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2012年7月29日 (日)

e.s.t.(エスビョルン・スヴェンソン・トリオ)は何処に流れてゆくか?(1):ダン・ベルグルンドの革新性のプログレッシブ・ロック

残った二人は歩み始めた(1)~ダン・ベルグルンド

tonbruket 「Dig it to the end」
ACT Music  9026-2,   2011

Dig_it_to_the_endtonbruket

 スウェーデンのe.s.t.(エスビョルン・スヴェンソン・トリオ)のベーシストのダン・ベルグルンドDan Berglund は、ピアニストのスベンソン死後に、2010年、アルバム「Dan Berglund's Tonbruket」をリリース。その美と過激さを備えた格好良さに周囲をおどろかした。そして2011年はこの2ndアルバムが誕生。
 エスビョルン・スベンソンが、元々実力派の彼を知り勧誘してジャズ・トリオe.s.t..を結成した経過があり、以前からの彼なりきの世界は歴然と存在していることは周知のとおりだ。そしてこのトリオは、リーダーによるリーダーのトリオというのでなく、次第にお互いの音楽性を尊重しての三者の個性をぶつかり合わせて構成してゆくパターンをとってきた。しかし、彼らの演奏するオリジナル曲の原案は、やはりピアニストのスヴェンソンによるところが大きかったことから、彼の亡き後のベルグルンドのパターンはどう展開するのか大きな関心もあったところ。

TonbruketmembersDan Berglund : double bass
Johan Lindström : guitars, lap- and pedalsteel
Martin Hederos : piano, pumorgan, keybords, violin
Andress Werliin : drums, percussion


 ディープ・パープルを愛していたという彼のロック指向は、ギターを加えたカルテット構成で、ジャズ・センスと合体してプログレッシブなスリリングな世界を作り上げている。
 特に、e.s.t.の後半のジャズを超えての「Tuesday Wanderland」、「Leucocyte」の両アルバムにみる過激性は彼によるところが大きかったことを改めて知ることになる。

Digittotheendlist 11曲の収録であるが、ギタリストのLindströmの曲が6曲で、Berglundは2曲のみ、その他キーボードのHederosが3曲と、完全に"Tonbruket"というグループ活動としてのアルバムになっている。  スタートの”vinegar heart”のドラムスとキーボードの荒々しさと静とのバランスも見事で、このアルバムの期待度を高める。”lilo”に聴かれるようにBeruglundのベースも十分生きているし、逆に彼の曲に安堵の姿が描かれているところが不思議だ。
 ”lighthouse”の異様空間とピアノの響きはe.s.t.を思いおこす世界。しかし”Dig it to the end”の危機感、”gripe”の美とその対比も見事で圧倒される素晴らしい演奏だ。

 しかしこのグループの世界はe.s.tのジャズ・トリオと言う世界ではなく、あの”Leucocyte”に描かれたような、前衛性の高まったどちらかというとキング・クリムゾンも真っ青のプログレッシブ・ジャズ・ロックの世界である。そして北欧独特の美しい旋律が見え隠れするからたまらない。
 このダン・ベルグルンドの体質から産まれる先進性、革新性、先鋭性の進化ともいえる”Tonbruket”の音楽は、ジャズ・ピアノ・トリオとは別の意味で、ロック・ファンを刺激しつつの今後の活動に興味が湧くところである。

 

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2012年7月26日 (木)

e.s.t.(エスビョルン・スベンソン・トリオ)回顧(3) : 何故か気になる最も愛するアルバム「Viaticum」

人間探求の深遠なる世界からの出発・・・・・

 スウェーデンのe.s.t.(エスビョルン・スベンソン・トリオ)に焦点を当てて4回目になるが、過去を振り返って逆行性にアルバムをチェックしている格好だが、私は彼らのアルバムでは何故かこの2005年の「ヴァイアティカムviaticum」が気になっている。それはその後のアルバムである2006年の「Tuesday Wanderland」、2008年の「Leucocyte」への流れの中で、彼らに大きな変化があったのか?と思わせるところがあるからだ。

e.s.t.「ヴァイアティカムviaticum」
Spamboolimbo Productions  SICP764  ,  2005

Viaticum

 私が、彼らに初めて接したアルバムは世界へのアッピール盤2001年の「SOMEWHERE ELSE BEFORE」であった。これはリリースと同時に手にしたわけでなく、この「viaticum」のアルバムを知る直前だったように思う。そして直ちに彼らのアルバムには好印象というか、むしろ強いインパクトを受け、他のアルバムをも聴くことになった。その中で更に私の期待度を満足させてくれたのがこの「viaticum」であった。
 時も時、私はその恩恵にあずかれなかったが、彼らは日本公演も行った。

