Ayumi Tanaka Trio 「Subaqueous Silence」
沈黙と静寂と音の響きと・・・そして緊張感ある世界が
ジャズとしての評価を問う
<Jazz>
Ayumi Tanaka Trio 「Subaqueous Silence」
ECM Records / JARM / ECM 2675 / 2021
AYUMI TANAKA 田中 鮎美(PIANO)
CHRISTIAN MEAAS SVENDSEN クリスティアン・メオス・スヴェンセン(BASS)
PER ODDVER JOHANSEN ペール・オッドヴァール・ヨハンセン(DRUMES)
Recorded June 2019 Nasjonal Jazzscene Victoria,Oslo
Engineers : Daniel Wold
Ingar Hunskaar (mix)
Liner photos: Pernille Sandberg
Cover photo : Thomas Wunsch
Design : Sascha Kleis
Mastering : Stefano Amerio
Album produced by Manfred Eicher
このところジャズを愛するブロガーの多くが取上げているこのピアニスト・コンポーザー田中鮎美がリーダーのピアノ・トリオ作だが、なかなか現代ジャズ界が向かっている分野でも、ちょっと特異的世界で、「静寂と一音の持つ力」といった世界にあって、なかなか評価が難しい。もう少し聴き込んでと思って温存していたが、その引きつける力の強いアルバムで・・・と、言うことはある意味では高評価と言うことだ。
ECMのManfred Eicherによるプロデュースとして聴いてみると、うーんここまでやるかというところにもあるが、このタイプはやはり嫌いでは無い私にとっても、購入して良かったと思う作品でもある。
しかし、多くの人が聴いて「こうした作品には賛否両論があろう」と、評していると言うことは、やはりどこか引っかかるところもあるのかも知れない。そうで無ければお気に入りであったら絶賛しておけばよいものを、一言付け加えるという処は何かを感じていると言うことだ。そんな意味でも面白いとも言える問題作でもある。
田中鮎美は北欧ジャズに魅力を感じ、もう十年前の2011年にオスロに渡り、ノルウェー国立音楽院のジャズ・即興音楽科に入学し故ミシャ・アルペリンに師事する中、2013年に若手ベーシスト、クリスティアン・ メオス・ スヴェンセンと、過去6回ノルウェーのグラミー賞受賞経験を持つドラマー、ペール ・オッドヴァール ・ヨハンセンに出会い、田中鮎美トリオを結成している。そして2016年にアルバム『Memento』でデビュー、日本ツアーも行った、本作はそれ以来5年ぶりとなるセカンド・アルバム。
(Tracklist)
1 夢の跡 / Ruins (Tanaka)
2 黒い雨 / Black Rain (Tanaka)
3 夢の跡 II / Ruins II (Tanaka)
4 一 / Ichi (Tanaka, Svendsen, Johansen)
5 やわらかな風 / Zephyr (Tanaka, Johansen)
6 海へ / Towards the Sea (Tanaka, Svendsen, Johansen)
7 水中の静寂 / Subaqueous Silence (Tanaka)
曲はM4,M5,M6がメンバーとの共作でインプロヴィゼーションの世界、残る4曲は彼女のオリジナル。
あるノルウェーの新聞が、このトリオの音楽に対して「トリオは素晴らしい芸術的整合性と特徴的な調和的なアイデアを示しているが、居心地の良いピアノトリオの作品として終わることはない。・・・・・・」と、述べているようだが、まさにそんな世界。
「静寂の次に美しい音」を体感できるピアノ・トリオ・アルバムというお題目も、M1."夢の跡"、M3."夢の跡Ⅱ"がスタートすると、私好みの音ととして感じられ、描くはメロディーも感じられ(実はメロデイー感はこの曲ぐらいか)その中に緊張感が漂っていて見事である。これもStefano Amerioの好録音が効果が大きく快感の音として響いてくる。とにかく空間と音、そしてその余韻が重視されていて、ピアノ、ベース、ドラムスそれぞれのインプロヴィゼーション重視としてのアプローチのウエイトが大きい音作りで魅力はある。
しかしなんと言っても、全体的にはメロディーの希薄さはミュージックとしての価値をどう考えるかと言うことに問いかけるが、ここまで徹底している上、不協和音の主体的な曲となると、私自身は単にジャズというところからむしろ現代音楽という面から聴き込むことが相応しいのではと素人なりきに思うのであるが、如何なモノなのか。
M4."一"がスヴェンソンのベースの多彩な音にシンバルの繊細さ、ピアノの清んだ高音と無音と余韻との間とともに素晴らしい。
M6."海へ"の後半に、交互の間のある責め合いから同時進行の交錯・競合に流れるという三者による盛り上がりがようやくみられ、展開の面白さが聴かれた。まあ見方によっては現代音楽世界。
最後に、タイトル・ナンバーのM7."水中の静寂"が登場するが、水中というものの世界の表現はある意味では成功しているのかと思った。
結論的に、一度は聴いてみる価値がある世界だ。しかしジャズとしてのミュージックとして価値があるかというと、音楽的発展の一方向として、ある意味での高度な世界を築いていると受け止める事は出来る。演奏技術は、田中が奏する微細な音や時に打つ音の響きと間に集中させ、スヴェンセンのベースがスクラッチ音に交えて意外に異なる音を織り込むという多彩にして緻密な演奏が出色で、それにヨハンセンのブラッシ音、シンバル音が続き"奥深い世界"が築かれていくところはなかなか高度な世界感として評価出来るところである。
