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2011年7月27日 (水)

ジャック・ルーシェ(9)  プレイ・バッハ・トリオの映像盤:ミュンヘンとライプチヒ(2)

歳を取ったなぁ~~と思わせるジャック・ルーシェ

Dvdplaybachandmore_2 「Jacques Loussier Trio  Play BACH ....and more」 ( Recorded live at St Thomas's Church, Leipzig, july 2004 ),    EUROARTS 2054068 , 2011

 3期トリオ・メンバー(ルーシェ、セゴンザック、アルピノ)のドイツはライプチヒにおけるライブ映像。2004年にSt Thomas教会で行った演奏である。従ってルーシェは70歳になっている。壇上での動きや表情を見ると、明らかに歳をとった姿がみてとれる。
 演奏模様は、1989年のミュンヘン・ライブ映像と比べると、やはり細かいところでのアドリブは後退している。しかし曲の組み立ては相変わらずうまく、アルピノのドラムスとの関係は既に20年の関係が続いていて、両者の呼吸は細かい変化においても乱れはない。

(List)
  JOHAN SEBASTIAN BACH
    Fuga No.5 in D Major
    Gavotte in D minor
    Pastorale in C minor
    Air on a G string
    Brandenburg Concerto No.5 in D major
    Harpsichord concerto No.3 in major (III allegro)
  CLAUDE DEBUSSY
    Arabesque . L'lsle joyeuse
  ERIK SATIE
    Gymnopedie No.1
  MAURICE RAVEL
    Bolero
    ・・・・・・このようにバッハは6曲に加えて、ドビュッシー、サティ、ラベルもそれぞれ1曲づつ演奏して見せている。

Jrtrio2004thomas  この教会の会場は、まさにクラシックを聴くが如くの雰囲気に包まれていて、このトリオの演奏に聴衆は引き込まれていた。
 例のベースのソロ部分がたっぷりととってある”Pastorale in C minor”の演奏は、相変わらず見事であり、2期トリオで圧倒的支持を得たベース奏者のヴァンサン・シャルボニエにも劣らず、この3期トリオのベース奏者ベノワ・デュノワイエ・デ・セゴンザックの心搏の演奏が観れる。
 又、ドラムスのアンドレ・アルピノもなかなか元気で、”Brandenburg Concerto No.5 in D major” でのドラム・ソロはやはり楽しい。
 このトリオも相変わらずなかなか粋な演奏をしてみせてくれるので、この映像盤も貴重である。しかし70歳を迎えているジャック・ルーシェは1989年の55歳時の映像盤でみるミュンヘンの演奏にはやっぱり一歩及ばないところがあり、既に山を越えてしまった姿を見るところとなった。

Jacquesloussier2008  考えてみると現在はこの映像から7年経過している訳で、ジャック・ルーシェは77歳になっていることになる。このDVDは何時までも多くは期待しててはいけないことを我々は知る映像でもあった。
 1959年に、ちょっとスタジオで愛嬌でバッハをピアノで演奏して見せたことから認められて、トリオ結成しての1stアルバムが生まれた。その時から既に50年以上経過している。長きにわたって楽しませていただいた私は大いに感謝して見守りたい。

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2011年7月25日 (月)

ジャック・ルーシェ(8)  プレイ・バッハ・トリオの映像盤:ミュンヘンとライプチヒ(1)

2期、3期のトリオを映像盤で楽しむのだが・・・・・

Ldplaybach89  ジャック・ルーシェ・トリオの「プレイ・バッハ」の映像盤は実はそう多くない。従って私にとっては愛蔵盤であるのは、1991年にLDでリリースされた左のミュンヘン・ライブである。

「The Jacques Loussier Trio PLAY BACH」 (DECCA) POLYDOR POLL-1004 , 1991

 最近”LDプレイヤー”を再度復活させて楽しんでいるわけであるが、ここで登場するトリオはジャック・ルーシェJacques Loussier が1985年に再結成したもの。しかし非常に中身が濃い。
 ピアニストのジャック・ルーシェが、ベーシストのPierre Michelot とドラマーのChristian Garrosとトリオを組んでバッハを演奏した時には世界中の驚きと関心を集めた。それが1959年である。そしてフランスの洒落たセンスで聴くものを魅了したわけであるが、私が初めてこの演奏を聴いて圧倒されたのは1965年であった。彼らの演奏を聴いてからの私は、バッハ、イコールこのトリオ演奏となってしまって、本来のクラシック演奏には何か物足りなさを感ずるに至ってしまったものだ。その後1978年にこのトリオは解散した。

 しかし嬉しいことに、バッハの生誕300年にあたる1985年に、アンドレ・アルピノAndre Arpino(Drums)、 ヴァンサン・シャルボニエVincent Charbonnier(Bass)とトリオ(2期)を再結成したわけだ。
1989trio  このトリオになって更にフリーでジャジーなプレイは高まって、3人それぞれのインプロヴィゼイションもスリリングな面も加わって非常に充実した。そしてこの映像盤は彼らの1989年ミュンヘン・ライブを記録したものである。この時の演奏は実に素晴らしく、若いベーシストのヴァンサン・シャルボニエ(シャルボン)の熱演も光っていた。特にその姿は私の好きな ”パストラーレ ハ短調 BWV.590” で観ることが出来る。
 多くの音楽映像盤の中でも、これは最も私にとって大切なものとなっていたわけであるが、最近実はDVDにてもリリースされている事を知った。当然LDの時代は既に終わっており、私の場合は再生装置は復活させているが、いつ何時に終焉を迎えるか解らないので、取り敢えずDVD盤もと言うことになったのだ。

