multi-ch盤 RCA CD 88697 31450 2,  2008

 前回インバルの第5(DENON盤)を紹介したが、これは演奏・録音とも比較的優秀な最近盤である。マーラーの交響曲ではこの第5は最も人気があるため、近年比較的多くのCDリリースがあるが、SACD盤でMulti-ch盤で奥行きが十分感じられ繊細にして美しい録音盤だ。(Hybrid盤でCD-Stereo再生も可能だが、Multi-Chで聴いていただきたい)
 そして肝心の演奏だが、国際マーラー協会版全集の新版楽譜が用いられている。とにかく美しい。そして荒さがない。しかも激しい盛り上がりも押し寄せる波を思わせる。ヴァイオリンは両翼配置をしているようであり、弦楽器の合奏はパノラマのごとく広がり感があって気分が良い。

Gmahlarcaric  この曲、ベートーヴェンの第5と同じに、葬送行進曲からのスタートで”暗”からスタートするが、進行は”明”に向かってゆく。又、なんといってもマーラーの曲の特徴である難解な部分は少なく、明快。それがファンを多くしているかも知れない。   40歳を過ぎたところで、アルマとの結婚により、マーラーの世界は広い人脈を得ることが出来て、最も人生では絶頂の時にあったのが一つの要因であろう。
 それにつけても第1楽章の冒頭のトランペットのファンファーレに続いての全楽器の合奏のオープニングは見事であり、そしてなんといっても第4楽章の美しさは聴くものを捉えて離さない。

      ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

Death_in_vence私の映画史(12)

映画「ベニスに死す Death in Venice」イタリア・フランス合作映画 1971年製作・公開 

 ちょっと昔話になってしまうが、このヴィスコンティ監督の映画は、マーラーの交響曲を現代の大衆に浸透させた歴史的快挙の作品であった。

製作・脚本・監督:ルキノ・ヴィスコンティ
原作:トーマス・マン(1912年)
出演者
  ダーク・ボガード:アンシェンバハ
  ビョルン・アンドレセン:タジオ
  シルヴァーナ・マンガーノ:タジオの母

(ストーリー)
 ベニス(ヴェネツィア)に向かう船から物語は始まる。それには老作曲家アンシェンバハが一人旅で乗っていた。その舟に上流階級のポーランド人家族がおり、その少年タジオに理想の美をアンシェンバハは見いだす。彼のベニスにての生活はタジオを求めてのものになってしまう。時にベニスにはコレラが蔓延し、旅行者はベニスから立ち去って行くが、彼はタジオを求めて立ち去れない。そしてコレラに感染してしまう。タジオとその家族も立ち去る日が来た。しかし彼は少年の海の波に戯れる姿を見ながら死を迎えることになる。化粧をして少しでも美しくなろうとした老人の顔は、汗でそれが醜く流れ落ちるのであった。
 人生の黄昏における歓喜描いた名作として今日でも多くのファンがいる。

Deathinvence1  この哀しき老人の姿を描くバックには、マーラーの第5交響曲の第4楽章アダージェットが哀しく美しく流れ、観るものを感動の世界に導く。私もかってそうした感動に浸ったものだ。
 原作者のトーマス・マンは、マーラーとは交際があった。そしてこの小説は自己のベニスへの旅の経験から生まれたものの執筆に及んだものであるが、マーラーが死去したため、実はこの主人公の老作曲家はマーラーを意識して描いているという。
 又、黄昏期の老人の哀愁はウィスコンティ監督自身の心情を表したとも言われている。ターク・ボガードは、この役柄をごく自然に演じこなしているところが見所。
 実は私は数年前にヴェネツィアを訪れ、この映画の舞台になったホテルに宿泊した。現在も玄関の位置は変わっているが、建物はそのままで古いものに手をかけていて快適に泊まれる。そして映画のシーンを肌で感ずることが出来た。又、アンシェンバハが最後の力で美少年に向かおうとして死亡して行くシーンのホテルの海岸はやはりそのままである。ただ、海岸の休息施設は見事に現代風に変わっていた。

 なお、この40年前の映画が、「キネマ旬報」の昨年の企画においても”読者が選んだ、心に残る外国映画”のベスト10に入っている。映画史と音楽史に残る映画といえる。

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2011年1月19日 (水)