さてそこで、"深遠さのある間のある美学"と、評価するところもあろうが、ジャズ・ミュージックとしては、即興重視しそれぞれが発する音に反応しながらの音(曲)作りはそれはそれ悪くはないのだが、ほぼメロディーレスでトリオとしてのハーモニーやユニゾンの美しさにも欠けるところは魅力を低下させていることも事実だ。現代ジャズとは・・・ちょっと考えさせられた作品である。
(評価)
□ 曲・演奏 85/100
□ 録音 90/100
(視聴)
"ichi"
*
"ruinsⅡ"
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コメント
風呂井戸さん、こんにちは。
これは面白い(興味深い)
ここまで徹底しているとある意味愉快だなあ。
強烈な自我(個性)を感じる。
テテ・モントリューもビックリの省エネ奏法だね~(笑)
ではでは
投稿: nanmo2 | 2021年11月14日 (日) 11時16分
ご紹介の1曲目は、高校生の頃に自分でもやっていたので懐かしさがありました。
自分で録音して遊んでいたのです。 ギターとその他の音で。
2曲目は、普通に穏やかで気持ちの良い音楽です。
現代音楽というと、「20世紀後半の音楽」の名称のようでもありますね。
現代の音楽は「現代の音楽」であり、後の世に上手い区分けが考えられれば嬉しいです。
投稿: iwamoto | 2021年11月14日 (日) 11時33分
nanmo2さん
コメント有り難う御座います
ご無沙汰しております、そうそう反日と親日のお話面白かったです。
それはさておき、この田中鮎美というピアニストは私にとっては初物でしたが、ECMということでアプローチしました。普段ノルウェー・ジャズにはしっかりとやられている私ですが、しかしそこに日本の伝統音楽感覚で殴り込んだような、なかなかの強者、ノルウェーに日本の感覚を知らしめた感があり、愉快でもありました。
ここまでくるとジャズの世界から逸脱している感もありますが、何でもジャズですからヨシとしましょう。
テテ・モントリューを引っ張り出されて、いやはやジャズの歴史を再認識させられました。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2021年11月14日 (日) 16時24分
iwatomoさん
コメント有り難うございます。
そうなんですか、ギターに関しては以前もお聞きしましたが・・・そんな感覚が既に高校時代に芽生えていたんですね。日本人には歴史的にこんな「余韻」と「間」という感覚は染みこんでいるんでしょうかね。
おっしゃるように不協和音を演ずる「現代音楽」は、スタートしたときは其の時代、当然現代なんでしょうが、今や歴史音楽にもなりつつあります。発展している間は現役でしょうが・・・。
ロックの「プログレ」も・・・今や死語に近い訳でして、「現代」は「過去」なんていう不思議な世界が出来そうですね。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2021年11月14日 (日) 16時33分
風呂井戸さん、お久しぶりです。
風呂井戸さんの本作のレビュー読ませていただき共感しています。
私もこのところずっと聴いていましたが、一音一音の美しい響きが素晴らしいし、凄い作品であると思うものの、アルバムとしてずっと聴いていたい作品ではない感じです。
ただ、"夢の跡Ⅱ"は、感動もの自身、今年聴いた中でも秀逸の1曲だと思います。 松井
投稿: baikinnmann | 2021年11月21日 (日) 15時07分
baikinnmannさん、こんにちわ。
ご無沙汰いたしております。(でも、ご紹介のLRK TRIO/Memory Momentは私はつられて買いました^^)
Ayumi Tanaka Trio、なかなか多彩なジャズ界の一つの分野として興味深かったですね。私もこの中では"夢の跡"がお勧めですね。
今や、なんでもジャズという世界、好みはそれぞれ異なりますので、良く選んで聴きたいモノですね。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2021年11月22日 (月) 09時45分
風呂井戸さん,おはようございます。
おっしゃる通り,このミニマルな感覚は私も現代音楽的な感覚だと思いました。私は現代音楽のピアノ音楽も相当好きですが,そうした音楽はたまに聞くからいいのだと思っています。
そうした点では,おそらくこのアルバムもたまに取り出して聞くぐらいになるだろうなぁという感じです。かなりハードルの高い音楽であることは間違いないですね。
ということで当方記事のURLを貼り付けさせて頂きます。
https://music-music.cocolog-wbs.com/blog/2021/11/post-f68de3.html
投稿: 中年音楽狂 | 2021年11月27日 (土) 10時11分
中年音楽狂さん
コメント有り難うございます
しかし考えてみますと、ジャズという分野の広さに驚きますね。
ほんとはこのタイプはECMを通して、ジャズだと言ったほうが聴いてもらえるのかも・・・なんて考えてしまうほどの異端ですね。
アルバムでは、このタイプで全曲押されるとしんどいですね。もう少し楽しませて、その中でこんなタイプを訴える方がインパクトがあるのかも・・・、なんて考えますが、それも邪道なんでしょう。
しかし、メロディーでなく音といった世界を駆使するのもなかなか高度なところにありますね。
リンク有り難う御座いました。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2021年11月27日 (土) 17時15分