Viaticumlist 収録曲は左のような9曲。過去のアルバムもその印象はあると言っていいと思うが、このアルバムは妙に人間探求の世界の色が濃くなったと思うのである。進歩と言えば進歩であるのかも知れないが、彼らが世界的なバンドに成長したときに、ふと自分を見つめる事になったものではなかったか?。

 ”tide of trepidation”押し寄せてくる不安の世界、自己をみ見つめてか?、世界を見つめてか?。続く”eighty-eight days in my veins”でのピアノは宿命的に流れる世界を美しく。
”the  unstable table & the infamous fable”では、かっての落ち着いた世界から彼らの危険な因子への挑戦を描いているように思える。
 ”viaticum”に至ると、まさにピアノ、ベースの音は、クラシックの世界からの美を感ずる。彼らのこれからの出発(旅)の一つの覚悟なのか、つまりピアノ・トリオとしての次の世界への旅でもあるように感ずるところである。それはこの続編と言われる翌年2006年のアルバム「tuesday wonderland」は、所謂ジャズ・ピアノ・トリオからの決別のようなアルバムに展開しているからだ。

Estmemphoto4  いずれにしても私の感ずるところでは・・・・このアルバムは彼らの転機の物語であり、過去を見つめ、未来を見つめ、これから歩む道への決断のアルバムと私には思えてならない。それは彼らにとって自己を見つめ直しての必然的な流れであったのであろう。
 
 そして描く深遠なる世界はこのアルバムに凝縮され、そして新たな出発の決意のトリオ演奏を展開し、私が最も彼らを愛することになる重要なアルバムなのでもある。

(参考)
2012.7.16  「LEUCOCYTE」
2012.6.20  「SOMEWERE ELSE BEFORE」
                  「301」
2012.6.1 e.s.t.&Pat Metheny (Jazzbaltica 2003)
 

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2012年7月19日 (木)

久々の衝撃波 : ポーランドの歌姫 アンナ・マリア・ヨペク Anna Maria Jopek 「UPOJENIE」

これはまさに珠玉の名盤だ!!

パット・メセニー &アンナ・マリア・ヨペクpat metheny & anna maria jopek
    「ウポイエニェ UPOJENIE」
     Nonesuch Productions , METHENY GROUP PRODUCTIONS    WPCR-75651 ,   2011

Upojenie

 ブルーノートの企画で昨年12月、今年1月に来日してのコンサート、そして過去にも来日しているポーランドの歌姫アンナ・マリア・ヨペク Anna Maria Jopek だが、私は全く接点がなかった。こうしてみるとまだまだ知らずにいる珠玉の名盤はあると言うことで何となく嬉しくもなってくる。このアルバムもネットの世界のおかげで知ることが出来たもの(爵士さんに感謝)。

Anna2  このアルバムはあのギターの名手パット・メセニーの力を得て制作できた2002年の大ヒット・アルバムの再発もの。

 しかし、こうした世界に触れるのは久々のような気がする。従って初聴きのインパクトは強く私を虜にした。特に彼女のヴォーカルは、ややハスキーでありながら何か透明感を感ずる美しさが迫ってくる。これはその優しさと哀愁を醸し出す唄い方にも大いによるところがあるのだろう。又、ポーランドという国とその民族的音楽世界はよく知っているという訳ではないが、何か不思議にその国の情緒というか心のよりどころが描かれているような曲が展開する。これは又一つには彼女のクラシック畑の経歴から産まれる世界でもあるのかもしれないし、又この国の激動の民主化の時代に生まれ育ったその人生の流れの中からの歌であるのかとも想像するのである。

Patanna  パット・メセニーはこのブログでも、先頃彼のソロ・アルバムを取り上げたり(http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/pat-metheny-wha.html)、あのスウェーデンのあだ花エスビョルン・スヴェンソン・トリオe.s.t.との共演(http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-3e11.html)や、ブラッド・メルドーとの共演(http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/quartet-26ff.html)などの話題を取り上げてきたので細かいところは省略するが、ここにみる彼は彼の感性と歴戦の技で、見事にアンナを異国の美しくも不思議な感覚に導いてくれる世界に花咲かせてしまっている。いやはやお見事と言わざるを得ない。

