絵画との対峙 : 中西繁の世界(4) 生涯テーマ「棄てられた街」<2>
人間の犯した悲劇の場を描く
さて、中西繁の”生涯テーマ”を探っていると、やはり最も重要なものとしてこの「棄てられた街」をあげていいだろうと思う。そしてそのテーマは前回触れた日本においてのみならず、海外にも目を向け世界的規模で既に10年以上の歳月をかけて追求しているものである。
終着駅(アウシュビッツ・ポーランド) F100 (中西繁作品集 LAND・SCAPEより)
ナチス・ドイツによる第2次世界大戦下のポーランドの悲劇は、このアウシュヴィッツにて、28民族150万人以上(ほとんどがユダヤ人)が殺害されたという。この作品はその捕らわれた人々が列車でそのまま構内に入り降ろされ場所であるアウシュヴィッツ第2収容所ビルケナウの鉄道引き込み線を描いている。アウシュヴィッツには1940年から1944年にかけて3つの収容所が開所した。その中で最も殺害の多かった問題の収容所。殺害のためのガス室を持ったものが6棟もあったのがこの第2収容所と言われている。この引き込み線は1944年5月に完成し、ドイツ統治下の各国から貨車などで運ばれてきた被収容者をここで降ろし、その時点で”労働者”、”人体実験の検体”、”価値なし”の三群に分けられ、”価値なし”の老人、女性、子供などは7割の多くにのぼり、直ちにガス室に移動され殺害されたのである。
現在ここをユネスコは「負の世界遺産」に認定され、現存するものは公開されている。
この有名な引き込み線とその関連施設を描いたこの作品、まさに人間の犯した悲劇を印象づける空しさを観るものに訴えてくる。写真とは違って、絵画という世界でここまで”暗い過去”をこの一枚に収めたのには中西繁の執念を見る思いである。
左は、そのナチス・ドイツが1943年になると逆に連合国軍による空爆を受け、その結果ベルリンの中心部にあるネオ・ロマネスク教会は廃墟と化した。それが現在もそのまま残されている。ドイツ国民にとっても重要な”負の記念碑”である。それを中西繁は描いたものだ(「カイザー・ウィルフェルム教会(ベルリン・ドイツ)」 F120, 中西繁作品集「LAND・SCAPE」より) 。
ここに描かれた教会の印象は、日本人の我々にとってもあの第二次世界大戦の結末の惨めさが、この現在に迫ってくるのである(広島の原爆ドームを連想させるが、彼はその「広島」もF100号の大作を描いて残している)。多分中西繁もこの姿を絵にせざるを得ない気持ち、つまり人間の犯した空しさをこのF120号の大作で表現したのではないかと推測するのである。
ここにドイツが関係した作品2点を紹介したが、中西繁にとってはそれに止まらず、地球上に起きている人間の犯した悲しき現象に対して鋭く迫ろうとしている。それは更にその他の作品を観るに付け理解出来るのである。
進入禁止(チェルノブイリ・ウクライナ) F100 (中西繁作品集「LAND・SCPE」より)
現在日本で最も重大で深刻な事件は福島第一原子力発電所事故であるが、この上の大作は、10年前の2001年4月に中西繁は通訳同行のみの単独行で、ウクライナ共和国危機管理省の許可をとってチェルノブイリ原子力発電所事故の地を視察したと記しており、その時の作品である。
1986年に起きたこのソ連(現・ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所の事故は、その悲惨さが今も進行している。現在半径30Kmは進入禁止となっており、その様子を描いたものだ。 このチェリノブイリ事故による被災者はベラルーシ、ウクライナ、ロシアだけでも900万人以上で、40万人が移住させられたと言う。現在短期間に大量被爆した80万人にものぼる若い事故処理作業従業員の多くは放射線障害により苦しんでいて、いずれこの人達の中から何万人という死者が出るだろうと予想されている。その他にも発電所近郊地域の被爆者の中の住民の特に子供に目立つ甲状腺癌、更には白血病などの多発など現在も問題は終わってはいない。この事故によって被爆の影響による全世界の癌死者数の見積もりとして2万~6万件と推測している学者もいる(京都大学原子炉研究所の今中哲氏による)。これを敢えて描こうとした中西繁は多分我々に作品を通してその哀しい虚しい事件を忘れてはならないと訴えてきているのは明白だ。しかし・・・福島第一原発事故は起きた。 (続く)
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