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2020年10月 5日 (月)

ロジャー・ウォーターズ Roger Waters 映像盤「US + THEM」

幼い少女の死を描きつつ・・訴えるロジャーの世界が展開

<Progressive Rock>

[Blu-Ray DISC] Roger Waters 「US + THEM」
A FILM BY SEAN EVANS and ROGER WATERS

Sony Musuc / JPN / SIXP 40 / 2020

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 "Creative Genius of Pink Floyd(ピンク・フロイドの創造的鬼才)"と言われるロジャー・ウォーターズのまさしく史上最高のツアーの一つと評価された『US+THEM』ライブ映像版である。かねてから、世界各所限定劇場公開などで話題になった映像のBlu-Rayのサラウンド・サウンド集録盤だ。このツアーは全世界で230万人を動員したと言われるが、その2018年6月アムステルダム公演の収録である。

(Tracklist)

006 1.Intro
2.Speak To Me
3.Breathe
4.One of These Days
5.Time
6.Breathe (Reprise)
7.The Great Gig in the Sky
8.Welcome to the Machine
9.Deja Vu
10.The Last Refugee
11.Picture That
12.Wish You Were Here
13.The Happiest Days of Our Lives
14.Another Brick in the Wall Part 2
15.Another Brick in the Wall Part 3
16.Dogs
17.Pigs (Three Different Ones)
18.Money
19.Us & Them
20.Brain Damage
21.Eclipse
22.The Last Refugee (Reprise)
23.Deja Vu (Reprise)

ボーナス映像:
"FLEETING GLIMPSE" Documentary
"COMFORTABLY NUMB" (Live Performance)
"SMELL THE ROSES" (Live Performance)

収録2時間27分

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 ここでは何度か既に取上げてきたライブだが、2017年から世界各国1年半に及ぶ『死滅遊戯』以来25年ぶりの新作『イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?』に伴うワールドツアーであったが、『狂気』『炎』『アニマルズ』『ザ・ウォール』等からのピンク・フロイド時代の名曲というか、彼が当時情熱を込めたメッセージが今にしても通用するところに焦点を当て、例の如く光の洪水、最新テクノロジーによる最新鋭の巨大LEDスクリーンに映し出される"幼き女の子の死においやられる世界"、そして人権、自由、愛を訴える映像とともに、最高のサウンドと一般のコンサートとは異なる劇場的な演出で甦みがえらせる。最後は突然スクリーンとは別に、観客の上部にアルバム『狂気』のジャケット・アートそのものの7色のレーザー光線が作り上げるピラミッドの美しいトライアングルが浮かび上がって、観衆を驚かせる。

一方この数年来のトランプ政治にみる情勢に痛烈なネガティブ・メッセージを、彼の世界観から訴えた。

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 このライブは、2017年5月26日米カンザスシティよりスタート、2018年12月まで約1年半に渡って行われたワールド・ツアー。北米、オーストラリア、ニュージーランド、欧州、ロシア、南米、中南米と(残念ながら日本公演なし)廻り全156回、230万人の動員を記録。このツアー・タイトルはピンク・フロイドが1973年に発表したアルバム『狂気(The Dark Side of the Moon)』の収録曲の"Us and Them"から来ているが、基本的に当時と変わらぬ"我々と彼ら"という分断に批判を呈して、我々も彼らも一緒でなければならないという訴えであり、そこにトランプ政策への戦いを宣言して、それで"Us +(プラス) Them"としての世界を訴えたのだ。又ここ何年間の彼のテーマである中東パレスチナ問題にも焦点を当てている。

 もともと彼の持つ疎外感に加え、人間社会に見る苦難・破壊・滅亡について彼が何十年も前から訴え続けている厳しい警告をも織り込んでいるところが恐ろしい。

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 さらに加えて、宗教、戦争、政治が引き起こす現在進行形のさまざまな問題への異議を唱えるメッセージが次々に映し出されていく。そこには特にここ何年と訴えてきたパレスチナ問題を中心に、中東で今起きている諸問題にも警告を発する。

 ロジャーが提示しているのは、社会悪の"戦争"というものである。今知るべきは、中東で難民化しているパレスチナ、シリア等の人民の姿だ。母国の独裁から逃れるべく幼い娘との逃避行で海辺へと向かうが、その最愛の幼き娘を逃避行の失敗により失ってしまう。自分は難民の生活の中からフラメンコの踊り子として生きているのだが・・・幸せは無い。こんな悲惨な一般市民の人々を生み出してゆく戦争の無残さ、悲劇をこのライブ全体を通して一つのテーマとして描いているのも、戦争で父親を幼きときに失ったロジャーの一貫した反戦思想の姿である。
 このことは、彼の近作からの曲"The Last Refugee"にみるスクリーンの映像に描かれる。そこにはAzzurra Caccetta(上)の見事な踊りと演技が会場に涙と共に訴える。