 もともと、このアルバムは2002年に「Anna Maria Jopek & friends with Pat Metheny」というタイトルでポーランドでリリースされ、ビック・ヒットとなったものという。それをタイトルをこのように変更し、又曲の配列を変え、更に数曲加えてのアップグレードしての再リリース。これによって我々の手に入ることになった。しかも音質も良好で歓迎盤。
 しかし、見ての通りの地味なジャケにはなんと評価すれば良いのだろうか。

Uplist_2  収録曲は左のように17曲(クリック拡大)。パットの曲は8曲でアンナがポーランド語の歌詞をつけ、アンナの曲は7曲、そしてトラッドが2曲。
 曲によって演奏楽器が異なり、趣を変える。スタートの”here comes the silent dusk”は、パットのギターのみとアンナのヴォイスで演じられ、ギター(42string pikasso guitar)は日本の琴の調べを思わせる響きで、アンナの日本にも通ずる清楚である中に艶のある唄には驚かされる。
 このアルバムでは、パットの曲も見事にアンナのポーランド語の唄で変身しているが、ハイライトはやはり彼女自身の曲の”upojenie(Ecstasy)”だ。バックは多彩でjazzyなムードもよく、ソプラノ・サックスも良い味を出している。素晴らしい。
 更に”letter from home”のようにピアノの美しい曲もある。
 
 アンナ・マリア・ヨペクは、1970年12月にポーランドはワルシャワで産まれ、幼いときからクラシック・ピアノを学んでショパン音楽アカデミーに進学。卒業後にはニューヨークのマンハッタン音楽院のサマー・スクールに参加してジャズに傾倒。1997年アルバム「Ale jestem」でデビューという経歴のようだ。

 彼女も幸いにして日本を愛してくれている。そんな関係でのアルバムのリリースもある。これから少し深入りしてみようと思っているところだ。

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2012年7月16日 (月)

E.S.T. (エスビョルン・スヴェンソン・トリオ)回顧(2) : 何処に向かおうとしたか?「LEUCOCYTE」

最終アルバムの目指したところは?

Estmemphoto2  エスビョルン・スヴェンソン・トリオ e.s.t. を話題にして三回目になるが、彼らに魅力を感じて聴いてきたのはそれ程前からではない。少なくても約数年以内のところだった。今みてみると、私の脇には彼らのアルバムCDが8枚、そしてDVDは2枚というところ。

 私が彼らを知ってから数年の間の彼らの進歩は、2008年のアルバム「LUECOCYTE」を聴いてみると如実に解る。このアルバムを如何に受け入れれば良いのかと思いつつも、先日話題にしたアルバム「301」(思いもかけなかったニュー・アルバム)を聴くに至った訳である(参照:2012.6.12 e.s.t.回顧(1) http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/somewhere-else-.html)。まあこれは派生的なものとして、やはり「LEUCOCYTE」はいろいろの意味で重要だ。

Leucocyte e.s.t. 「LEUCOCYTE」
Spamboolimbo Production AB   B0011861-02 ,  2008

 彼らのトリオの最終作は先日ふれた「301」ということになるが、実質はこのスヴェンソンが生前に確認した「leucocyte」が最終作であろう。このタイトルは”白血球”を意味しているのだろうか?(もともと英語では”leukocyte”であるので・・・そのあたりは?)多分そうであろうと想像しながら詳しくは探求することなく、今日になっている。


Leucocytelist このアルバムの主題は、2.5.7.の3曲だろう。
 2.”静”から始まっての”premotion”は、次第に荒々しいドラムスとエレクトリック・ノイズ音にて構築する。そして最後は静寂のピアノ・プレイ。
 4.”jazz”これはまさにキース・ジャレットの若きエネルギッシュな頃を彷彿とさせる。
 5.”still”の約10分アンビエントな世界。それに続く6.”ajar”の1分少々の美しいピアノ。
 7. 組曲”Leucocyte”-1.AB INTRIMの荒々しく緊張感に漲った25分の前衛的演奏。貪食作用の白血球のごとく迫り来る危機的感覚に陥る世界。2.AD INTERMの無音。3.AD MORTEM のエレクトリック歪曲音が13分間流れ、4.AD INFINITUM と続くアンビエント・ミュージック。エスビョルン・スヴェンソンの急死を想い起こすに、この曲が脳裏を離れない。