Dvdplaybach89 「THE JACQUES LOUSSIER TRIO PLAY BACH - The 1989 Munich Concert」 DECCA 074 3154

 このDVDは、大切にしてきた上のLDとソースは同一であり、特に変わってはいない。ただし音の面での改良はなされ、DTS録音もなされている。

 (List)
   Fugue No.5 in D major
   Italian Concerto
   Pastorale in C minor
   Gavotte in B minor
   Chorale "Jesu, joy of man's desiring"
   Gavotte in D major
   Brandenburg Concerto No.5 in D major
      ・・・・この7曲の収録である。

 この時のジャック・ルーシェのピアノ・タッチは見事に軽快であり、トリオとしてのリードも見事。又、シャルボニエのベース・ソロやアルピノのドラムス・ソロの演奏している姿と音を見ているルーシェの嬉しそうな表情が印象的でもある(この時、ルーシェは55歳だ)。
 更に、このDVDにはボーナスCDが付いていて、1期のオリジナル・プレイ・バッハ・トリオの演奏で、19曲が聴くことが出来る。私は取り敢えずオリジナル・トリオの全ての盤を取りそろえているので特に意味はなかったが、この21世紀の若者にも私の若い頃の感動を是非聴いて欲しいと思うので、初めて聴くものにとっては貴重と言えば貴重である。

Jacques_loussier_3_2 1998年になって、ベースはシャルボニエの病気からベノワ・デュノワイエ・デ・セゴンザックBenoit Dunoyer De Segonzac に変わって第3期トリオとなるのだが、その頃からバッハの曲は当然だが、それ以外に、サテイ、ラヴェル、ドビュッシー、バロック曲、ヘンデルそしてベートーヴェンなどにもアプローチしている。
 しかし、不思議に私の耳には、やはりバッハが最もジャック・ルーシェらしく聞こえてくるところが不思議と言えば不思議である。そしてこの3期トリオの映像盤も次回紹介する。
(続く)
 

 

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2011年7月18日 (月)

なでしこジャパン優勝おめでとう

サッカー女子W杯ドイツ大会 日本優勝!!

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2011年7月17日 (日)

新時代のレディー・ガガ LADY GAGA / 「BORN THIS WAY」

レディー・ガガ様のお通りだ!(固定概念の打破?)

 どうも最近の世間は何となく重苦しい。3.11以来ほんとうに明るい気持ちになっていないのが日本だと思う。その元凶は日本政府の政治のなさにもよるのだろうか?。スポーツでは、国民の愛する相撲界に関してもあの為体(ていたらく)であり、更にプロ野球もいまいち盛り上がりがない。ここに来て唯一日本に心を躍らせてくれているのは女子サッカーの”なでしこジャパン”ぐらいのところでは。

Gaga_3  もう一つは何か新しい時代を感じさせてくれたのは、レディー・ガガの訪日による話題くらいが最近のところだ。私は音楽を愛する人間としてレディー・ガガを知らないわけではないが、実は興味もなかった。そして当然アルバムも聴いてない。ところが来日の様子や長寿番組「徹子の部屋」の彼女をみたり、今回の大震災に義援金を億単位でおいていったりと注目は確かに浴びていた。ところがそれに、なんかいつの間にか日本のご意見番の如く扱われていた和田あき子が、ここにきてレディー・ガガにいちゃもんを付けたようで、一大パッシングを受けている。どうも何の実力もないものが調子に乗るとこの有様だ。
 それやこれやで、取り敢えず今の時代の一現象として放っておくのもなんだから、物好きの私としては、なんとなくレディー・ガガを少々捉えてみたくなったというところなのである。それにはアルバムを聴いてみるのが手っ取り早い。



Bornthisway 「LADY GAGA / BORN THIS WAY」 STREAMLINE Records  0602527718385 , 2011

 しかし、強烈なジャケ・アート。そしてズラッと15曲が並んでいる。そして全ての曲は彼女の手によるものだ。既にシングル・リリースされている”born this way”がアルバム・タイトルになっていて、2曲目に登場する。
 さて、とにかく初見参の私にとっては恐る恐るの第1曲”marry the night”が始まった。おや構えていた私にとっては意外に聴きやすい。そしてダンス・ミュージックに変わってゆく手法をとっている。基本的にこれはテクノ・エレクトリック・ポップ・ミュージックといったところか?。いずれにしたもタイトル曲と”Judas”あたりが話題性が高そうだが、彼女の唄もきつく迫ってくるのでなく、やや引っ込んで歌い込んでくる造りだ。
 このアルバムは彼女の3作目だが、1stや2ndは私は聴いてないので解らないが、もっと華やかで明快さが売り物であったようで、今作にはファンの反応はどうも2っに分かれているようだ。それでも私にとってはこのアルバは、一貫してロック色のあるプログラミング・ドラムスのリズムで疾走している曲の繋がりに聴けるだが。このアルバムは重厚になって、やや暗い面や宗教性がちらついて、ちょっとガッカリ組と、一方その反対に、彼女のアッピールは頂点に達してそれを基盤に彼女自身の姿をそのまま見せてきた傑作と感じ取っている組とがあるという。
 