 とにかくライブ会場のトリックも見応え十分だ。曲"Dogs"では、想像もつかないアリーナのど真ん中を分断する壁を出現させ、かってピンク・フロイド時代にヒプノシスと決別して彼自身がデザインした『アニマルズ』のジャケットにみたバタシー・パワー・ステーション(発電所)が出現する。テーマは、アメリカ大統領への痛烈なメッセージである。なんとトランプを豚にたとえ「Fuck The Pigs」(ブタども、くそ食らえ)の看板も掲げる。曲"Pigs(Three Differrent Ones)"では、"トランプ大統領"を批判しこき下ろす映像に加えて"空飛ぶ豚"が会場中を旋回する。
  あの物議をかもした1977年という45年も前の問題作『アニマルズ』が、今にして生きていることに驚くのである。

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 ここまで演ずるものは、あらゆるロック・ショーではとても見られない「ロジャー・ウォーターズ独特の世界」であり、その迫ってくる会場においては飽きるところを知らないのである。

  このライブ映像は編集された作品として、2019年10~11月にかけて世界各所で映画上映として公開された。今回発売されるBlu-ray・DVDには、映画版には収録されていなかった曲の"コンフォタブリー・ナム", "スメル・ザ・ローゼス"のライヴ映像2曲、そして、ツアーの舞台裏を公開するドキュメンタリー・フィルム『ア・フリーティング・グリンプス』がボーナス映像として収録されているのも嬉しい。

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 ライブ・バンド・メンバーは10名編成バンドで、重要なギターはお馴染みのデイブ・キルミンスター(上左)に加えて人気のジョナサン・ウィルソン(上中央)のツイン構成。そしてジョン・カーリン(上右)がキー・ボードを中心にマルチなプレイヤーぶりを発揮。また、女性ヴォール陣はLUCIUSの二人、又サックスは長い付き合いになっているイアン・リッチー。2年間通して同じメンバーでやりきった団結力も見事であった。

 このライヴに見るものは、ロジャー・ウォーターズがミュージシャンであると同時に総合エンターテイナーであり、ミュージックを単なるミュージックに終わらせない政治的批判発言者であり闘争者でもある事実だ。しかし究極的にはUSとTHEMの「団結と愛」を訴えるところに悲壮感も見え隠れする。
 

(参考視聴)

 

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コメント

ホント、相変わらず重みのあるライブに痛く感動しました。75歳でこれ?と。何だこのバタシー発電所の風景は?どうやってるんだ?などアーティストや先端技術を試せる場でもあるのでしょうが、それでも度肝を抜かれますね。素晴らしいレビューも楽しませてもらいました。

投稿: フレ | 2020年10月 6日 (火) 19時25分

フレさん
コメントどうも有り難う御座います。
ロジャー・ウォーターズのライブは、ちょっと考えも着かない事で迫ってくるこの劇場型のパフォーマンスも見所ですね。
当時、多くの批判のあったピンク・フロイドのパンク・ムープメントに対する一つの回答としてのアルバム『アニマルズ』を、今にして、これでもかと"Dogs","Bigs"を徹底的に再現する彼の根性に参ります。
ロック・ムーブメントの他に無い一つの形を作り上げたロジャー・ウォーターズに敬意を表しています。
そうそうフレさんのブログも楽しく拝見しました。

投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2020年10月 7日 (水) 10時12分

2人とも別々にPink Floyd全盛期の曲をやるくらいなら、再結成して一緒にやったら?って思いませんか?
もう一人は全盛期直前の時代をふりかえるし、まったくもう。

投稿: MRCP | 2020年10月 9日 (金) 11時23分

MRCPさん
コメントどうも有り難う御座います
それが難しいんですね。
一方は「お祭り騒ぎ」で、一方は「総決起集会」ですから、意味が違うんですね。
そして、もう1人は、ちょっとあのあたりしか存在感がないので・・・
再結成、それは絶対に無いですね。とくにギルモア側で利益をむさぼっている取り巻きが許しません。

投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2020年10月 9日 (金) 17時57分

Nick Mason/ Saucerful of Secrets
突然メイスンのライブが動画サイトに上がっていて、タダ見してきました。太陽讃歌や神秘といったメイスンの十八番に加え、ウォータースやギルモアはともかく、トリビュートバンドですら取り上げないような悪魔の懐メロ大会で、自分が中高生だった頃の、変な音鳴らす変なバンドというフロイドのイメージが蘇りました。光を求めてや原子心母までやるのかと、年甲斐もなく興奮してしまいました。フィアレスや追想はブートにも入ってなかったんじゃないでしょうか。51号のユージンがないのと、演奏、特にボーカルが破綻していて、別の曲に聴こえるのも多々あるのが惜しまれます。ナイルの歌は結構良かったです。かなり精神的補正が入っているには否定出来ません。いっその事、神秘の完全再現とかやってくれたら、でもそれでは客呼べないですね。

投稿: nr | 2020年12月13日 (日) 23時31分

nrさん
お久しぶりです、今年も最後になって・・・こちらに顔を出して頂いて有り難う御座います。
Nick Masonは、初期フロイドにご執心のようで、年寄り向きに感慨深いですね。
Rogerは、自己の主張に中心が入りますので、やっぱり采配と自己の主義がアルバムに色づけられた「狂気」以降で聴かせますね、私から見ると、ほんとはRogerは、一生懸命フロイドを構築した「モア」「ウマグマ」「原子心母」のころに多くいい曲造っているので、そのあたりの再現もいいと思うのですが・・。
しかし、フロイドは今でも世界に通じてしまうのが・・凄い。

投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2020年12月14日 (月) 21時41分

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