 完全にジャズ・ピアノ・トリオの世界から超越していった彼らの意志の凝縮のアルバム。これは彼らの目指すところであったのか、それとも一つの実験であったのか?。

(参考)
Dig_it_to_the_endtonbruket Threod_of_life_2

① Tonbruket / Dig it to the end
② Manus Öström / Thread of life
     (このあたりは次回)

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2012年7月13日 (金)

健在なりブルース・ロックのバディ・ガイBuddy Guy

語り尽くせない味、それがバディ・ガイの世界だ!

Buddyguy1  近頃サンタナのライブにもちょくちょく登場して健在ぶりを映像でも見ていたが、ブルース・ロックというとなんといってもこのバディ・ガイ。2年前にも74歳にしてアルバムをリリースしていることや、あの面魂を見ると怪物と言った言葉がぴったりである。・・・・と、言ってしまうと私の意とするところと違ってしまう。実は極めて格好いいロックと人情っぽいブルースを聴かせてくれるのだ。そして恐ろしいことにギター・プレイも衰えを知らない。
 ロックを聴くもの誰しもが必ず足を入れるブルース、特にブルース・ロックは必ず周期的に聴きたくなる私であった。(今回も、ロック・ブログ”ロック好きの行き着く先は・・・”の影響で、それならばと、私の場合の好みのバディ・ガイのブルースの一端に焦点を当ててみた。その他、ちょっと世界観は異なるが、以前にも取り上げてきた英国白人ブルース・ユニットの”Snowy White Blues Project”もなかなか味があります、今回はそこまては言及しないが私は好きですね。)

BUDDY GUY 「BRING 'EM IN」
ZONBA RECORDING   82876 72426 2 ,   2005

Bringemin_2

 バディ・ガイの比較的新しい2005年のアルバム。私の好きな一枚であり先ずは取り上げる。
 このアルバムにはサンタナ、クリス・リチャーズなどをフィーチャ-している。そしてアルバム・トータルにブルースの泣きギターの味を楽しんで聴けるし、一方ロックの格好良さもちゃんと確保しているといったところ。
 この時、バディ・ガイは69歳。サンタナは58歳で、この両者によるCCRでお馴染みの”I put a spell on you”がなかなか格好良くて、多分若い者も脱帽だろう。

1. Now You're Gone
2. Ninety Nine And A Half
3. What Kinda Woman Is This
4. Somebody's Been Sleeping In My Bed
5. I Put A Spell On You feat.Carlos Santana
6. On A Saturday Night
7. Ain't No Sunshine feat.Tracy Chapman
8. I've Got Dreams To Remember feat.John Mayer
9. Lay Lady Lay feat.Anthony Hamilton
10. Cheaper To Keep Her / Blues In The Night
11. Cut You Loose
12. Price You've Gotta Pay feat.Keith Richard
13. Do Your Thing

 第1曲”now you're gone”から、ぞくっとするギター・ソロでスタート。そしてガイのやや哀しげなブルースの歌声、それに追従しての唄うがごとくギターの音。これを聴くと多分誰でも深入りしたくなるところ。そして”somebody's been sleeping in my bed”は、無きのギターの子守歌。こんな調子でこのアルバムは流れていく。
 ”i put a spell on you”は、サンタナを迎えただけこのアルバムでは異色で、パーカッションがリズムを刻み2人のギターが共演する。
 ”ain't no sunshine”はトレイシー・チャップマンが、”i've got dreams to remember”はジョン・メイヤーが、更に”lay lady lay”はアンソニー・ハミルトンがフィーチャーされて、ゆったりしたリズムにブルースの良さを実感させてくれる。

 とにかく、ガイのハードな面は比較的押さえられ、何か聴くものにブルースの良さを知らしむべく作られたようなアルバムである。私にとっての彼の愛聴盤を紹介した。


Livingproof BUDDY GUY 「Living Proof」
JIVA Records 88697-78102-2 ,  2010

 このアルバムには、”74 YEARS YOUNG”とサブ・タイトルが付けられているだけあって、74歳になっても若きガイを聴かせるブルース・ロック(といえどもどちらかと言うとハード・ロック盤)。
 多分彼の最も近作である。