 どうも歌詞の理解が難しいが、メッセージ性は十分感じられる。彼女の言葉では、”このアルバムには、母親から教えられたことがそのまま歌詞になっている”といい、母親の人生に於けるサジェスチョンを大切にしているようだ。つまり挫折しかかった時も”私の中には、特別なわたしだけのものがある”と教えられて勇気づけられたという。又、父親には多く期待を裏切ってきたので”父親に対して喜んでもらえるような思いでやっている”とも語っている。

 プロモーション・ビデオ集のタイプのDVDもリリースされているようで、それによって更に彼女の音楽との取り組みの姿が見えてくるのかも知れない(ただしこのDVDは、それぞれの曲のさわりだけを並べたもののようで、私は曲を中途半端に聴かせるものは好まないので目下視聴していない)。この世界は、私は講釈が言える知識がないので印象のみを一言で言ってみると、最終的には”結構聴かせるポップ・アルバム”で、その人気の原点が少々見えたのであった。

Gaga1_2  さて、レディー・ガガはファッションでもその奇抜さと+αで注目を浴びているが、もともと昔のグラム・ロックのデヴィット・ボウイからクイーンのようなタイプに憧れていたと言うからうなずけないこともない。
 音楽やファッションについては、「固定観念を翻すことを大事にしている」と説明しているようだ。
 彼女の生い立ちなどみてみると、本名は、ステファニー・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタといい、1986年実業家のもとニューヨーク州ヨンカーズに生まれて25歳。ニューヨーク大学芸術学部に17歳で入学し音楽を学んでいる。
 シンディ・ローパー、マイケル・ジャクソン、カイリー・ミノーグ、マドンナなどに関心をもって自己の音楽を開いたらしい。現在の人気度からも音楽、ファッション、諸々のパフォーマンスは若いものの関心を集めるに十分な才能があるのだろう。
 更に今回の来日もそれと関係があるようだが、彼女は社会貢献活動に熱心である。いくつかの慈善団体に関与し、寄付活動も盛んとか。更に天災の被害者救援やエイズ感染者救助にも多大な貢献をしているという。

 新時代の一つの流れに関心を持って、このレディ・ガガにスポットを当ててみた。
 

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2011年7月14日 (木)

チャーリー・ヘイデンCharlie Haden QUARTET WEST : ニュー・アルバム「Sophisticated Ladies」

オーソドックスで楽しく聴けるジャズ~6人の女性ヴォーカリストをフィチャー

Charllieh3  ベース奏者のチャーリー・ヘイデンというと、どうしても私の接し方はキース・ジャレットの世界からである。近作は「JASMINE」 (このプログにて、2010.6.4”静かなる安堵感:キース・ジャレット「JASMINE」”参照http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/keith-jarrett-j.html)で、彼とキースの30年ぶりの共演、キースの誕生日に合わせてのリリースとその内容に二人の関係が如何に人間的であったかを窺い知らされた。
 一方、キースとの歴史を鑑みると、やっぱりアメリカン・カルテットであろう。その中では私にとって強烈な印象のアルバム「DEATH AND THE FLOWER 生と死の幻想」(当プロク2010.6.14”キース・ジャレットの世界(3)孤独と生と死”参照http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/keith-jarrett-1.html)とか「The Survivors' Suite 残もう」のアルバムを思い出す。これらはベーシストのチャーリーのフリーな、コンテンポラリー・ジャズ感覚がなかったら出来なかったとも思われるキースの名盤だ。もう20-30年前のことであった。

Sophisticatedladies さて、ここに登場するチャーリー・ヘイデンのニュー・アルバム。
「CHARLIE HADEN QUARTET WEST / SOPHISTICATED LADIES」 UNIV.MUSIC UCCM-1191 ,  2011

  これは彼の1986年に結成されたカリフォルニアを基盤としたカルテットによるものだ。
 今回は11年ぶりに新ドラマーを迎えてのそのカルテット・ウェストで、なんと6人の女性をフィチャーしての12曲(うち6曲に女性ヴォーカルを登場させている)を聴かせてくれる。 
 その6人の女性は、アルバム・タイトルどおりの”Sophisticated Ladies (洗練された女性といっていいのか)”のメロディ・ガルドーMelody Gardot, ノラ・ジョーンズNorah Jones, カサンドラ・ウィルソンCassandra Wilson, ルース・キャメロンRuth Cameron, ルネ・フレミング Runee Fleming, ダイアナ・クラールDiana Krall (登場順)だ。
 私がこのアルバムに接したのは、私がメロディ・ガルドーのファンであることを知っている友人からの紹介だった。それぞれの女性シンガーは一曲のみの登場で、少々残念なのであるが、それでも昨年の彼女らの現状報告みたいなもので、そんな感覚でこのアルバムを聴いたわけである。

(members)
   charlie haden : double-b
   emie watts : ts
   alan broadbent : p,cond
   rodney green : ds

