ブラッド・メルドー Brad Mehldau 「JACOB'S LADDER」
これはメルドーの自己の音楽世界の総決算か、
はたまた新たなスタートなのか
<Jazz, Rock, Fusion>
Brad Mehldau 「JACOB'S LADDER」
NONE SUCH / IMPORT / WPCR-18499 / 2022
Brad Mehldau : piano, synthesizer, organ, drums, tambourine, voice
etc.
いっやーー、ブラッド・メルドーのなかなか大変なアルバムのリリースですね。待望の新作とは言っても果たしてこれを聴いたジャズ愛好家の反応はどうだったろうか。このところの彼の世界は私にはなかなかついて行けないところにあり、むしろライブでの彼の演奏は、オーディエンスのことを十分に理解してのことで、過去のヒットものを演じてくれたり、ビートルズやバッハを聴かしたりと、ライブもののブート・レグの方が親しかったりしているところにあった。
そこで、そろそろ彼のピアノ・トリオものを期待していたのだが、なんと更に彼の世界はエスカレートして、昔のプログレッシブ・ロックの世界へもアプローチするという離れ技を演じたのである。そもそも彼はもともとプログレへの流れを持っていて、過去にピンク・フロイドのRoger Watersの曲"Hey You"などソロで演じたりと私自身は楽しんだのであるが、今回のアルバムはプログレシブ・ロックの持っていた複雑なリズムにアプローチしているのである。ロックの一つの重要な本質であった彼らの主張したコンセプト性や、音楽の自由な展開、マイルス・デイヴィスやウェザー・リポートなどのフュージョンへの展開の元となったロックの世界の多様性など、メルドー自身の基礎にも決して消えないプログレが存在していた事がここに表現されたのである。それはこのアルバム・タイトルは、私にとっても懐かしい知る人ぞ知るカナダのロック・バンドRUSHの演じた曲名から来ているからだ。
1.maybe as his skies are wide
2.Herr und Knecht
3.(Entr'acte) Glam Perfume
4.Cogs in Cogs, Pt. I: Dance
5.Cogs in Cogs, Pt. II: Song
6.Cogs in Cogs, Pt. III: Double Fugue
7.Tom Sawyer
8.Vou correndo te encontrar / Racecar
9.Jacob's Ladder, Pt. I: Liturgy
10.Jacob's Ladder, Pt. II: Song
11.Jacob's Ladder, Pt. III: Ladder
12.Heaven: I. All Once - II. Life Seeker - III. Wurm - IV. Epilogue: It Was a Dream but I Carry It Still
しかしM1."maybe as his skies are wide"の突然現れる美しい女性ヴォーカル、これは下手な技巧のない素人の女性の歌のようだが、こんな味はよくかってロックでもプログレの世界に登場したのを思い出す。アニー・ハスラムだって多くが惚れ込んだが、技巧と言うよりは素直な美しさだった。
M2."Herr und Knecht"を聴いてやっぱりロックなんだ。難しい変拍子のフュージョンぽい展開とシンセサイザーの技巧。
そして一転してクラシック調の登場のM3."(Entr'acte) Glam Perfume"、美しいピアノの調べだ。昔はこんな展開のプログレの曲の変化に痺れてしまったものだ。女性ヴォーカル、ハープの響き、ピンク・フロイドを想わせる笑い声のSE、メルドーのやりたかった一つの世界なんだろうなぁーーと。
メルドーが今回のアルバムで明瞭になったことの一つは、今でも忘れられないプログレの世界において、最も重要視しているのは演奏技術をベースに複雑かつ洗練された音楽性、変拍子やポリリズム、多彩なジャンルの入り乱れる複雑な楽曲といったところのようだ。そんなところからM4.,M5.,M6."Cogs in Cogs Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ"に出てきたGentle Giant(アルバム「The Power And The Glory」(下左))だ。ここに見えてきたものこそ彼の音楽性に大きな影響を与えているようだ。なんとこれはプログレの多様性の中でも、若干私が苦手としてきた世界だ。