マーラー Gustav Mahler の世界(3) : 第五交響曲(その1)~人間模様~

「交響曲第五番嬰ハ短調」:マーラーの人生絶頂期の作品

Mahler1  これは、マーラーが1901年から1902年(41-42歳)の約1年間をかけて完成させた交響曲。マーラーの人生でも最大のエポックである妻アルマ(恋多き女性、ファム・ファタールFemme fataleとして有名。後に二人の関係は破綻してゆく)との恋愛から結婚という時の作品であることが注目される。
 私自身もこの第5番は、かって1970年代にカラヤンやバーンスタインで、初めてマーラーを知った交響曲であり、そんな意味でも印象深い。もともとマーラーは、交響曲の中に声楽を組み入れた手法に注目点があるわけであるが、この第5、そしてそれに続く第6、第7は”純粋器楽交響曲”であり、見方によってはこれらは3部作か?とも言われるところだ。そして特に第5は彼の新展開の曲、またはベートーベン等を意識しての彼の一つの挑戦のスタートとも見られる。
 もう一つは、この交響曲は古典的構成への回帰という見方もある。それは彼も40歳となり、人生の安定を冒険や挑戦から一歩進んで得ようとするところにあり、彼の交響曲は自叙伝であるとの見方がされる点と一致している。
 形式的に見て、2+1+2の対照的な5楽章より成り立っている。第3楽章のスケルツォが第2部で、第1と2楽章の第1部と第4と5楽章の第3部をシンメトリックに配置されているというのだ。それによりこの点は必ずしも古典回帰ではないと言う見方も多い。
 
 さて、私自身は学問的に音楽論を身につけているわけでもなく、音楽研究家でもない。そう有意味では”単純に聴いて引きつけられる何かがあるかどうか、そして感動するところにあるかどうか”というところでの音楽評価になる。
 なんと言っても第一楽章の葬送行進曲のスタートの圧巻から100%引きつけられる。トランペットのファンファーレ、そして全楽器の合奏で圧倒して序奏を形成、このあたりは非常に解りやすい。そして第4楽章アダージェットの弦楽とハープだけで演奏される旋律美には誰をもして感動ものであろう。これはマーラーがアルマに対する愛の告白との説もあるが、それはどうも現在一般的に否定的なようだ。
 いずれにしても、私にとってはマーラー交響曲の原点であり、今も最も安心して聴けるのがこの第5である。

Inbalsym5  かってのLP時代からCD時代となり、そして中でも好録音をも求めた結果、DENONのインバル盤(1986年)を非常によく聴いたのを思い出す。

「 マラー交響曲第5番 / エリアフ・インバル指揮 フランクフルト放送交響楽団」 1986.年録音 DENON 33CO-1088  1986

 この後インバルは、東京都交響楽団で1995年サントリー・ホールでこの第5を録音している(フォンティックFOCD9244 好録音盤)。

Alma2_2   マーラーは先にも触れたが、丁度この第5の作曲時が、彼の人生としては最も重大な恋愛と結婚をする時であった。時に41歳から42歳にかけてである。そしてその相手が19歳年下のアルマ・シンドラー(左)である。彼女は美貌と多才で既に多くの男性と恋愛してきたタイプである。一方歌曲の作曲もしていたが、その師アレクサンダー・ツェムリンスキーとも恋愛関係にあった。その最中にマーラーとの最初の出会いが1901年11月7日であった。マーラーは直ちに11月28日には求婚している。12月7日秘密裏に婚約という早業。マーラーがここまで夢中になった理由は、これほど美人で才気がありしかも教養溢れていた女性に会ったことがなかったと言うことであろうと想像されている。
 しかし、当時のマーラーは彼女に自己の作品を捧げることにより、彼女の作曲活動などを中止させ家庭に縛り込むエネルギーがあり、活動的な彼女もそれに屈して結婚に踏み切った。それも子供を身籠もったことにもよる。つまりマーラーにとって当時は40歳過ぎてから訪れた人生の一大発展の時であった。そしてこの第5交響曲は完成をみる。

