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2014年1月28日 (火)

リッチー・バイラークRichie Beirach とのお付き合い(3) : ジャパン・ソロ・ライブの一枚

まさに奇遇のソロ演奏ライブ(城下町松代での演奏)~1994年

Richie_beirach3_2 リッチー・バイラークのピアノ演奏を評して”多彩な表情”があると言われる。その内容はソロであったり、デュオ、トリオであったりするのだが、しかもその編成も様々な楽器と対面したりする。しかしそれにも増して、極めつきはその曲の流れに多面性を発揮する。ある曲はまさにクラシックの美的世界であったり、そしてメロディックな抒情的で哀愁を漂せるものであったりするが、そうかと思えば前衛的な冒険的タッチのスリリングでありエキサイティングな面もみせる。さらに彼のピアノの音は”硬質”であるとも言われるが、それは透明感のあるタッチから来るものか私は結構好きなのである。

 さてその彼のソロ演奏は1977年の名盤「Hubris」から始まるのではと思うのだが(私はなんと20年以上後になって初めて手に入れて聴いたもの)、その魅力は又格別である。日本に於けるライブもののソロ・アルバムもあって、私の知る限りでは2枚。一枚は1981年の「Live in Tokyo」(その後の「Complete Solo Concert 1981」)で、もう一枚はここに取り上げるアルバム「LIVE IN JAPAN」である。

<Jazz> RICHIE BEIRACH 「Solo Piano Recital - LIVE IN JAPAN」
             
Label Les Jungle   JJ-0001  ,  1995
              Recorded Live at Matsushiro Bunka Hall, Nagano. Oct.31.1994

Liveinjapan_2
 さてこのアルバムは、私にとっては最も思い入れのあるそして記念的アルバムである。それはまさしく奇遇の出会いであった。つまりこのアルバムの録音された会場に実は私は居たのである。それも恥ずかしながら、リッチー・バイラークという名ジャズ・ピアニストとしての知識も無く。
 何回と来日している彼のこの時の来日演奏は、なんと山梨県の人里離れた清里(清泉寮)で行い、そして翌日はこの信州の城下町松代であったのだ。川中島合戦時の武田信玄の前線基地であった海津城が築かれ、江戸時代には真田家が治めた松代藩の城下町松代である(佐久間象山はこの地から出た)。この松代(長野市に昭和41年合併)は北西は千曲川、南は山に囲まれた地で人口2万人少々で、とくに江戸時代の文化遺産が豊富、又第二次大戦中大本営が置かれようとした地だ(現在も天皇の御座所予定の建物が残されている)。住民の文化意識が高く、そこに造られた「松代文化ホール」が会場であった。
 この会場は収容約300人の中ホールながら客席と舞台がほぼ同面積の天井の高い音響効果の良いホールとして1989年に作られたもの。この松代町は私にとっては縁のある町で、そんな関係でこのホールでのリサイタルということで、当時彼のことは知らずに私はライブに参加したわけである。

Liveinjapanlist_2 さて収録曲は左のようで、当日の彼の演奏は、ソロ・アルバムの良いとこ取りしたような内容で、多分この会場も気に入ってくれたのではと思うところ。選曲はアルバム用の録音も意識しての事だろうが。
 このホールに置かれているピアノはこの会場自慢のヘーゼンドルファーである。
 そして、まあどちらかというと見たところあまりスマートという感じで無く格好の良くないアメリカのお父さんという風情の彼の演奏を初めて聴いたのであった。
 当時は私にとっては、Bartokの”Bagalltelle #6”は静かなスタートであったが、中盤以降の前衛的ピアノプレイの盛り上がりに驚かされ、そしてその後のMompouの”Impressiones Intimas”のクラシック演奏を思わせる美しさにうっとりさせられたという状態であった。
 しかし”Elm”、”Sunday Song”の美しさと抒情性は今このアルバムを聴いても納得ものの世界。この時には多くのジャズ・ピアノ・ファンが愛していたリッチー・バイラークのオリジナル曲とも知らずに聴いていたのであったが、これは彼の充分なるサービスであったのであろう。
 実は今となってみて、当時、彼はこの小さい城下町と彼のピアニストとしての世界感とのマッチングについてどんな印象であったか聞いてみたいと思うのである。

 このアルバムは、かなり後になってその存在を知り、是非とも欲しいと持つことになったのだが、聴いていただけると解るが、適度なホール感もあって聴きやすい仕上げである。今日は思い出話というところで・・・・・。

(試聴)

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2014年1月20日 (月)

リッチー・バイラークRichie Beirach とのお付き合い : (2)彼から見た日本の姿は?