Melodygb  1曲目”if i'm lucky”からメロディ・ガルドーが登場。この演奏にはカルテットの演奏に加えてストリングス・オーケストラもバックに登場し、意外にクラシカルな印象のジャズに仕上がっている。ガルドーが優しく歌うが、彼女の特徴のちょっとした遊びがすくないかなぁ~という印象で、彼女自身のアルバム曲とは趣が異なる。
 このアルバムのカルテット・ウェストの演奏は、かなりオーソドックスなアコースティック・ジャズで肩が凝らずに聴けるところは73歳になるチャーリー・ヘイデンのなせる技か?。
 3曲目”ill wind”を唄うノラ・ジョーンズはいつもの彼女のパターン。続く”today i am a man”のカルテットの演奏は、それぞれの持ち味を出して楽しんでいるかのようだ。
 5曲目のカサンドラ・ウィルソンの唄う”my love and i”は、ゆったりと聴くものの気持ちを静めてくれ、特にチャーリーのベースが楽しめる。
 6曲目の”theme from "markham"”の彼らの演奏は私好み。チャーリーの妻のルース・キャメロンの”let's call it a day”とルネ・フレミングの”a love like this”はなかなか説得力がある。
Diana_krall  ダイアナ・クラールの”goodbye”は、彼女の語るような歌の低音も生きていい仕上がりだ。エルビス・コステロ夫人の彼女は目下育児に奮戦中のようだが・・・。

 このアメバムはスタンダード曲を、6人の女性シンガーをフィーチャーして色づけしつつ、カルテット・ウェストのどちらかというとオーソドックスな演奏集である。そんな意味では聴いていて休まる世界でもある。彼女らに2曲づつ歌わせてもよかったかなぁ~~とも思うが、まあこんなところがいいところなのかもしれない。
 いずれにしても、誰が聴いてもいいJAZZアルバムといったところだ。(ちょっと余談だが・・・もう少し洒落たジャケ・デザインにしてほしかったとは思うが)

(試聴)

 

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2011年7月10日 (日)

元気なロジャー・ウォーターズRoger Waters と ジェフ・ベックJeff Beck

まだまだ若いもんにゃ負けられません!!

 今年のブートDVDを見ていても、いやはや頑張ってますね御両人。ロジャー・ウォーターズは1943年、ジェフ・ベックは1944年生まれであり、既に70歳にも近づいている。そして昨年から今年もツアーを行いライブ活動も盛んなため、bootleg も多くが排出されている。最近ちょっと気になったブートDVDを取り上げてみた。

Pleinsoleil 「JEFF BECK / Plein Soleil」 DEAD FLOWERS RECORDS , DF-DVD-092 , "Sunfest", West Palm Beach, FL, USA 1st May 2011

 2010年来日でもそうであったように、現在昨年より新ジェフ・ベック・バンドで世界ツアー中。特に話題になった可愛い女性ベーシストのタル・ウィルケンフェルドに変わって今回は実力女性ベーシストのロンダ・スミスRhonda Smith、ドラムスはナラダ・マイケル・ウォルデンNarada Michael Walden、そしてキーボードは変わらずのジェイソン・リベロJason Rebello という布陣だ。

 ロンダ・スミスは、カナダ出身、プリンスのベースを務めたこともあり、自己のアルバムのリリースなど、実績は多大。ファンキーでグルーヴィーなスタイルでジャズ要素も加わった女性ベーシスト。実績はトップ・クラス。
 ドラムスのナラダ・マイケル・ウォルデンはアメリカの現在は音楽プロデューサーで、各種の受賞を勝ち取ってる大御所。もともとセッション・ドラマーとしての活動から出発している。ジェフとは1976年の「ワイアード」にて共演。

Jeffrhondanarada  このジェフ・ベック・バンドは、とにかくパワー・アップされた印象だ。そしてこのDVDは、「Plein Soleil」(太陽がいっぱい)とタイトルがあるように、今年(2011)5月1日フロリダで開催された炎天下のSunfest出演時のステージのオーディエンス録画・録音もの。近頃のブートもかなり程度は良くなって、これも見応えある一枚。 
 ナラダもとっくにドラマーは引退しているのかと思ったらなになにかなりの迫力のあるドラムスで、しかもヴォーカルもいい。
Rhonda  そしてそれに加えロンダのベースが迫力満点。ソロの演技も見せてくれるが、”rollin & tumblin”のヴォーカルも聴きどころ。ロニー・スコッツ・ライブのイモージェン・ヒープのこの曲の唄もジェフのギターとの掛け合いが楽しかったが、それとは異なってロンダもなかなかやってくれる。やはり”Mna Na Eireann”、”A Day In The Life”などのジェフのギターの美しさも聴けるが、人気曲はおおむね登場するし、やっぱりこのバンドはロンダのファンキーが加わって、迫力は倍増、ジェフも若返っている。ジミヘンの”little wing”も登場して楽しいところだ。

 いずれにしてもブートでここまで楽しめれば文句はない。そして老いて益々盛んなジェフ・ベックに喝采を浴びせるところ。

Thewallrondon 「Roger Waters / THE WALL LIVE」 ND-2707 , The Wall Tour 2011 in London , ( O2 Arena , London, England , May 17 2011)