 マーラーの音楽理解のためには、彼のユダヤ人であることの世界も重要であったとみれる。そしてそのユダヤ人の歴史は差別と迫害の歴史といってもいい。そもそもユダヤ人とはその定義すら難しいが、あえて簡単に言うと基本的にはユダヤ教信者であればいい。一方母親がユダヤ人であればユダヤ人であり(母系社会)、このように宗教的因子と人種的因子がからんでいる。そのユダヤ人は差別され、迫害を受けそして嫌われてきた。
 紀元前のエジプトでの迫害、一神教の特異性、モーゼによるエジプト脱出からパレスチナに築いた王国の崩壊、祖国を持たない異邦人、その異邦人の下賤な能力(”ベニスの商人”に代表される金貸しなどの彼らの能力)、彼らの信じているユダヤ教とキリスト教(西欧社会の最右翼に浸透)は基本的に相容れないもの(それは神の子を認めるか認めないかという点にも集約されるが、イエスの受難(ユダヤ人による)からのユダヤ教徒への憎悪と不信感はキリスト教徒には浸透している)、ヨーロッパにおけるユダヤ人ゲットー(特別居住区)の不気味な人種と民族的優秀さ、貧しい因習的な姿などなど・・・・彼らは常に非ユダヤ人から嫌われてきたのである。
 しかし、ユダヤ人のマーラー自身も改宗してキリスト教徒西欧人に同化したわけだが、同化に遅れたユダヤ人に対して差別的目線を持っていたと言われる。それほどマーラーはユダヤ人であることの偏見意識のトラウマを持っていたことを窺い知れるのだ。そしてそのことは彼の音楽のどこかに潜んでいるのは事実であろう。
              (続く)

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2011年1月17日 (月)

久々の大雪

 猛暑であった2010年の夏、そして冬となり、この2011年になって例年にない冬型の大雪が日本列島を襲っている。私の生息している信州も例外ではない。特に北部はその雪の世界に埋もれ白銀の世界だ。かってはこうした冬型の気圧配置による大雪は例年のことであったが、ここ何年かはむしろ低気圧による大雪が時としてみられ、こうした本来の冬の気象現象はちょっと忘れられていたように思う。ちなみに昨年及び一昨年は殆どなかった。
 異常気象と騒がれて久しいが、そうした地球環境と関係があるのか?その点は解らないが、この冬型はこのあと数日は続くと言われており、やはり何か尋常ではないものが感じられるのは私だけであろうか?。

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                                     (今日の善光寺にて-クリック拡大)

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2011年1月16日 (日)

マーラー Gustav Mahler の世界(2) : さらなる交響曲第十番嬰ヘ長調の考察

この第十番の裏にあった世界

 私にとって衝撃を受けたエリアフ・インバルによるクック復元版の交響曲第10番は、1990年代に入っての感動であった。そもそもこの未完成交響曲は、第1楽章「アダージョ」もしくは第2楽章「スケネツォ」までは、マーラーによる総譜はあるが、その第3楽章から第5楽章は、少なくとも清書されたフルスコアがない。そのため、それぞれ研究家によって補作され、演奏可能版あるいは完成版として作成され演奏されてきた。(そんな事情から、第一楽章のみの演奏盤もある)インバルはクック復元版を取り上げているわけだ。

補作版作成の主なる音楽学者は・・・・

 1. デリック・クック (イギリス)      1919-1976 
 2. クリントン・カーペンター (アメリカ)  1921-
 3. ジョイ・ホイーラー (イギリス)     1927-1977
 4. レモ・マゼッテイ・ジュニア(アメリカ)  1957-
 5. ルドルフ・バルシャイ(ロシア)      1924-

などである。特にクック復元版の特徴は、もともと残されたスコアとパルティチェル(器楽伴奏を省いた簡易スコア)に忠実で、大きな脚色もなく演奏可能な状態に持って行ったところにある。従って最もその評価は高い。一方、カーペンター版はマーラーのスタイルを研究し、比較的大胆に補筆を行ったところにクック版と大きな違いがあり「完成版」と謳っている。この両者が双極を成している。

Zinmansym5 「Gustav MAHLER / SYMPHONY NO.10 (交響曲第10番) デイヴィッド・ジンマン指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団  」 SACD マルチch盤 RCA 88697 76895 2 ,  2010

 これは、2010年録音の最新盤。前回紹介したインバル指揮のクック版と異なり、カーペンター Clinton A. Carpenter 版である。 ジンマン David Zinman はマーラー交響曲全曲の演奏録音を企画し行ってきてこの第10番に到達した。もともとジンマンの演奏スタイルは極めて素直で又極端な誇張なくやや静かな繊細な演奏と言っていい。そしてこの私の衝撃を受けた第4楽章から第5楽章にかけての太鼓の響きは、たたき付けるがごとくでなく、やや遠方から響き渡るがごとくに聞こえてくる。インバルの強烈な一撃とは異なる。
 これは実はかって私が抱いていたいわゆるマーラー的と言っていいが、インバルの強力な一撃と比較すると、ちょっと物足りないとも言える。
 この盤の録音は素晴らしい。SACDサラウンド盤としての臨場感は一級で、非常に音は繊細である。一口に言うと高級オーディオ装置向きといったところか。