日本に縁のあるライブ盤とスタジオ盤の2枚にみるものは?~(その1)「東京点描」

Richie2 

 リッチー・バイラークの日本にゆかりのある盤を取り上げると言うことで、私が持つアルバムとなると「IMPRESSIONS OF TOKYO東京点描」(2011)、「RICHIE BEIRACH Solo Piano Recital  LIVE IN JAPAN」(1995)の2枚となる。この2枚は双方彼のピアノ・ソロであるところは共通だが、スタジオ盤とライブ盤という違いがあるが、なんとリリース年では16年の間隔がある。しかしこの2枚を比べながら聴くのもなかなかオツなもので、そんな取り上げ方をここでしてみるわけである。

 とにかく彼は来日しての演奏は二十数回に及び、・・・・・ということは彼にとって日本は少なくとも嫌なところではないであろうし、むしろお気に入りなのかも知れない。そしてこの2枚のアルバムで近作のほうで東日本大震災にまつわる作品からここに取り上げる。

<Jazz> RICHIE BEIRACH 「東京点描 IMPRESSIONS OF TOKYO~Ancient City of The Future 」
             OutNote Records   OTN009  ,  2011
      Rcording Dates : September 17 & 18, 2010
             RICHIE BEIRACH : Piano

Tokyo_2
 どちらかというと、このアルバムはなかなか単純に受け入れるには難しいアルバムである。何故かというと録音はアルバムにも記してあるとおりで、2010年の9月であり、それが何故その後(翌年)に起きた日本の大事件であることに関連づけられたタイトルの曲”Tragedy in Sendai(仙台の悲劇)”があるのだろうか?、このあたりの謎解きに関しては私は全く知識が無いので疑問符のみにしておくが、このアルバムは全曲彼のオリジナルであるから、アルバム・リリース時にどうゆう細工をしようが、それはそれ自由な話である。そしてこのジャケ・デザインも良く解らない。ただ”東京点描””未来を映す古都”という日本語文字が並んでいるが、少々不気味である。更にこの録音はCMP Studio (Zerkrall,Germany)と記してあるところから、少なくとも日本におけるものではない。

Tokyolist
 ここに納まっている全16曲は左のような内容で有り、HAIKU俳句(?)という組曲様スタイルをとり、Cherry Blossomさくら、Rock Gerden石庭、歌舞伎、座頭市-黒沢とかTakemitsu武満徹、Togashi富樫雅彦の名が出てきたり、広島・長崎、そして仙台などと日本をイメージしているタイトルで埋まっている。それなら何故「Impressions of Tokyo」なのか?、つまり”Japan”ではなく”Tokyo”なのか?、どうも良く解らない。

 そんな疑問符のところはそれまでとして、ここにみる彼のソロ・ピアノの曲はなかなか興味深い。”Cherry Blossom Time”は何か不思議な世界、幻想的とも言える世界に引っ張り込まれる。”Ancient city of the Future(未来を映す古都)”というタイトルも良いですね。しかしこれは若干難解な曲である。しかしそれに続く”Lament for Hiroshima and Nagasaki”では、哀愁のある哀悼の詩が聴く私の心に深く染みこんでくる。このあたりが彼の得意とする美学と前衛性の兼ね合いの交錯で、私なんかは参ってしまうのだ。とにかく”静”と”動”、”抒情的世界”と”現実の激しき世界”が伝わってくる。

 
 しかしこうして日本をテーマに世界に発信してくれるところは嬉しい限りではないか。と思う反面、このアルバムは私が思うにはリッチー・バイラークの芸術性そのものと思う。つまり実は描くものが日本で必ずしもなくても良いと思っている。むしろ彼の人生観の多面の凝縮の曲集といって良いようにも思うのである。それは衝撃的東日本大震災に直面した日本が、当時彼が収録した曲集と図らずも描くところに一致があったからなのかも知れない。