 こちらは昨年の9月から12月までの”THE WALL LIVE”の「2010 Nth American tour」に続いての今年3月21日からの今も続いている「2011 European tour」のロジャー・ウォーターズのライブDVD(Bootleg)だ。今年も既に半年が経過しているが、ヨーロッパ各地で一会場数万人を集めてのスペクタル・ショーに観衆が酔っている。
 これは英国に帰ってのロンドン最大のホール”O2アリーナ”にての6日のライブのうちの5月17日のもの。5月12日には、デヴィッド・ギルモアも参加し、ニック・メイスンもステージに登ってのピンク・フロイド・メンバーが顔を揃えるという一幕もあった。
 しかし、スノーウィ・ホワイト、デイブ・キルミンスター、G.E.スミスという3ギタリストを始め総勢12名のライブは中身も濃く、各地での成功でブートDVDも多発されていて、私の手元にも何枚かある。
 この”O2アリーナ”も、ほぼ正面からの映像で画面も安定していて観る価値はある。昔を思うと最近のブートは良くなったものだとつくづく思う。

Roger2011517  さて、ここに来てのロジャー・ウォーターズは益々元気だ。ツアーの成功が、彼のエネルギーの源となってはいると思うが、最後の”outside the wall”でのこのツアー・メンバーの様子を見ると解るが、相当チーム・ワークも良く、結構楽しいライブ活動をしているのだと思う。それも又彼がここまで元気にライブをこなせる一つの力なのであろう。
 昔(30年前)の「THE WALL LIVE」は、ステージでの装置に多額の費用がかかって観衆は集まったが大赤字を出したので途中で中止したことは有名であったが、今回もかなりの大がかりな装置によるステージで、多分出費も多く大きな収入にはならないであろうと推測する。だが、ロジャーの執念のライブ・ショーであるので、(南米ツアーも追加されそうだ)元気であるのが何より結構なことである。

 ここに来て、二人の高齢ロッカーの活動をブートDVDで見るところから、両人とも元気いっぱい頑張っている様子にちょっと目を向けて喜んでいるのである。
 

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2011年7月 7日 (木)

マデリン・ペルーMadeleine Peyroux (3) : ニュー・アルバム「STANDING ON THE ROOFTOP」

「マデリンによる”最小限の芸術”」という謳い文句がそのままに!

 ここにきてマデリン・ペルーのニュー・アルバムが登場している。5thアルバムだ。過去にこのブログで、①2010.10.27「確かにレトロな中に不思議な安堵感」、②2010.12.30「何故か気になるノスタルジック?な世界」と二度彼女を取り上げているので、細かいところは省略して早速ニュー・アルバムをチェックしてみよう。

Standingontherooftop 「MADELEIN PEYROUX / STANDING ON THE ROOFTOP」 DECCA B0015636-02 ,  2011

 ちょっと2ndアルバム「Careless Love」に通ずるジャケ・アートだ。今回はクレイグ・ストリートをプロデューサーに迎えバック・ミュージシャンも充実し、更に作曲にゲストも多彩でなかなかの充実ぶり。

(members)
   madeleine peyroux : vocal
   christpher bruce : guitars
   charley drayton : drums
   john kirby : keyboards
   mishell ndegeocello : bass
   jenny sceinman : violin
   marc ribot : guitars

   その他

(List)
   1. martha my dear
   2. the kind you can't afford*
   3. the things i've seen today*
   4. fickle dove*
   5. lay your sleeping head,my love
   6. standing on the rooftop*
   7. i threw it all away
   8. love in vain
   9. don't pick a fight with a poet*
  10. meet me in rio*
  11. ophelia*
  12. the way of all things*

            ( *印:彼女のオリジナル(共作あり))

Madeleinepeyrouxmjf48__05  以上の12曲中、8曲が彼女のオリジナル。そのうち5曲には豪華にもビル・ワイマン(2)、ジェニー・シェインマン(3,4)、アンディ・スコット・ローゼン(9)などが共作している。
 1曲目はJohn lennon, paul maccartney の曲で、これからスタートするが彼女の歌い回しが面白い。2、3曲目からはさすがオリジナル、マデリン節が聴ける。バックがかなり強力ではあるが、彼女の唄を十分生かす演奏に徹しているて、ギターが美しい。4、5曲目はスローに、そしてやさしく丁寧に説得するが如くで、なかなか類似性のないマデリンの歌だ。こうゆうのを聴かされると、やっぱり何度か聴きたくなるアルバムというところだ。
 6曲目のアルバム・タイトル曲は、彼女は相変わらずスローに歌うが、リズムの刻みが面白くバック・メンバー共々気合いが入っている。この曲の表現は難しくこれは一聴してもらうのが一番。
 彼女の好きなボブ・ディランの曲も登場する。8曲目の”love in vain”のような異様空間も注目したい。
 オリジナル曲の”meet me in rio”は、ブルース、ボサノバ、シャンソンのミックス版といったところ。又”opheria”などは聴かせどころで、なかなかの名曲。若き時代のフランスにおけるストリート・ミュージシャンとしての経験が、この特異な世界を創り上げる原動力であろうことはやはり間違いない。