Alma_1900  さて、前回も触れたが、この第10番の描く世界はマーラーの妻アルマとの関係が大いに語られるところである。ファム・ファタール(恋多くして、そして男たちを破滅させる魔性の女)と言われる彼女、マーラー42歳の時23歳で結婚、歳の差19歳であった。美貌と能力と活動性を備えていた彼女は、家庭主婦役に押さえられていたマーラーとの結婚生活に不満を抱き8年後精神状態不安定(かってのヒステリーと言われた状態)で転地療養に入った。その際、建築家ヴァルター・グロピウスと恋に落ちる。1910年マーラー50歳の時である。まさにその時、この第10番の作曲中であった。
 形だけは結婚状態を維持されていたこの夫婦の関係は、完全にアルマの心はマーラーから離れ、マーラーはアルマに固執した状態であった。マーラーのこうした心理状態はこの交響曲第10番の第3楽章以降に、彼女を失うことの恐れから書き込みがスケッチとして行われた。
 第5楽章末尾:「君のために生き、君のために死す! アルムシ(妻アルマの愛称)!」の記載、第4楽章:この楽章が閉じられる私が衝撃を受けた大太鼓の一撃、それは「死の打撃」と表現されており、「お前だけがこの意味するところを知っている。ああ、ああ、ああ、さようなら私の竪琴よ」と書かれているという。
 全てではないにしろ、この第10番の世界は、マーラーの悲惨な心情が加味された作品としてみれるということは間違いはなさそうだ。

Photo こうしたマーラーの心情にメスを入れる格好の入門書がある。(左)

「作曲家・人と作品シリーズ : マーラーGustav Mahler  村井 翔著」音楽の友社

著者は早稲田大学文学部教授で、専門はフロイト、ラカン精神分析学であるようだ。マーラーがフロイトの下に、このアルマの不倫を知って渋々指導を受けるようになった状況なども非常に興味深く記している。
 マーラーの交響曲の音楽的評価もなかなか鋭く知識も豊富で非常に面白い本である。私にとっても多くのマーラー本の中でも特に参考になったものであり、関心のある方にはお勧めである。

 マーラーと妻アルマとの関係について、最終的にはマーラーが彼女を失うことを恐れ、彼女の要求全てを受け入れる弱い初老期の人間に化した時に、更に彼女の心を失ってゆく過程を見事に分析している。このあたりはフロイトのマーラーやアルマの分析を参考にして説得力のあるものになっている。

 マーラーの交響曲第10番の背景を見ながら、一つの考察をしてみたわけだが、マーラー分析にはその他のポイントにも続いて焦点を当ててみたい。  (続く)

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2011年1月12日 (水)

クレア・マーティン Claire Martin (2) : 英国を代表する女性ジャズ・シンガーの魅力のポイント

成熟した女性シンガーとしての魅力を発散

Clairemartin2  英国の女性ジャズ・ヴォーカリストのクレア・マーティン Claire Martin の実力は一口に語ることは難しい。いくつかのアルバムを聴いてみると、それぞれ同じパターンでないところが彼女の幅広い実力を物語っている。従って一つのアルバムを気に入ったからと言って、もう一枚は必ずしもお気に召すかどうか?。
 いわゆるコンテンポラリーな範疇にも実力を発揮している彼女であるが、私の場合はそうではなくいわゆる彼女本来のジャズ畑の線で、大人のバラード調に魅力を感ずる。そして前回触れなかったアルバムの中で、ここでそんな意味での魅力盤に触れておこう。

Secretlove 「CLAIRE MARTIN / SECRET LOVE」 SACD LINN Records  AKD-246   2004

このてのアルバムは、やはり録音の善し悪しもかなり気になるが、これも LINNレコードのSACDでマルチ・チャンネル録音盤。それなりのクオリティーで聴くことが出来る。

(ミュージシャン)
claire martin : vocals  /  gareth williams : keyboards  /  laurence cottle : bass  /  clark tracey : drums  /  nigel hitchcock : alto saxophone
その外、ギター、テナー・サックス。ハーモニカ、パーカッションなど加わる。