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2014年1月16日 (木)

リッチー・バイラークRichie Beirach とのお付き合い:(1)クラシックとジャズの世界

私にとっては奇遇のリッチー・バイラークであるのだが・・・・・・

Richie1
 今私の手元には約10枚のリッチー・バイラークのCDがあるのだが、彼の多くのリーダー作品の中に於いてみてもほんの何分の一というところ。しかしそんな彼の過去の作品を時に聴きたくなって聴くのである。そしてやっぱりそれはもう昔と言っていいECM時代のものに非常に惹かれると言うことになるのである。が・・・・・、そのECM時代の作品は実はリアル・タイムに聴いたわけでなく、私が彼に興味を持ったのは既にVenus時代になってのことであった。

 そんな中から今日ここで取り上げるのは「No Borders」というアルバム。これにはもともとクラシックのジャズ演奏に興味を持っていたがために知ることになったもの。そしてこれが私の彼の演奏を聴く初の接触と思ったのが・・・、なんと私はそれより8年も前の1994年に彼のライブ演奏の会場に実はいたのだった(このあたりのお話しはいずれに)。しかしその時の印象とはどうしてもこのアルバムは一致しなかった為、その流れに自分でも気づかずにいたという、変と言えば変な話なのである。

<Jazz> RICHIE BEIRACH TRIO 「No Borders」
              Venus Records,  TKCV-35305  ,  2002

Noborders 
  members
     Richie Beirach : piano
     George Mraz : bass
     Billy Hart : drums
     Gregor Huebner : violin

 

まあ、いずれにしても私には彼に対する一つの入り口であったのでこのアルバムは印象深いのである。
 もともとクラシックをピアノを通じて学んだ彼が(1947年生まれで6歳より・クラシック・ピアノの練習。そしてその対象は古典から現代音楽まで、広くあらゆるものに対峙したようだ)、このようにクラシック音楽を素材にしてジャズ・トリオ演奏をすることは何も不思議なことではないが、私が長く付き合ってきたジャク・ルーシェの”プレイ・バッハ”シリーズとは全くの異なる世界であり、なるほどジャズを究めようとするとこうしたアプローチの仕方があるのだと、ただ唖然としたのも事実であった。

Noborderslist_3 
 このアルバムは左のように9曲。最後の”Steel Prayers-Ballad for 9/11 WTC”のみ彼のオリジナルで、この曲はあのアメリカを襲った悲しみのテロ事件、9.11への哀悼の曲である。それ以外は見て解るように、クラシック世界の大御所を総なめしている。
 しかしこのアルバムを聴いて解るとおり、トリオ・ジャズなのだ。あのクラシックの流れの一つとして聴こうと思うと大間違い。ここまで彼のジャズの世界は妥協を許していない。そしてなんとViolinも登場させるところに彼の彼なりの曲作りがある(Debussyの曲からの”Footprints in the snow”、この曲はリッチーのジャズ心の美学が迫ってくる)。
 そしてバッハの”Siciliano”、フェデリコ・モンペウの”Impressions Intimas”と流れていくのであるが、彼のピアノは硬質とは言え、美学が心に響いてくる。

 多分、リッチー・バイラークの曲を良く聴く人には解ると思うが、彼の抒情性に惹かれると同時に、彼の世界にはジャズとしての前衛性、革新性がどこかにあって、冒頭のシューマンの”Scenes from Childhood”の後半にみせる攻撃的トリオ演奏には驚かされる。

 しかし何と言っても彼にはECM時代のアルバム「Hubris」のような特に私が溺れてしまう抒情性豊かなピアノ・ソロ・アルバムがあり、又妥協性のなさからECMのアイヒャーとのけんか別れによって抹殺されてしまい、今となっては手に入らないプレミアもののアルバム「Elm」などと話題に事欠かない。

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2014年1月11日 (土)

ダイアナ・ペイジDiana Page 「easy living」

ジャズ・ムードがいいですね・・・・・・

<Jazz>  Diana Page  「easy living」
                Pony Boy Records   177 ,  2013

Easy_living

DIANA PAGE (VOCALS)
JOHN HANSEN (PIANO)
JON HAMAR (BASS)
MATT PAGE (DRUMS)
CHRIS SPENCER (GUITAR)
ALEXEY NIKOLARV (TENOR SAX)