しかし音楽を極めているものとしては、どうしても通らなければならないと同時に魅力的なんだろう。なにせGentle Giantの世界には、民俗音楽、ジャズ、ソウル、クラシック音楽といった多種多彩な音楽的アプローチをしていて、むしろ後になって日本ではプログレ・ファンの間で話題だった。中世西洋音楽、バロック音楽、20世紀のクラシック音楽、室内楽といった数多くの音楽からの影響も指摘されているだけのものを演じていたわけだから。変拍子やポリリズム、多岐にわたるジャンルの入り乱れる複雑な楽曲を、アンサンブルの妙と、コーラスワークでのめくりめくる世界は好みと言うより奇々怪々であった。そのため、その音楽性は、ピンク・フロイドのような幻想的な音空間といった俗に言う「プログレっぽさ」とは別物であった。
そして更にコンセプト重視、これはM7."Tom Sawyer、M10."Jacob's Ladder, Pt. II: Song"のRUSH(アルバム「Moving Picture」「Permanent Waves」(上中央))の登場、懐かしいですねぇーー、彼らには私は少々入れ込んだこともあって(79年の「Permanent Waves」は、ジャケ・アートも忘れられない)、特に哲学的と言って良い歌詞には悩みつつも忘れられないところにあった。音楽性というところでは、私がプログレ一押しのKing Crimson, Pink Floydらとは別世界だが、なんとなくとっつきやすいポップ性と、技巧性の高い演奏・複雑なリズムアレンジの混在がたまらないところだと言える。
とにかくメルドーのこのアルバム・タイトルはRUSHの曲"Jacob's Ladder(ヤコブの梯子)"をそのまま持ってきたところにも入れ込みようが解る。私はこの曲よりはこのアルバムでは、"Different Strings(異なる糸)"が好きでしたが。
M9."Jacob's Ladder, Pt. I: Liturgy"は、なんと旧約聖書の朗読から始まり、敬虔な世界の展開。美しい女性ヴォーカル、今回のプログレとの関係をどう結びつけるのか・・これは単純には収まりそうもない。ただのロック回顧でない彼のアルバム作りを知らなければならないだろう。
さらにそれならと思った通りであったのが、M12."Heaven: I. All Once - II. Life Seeker - III. Wurm - IV. Epilogue: It Was a Dream but I Carry It Still" のYESの登場だ。ここに取り上げられた3rdアルバム「The Yes Album」(上右)からは、スティーブ・ハウが加入したわけだが、曲自体は意外に単純なんだがアレンジに重きを持って、その曲の中心のフレーズを変奏してゆく過程で、次第に全員が原曲から遊離して、奇妙な複雑性のアンサンブルが現れるという変と言えば変なバンド集団、そこにブラッフォードの変拍子ドラムスが叩かれて圧巻となる。こんなところがメルドーに大きなインパクトがあったのかもしれない。
今回のアルバムは、おそらくジャズ・ファンには苦々しいものであったろうと私は推測する。しかし私のように60年代からプログレッシブ・ロックの世界にどっぷり浸かっていて、細々とジャズ世界を繋いでいたと言う人間にとっては、実に興味深いというかむしろ懐かしさに感動してしまった。私自身の最も痺れたプログレの分野とは若干異なっていたとはいえ、しかしこうして聴いてみると、その分野も捨てたものではなかったことがむしろ教えられた感がある。
ただ、私が若干不満であったのは、プログレの大御所であるKing Crimsonのロックの激しさとメロトロンを駆使したクラシック的美世界、Pink Floydの追求したコンセプトのあるドラマチックな展開と音の創造の世界など、さらにはイタリアン・プログレッシブ・ロックの美旋律と物語性の世界などに触れていないところがプログレを演ずるには少々手落ちであったのかとも・・・、しかし、メルドーにとっては時代的にはそれより後での接触であろうし、興味は音楽技巧性から複雑なるリズム・アレンジなどにあったことに的をしぼったということであれば、これもありかと納得するところだ。いずれにせよ、これから彼を聴いてゆく中で一つのポイントを知ることができたと喜んでいるのである。
結論的に、このアルバムでは、メルドーの曲の展開のドラマテイックなところと、美意識も十分表現されていて、彼の世界はそんなところは過去に築いてきたところの一つの表現として、プログレッシブ・ロックがあったことを語ってくれ、一つの総決算をしたともみえたことをむしろ評価したい。