  1. secret love
  2. but beautiful
  3. the meaning of the blues
  4. jive
  5. love is a bore
  6. where do you start?
  7. god give me strength
  8. get happy
  9. my buddy
10. cheek to cheek
11. do'nt misunderstand
12. something cool

収録曲は、スタンダード・ナンバー中心のもの。オープニング曲”secret love”はジャズ・ヴォーカル・アルバムの宣言のようにスタートして、続いて”but beautiful”になると、ギターを主力としたバックで、ぐっとムードが盛り上がってくる。”the meaning of the blues”は、ハーモニカのバック演奏から始まり静かな夜の世界に突入。このあたりはいかにも私好み。”where do you start?”は、ギターのみのバックで彼女なりきのアレンジの効いた語りヴォーカルを聴ける。”my buddy”も、ピアノそしてサックスの比較的静かな流れに乗っての唄は説得力ある。”cheek to cheek”、時にこのようなアップ・テンポの曲を挿入してコント・ラストを付けるところはニクイ選曲で、gareth williams のピアノ、clark traceyのドラムスが健闘。そしてがらっとテンポはスローな”do'nt misunderstand”に流れてゆく。

 やっぱりクレア・マーティンは、ジャズ・ヴォーカルが魅力的であると思う。そうはした意味でもこのアルバムはお勧めアルバムだ。

Perfectalibi 「claire MARTIN / PERFECT SLIBI」 multi-channel SACD  LINN Records  AKD-316    2008  (2000)

 このアルバムは2000年にリリースしたものを、リマスターしてマルチ・チャンネルSACDとして2008年に再発されたもの。
 ジャズの世界から離れてのポピュラー系 コンテンポラリーである。私のようにジャズ系スロー・バラードを期待して聴くと、ちょっと違うじゃないか?と言いたくなる。しかし相変わらずのややハスキーな中低音を生かしての歌いぷりは、見事であり、ところどころの節回しにジャズが臭ってくるところが、やっぱりクレア・マーティンはベースはジャズであることが感じられる。このアルバムのジャケ・デザインはかなり内容の印象をうまく反映していると思う。かなり明るめの印象のアルバムだ。
 このアルバムでは”shadowville”、”more than you'll ever know”の2曲は私にとっては聴きどころであった。特に後者はエレクトリック泣きギターのブルース調ナンバーで私好み。いずれにしても少々おしゃれなアルバムといったところか。

 しかし、このクレア・マーティンというシンガーは、このように10年前のアルバムにも成熟した女性の味を漂わせているところが、特徴なんだろうと思うし、それが魅力になっていると思うところだ。

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2011年1月 8日 (土)

女性ジャズ・ヴォーカル : 円熟のクレア・マーティンClaire Martin 「ア・モダン・アート」、「ヒー・ネヴァー・メンションド・ラブ」

コンテンポラリー・ヴォーカルもこなすが、やはりジャズ・ヴォーカルが魅力

Clairem  一昨年来、女性ヴォーカリストをなんとなく多く取り上げてきたが、この英国はロンドン生まれのジャズ・シンガーであるクレア・マーティンClaire Martin は、やはり取り上げなければならない一人だ。彼女は1967年生まれであるから既に40歳を超えた。彼女は6歳で既にデビュー、10歳でコンテストなどにも顔を出し英国ではよく知られた歌手だ。美貌とその能力のバランスもよく、ブリティシュ・ジャズ・アウォードのベスト・ヴォーカリストに1990年代から何回と選出され、確固たる地位を築き上げている。
 しかし、日本では意外に浸透していない。リリースしているアルバムも多いが日本盤のリリースは近年見ていない。しかしその道好きな人もそれなりに多く、外盤の輸入販売も身近に行われている。


Amodernart_2 「claire martin / a modern art」 SACD-Hybrid LINN Records AKD-340  2009

 好録音で名のある"LINN レコード"から何枚かのアルバムがリリースされているが、これが最も最新盤である。彼女のアルバムは、それぞれにかなり特徴があり、全く同パターンでない。この盤は早い話がアメリカン・ソング・アルバムと言っていいものだ。もともとアメリカの歌手や音楽の影響を強く受けたというクレア・マーティンとしては、かなりのびのびとそして派手に歌われている。