 シアトルで活躍中のジャズ・シンガーのデビュー・アルバム。
 

 宣伝文句はこんなところ・・・・・
   伸びやかな歌声が清々しいシアトルの女性ジャズボーカリスト、DIANA PAGEの1ST アルバム。サラ・ガザレク、ダイアナ・クラール、ブロッサム・ディアリー、アニタ・オデイを彷彿とする歌声で王道のジャズスタンダードを歌う気持ちよい作品です。しっとり歌うEASY LIVING、流れるようにスイングするCHEEK TO CHEEK等収録。
 ・・・・・と、言うところで聴いてみた。

tracklist

1. It Could Happen To You
2. Cheek To Cheek
3. Easy Living
4. But Not For Me
5. Early Autumn
6. East Of The Sun
7. Ain’t Misbehavin’
8. Long Ago And Far Away
9. Say It
10. Exactly Like You
11. Just In Time


Dianapage1  どうもブロッサム・ディアリーやアニタ・オデイに影響されたという話もあって、その声質はやさしくそしてエレガントというところか。
 御馴染みのスタンダード・ナンバーを歌い上げるが、意外にピアノ・トリオを中心としたバックのジャズ・ムードが良いですね。曲によりサックスとギターが参加するが、しっかり彼女のヴォーカルを生かしつつ、気持ちの良い演奏をしてくれる。
 よくみるとドラマーのグレッグ・ウイリアムソンのカルテット・メンバーが揃ってますね。ピアノのジョン・ハンセンは内面的繊細さというところがありそうだし、ジョン・ヘイマーはソロ・アルバムの「Basso Profumo」をリリースしている。

  聴き終わると何かややしっとりとしたスマートさがある感じの嫌みの無い女性ヴォーカル作品。聴きようによってはバックの演奏によってジャズ世界が構築されている感じで、これはこれ納得モノだ。

 いずれにせよデビュー・アルバムである。彼女自身の情報も少ないが、それなりに実績を積んできたという感じも見られるし、これからの発展に取り敢えず期待しましょう。

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2014年1月 7日 (火)

アンヌ・デュクロ Anne Ducros 「Either Way from Marilyn to Ella」

安心して聴けるベテランの味に満ちている・・・・・

 昨年も結構実りのあった女性ヴォーカル・シリーズですが、今年も美女狩り得意の我が友人の力を借りつつなんとか続けて行きたいと思っています。まあ私が取り上げるからには少なからずも気に入ったところがあると見て下さい。そんなところでまずは意外に日本ではそれ程大きくは取り上げられてこなかったベテラン・ジャズ・シンガーを。

<Jazz> ANNE DUCROS 「Either Way from Marilyn to Ella」
              Naive Records   NJ623611  ,  2013

Eiterwayb

Anne Ducros(vo)
Benoit de Mesmay(p,background-vo)
Maxime Blesin(g,per,background-vo)
Gilles Nicolas(b,elb)
Bruno Castelucci(ds)

Guests:
Mamani Keita(vo on 6)
Emmanuel Bex(org,vo,vocoder on 13)
Renato Martins(per on 2,12,14)
Antoine Pierre(ds on 6,15)
Olivier Louvel(g on 10)
Anna Paula Fernandes(background-vo on 12)
Afy Lomama(background-vo on 12)
Olivier Temime(ts on 6)
New Art Strings Orchestra conducted by Alessandro Castelli(on 1,8,9,11)

Anne_ducros フランスの実力派女性ジャズ・シンガー~アンヌ・デュクロAnne Ducrosの2013年秋リリースの最新アルバム(7作目)。

 彼女は、1959年フランス北部の町、ブーローニュ・スール・メールの生まれというから、歳は数えてみれば解る(笑)ベテラン。十代から音楽学校で、オペラとかバロック音楽を学んでいたようだ。なんと27歳になってからジャズの演奏に魅せられ、リール大学で法律の勉強をしていたが、あの米国ジャズ・シンガーのエラ・フィッツジェラルド(1917.4.25-1996.6.15)を研究してジャズ・ヴォーカルを演ずるようになる。1987年、ウィーン国際ジャズ・コンクールで第一位を獲得、遅咲きの典型で30歳過ぎの1989年に初のアルバム「Don't You Take a Chance」を発表という経歴の持ち主。

