ワルシャワ蜂起の悲劇とジャズ : アガ・ザリヤンAga Zaryan「UMIERA PIKĘNO」
波蘭(ポーランド)のワルシャワ蜂起を唄う
さて、再び三度、ポーランドですが、もう少し注目してみましょう。
この国においては、ようやく1989年になっての国としての自立と民主化によって、それ以来初めて芸術に真の心が表現できる時代となった。そして今や音楽の分野にても、ショパンの国としてと言うだけでなく、ロックやジャズの世界でも注目度は高い。しかしそうは言っても、それからまだ二十数年、あらゆるところに第二次世界大戦、そしてその後のソ連支配の悪夢が見え隠れする。従って民族的文化を愛する彼らの芸術は、国際的な発展を期しているところは哀しくも美しい。
ジャズ・ヴォーカリストのアザ・ザリヤン(1976年1月ワルシャワ生まれ)もその一人である。
(参照: http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/looking-walking.html )
AGA ZARYAN 「UMIERA PIĘKNO (死する美)」
Music from EMI 50999 0 94944 2 8 , 2010
このアルバムが出来上がったのは、2007年に行われた”ワルシャワ蜂起63周年記念”の式典にて、アガ・ザリヤンがあの惨劇下に当面し刻まれた詩人達の心をから生まれた詩作を唄ったことによるらしい。これ以前の2枚のアルバムで既に国民的評価を得ていた彼女であり、その”心の唄”は絶賛を浴びたようだ。
Aga Zaryan : vocals
Michał Tokaj : Piano
Michał Barański : bass
Łukasz Źyta : drums
基本的には、彼女のヴォーカルにバックはピアノ・トリオのスタイルだが、オーボエ、ハープの調べとオーケストラも加わる。全ての曲はピアニストのミハウ・トカイの手により作曲・編曲され、比較的静かにしっとりと唄われ、演奏する曲群である。このアルバムは勿論ポーランド語の詩であるが、タイトルの「UMIERA PIĘKNO」は、英語で”Beauty is Dying”と訳されている。
1944年の”ワルシャワ蜂起”こそ、ポーランドの人民のナチス・ドイツに対しての自国の精神と団結をもっての独立への戦いの姿であった。そして 悲惨な結末を迎えたときに、彼らの極限の世界における挫折感を乗り越えて人間としての真実の姿が残された。これは今日ポーランドの魂としてこの国には生きている。
収録曲は9曲。ブックレットには詩人6人の紹介が記されている(残念ながらポーランド語で判読不可)。特に1.3.4.9.の4曲は、Krystyna Krahelskaという1914年生まれで、このワルシャワ蜂起の1944年に30歳で亡くなっているいる女性の戦時下の心の詩のようだ(彼女はガールスカウト参加、戦時下で負傷者の救助活動、自ら負傷しそれが原因で死亡)。
ミハウ・トカイMichał Tokajは、悲しみと鎮魂と湧き出る民族の心を抱く曲をジャズの心で描ききった。そしてアガ・ザリヤンが哀愁の漂う落ち着いたヴォーカルを披露している。これはジャズを超えてポーランドの人々の心を捕らえ、その美しさにも絶賛が浴びせられたという。
歌詞は解らなくとも何故か聴く我々にもいつしか敬虔な姿に変えてゆく力を持っている。
これらの曲は2007年の式典において、ワルシャワ蜂起博物館で演奏され、全国に放映されている。
この感動的な曲の散りばめられたアルバムのリリースで、翌年にはアガ・ザリヤンにはポーランドレコード業界から最高の栄誉が与えられた。
(参考)~ワルシャワ蜂起1944年~
1944年8月旧ソ連軍がナチスドイツに対して攻勢に立ってワルシャワの近く10キロのところに迫ったときポーランド人がナチスドイツに対して蜂起したものである。
ナチス・ドイツ占領下のポーランドは、ナチスからの自力開放に民族としての結集を試みた。旧ソ連軍がワルシャワのビスツーラ川の対岸に迫った時、旧ソ連軍や他の連合国による支援を期待しながら、ロンドンの地下政府からの命令と、旧ソ連軍からレジスタンスへの指示で、ワルシャワの地下軍組織がナチスに対して攻撃を開始、いわゆる人民蜂起が起こった。しかし、旧ソ連軍は残酷にもそれには答えず、対岸に自軍の補給に終始し待機して動かなかった。結局ナチスに対して人民蜂起軍はほぼ独自で90日間文字通りの死闘を尽くすが10月にはほぼ全滅し、20万人が殺害されたといわれている。ワルシャワはナチスにより完全に破壊され廃墟と化した。そして、旧ソ連軍は1945年1月になって初めてワルシャワに攻め入ることになるのである。その後不幸にもポーランドは今度は実質ソ連の支配下となってしまい、自由の道は閉ざされた。
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コメント
ヨペクが1970年生まれ、ザリアンが1976年生まれですか ・・・。若い世代にポーランド魂と言えるものが受け継がれていっているのですね。日本では、ジャンルを問わず、この種のテーマのアルバムがリリースされたことは聞いたことがありませんね。反戦歌や反核はありますが ・・。
投稿: 爵士 | 2012年9月 5日 (水) 20時40分
爵士さん、コメントどうも有り難うございます。
日本のように、完全な他国の統治下になったという歴史のない国と、ポーランドのように何度かの自主独立が困難であった歴史の国との違いでしょうか?・・・
自国を愛する心とは・・・やはり歴史の産物と言えるのかも。
一方、ジャズそのものが真に日本のものになっているかというところにも描く世界が違ってくるのかも知れません。そんな意味では「HAIKU」などは、一つの挑戦とも言えないこともないと・・・・。
投稿: 風呂井戸 | 2012年9月 7日 (金) 17時17分
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
投稿: 履歴書の特技 | 2014年6月 1日 (日) 11時26分