(ミュージシャン)
   claire martin : vocals  /  gareth williams : piano  /  laurence cottle : bass  /  nigel hitchcock : alto sax  /  mark nightingale : trombone  /  phil robson : guitar  /  james maddren : drums  /  chris dagley : drums  /  sola akingbola : percussion

 このように共演ミュージシャンもピアノ・トリオに加えて多彩で、バック・バンドも華々しく展開する。そしてそれにも負けずに彼女のジャジーな歌が全体をリードしてお見事といったところ。
 もともと彼女の声の特徴は厚みのある中・低音がハスキーに伸びてくるところであるが、その特徴も生きている。取り敢えず近代色と古典色の混在したジャズ・アルバムとして一聴の価値がある。
 録音はどうかというと、SACD盤でマルチ・チャンネル録音もされ、音の分離と高音部の伸びも良い。彼女のアルバムの中では派手なジャズを好む人に向いていると思う。

Henevermentionedlove 「claire matrin / He never mentioned love ~ remembering shirley horn」 SACD-Hybrid LINN Records  AKD-295  2007

 これは、アメリカの女性ジャズ・ヴォーカリストでクレアの敬愛するシャーリー・ホーン(2005年71歳で逝去)に捧げたアルバムである。
 結論的に言うと、私が彼女のアルバムでは最も素晴らしいと思っているものだ。

(ミュージシャン)
   claire martin : vocals  /  gareth williams : piano  /  clark tracey : drums  /  laurence cottle : bass
 これに、special guests としてギター、サックス、パーカッションなどが加わる。

  1. He never mentioned love
  2. forget me
  3. everything must change
  4. trav'llin' light
  5. the music that make's me dance
  6. all night long
  7. if you go
  8. a song for you
  9. sloowly but shirley
10. you're nearer
11. L.A.breakdown
12. slow Time
13. the sun died

 このアルバムでは、彼女のハスキーな声が見事にマッチングするしっとりとしたムーディーなバラード曲が展開する。アルバム・タイトル曲の1曲目の”He never mentioned love”は、ピアノの響きと共に静かに彼女のブォーカルが語りかけるように心地よく歌われ、このアルバムの期待を高める。3.everything must change になるとギターがバックを務め夜を彩るムードが醸し出され、4.trav'llin' light は、ベースの音に支えられ控えめのギターが加わり、更にムードは高まってゆく。そして7.8.の両曲では、flugelhorn の音が彼女のしっとりヴォーカルを支え、"a song for you"は夜のジャズ・ムードの最高潮に達する。
 録音もSACD盤でマルチ・チャンネルであるが、しかしむやみに四方に展開するのでなく前方に安定して包み込んでくる。
 曲もジャズ・タイプに統一されていて、安定感たっぷりのまれにみる好アルバムであるので、是非ともSACD盤で聴いて欲しい。このアルバムも、手にはいるのは私の持っている外盤のみであると多分思うが、絶対のお勧め。
 夜の心の安らぎと快感をもたらしてくれる名盤と言っておこう。

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2011年1月 7日 (金)

手塚治虫漫画全集(2) : 愛する「鉄腕アトム」”海蛇島の巻”

ロボットであるがゆえのアトムの哀愁

Photo_7  「手塚治虫漫画全集」全400巻は講談社という出版社の誇りと意地によって成し遂げられた偉業と言っていいと私は思っている。この全集を手中にしたかったきっかけは前回お話ししたとおりであるが、この全集からの話題を一つ取り上げてみたい。

 「鉄腕アトム」というのはもちろん手塚治虫の代表作の一つであることは誰も異論がないであろう。ただ私にとっては、これが「科学冒険漫画:アトム大使」と言う題で、ケン一少年を主人公に始まった雑誌「少年」でのスタートが強烈な印象となっている。それが一年(昭和26年4月から27年3月)連載して「鉄腕アトム」という題となるわけであるが、その後一般に思われている科学アクションものと言うよりは、そうした環境を舞台にしてのかなり人間くさい内容であったと思っている。そんな中で、私の愛する物語を取り上げてみたい。

Photo 光文社の雑誌「少年」昭和28年8月号付録「MIGHTY ATOM アトム赤道をゆく」

雑誌連載2年以上経て、人気漫画となった「鉄腕アトム」の短編完結物語の付録であったこの話は、後に”海蛇島の巻”として現在も愛されているもの。私も「鉄腕アトム」の多くの話の中での5本の指に入る。
 そしてこの「手塚治虫漫画全集」には、約10年後の昭和39年に光文社のカッパ・コミクス「鉄腕アトム2巻」に”海蛇島の巻”として修正・リメイクされたものが収載されている。