 まあ、彼の場合は、ブルース・ロックでもハード・ロック・タイプよりはブルースものに近いものを私は好むので、上のアルバム「BRING 'EM IN」のほうがお気に入りなのだが、人によってはやっぱりガイはこのくらいハードでなきゃって言う輩も少なくないと思う。ギター・プレイはやはり歳を超えて、いやはやお元気なハードなサウンドを聴かせてくれるが、昔を思えばやっぱりスケールは鋭さよりは内容の濃さのほうになっている。

 このアルバムにも、サンタナが一曲フィーチャーされているが、なんとB.B.キングも一曲であるが共演している。そんなところからも一聴に値するガイの一枚だ。(ジャケットは74年もののウィスキー・ラベルをイメージしているもので、こんなところも洒落ていると言えば洒落ていますね)

Buddy Guy
  1936年7月30日産まれ、本名はジョージ・ガイと言うらしい。ルイジアナ洲レッツワース出身、そして殆どがそうであったようにシカゴに上ってブルースを演じて健闘。

 
(試聴)

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2012年7月11日 (水)

回顧は続く(音楽編-9-)・・・パティ・ページ Patti Page

アメリカ合衆国の資本主義の歪みの歴史の中からの歌手として・・・・・

Image003  回顧が続いてしまうが、ついにという感じでパティ・ページ Patti Page(本名 Clara Ann Fowler) を取り上げることになった(jazzを愛するブログ「JAZZYな生活」を拝見して、ここに思いを馳せることになった)。勿論彼女を語るには、1950年の大ヒット”テネシー・ワルツ”ということになるが、そこまでの物語が深刻であり又彼女の努力の結晶であり、最も私の関心の持たざるを得ないところである。
 既にこのブログでも取り上げてきたあのスタインベックの小説「怒りの葡萄 The Grapes of Wrath」の舞台であるオクラホマ洲の最も悲惨な資本主義の歪み(矛盾)の中の貧しい家に彼女は1927年に産まれたという。経済の流れの中の非人間的事実を告発したジョン・スタインベックのこの小説は、ジョン・フォードが映画化し(http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/the-grapes-of-w.html)、又ロックではあのキャメルのアンディ・ラティマーが音楽の世界で取り上げている(http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/camel-f6d2.html)。
 私の偏見では、世界の二大小説は、一つは下村湖人「次郎物語」、もう一つがこのスタインペックの「怒りの葡萄」であると言ってしまうのだ。

 話は余談になってしまったので、ここらでパティ・ページに戻るが、彼女の子供の時代に父は線路工夫、母と姉妹は綿摘みをして生計を立てていたという。非常に貧しい家庭であり、そして18歳には、オクラホマ洲のラジオ局の15分番組に歌手として出演するようになったとか。

 さて、彼女のもう一つの記録すべきポイントは一人の多重唱というアイデアで、多重録音で一人での4重唱を”with my eyes wide open l'm dreaming”という曲でやってのけたと言うことだ。この曲のヒットが彼女のプロとしての道を切り開いたポイントであったようだ。コニー・フランシスもこの手法をよく聴かせてくれたが、それより先んじて10年、パティ・ページはこれをもって、メアリー・フォードなどにも影響をもたらしたという。

Starbox_3  彼女のヒット曲集はこれまた多くある。

  左は「STAR BOX - PATTI PAGE」 Sony Music Direct 2003年リリースもの。歴史的曲群であるが、音はそれなりによい。そして広く多くの曲を収録している。ただし残念ながら”テネシー・ワルツ”などヒット当時のオリジナルでなく、1960年代になっての再録音もの。その為私なんかには、なにかちょっと違うぞという感じになってしまって、懐かしさは半減してしまう。
 そんなところであるが、私の棚をひっくり返しして探してみたら、もう何年か前に買った安いCD(1990年もの)が、オリジナルもので、慰めてくれるものがあった。それがこれだ(↓)。

Patti Page~ Champion Selecction Series
Della Inc. PF-3506  ,  1990

Championselection_3   これは日本での企画ものである。しかし内容は見事1950年からの初リリース当時のオリジナルを収録している。(当時定価1200円)
 その為なんと12曲収録中5曲はモノラルである。しかし単にSP、LPなどからの移植ものでなく、音質は現代物とはゆかないが、ノイズはなく、それなりに結構楽しませてくれるものとして仕上げてある。

