映画 時代劇回顧シリーズ(6) 市川雷蔵「眠狂四郎 女妖剣」 -私の映画史(20)-
1960年代の多様な映像時代、遂にエロティシズムeroticismの登場
映画の下降線、そして更に時代劇の下降線に入った60年代。又社会も多様化して、映画に求めるモノも多様化した。
時代劇の東映は、その線を繋ぎながらも人気の出てきた”任侠路線”に次第にシフトしてゆく。
そんな中で華の50年代のスター中村錦之助は「関の彌太っぺ」「沓掛時次郎 遊侠一匹」と時代劇任侠路線と「反逆児」のような戦国武将ものを、三船敏郎は「椿三十郎」、「侍」など浪人モノなどで、まだまだそれなりの興行成績を上げていた。しかしここに剣術とエロティシズムとの新路線として市川雷蔵の「眠狂四郎シリーズ」、又勝新太郎のかっては考えられなかった兇状持ちで盲目の侠客という「座頭市シリーズ」が成功する。
大映映画 市川雷蔵「眠狂四郎 女妖剣」 (1964年公開)
監督:池広一夫、脚本:星川清司、音楽:斎藤一郎
出演:市川雷蔵、藤村志保、久保菜穂子、城健三朗、春川ますみ、根岸明美
「眠狂四郎」というのは、虚無主義なる浪人モノの世界を描くを得意とした柴田錬三郎の昭和31年5月から「週刊新潮」に連載された「眠狂四郎無頼控」(読切連作の形で書きつがれた狂四郎シリーズは、以後約二十年にわたって続いたから人気の度合いも解るところ)からのもの。
映画化された中でも人気は1963年から1969年までの市川雷蔵で描いた大映映画12作。市川雷蔵の当たり役となった。
実は1950年代にも東宝であの鶴田浩二で3作の「眠狂四郎」(1956-1958年)があるがあまり話題にならなかったモノ。
又市川雷蔵の後に松方弘樹で続けたが当たらず(1969年2作)というところだった。雷蔵と松方ではちょっとイメージが違いすぎたのだろう。
この市川雷蔵の眠狂四郎シリーズと言えども、第一作(1963年)は興行成績は不振。二作目は良く出来ていた割には、やはり売れず。三作目はボチボチであったが、しかしこの四作目からのエロティシズムの濃厚登場で人気沸騰。
この4作目「眠狂四郎 女妖剣」では、久保菜穂子、春川ますみ、根岸明美ほか、藤村志保までもエロティシズムの役柄を披露しているし、物語としては、眠狂四郎の生まれの秘密に迫り、転びバテレンと武士の娘との間に生まれた宿命を教える。
虚無の剣士の生き様を通して、暦年の時代劇の正義の剣の姿ではなく、武士の魂をも描くのでは無い。眠狂四郎は女性に対しては犯すこともあれば、凶器としての剣によって斬ることも容赦しない。そして虚無の意識と孤独感を更に深めて行く。こんな姿は60年代の日本の裏も表もある高度成長社会には見事に受け入れられたのだった。
凶器の剣の円月殺法は相手を惑わす剣法で、その姿は見るものにとっては美しい。この4作目から狂四郎の円月殺法のシーンで初めてストロボ撮影が用いられ、剣の流れを見事に描写した。この手法はこれ以降の作品で使われるようになった。
狂四郎の素性の説明があったこと、この後続くエロティシズムのスタートであったこと、そして円月殺法の描写が確立したこと、そして何よりもヒットしたことなどから、この作品が市川雷蔵の眠狂四郎のスタートとも言える作品であった。
柴田錬三郎に言わせると”剣豪としての姿で無く、現代にある罪悪を背負った狂四郎という主人公が、ある意味では人としての感覚を抑えざるを得ない状況の中で、内面的には苦しみながらニヒルに生きていく姿を描いた”と言うことであったのだろう。