 この物語では、赤道直下の島でのウラニューム大鉱脈を手に入れようとしている悪徳者に奴隷的に働かされている人達との出会いに、アトムの救出活動を舞台に展開する人間ドラマである。
 手塚治虫はロボットであるアトムの話の中では”ロボット法”というものを必ず出す。これは人間とロボットの主従関係を規定しているもので、ロボットはかってのアメリカにおける黒人の虐げられた環境に通ずるものがある。この物語でも自由を束縛されたロボットの位置関係を想定し、また人間同様の意識を持つようになったロボットの人間との関係においての哀しさを描いている。この物語は非常にドラマチックな展開で興味をそそりながら、アトムが密かに心を寄せる女の子が、アトムをロボットと知らないことによってアトムは哀しく身を引いてゆく哀愁も描いているのだ。

Photo_4 (上=クリック拡大)は、オリジナル版”アトム赤道をゆく”のエンディングである。赤道直下の南の島でアトムに助けられた女の子ルミコとその父親が、アトムの通っている学校を訪れる。ルミコはアトムは人間と思っていて、助けられた際にアトムは傷ついてそれにより死んだと思っている。実はロボットであり簡単に修理され元気であるのだが、ロボットということも知られたくなく 、その子に会いたいが仲間に知らないと言って去ってゆく女の子ルミコの姿をただただ見送るしかすべがなかった。

Photo_5 さて、後のリメイク版が左である。題名は”海蛇島の巻”になっている。ここでは面白いことに、オリジナル版ではアトムと心の通じ合った女の子ルミコの父親は、あのヒゲオヤジであるが、リメイク版では異なった父親になっている。そしてアトムの通う学校の先生と兄弟という設定だが、リメイク版では全く別の人として扱われている。
 このように結構後には修正やリメイクは他の場合も結構ある。しかしオリジナルものにはそれはそれ結構荒っぽい話の展開やちょっとつじつまの合わないところなどがあって、見方によっては、完璧でないところが又楽しいと言うことにもなる。

Photo_6 これが、リメイク版のラスト・シーンである。見送るアトムと最後にうなだれているアトムが印象的である。これが後にアトムの初恋であったのではという見方もある。
 まさしく、手塚治虫の描くロボットのアトムは人間としての生き方をしているところが魅力である。しかしそれとは裏腹にロボットであるがゆえの社会規制の中で生きなければならないこと、又人間としての生き方は結局のところ出来ないものとしての悲哀をこの物語では描いている。
 手塚治虫の作品の魅力、そして私が愛するところはそんなところに大きなポイントがあるように思う。数多くの作品の中で印象的なものは数え切れない訳であるが、その一つを取り上げてみた。
 

 

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2011年1月 3日 (月)

マーラー Gustav Mahler の世界(1) : 未完成交響曲第十番嬰へ長調の衝撃

妻アルマ不倫事件との関係からフロイトとの出会い。そしてそれから生まれたものは?

Gustav_mahler1909  私がマーラーを語るのはあまりにも未熟である。しかし思い返せばマーラーの音楽(交響曲)との出会いは私の人生の2/3以上前であり、かなり古い話になる。それ以来長いお付き合いであるので、ここで少々語ってもお許しいただけるだろう。
 交響曲や協奏曲などに絞っても、かなり私の愛好する作曲家は多いのだが、とにもかくにも常にテーマになっているのは、このマーラーとショスタコーヴィチである。既に何回かショスタコーヴィチには触れたので、このあたりでこのマーラーに少々焦点を当てたくなった。

 特にマーラー Gustav Mahler(1860-1911)はボヘミア生まれのドイツ系ユダヤ人ということから、おおよそ想像のつく世界が見えてくる。多くの民謡による音楽の世界は充実した環境であったと推測出来るが、一方それとは別に社会的・精神的苦闘を強いられた人間が、その事実を一つのトラウマとして人生の根底に持ちながら苦闘し発展しての成果が音楽の中に包埋しているであろうことが推測されるのだ。従って、どこかにかげりというか陽ではなく陰の部分を我々は感ずることになる。それは人間探求の姿として描かれる部分でもあり、それに聴くものは共感を得ることも事実であろう。