List1 収録曲は、左のように、”テネシー・ワルツtennessee waltz”から始まって、私の好きな”涙のワルツ i want to your wedding ”(①から⑤まではモノラル)、そして”ふるえて眠れ hush, hush, sweet charlotte”も収録(これはステレオ版)。まあ喜ばせてくれる選曲だ。特に1950年のナンバー1ヒットは、この”テネシー・ワルツ”で、戦後の日本の文化革命的ポピュラー・ミュージックといって過言でない。
List2 ”ラブレター”、”酒とバラの日々”、”この世の果てまで”もいいですね。いやはやこうした廉価版でも頑張っているのがあったんでした。  このCDは、現在手に入るかどうかは疑問ですが、まあいろいろと探してみれば、これに勝るものも必ずあるのだろうと思っている。

 パティ・ページの歌声は、我々に当時(戦後10年)何か希望を与えてくれたのは事実であった。

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2012年7月10日 (火)

Connie Francis (3) とにかく多いベスト盤

コニー・フランシスもの~ちょっと変なベスト盤もある

Connie2  コニー・フランシスを取り上げて、年寄り得意の回顧シリーズになってしまってますが、まあ、現在の若い女性ヴォーカルものもそれなりに否定はしませんが、ちょっと時代背景があまりにも違って、個人的には意味合いが全く違ってくるのはしょうがいところでしょう。
 日本では、”ヴィ、エィ、シー、エィ、ティ、アィ、オー、エヌ”と叫んで誰もが唄った”Vacation”とか、”ボーイ・ハント”とか・・・・日本の若い女の子のカバーもあってこれらの曲は国民的に愛されたと言ってもいいでしょうね。しかし、彼女はそれ以上に、世界的な広い分野の多くの歌を唄ってくれて、あの時代を盛り上げてくれたのも事実だったように思うのです。

 さて、ベスト盤の紹介を続けます・・・・・・



The Very Best Of CONNIE FRANCIS

 
Original Greatest Hit

Starlight Int'l Development  SICD-08004,  2005

Goldencoll

 いやはやこうしたベスト盤もあるんですね。これは最近手に入れたものだが、"Made in Hong Kong"となっている。どうも、ドリス・ディとかパティ・ペイジ、ザ・プラターズなどなどの何十人のベスト盤シリーズもののうちのコニー・フランシスものらしい。なにせ値段は500円ながら、立派な装丁と歌詞付きブック・レットが付いている。

Goldenclllist 収録は左のようなところ(クリック拡大)。日本の’60年頃のヒットをしっかり15曲納めている。
 さてそこまでは良いのだが、ええ?、コニー・フランシスの丁度聴きどころの高音部がどうも変である。"Digitally remastered from classic recordings"となっているが、明らかにマスター音源からのものでなく、何かの再生装置で再生させて、それをDigital Recording したのかも知れない。これではコニーの魅力半減。どうも他人がまねして唄ったものではなさそうであるが、どうもいかんですね。初めてコニーを聴こうとするものにとっては、魅力点をそいでしまったようなもの。

 こうゆうものも出回っているので、古き時代のベスト盤探しは慎重でなくてはならないですね。まあとにかくこんな歌を歌っていたというところまではこれで良いのでしょうが、それでも私としては彼女の魅力の歌声をしっかりと聴けるアルバムで聴いて欲しいと願うのである。
<評価> ブックレットは歌詞まで載せて良く出来ているのですが、残念ながら・・・ ★★☆☆☆

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2012年7月 8日 (日)

Connie Francis(2) コニー・フランシス を聴こう!

手持ちのアルバム評価紹介

 懐かしの1950-1960年代に回顧しているところで・・・・・この多芸・百戦錬磨のコニー・フランシスについて、もう少し書いてしまいたい。彼女のアルバムで前回取り上げたベスト盤(http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/connie-francis-.html)以外のもので、目下まだ手に入れる事の出来ると思われる私の所持品を紹介しておこう。

Connie Francis 「The Ultimate Collection」
Spectrum Music     9807582, 9807583, 9811205,    2003