つまり時代劇というものを背景にしてはいるが、最も社会の歪みが顕著になりつつある当時の60年安保闘争以降の日本社会の中で、現実的にはあり得ない人間像に思いを馳せた。こんな近代的な感覚を盛り込んだところに多くの関心と支持を得た作品になった。
(市川雷蔵の「眠狂四郎」全作品)
- 眠狂四郎殺法帖(1963年11月2日公開)
監督:田中徳三、脚本:星川清司、音楽:小杉太一郎
共演:中村玉緒、城健三朗、小林勝彦、真城千都世 - 眠狂四郎勝負(1964年1月9日公開)
監督:三隅研次、脚本:星川清司、音楽:斎藤一郎
共演:藤村志保、高田美和、久保菜穂子、加藤嘉、須賀不二男 - 眠狂四郎円月斬り(1964年5月23日公開)
監督:安田公義、脚本:星川清司、音楽:斎藤一郎
共演:浜田ゆう子、丸井太郎、成田純一郎、毛利郁子 - 眠狂四郎女妖剣(1964年10月17日公開)
監督:池広一夫、脚本:星川清司、音楽:斎藤一郎
共演:藤村志保、久保菜穂子、城健三朗、春川ますみ、根岸明美 - 眠狂四郎炎情剣(1965年1月13日公開)
監督:三隅研次、脚本:星川清司、音楽:斎藤一郎
出演:中村玉緒、姿美千子、島田竜三、西村晃、中原早苗 - 眠狂四郎魔性剣(1965年5月1日公開)
監督:安田公義、脚本:星川清司、音楽:斎藤一郎
出演:嵯峨三智子、長谷川待子、須賀不二男、明星雅子、稲葉義男 - 眠狂四郎多情剣(1966年3月12日公開)
監督:井上昭、脚本:星川清司、音楽:伊福部昭
出演:水谷良重、中谷一郎、五味龍太郎、毛利郁子 - 眠狂四郎無頼剣(1966年11月9日公開)
監督:三隅研次、脚本:伊藤大輔、音楽:伊福部昭
出演:天知茂、藤村志保、工藤堅太郎、島田竜三、遠藤辰雄 - 眠狂四郎無頼控 魔性の肌(1967年7月15日公開)
監督:池広一夫、脚本:高岩肇、音楽:渡辺岳夫
出演:鰐淵晴子、成田三樹夫、久保菜穂子、金子信雄、遠藤辰雄 - 眠狂四郎女地獄(1968年1月13日公開)
監督:田中徳三、脚本:高岩肇、音楽:渡辺岳夫
出演:高田美和、田村高廣、水谷良重、小沢栄太郎、伊藤雄之助 - 眠狂四郎人肌蜘蛛(1968年5月1日公開)
監督:安田公義、脚本:星川清司、音楽:渡辺宙明
出演:緑魔子、三条魔子、川津祐介、渡辺文雄、寺田農 - 眠狂四郎悪女狩り(1969年1月11日公開)
監督:池広一夫、脚本:高岩肇、宮川一郎、音楽:渡辺岳夫
出演:藤村志保、江原真二郎、久保菜穂子、松尾嘉代、小池朝雄
(参考映像) 「眠狂四郎」
| 固定リンク
« デニース・ドナテッリDenise Donatelli のニュー・アルバム「Find a Heart」 | トップページ | ゴンザロ・ルバルカバGonzalo Rubalcaba のピアノ・ソロ・ライブ・アルバム「Faith」 »
「映画・テレビ」カテゴリの記事
- ティグラン・ハマシアンTigran Hamasyan 「They say Nothing Stays the Same(ある船頭の話)」(2020.04.24)
- ピンク・フロイド PINK FLOYD アルバム「ZABRISKIE POINT」の復活(2020.06.01)
- ロジャー・ウォーターズRoger Waters 「US+THEM」Film 公開(2019.09.30)
- 抵抗の巨匠・アンジェイ・ワイダの遺作映画「残像」(2018.03.05)
「趣味」カテゴリの記事
- 「ジャズ批評」誌=ジャズオーディオ・ディスク大賞2021 (追加考察) セルジュ・ディラート Serge Delaite Trio 「A PAZ」(2022.03.19)
- MQAハイレゾで蘇る・・(1) シェルビィ・リンShelby Lynne 「Just A Little Lovin'」(2021.09.18)