 さて、このマーラーの交響曲に絞ってみると、後期ロマン派の代表的な役割を果たしたと言う評価が一般的通念だ。しかし彼はブラームスと対立するブルックナーの弟子であったことが作曲家としての成果を上げるには厳しく、道を開くにはそれなりの時間を要したという。
 マーラーの人生については諸々の書籍を見ると人間の本質についてのテーマに焦点は向いていく。このことについてはおいおい語ってみたいが、ここでは私自身が彼の作品に如何に接してきたかについて言及したい。

Inbalsym10 「マーラー 交響曲第10番(D.クック復元版) / エリアフ・インバル指揮、フランクフルト放送交響楽団 」 1992年録音 DENON COCO-70479  1993

 マーラーの交響曲には、私自身が関心を抱いたのはLP時代の1970年代だった。そして多分多くがそうであったと思う”交響曲第1番ニ長調<巨人>”や”交響曲第5番嬰ハ短調”に引き込まれていったのだった。当時はマーラーの交響曲の長さからLP2枚組が一般的であったのを思い出す。あの5番の第4楽章アダージェットの哀しき美しさには聴いたもの誰をも引きつけられてしまう魅力がある。

 しかし私が最も驚愕したのは未完の遺作であった”交響曲第10番嬰へ長調”である。実はこの曲は第1楽章アダージョのみの演奏には接していたが、第5楽章までの通しての鑑賞は決して昔のことではなかった。このインバルのマーラー交響曲全曲録音の完結版と言える第10番完全演奏CDに接したのは1993年である。
 この第10番は、第1楽章アダージョのみが総譜が完成していた曲であり、その為、第1楽章のみの演奏が行われていたもの多かった。そして第2楽章以降には多くの研究家による異なったバージョンがある為、それによって私はこの第10番には通して接することを試みていなかったのである。しかしこのDENONのインバル指揮のマーラー・シリーズは、当時録音は傑出していたし、インバルの描くマーラーに興味があって、約20年前に全曲のCDを持つ中でこの第10番を第5楽章まで聴くことになったのだった。

 そして私が最も驚いたのは第4楽章末尾部と第5楽章の展開であった。デリック・クックにより復元されたこの未完成交響曲第10番をとりいれて、インバルの描く世界は、マーラーの心の葛藤と音楽としての構築が見事にシンクロして聴くものに衝撃を与える。”死”を意識した心を描く中での静と動、太鼓の絶妙な間隔をもっての一撃一撃はまさに衝撃であった。第4楽章の末部は静を呼び、そこに大太鼓の一撃で終わる。そして続いて第5楽章にこの大太鼓の打撃をそのまま絶妙な間隔で展開する。これこそは聴く私にとって衝撃であった。
 私はむしろこのマーラーの死に繋がる最終作品を聴くことによって、逆に過去の交響曲が何であったかを再び聞き直さなければならない状況に追い込まれた。

Sigmund_freud
 マーラーは、丁度この第10番の作成に入った時あの精神分析で有名な心理学者のジークムント・フロイトSigmund Freud(左)との出会いがあった。それは、マラー約10年前に42歳の時、19歳も若い才女アルマと結婚し、そして現在32歳になったその妻の青年建築家ヴァルター・クロビウスとの不倫を知ることになった。彼女との関係の破綻による衝撃により自己反省の世界に入った時である。
 もともとこの妻アルマも、マーラーにより彼女の能力発揮の場である音楽世界の活動を禁じられ、社会や男性側からの抑圧による神経症ヒステリー状態にあり、転地療養中であった。そこでクロビウスとの恋におちる。
 マーラーは尋常な状態から破綻しながらも作曲活動はつづいた。特にフロイトとの接触による心の奥を覗かれることに恐怖心が強かったが、結局はフロイトの指導により作曲活動は続けられたのだ。
 
 第10番には、このマーラーの妻との関係破綻に人生の破綻を感じながらその不安定な心情を描き、更に常にマーラーにつきまとう”死”の影をも描いていたと理解される。
 
 実はこの未完成の第10番こそは、マーラー交響曲の一つの特徴であるいつも”死”の影の見える過去の10の交響曲を知る重要なキーであるように思えてならない。ここに見えるマーラーの姿は、もう少し掘り下げなければ、彼を理解することにならない。彼がユダヤ人であったことも含めてさ更なる検討を続けていってみたい。(続く)
 

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2011年1月 1日 (土)

謹賀新年 2011

      HAPPY NEW YEAR  2011.1.1

201111b

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