更に、ここで取り上げられている旧約聖書に関するテーマは、私には語れる術もなく、その世界は今後の展開でむしろ知りたいと思うところにありここでは言及を避ける。
いずれにしても、今回の彼のこのアルバムは、彼のファンと称するジャズ一辺倒のファンがどこまで理解できるかは、私は期待していない。それはプログレッシブ・ロックの価値が評価できなければその価値が理解できないだろうと思うからだ(私自身も出来るとは言わない)。そんなところからか、現実にこのアルバムの感想や評価に未だあまり接しないのである。 しかし、ジャズ・ファンがこれが面白いと感ずれば、それは一歩プログレに浸かれる道でもあって、私としては期待してしまう。音楽的、哲学的、宗教的のあらゆるところにおいても、メルドーの次への発展が見物である。
(評価)
□ 曲・演奏 88/100
□ 録音 88/100
(視聴)
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コメント
わたしは50年生まれなので、60年代後半は青春時代です。
メルドーさんはお若いので、時代感覚がズレているというか、後から勉強したものですよね。
この曲は網羅的過ぎませんか。
音がきれい過ぎて、ドライブ感を感じないです。
否定しているのかもしれませんが。
ベースは打ち込みか、と思うくらいです。 弦の唸りが聞こえて来ない。 もしかして、キーボード?
彼のやりたいことは出来ているんですよね。
カタルシス効果が無い音楽と言えるでしょうか。
もちろん、そんなものは必要無いのかも知れませんが。
難しいものですね。
投稿: iwamoto | 2022年4月 6日 (水) 18時33分
iwamoto様
コメント有難うございます
私もビートルズはガキっぽいと思った年代ですが・・・ロックはプレスリーと思ってましたが、クリムゾンの「宮殿」の登場で愕然としました。ロックは動いていると・・・同時にフロイドの味と。そして一方全く異なる世界のなC.C.R.の世界と・・・ロックの現実性にはハマりまりましたねぇーーー。
又こんな若い時は一方、ショスターヴィッチかマーラーかとのめり込んだり。
ジャズは洒落たフランスのジャック・ルーシェに教わりました(笑い)、あとはキースですね。
そんなリアルタイムな音楽の流れを少々年齢の若いメルドーも、その時代を感じつつ今があるという事に嬉しいと私は思っているんです。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2022年4月 7日 (木) 11時26分
風呂井戸さん,こんにちは。リンクありがとうございました。
現物が届くまで時間が掛かってしまい,記事をアップするのも遅くなってまいましたが,まぁ,これはこれでBrad Mehldauのやりたかったことの一つなんだろうなぁと思います。ミュージシャンとしての出自の一つに関わる「プログレ」の世界をBrad Mehldau流に解釈したものでしょう。
その心意気やよしとしても,これは確実に賛否両論となるでしょうし,私としても100%支持って感じではないです。しかし,こうした取り組みを通じて,音楽性をどんどん拡大していくってところが,ミュージシャンとしての欲求にあったんだと思いますね。
7月の来日時はソロとクラシック路線ですが,また違うBrad Mehldauに触れるのを楽しみにしています。
ということで,当方記事のURLを貼り付けさせて頂きます。
https://music-music.cocolog-wbs.com/blog/2022/04/post-23217f.html
投稿: 中年音楽狂 | 2022年4月23日 (土) 15時07分
中年音楽狂様
こちらにわざわざコメント有難うございます
なかなか、Brad Mehldauはやりますねぇー-、でも今日のジャズって何?って言えば、どうもなんでもありなので、この世界はそれはそれいいとも言えるのでしょうかね。
"スウィングしなけりゃジャズじゃない"といっ世界もありますが、まさしくその道ではジャズではないということになりそうですね。
私はむしろかってのプログレ全盛期のロック感覚で喝采しました。これが当時であれば大変でしたね、おそらく。今、死語に近いプログレのファンは、どんな世界にいるのか、これを聴いてどんな感想かむしろ聴いてみたいです。
しかし、Brad Mehldauを私が期待するのは、このアルバムが一つの別世界として意味を持ち、むしろ本来のピアノ・トリオにやっぱり期待ですね。
リンクも有難うございます。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2022年4月24日 (日) 15時48分