 とにかく、オリジナリティーを持った不思議な世界に誘われるアルバムであり、彼女のヴォーカルは力みがなくそれでいて説得力あり益々充実をみせる。クセがあるけど嫌みはない。この特異な世界は貴重である。こうして彼女のアルバムを聴いてくると病み付きになる。
 しかも今回のアルバムは誰が付けたか”最小限の芸術”という謳い文句であり、なかなかにくいキャチ・フレーズである。まさにその通りの芸術性を十分に臭わせる出来だ。彼女のアルバムでも名盤になるのは間違いない。

(最後に)
 今回の日本の大震災に当たって、彼女は震災直後に日本にメッセージを発信している。
 ”ここニュー・ヨークでも、世界中でも。日々刻々と伝わるニュースから希望を見いだそうと、そして何か支援できることはないか、と日本のことをじっと見守っています。
 皆さんの悲劇は私たちの悲劇、皆さんの復興は私たちの復興。2001年9月には世界中がアメリカ人と同じ気持ちになったと言われました。いまはみんな日本人と同じ気持ちであると私は信じています。( ニュー・ヨークより、マデリン・ペルー)”

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2011年7月 5日 (火)

LD(laser disc)の再度の復活劇 (pioneer DVL-919)

再生機器がない時代になって・・・・・・

 しかし自分でも不思議なのは、何故あのレーザー・ディスク(LD)にまだ固執しているのか?ということである。今やDVDそしてBDの時代で、しかも確実に映像やサウンドの面でもLDを超えている。しかもリマスター、リメイク技術も進歩して、同じ音源であったり、映像ものであってもやはり現在のDVD、BDに軍配は上がるのだ。

 たが・・・・かってビデオ・テープから、あの30㎝LP大の大きなキラキラしたLD盤の登場は、それだけでも感動したわけだが、AV(Audio-Visial)の世界では一大エポックであった。1980年代に入ってのある意味では革命的なAV装置であったといえる。それは映像ものの主流のビデオVHDに比して水平解像度が240本から400本と多く、画質面の差は歴然として良く、又瞬時に次のチャプターに飛ばせることが出来るのはテープとは全く異なったところであった。 
 そしてそれ以来虜になって、当時からリリースされた映像盤を何枚か購入するようになったのだ。しかし残念なことに再生のみの装置であったこと、ソフトが高価であったこと(初期には映画ソフトは7,000-10,000円)などで、マニア向けの印象はぬぐえなかった。
 しかし1990年代になって、ソフトの充実、低価格化に伴い、レーザーカラオケのヒットもあり最盛期を迎えた。そこにパイオニアからのCD/LDのコンパチブルプレイヤーがかなり手頃な値段になったことなども普及に拍車をかけたわけだ。
 しかし、1996年のDVD登場となり、値段、耐久性、取り扱いやすさなど全てにDVDに抜かれることとなり急速に衰退したわけである。
 当然、我々も自然にDVDに移行し、それは再生のみならず記録媒体としても一般ユーザーに利用されるものとなった。しかし、あの30㎝の円い光る物体のLDの実質感は、当初から利用したものにとっては忘れがたいものであり、私などは今でもなんとなく高価なソフトとしてのニュアンスを感じつつ、15-20年前のソフトを大切にしている訳である。しかし次第にお蔵入りしていったことは事実で、ふと何年間も利用しないままになっていまっていた。
 
Cld99s  そして昨年(2010年1月)にお蔵入りしていた昔からの愛機を復活させたのであるが(左)・・・・・(このブログ”2010.1.6 キング・クリムゾン回顧でLDの復活”参照)
 その何年ぶりに復活した「PIONEER Laservision LD/CD/CDVコンパチブルプレーヤーCLD-99S(1987年発売)」が遂に先日ダウン。DVDなどで再発されていない映像ものなどは、いやはや早くにDVDなどに移しておかなかったことに反省をすることになった。

 そうこうしている時に、この情報社会、今やLDプレイヤーはどんな状況なのか調べてみると、う~~んやっぱり現在も隠れたファンが結構いることが解り、しかも私にとって有り難いことに、安価にプレイヤーを譲ってくれる人にも巡り会えたのであった。

Dvl919p  それは左の「パイオニア製DVD/LDプレイヤーDVL-919(1998年発売)」だ。なんとこの持ち主はこの機種をDVD再生を主として使用してLDは殆ど使用しなかったという。しかも殆どラックに入ったままであったようだ。
 幸いなことに、キズも殆どないという美品で、現在機能は全て順調に働いてくれる良品を私は安く購入し備えることが出来たのである。パイオニアも1979年にアメリカにてMCAとの合弁会社ユニバーサルパイオニアを設立して、このレーザー・ディスクの開発・普及に頑張った意地で、LD時代の終焉を迎えようとしていた時であるにもかかわらず、DVD対応という形をとって1998年にこのLDプレイヤーの新機種を発売したものである。
CdLd  この機種はDVD、LD、LD-G、ビデオCD、CDの再生が可能なコンパチブル・モデル。DVDビデオの最高音質フォーマット収録ソフトに完全対応しているし、コンポーネント映像出力端子あり、DTS音声デジタル出力機能もある。
 2008年まで約10年間細々ではあるが生産されていた。そして2009年9月まで販売されたものである。そして生産は終了してからも結構私のように欲しがる輩がいるという代物であり(現在も修理可能品)、日本各地にはそれぞれこうしたもののファンがいるという遊び心の代表選手でもある。