- ハイレゾHi-Res音楽鑑賞「MQA-CD」 = そして スーザン・ウォンSusan Wongの3アルバム(2021.08.13)
- 2020-2021 冬の想い出 (3)(2021.04.24)
- 2020-2021年 冬の想い出 (2)(2021.03.25)
「雑談」カテゴリの記事
- 「ジャズ批評」誌=ジャズオーディオ・ディスク大賞2021 (追加考察) セルジュ・ディラート Serge Delaite Trio 「A PAZ」(2022.03.19)
- MQAハイレゾで蘇る・・(1) シェルビィ・リンShelby Lynne 「Just A Little Lovin'」(2021.09.18)
- Sony のやる気は半端でなかった-「Sony α1」の登場(2021.02.03)
- 2021年の幕開け -「原子心母」「原子心母の危機」(2021.01.02)
- セルゲイ・グリシュークSergey Grischukのミュージック(2020.04.28)
「私の映画史」カテゴリの記事
- 私の映画史(25) 感動作ジョン・フォード作品「捜索者」(2016.06.15)
- 私の映画史(24) マカロニ・ウエスタンの懐かしの傑作「怒りの荒野 I GIORNI DELL'IRA」(2016.06.05)
- 懐かしの西部劇と音楽=モリコーネEnnio Morriconeとマカロニ・ウェスタン -私の映画史(23)-(2016.03.25)
- 「月の裏側の世界」の話 :・・・・・・・・映画「オズの魔法使」とピンク・フロイド「狂気」の共時性(2016.01.07)
「時代劇映画」カテゴリの記事
- 映画 時代劇回顧シリーズ (7) 勝新太郎「座頭市物語」 -私の映画史(21)-(2015.11.22)
- 映画 時代劇回顧シリーズ(6) 市川雷蔵「眠狂四郎 女妖剣」 -私の映画史(20)-(2015.11.07)
- 映画 時代劇回顧シリーズ(5) 中村錦之助「宮本武蔵」5作品 -私の映画史(19)-(2015.10.31)
- 映画 時代劇回顧シリーズ(4) 三船敏郎「用心棒」 -私の映画史(18)-(2015.10.24)
- 映画 時代劇回顧シリーズ(3) 勝新太郎「不知火検校」 / 60年安保闘争 -私の映画史(17)-(2015.10.17)
コメント
風呂井戸さん,おはようございます。TBありがとうございました。
私が今回見たのは「無頼剣」でしたが,エロ度が低いのは伊藤大輔脚本のせいもあるでしょうが,それはそれで新鮮でした。私も何だかんだと言って,このシリーズは相当好きですねぇ。
Amazon Primeビデオでほかの作品も見たいと思います(笑)。ということで,こちらからもTBさせて頂きます。
投稿: 中年音楽狂 | 2015年11月 8日 (日) 10時27分
中年音楽狂さんは「眠狂四郎」の世界にはまっていたんですね。
柴田錬三郎の虚無主義の剣士は、その他いろいろと描かれましたが、眠狂四郎が冴えたるモノでした。これが支持されたのは、60年安保闘争以後の日本社会に於ける価値観の混乱が反映したものとも思われますし、市川雷蔵の醸し出すところがよくそれにマッチしたと思われます。鶴田浩二ではちょっと違うし、東映から引っ張り出した松方弘樹では更に世界は異なっていたと言うところでしょう。当時あまり意識はしなかったのですが、やっぱり眠狂四郎は市川雷蔵で良かったのだと今になって思います。
投稿: 風呂井戸 | 2015年11月 8日 (日) 16時52分