Ultimatecoll

 これはCD3枚組でタイトルどおり究極のベスト・コレクション盤。早い話が、例の日本ヒットのポップスのコニーを期待してはいけない。彼女が名曲、スタンダード・ナンバーを彼女の女性ヴォーカリストとしての力を結集して歌い上げたもののコレクション盤なのである。
 そして、この曲群は1956-1970年の15年間に唄われたものの総集編。あの日本人がカバーしたようなポップ・ヒット・ナンバーは含まれていない。しかし私はお気に入りのベスト盤である。そしてなんといっても当時のものとしては不思議なくらいに音質は良いのである。そしてコニー・フランシスを知るにはこの世界を知って欲しいのである。

Ultimatecd1 <CD1>

 左の収録曲を見て頂くとわかるとおり(クリック拡大)、彼女のポップ・ヒット集ではない。しかし又それほど難しい曲が続くわけでもない。なんとオープニングは”among my souvenirs”で、彼女の得意パターンの二重録音ハモリの美しさの曲からスタートしているあたりはこのベスト盤が彼女の世界を知り尽くして作り上げたことが良くわかる。

 ”am i blue”の歌唱力の素晴らしさ・・・・、
そして”blue hawaii”、”stardust”、”malaguena”、”danny boy”、”swanee”、”over the rainbow”と名曲がどんどん登場する。
 ”danny boy”は、彼女の泣き節と歌い上げる力量に圧倒される。

 ”like someone in love”は、1964年ものだが、1961年の”how long has this been going on”などと、彼女のこうした世界も貴重な世界である。”malaguena”は1960年で、彼女が売り出して絶頂期。私はよくよく聴いた彼女のマラゲーニャだ。

Ultimatecd2 <CD2>

 ”my foolish heart”は印象深かった曲。”Ritorna a me ”のように美しく唄われるのも決して彼女の特別ものではない。”love me tender”のように、プレスリーものが結構彼女はカバーしている。
 ”vaya con dios”も私の当時の彼女のお気に入りの曲。こうゆうタイプを実は日本でも聴いて欲しいと当時思ったものだ。これは1966年もの。
 ”your cheatin' heart”、”bye bye love”は、彼女の初期の人気曲。

Ultimatecd3 <CD3>

 ”moon river”、”the look of love”、”quando quando quando”、”fly me to the moon”、”strangers in the night”、”the last waltz”等々おなじみの曲が登場。今でもこのbacharachの”the look of love ”あたりは、JAZZYな女性ヴォーカリストにとっては登竜門のような曲だし、ブラジル66がヒットさせた曲とのアレンジの違いを感じとるのも面白い。
 
 とにかく、彼女の中高音部の特徴あるヴォーカルが満載であり、考えてみると懐かしの1950-1960年代、日本が近代化に大きく変化をしてゆく時代のポピュラー・ミュージックであった。バックの演奏陣そしてオーケストラは、時代を感じざるを得ない現代の洗練されたところとは若干異なる古めかしさはあが、それでも奮闘していると言っていいのだろう。
 
 時に日本は60年安保闘争を始め大衆運動が社会を動かしていた激動の時代であったのだが、そんな時代にアメリカから入ってきたポップスに日本人の若き層は大きく影響を受けながらも、日本の将来に思いを馳せていたわけである。

 いずれにしても、この3枚組ベスト盤は、コニー・フランシスの総集編としてお勧めである。 
 <評価> 50年以上前のものを、頑張って制作された点を評価して・・・・・★★★★☆

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2012年7月 5日 (木)

回顧シリーズ(音楽編-8-)そりゃー、なんと言ったって コニー・フランシスConnie Francis

百戦錬磨の芸達者ヴォーカル

Conniefrancis1_2  とにもかくにもコニー・フランシスConnie Francisですね。ええ?何の話?って、そりゃー私の若き時代の話です。
 先日、ザ・ピーナッツの双子の歌手の姉の伊藤エミが71歳で亡くなられたということで、昔の青春時代を思い起こしていた方々が多かったんですが、私の場合は残念ながらもうちょっと古い、つまり1950年代後半が頂点でした。と、言うことで女性の歌声と言えばコニー・フランシス。まさにモノラル時代からの話になってしまう。