1. You'd Be Surprised
2. My Heart Belongs To Daddy
3. Summertime
4. Spring Can Realy Hang You Up The Most
5. Either Way
6. But Not For Me
7. You'd Be So Nice To Come Home To
8. A Fine Romance
9. Thou Swell
10. I Wanna Be Loved By You
11. I'm Through With Love
12. Diamonds Are The Girl's Best Friend
13. Laura
14. Dindi
15. It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing)

 収録曲は以上15曲。とにかく彼女はエラ・フィッツジェラルドの信奉者なんでしょうね、このアルバムはタイトルからしても、あのマリリン・モンローも一目置いたエラへのトリビュートということか(もちろんマリリンにも)、そんなアルバムと言えそうなもの。
 とにかく彼女のこのアルバムにおけるヴォーカルはまさにオーソドックスで下手な小技はない。しかし収録の曲のタイプを十分研究しつくしてのことか、非常にアレンジに凝っていて、それによってみせるその歌い回しと技巧に加えて、エモーショナルな味付けは、やはりベテランの成せる技と言える。そしてスタンダード曲といえども彼女の唄だというところをみせつける。そんなところはお見事と言わざるを得ない。かなり低音には自信があるのだろう、高音を結構きかせながら次第に低音になるに従いスケールが広がってくる。
 しかし、このアルバムは特にバックに数曲はストリングスが入るが、主としてカルテット・パターンでビック・バンドでない分、彼女のジャズ・ヴォーカルの味を十分楽しめる。
 いずれにしても、女性ジャズ・ヴォーカルものを愛する人には一度は聴いてもらいたい充実感のある彼女のスケールを感ずる歌声である。

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2014年1月 3日 (金)

謹賀新年  ショスタコーヴィチ交響曲第11番<1905年>

2014年は・・・・明けましてお目出度うございます
                     と、言っていられるのだろうか?

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                         (アルヴァレスの騎馬像 ~ Batalha / Portugal     2013.11)

~今年の元旦に聴いた曲~

 今年の元旦は、なんとなく襟を正した一日であった。そして先ずは聴いた曲はショスタコーヴィチ。まさにこれは”警鐘の曲”~考えてみれば久しぶりに聴くショスタコーヴィチの第11番<1905年>」 。私は今年こそは今までと違った警鐘を鳴らす年と思っているから・・・・・・。

 この曲は、あの1905年のペテルブルグに起きたロシア革命の発端となった「血の日曜日」を描いた交響曲として旧ソ連において1957年初演。ショスタコーヴィチの交響曲の中では、この前の第10番に比べると極めて解りやすく描写的表現も取り入れられていて私は長く親しんできた。しかし昨年はおそらく一度も聴かなかったのではと?、ふと思いつつ・・・・・・このところの日本や近隣諸国の流れの中に於いて新年のスタートにはふさわしい曲として聴くことになった。
 ロシアにおける悲劇のこの「血の日曜日」は、大いに日本と関係している。それは日露戦争のまっただ中で起きた事件であった。純朴な労働者達の20万人を超す誓願行進に軍隊の発砲が有り3000人以上の死傷者が出た事件である。

<classic> ショスタコーヴィチDmitry SHOSTAKOVICH
        
「交響曲 第11番作品103<1905年>」
          ELIAHU INBAL  WIENER SYMPHONIKER
             COLUMBIA  coco-70826
 