Elp  今、私にとって楽しいのは、一つは、かって購入したソフトを再生して20年前の回顧と当時の感動を呼び起こしているということ。左は今私の横にあってこれからプレイヤーにかかろうとしている20年前にリリースされたE.L.&Pのライブ「展覧会の絵」の完全版である。当時新たに発見された35mmフィルムバージョンの再現盤で感激の一枚であった(現在当時購入時のまま帯も残して保管している。多分これは現在はDVD版で手にはいるのでは?と思うが)。
 又楽しみの二つ目として、20年前には音楽もので5,000~10,000円したソフトが、現在どうゆう訳か新品で出て来て、500~1,000円で売りに出しているところがあるのだ(LDは注目はされ一時隆盛をみたが短命に終わったことで、結構売り残しがあるんですね、映画ものは更に安い。中古はジャンク扱いで100~200円)。再生機がないソフトということでたたき売りされている。それを又漁ってくるのもいやはや楽しいものだ。

 とにもかくにも、現在LDを二度も復活させて楽しんでいるという私の一幕を紹介しました。

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2011年7月 2日 (土)

絵画との対峙 : 中西繁の世界(5) 生涯テーマ「棄てられた街」<3>

「棄てられた街」作品群から何を知るべきか?

 前回取り上げた中西繁の「棄てられた街」作品群のうち、チェルノブイリ原発事故地域の立ち入り禁止区域に入って描いた数ある作品の中で、如何にも虚しさを感じさせられる一枚がある・・・・・

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小学校(チェルノブイリ・ウクライナ) F130 (中西繁作品集「LAND・SCAPE」より)

 中西繁がチェルノブイリ原発近くの廃墟と化したプリビシャジ村の小学校に入って描いたもの(これもF130号という大作である)。避難時に使用した防毒マスクの残骸が散乱していたという。ここで学んでいた子供達にとって、大人達が作った原子力発電所とは何に思えたのであろうか・・・。そして残念なことに日本でも同じ事が起きていることは・・・・我々は今何をしなければいけないのか・・・・・・。

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サラエボの丘(サラエボ ・ ボスニア・ヘルツェゴビナ) F150 (中西繁作品集「LAND・SCAPE」より)

 さて中西繁の「棄てられた街」作品群は多くの問題を提起しているが、もう一つはここに取り上げた作品のサラエボの事件、それはソヴィエト連邦崩壊の進行する中で起きた悲しい事件だ。1984年冬季オリンピックがこのサラエボで開かれ、我々には素晴らしいあこがれの美しい街であった。当時この街がこうした廃墟になろうとは誰が想像したであろうか?。この一枚のF150号の大作をみて俄然とする。林立する墓石の向こうには無惨に破壊された街を望むのである。この作品は私の脳裏に焼き付いて離れない。
 このサラエボの街を包囲した紛争は1992-1996年に起こったもの。所謂「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争」だ。ユーゴスラビア共和国の分裂、スロベニア、クロアチアの独立、それに続いてのボスニア・ヘルツゴビナも独立を宣言して共和国を建立。しかし、そこで起こった対立してのセルビア人のスルプスカ共和国の樹立を目指しての戦い。ムスリム人、クロアチア人そしてセルビア人の三つ巴の内戦。結果は破壊と殺戮。そして12000人以上が殺害され、50000人以上が負傷した惨事。更なる悲劇は死傷者の85%は軍人でなく市民であったことだ。
 サラエボの復興開発に関しては、1995年の和平合意であるデイトン・パリ合意があって、その後再興事業がスタートした。そして2000年に中西繁はサラエボを訪れている(チェルノブイリを訪れた前年)。彼の眼にはその無惨な人間の起こした惨劇の跡が焼き付いたことであろう。
 その後の2003年に旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で、スルプスカ共和国の第一司令官に対して人道に対する罪を認定した。

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廃屋II(サラエボ・ボスニア・ヘルツェゴビナ) 5454x2273の左約2/3 (中西繁作品集「LAND・SCAPE」より)

 中西繁は訪れたサラエボの街の廃屋を見て、その中に割れたガラス窓から進入してこの作品の題材を得る。”ミサイルでへし曲がった鉄骨が凄い破壊力を物語っている。壁には手榴弾の製造方法をレクチャーした痕跡が残っていた”と記している。この色彩の押さえた作品は、それによって一層この廃屋の無惨さを表現していると思えるし、私には非常に印象的である。そして大作であるだけに描写も細部に丁寧であるだけリアルだ。
 
 人間が造り破壊していった姿を描いた中西繁の「棄てられた街」作品群は、このように日本のみならず広く世界の各地に及んでいる。そして我々が知るべき何かがあることを訴えていると思う。卓越した絵画的才能と問題意識の産物であると言っていいだろう。そしてそこには実行力も伴っての活動の姿も見えてくる。
 現在活動中の多くの画伯の中で、最も私が注目しているところである。このブログを通して、紹介させていただいた作品に対して、私の独断的評価で三つのポイントを挙げさせていただいたが、これから人生の完成期に入る中西繁の更なる充実した活動を祈念して取り敢えずここで一つの締めとしたい。