 彼女の歌声の私の入り口は”フーズ・ソリー・ナウwho's sorry now?”(モノラル)と”カラーに口紅lipstick on your cllar”(ステレオ)、1958年、1959年の2曲ですね。
 ほんとは当時は、もう一人デビー・レイノルズDebbie Raynoldsが良かったですね。歌は1957年の”タミーtammy”が好きでした(これはコニー・フランシスも歌っている)。それはそれとしてコニー・フランシスはとにかく何でも唄う。ロックン・ロールからの所謂ポップス、そしてラテン、シャンソン、ジャズ、民謡系とほんとに何でもコニー節になってしまう。私は当時あまりまだ無かったステレオ盤で、彼女の”ラテンを唄う”をなけなしの小遣いをはたいて買ったのを思い出す(今は残念ながら当時の盤は重なる何回かの引っ越しで私の元から無くなってしまってます。残念!)。

 とにかくR&Rの”カラーに口紅”は魅力的。ヤッヤッヤッヤ、ヤーヤのバックで始まって、彼女としてはやや低音で歌い始めて、それから軽快にしかもリズムカルに、そうでいながらややクールにと魅力たっぷりの曲。当時の曲”間抜けなキューピットstupid cupid”も同様な展開で高音部で声をひっくり返して愛嬌たっぷり。しかし、ほんとは彼女の魅力は最初のヒットである”フーズ・ソリー・ナウ?”のタイプにあるんです。特に高音部が切ない歌声に変わるところ(泣き節)が何とも魅力であった。

THE VERY BEST OF CONNIE FRANCIS
NOT NOW MUSIC    NOT2CD359 ,  2010


Theverybest

・・・・・・と言うところで、現在手に入る彼女のベスト盤の紹介だ。これはCD2枚組で全50曲が網羅されている。ところが、とにかく彼女のアルバムは50枚に及ぶと言われ、この納められた50曲もほんの一部なのである。

Bestlist1DISC1(左)は、どちらかというとヒット曲集。話題にしている1.2.6.の3曲は当然として、実は私のお勧めは3.”among my souvenirs”('59年)と、5.”my happiness”('58年)の2曲のような彼女の2重録音によるハモリ曲。これが彼女の特徴を知るに十分の曲。とくに前者はビルボード2位まで上昇した。

 そうこうしているうちに、1960年代になって、日本でも人気が上昇し特にポップな歌手として受け入れられた。
 誰でも知っている”ボーイ・ハント”、”ヴァケイション”、”可愛いベイビー”、”大人になりたい”等々、当時の日本の女性ポップ歌手は、彼女の歌をカバーして人気を勝ち取っていったのである。それは伊東ゆかり、ザ・ピーナッツ、弘田三枝子、金井克子、青山ミチ、中尾ミエ、森山加代子、後藤久美子等々これも数え切れないほどだ。

 一方、コニー・フランシスの泣き節というのも有名だった。それもそもそも最初のヒット”フーズ・ソリー・ナウ”から始まっている。
 なにせ、プレスリーの12.”heartbrak hotel ”からはじまって、13.”tennesie waltz”まで、カバー曲の出来も良くおどかされたものである。特に’50年のパティ・ペイジの”tennesie waltz”を10年後に再び泣き節でヒットさせたのも有名な話。

 このベスト・アルバムは日本のポップ・ヒットより、彼女の世界でのヒットを纏めているところが聴きどころ。従って日本だけのヒット曲”可愛いベイビー”、そしてあの”ヴァケイション”などは収まっていない。そこが又味噌のベスト盤である。それだけ当時のコニー・フランシス・ファンにはむしろ涙もののベスト盤なのである。16.”my special angel”などは私にとっては懐かしの曲。

Bestlist2_3 さてDISC2は、彼女のjazzyな歌、そしてじっくり聴いてみたいと思うバラード調の曲など、十分な選曲になっている。特に7.”half as much”は最も好んだ曲の一つ。このDISC2が彼女の多くのベスト盤の中でも歌い込みを中心とした選曲で出色のところである。

<評価>このアルバムも、当時のものをよく頑張って編集したというところを評価して・・・★★★★☆

 ところで、コニー・フランシスについてであるが、彼女は1938年アメリカ生まれのイタリア系歌手だ。本名Concetta Rosa Maria Franconeroという。父親が熱心に彼女に音楽を教育して育ったという。
 そして子役時代からテレビ番組に出ているし、映画にも出演している。根っからのタレント人生であった。

 アメリカのタレントにはよくある話であるが、彼女も4回の結婚、離婚など、又ホテルでの黒人によるレイプ事件、弟の殺害される事件など不幸も多かった。そして躁鬱病のような状態の時も経ているが、その後の立ち直りも立派で、評価は一流のタレントとして現在も活動状態にあるというところ。

 

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