Sym111905

 (この交響曲の背景に迫る)
 大日本帝国とロシア帝国との日露戦争(1904.2~1905.9)はロシアにとっては国内的にも打撃は大きかった。日本軍に対する相次ぐ敗北とそれを含めた帝政に対する民衆の不満が増大、戦争状態は労働者への重圧を生み、インフレ状態の経済も停滞の一途をたどっていた。1905年1月9日日曜日にペテルブルグにおいて指導者には諸々の思惑があったとはいえ、ストライキを始め、20万人の皇宮に対して誓願行進が行われた。請願の内容は、労働者の法的保護、当時日本に対し完全に劣勢となっていた日露戦争の中止、憲法の制定、基本的人権の確立などで、戦争下の貧困の生活苦に更に搾取に苦しんでいた当時のロシア民衆の素朴な要求を訴えたものだった。
 当時のロシア民衆は、皇帝崇拝の観念をもっていて、皇帝の権力は王権神授であり又キリスト教(正教会)の守護者である信じていた。このため民衆は皇帝ニコライ2世への直訴によって何らかの改革が成されると信じていた。しかしこの大衆行動に対しての軍隊の発砲による血の海になったこの事件(血の日曜日)の結果、皇帝崇拝の幻想は打ち砕かれ、後にロシア第一革命と呼ばれた全国規模の反政府運動の引き金となったのだ。

No11xx こんな状況を描いたと言われるこの交響曲、レーニン賞を受賞することになるが、果たしてショスタコーヴィチは単純に”ロシア革命礼賛”に終始したのであろうか?、彼のそこに到る多くの作品をみるに決してそれだけに終わっていないとみるのが正しいと思う。かって真偽において問題となったソロモン・ヴォルコフ編「ショスタコーヴィッチの証言」(参照http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-b181.html)を見るにつけても、彼の人間的苦悩の表現との兼ね合い、スターリン批判と革命の犠牲となった同時代の人への鎮魂、そして人間論とともに常に社会の不安を感じている表現に注目すべきだ。

Dmitri1 彼の描くこの交響曲第11番の主題は第Ⅳ楽章にあるとみるべきだろう。これには多くの評論家もその点を指摘している。体制が如何に変わろうとも社会は動乱をはらんでいる。そしてそれへの”警鐘”であるとみるのは大きく外れた見解では無いと思う。時にこの交響曲完成の一年前1956年には、ソビエト軍によるハンガリーの自由化運動の鎮圧事件(ハンガリー動乱)が起きている。これにはロシア帝国専制国家の”血の日曜日”と現革命政府の流血鎮圧”ハンガリー動乱”行為の双方の「類似性」が彼の眼には写っていたに相違ない。常に帝国主義、革命政府と形態が変わろうとも専制政治や迫害といった”悪”は、彼の貫くテーマになっており、それは時代を超えて普遍的であることを知るべきだ(ローレル・E・ファーイ著「ショスタコーヴィチ~ある生涯」 (参考)http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-b798.html)。そこに彼の作品の価値を知らねばならないのだろう。

 しかし、この交響曲の第Ⅰ楽章にみる凍てついた真冬の光景を描く導入部は素晴らしい。そして第Ⅱ楽章の惨劇の描写、第Ⅲ楽章の革命歌と葬送行進曲など、非常に解りやすく密度の高い曲が襲ってくる。

 新年早々今年はショスタコーヴィチで過ごしている私である。

 
(参考)  「日露戦争」
 この日露戦争は、19世紀末。日清戦争の結果、「眠れる獅子」と呼ばれた清帝国が実際には既にその力を持っていない事を知った列強は、帝国主義の原則に則って清を分割統治しようとした。これに対しての義和団の乱が発生、各国は対抗して清帝国領域内に派兵を行った。これには8ヶ国が関係し、日本もそのうちの1国であった。中でもロシアは満州に大軍を送り込み、乱の終了後もそのまま駐留する構えを見せた。撤兵を行わないロシアに対し、日本は異議交渉を進めたが、ロシア側は満州支配のみならず朝鮮半島北部へも進出を企てた。これは日本にとっても脅威で有り明治政府首脳は、開戦の決断に追いやられた。これはロシアとはげしく対立していた大英帝国と日本の同盟関係が出来上がっていた事も大きく影響した。
 
 
 しかし圧倒的優勢とみられたロシアのバルチック艦隊が日本海海戦において日本の連合艦隊により壊滅的敗退となった事は、ロシア帝国にとっては、ユーラシア大陸に於けるトルコ支配の試みにマイナスとなり、支配下にしたポーランド、フィンランドに反抗の勢いを生ませた結果にもなった。

(参考) http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/11-8bab.html

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