(最後に)
 まずこのブログに絵画作品の掲載を許可していただき、更に書きたいことを好きかってに書かせていただいたことに、中西繁先生にお礼を申し上げます。寛大な配慮を有り難うございました。又先生の御名前に敬称を付けませんでしたのは、普遍性を期してのこととお許しください。更にもし何か無礼な点がございましたら”勝手気ままなブログの世界”として重ねてお許しいただきたいと存じます。又先生のブログでも、私のこの「灰とダイアモンドと月の裏側の世界」を取り上げていただいて(2011.6.21)感謝しております。最後に先生のホーム・ページ及びブログを紹介させていただきます。

「中西繁 アートギャラリー」http://www7b.biglobe.ne.jp/nakanishi-art
「中西繁 アート・トーク」http://nakanishishigeru-art.at.webry.info/

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2011年7月 1日 (金)

絵画との対峙 : 中西繁の世界(4) 生涯テーマ「棄てられた街」<2>

人間の犯した悲劇の場を描く

 さて、中西繁の”生涯テーマ”を探っていると、やはり最も重要なものとしてこの「棄てられた街」をあげていいだろうと思う。そしてそのテーマは前回触れた日本においてのみならず、海外にも目を向け世界的規模で既に10年以上の歳月をかけて追求しているものである。

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終着駅(アウシュビッツ・ポーランド) F100 (中西繁作品集 LAND・SCAPEより)

 ナチス・ドイツによる第2次世界大戦下のポーランドの悲劇は、このアウシュヴィッツにて、28民族150万人以上(ほとんどがユダヤ人)が殺害されたという。この作品はその捕らわれた人々が列車でそのまま構内に入り降ろされ場所であるアウシュヴィッツ第2収容所ビルケナウの鉄道引き込み線を描いている。アウシュヴィッツには1940年から1944年にかけて3つの収容所が開所した。その中で最も殺害の多かった問題の収容所。殺害のためのガス室を持ったものが6棟もあったのがこの第2収容所と言われている。この引き込み線は1944年5月に完成し、ドイツ統治下の各国から貨車などで運ばれてきた被収容者をここで降ろし、その時点で”労働者”、”人体実験の検体”、”価値なし”の三群に分けられ、”価値なし”の老人、女性、子供などは7割の多くにのぼり、直ちにガス室に移動され殺害されたのである。
 現在ここをユネスコは「負の世界遺産」に認定され、現存するものは公開されている。
 この有名な引き込み線とその関連施設を描いたこの作品、まさに人間の犯した悲劇を印象づける空しさを観るものに訴えてくる。写真とは違って、絵画という世界でここまで”暗い過去”をこの一枚に収めたのには中西繁の執念を見る思いである。

Photo 左は、そのナチス・ドイツが1943年になると逆に連合国軍による空爆を受け、その結果ベルリンの中心部にあるネオ・ロマネスク教会は廃墟と化した。それが現在もそのまま残されている。ドイツ国民にとっても重要な”負の記念碑”である。それを中西繁は描いたものだ(「カイザー・ウィルフェルム教会(ベルリン・ドイツ)」 F120, 中西繁作品集「LAND・SCAPE」より) 

 ここに描かれた教会の印象は、日本人の我々にとってもあの第二次世界大戦の結末の惨めさが、この現在に迫ってくるのである(広島の原爆ドームを連想させるが、彼はその「広島」もF100号の大作を描いて残している)。多分中西繁もこの姿を絵にせざるを得ない気持ち、つまり人間の犯した空しさをこのF120号の大作で表現したのではないかと推測するのである。

 ここにドイツが関係した作品2点を紹介したが、中西繁にとってはそれに止まらず、地球上に起きている人間の犯した悲しき現象に対して鋭く迫ろうとしている。それは更にその他の作品を観るに付け理解出来るのである。

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進入禁止(チェルノブイリ・ウクライナ) F100  (中西繁作品集「LAND・SCPE」より)

 現在日本で最も重大で深刻な事件は福島第一原子力発電所事故であるが、この上の大作は、10年前の2001年4月に中西繁は通訳同行のみの単独行で、ウクライナ共和国危機管理省の許可をとってチェルノブイリ原子力発電所事故の地を視察したと記しており、その時の作品である。
 1986年に起きたこのソ連(現・ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所の事故は、その悲惨さが今も進行している。現在半径30Kmは進入禁止となっており、その様子を描いたものだ。 このチェリノブイリ事故による被災者はベラルーシ、ウクライナ、ロシアだけでも900万人以上で、40万人が移住させられたと言う。現在短期間に大量被爆した80万人にものぼる若い事故処理作業従業員の多くは放射線障害により苦しんでいて、いずれこの人達の中から何万人という死者が出るだろうと予想されている。その他にも発電所近郊地域の被爆者の中の住民の特に子供に目立つ甲状腺癌、更には白血病などの多発など現在も問題は終わってはいない。この事故によって被爆の影響による全世界の癌死者数の見積もりとして2万~6万件と推測している学者もいる(京都大学原子炉研究所の今中哲氏による)。これを敢えて描こうとした中西繁は多分我々に作品を通してその哀しい虚しい事件を忘れてはならないと訴えてきているのは明白だ。しかし・・・福島第一原発事故は起きた。  (続く) 

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