ロジャー・ウォータース Roger Waters 大規模ツアー「This Is Not a Drill」開始
ピンク・フロイドのCREATIVE GENIUS(創造的才能)の
面目躍如の世界
-- 初めての別れのツアーの開始 -- (その1)
<Progressive Rock>
Roger Waters :「This Is Not a Drill」- 2022Tour
ロジャー・ウォーターズがこの7月6日、ペンシルヴェニア州ピッツバーグのPPGペインツ・アリーナで公演を行ない、4年ぶりの北米ツアー「This Is Not a Drill」が幕を開けた。
もうじき80歳を迎える彼にとって、おそらく最後の大規模ツアーであろうと見られているが、今年いっぱい北米中心に行われる。そんなことの為か、会場でのスタートに当たってのアナウンスが会場スクリーンに映し出されるテキストと共に流れる。いやはや彼独特の皮肉も込められたアナウンスだ。
If You're one of those " I Love Pink Floyd, but I can't stand Roger's Politics " people, You might do well to fuck off the bar right now.
(あなたが「ピンク・フロイドは大好きだけど、ロジャーの政治に耐えられない」人の一人なら、今すぐバーにファックオフするのが良いかもしれません)
これには、冒頭からファンも度肝を抜かれつつ熱狂的な拍手とロジャーの期待道理のブーイングすらも寄せられた。彼のメッセージが大々的なショーでの歓声となんと嘲笑でも満たされるのは一つのマジックでもあり、又ロジャーの総決算的心の開示でもある。こんなところがロジャーにしかないロックの歴史に残してきた世界でもあり、又それが彼に対しての狂信的なファンを生んで来た所以である。
こうして彼の総決算とも言える異色のステージがオープンする。
それを物語るのが、冒頭の曲"Comfortly Numb"だが、これがなんと驚きの新編曲での展開だった。そこには、より暗く深く沈み込むアレンジによりバックスクリーンに描かれるは、荒廃した都市景観が描かれ、その風景を通り抜ける無表情・無感覚な人々の地上の崩壊の黙示録的な情景。こんな叙事詩的であり非常に暗示的な世界を描きつつスタートするのだ。そしてなんとこの曲の有名なギターソロを放棄し、非常に深遠にして重厚感ある音空間を広げるのだ。普通なら圧倒的なバンド演奏で迫ってのライブ・スタートとなるのだが、今回は見事に裏切り、深遠な響きと視覚と聴覚の霧のような霞んだ世界を作り出すことによって、それは群衆を一つの奥深い世界に誘い、神経を集中させる手法をとった。
いままでの、ツアーに見られた彼の意識や信条、社会批判、反戦の世界を描くものとしての位置づけは更に濃密になっている。その上に最近繰り広げられた1977年のアルバム『ANIMALSアニマルズ』のデラックス・リイッシューに関して起きたロジャーとデヴィッド・ギルモアとの騒動、ここに書かれた貴重なアニマルズ誕生の秘話のマーク・ブレイクMark Blakeのライナーノーツにギルモアが反発したことを知ってのロジャーの不信感の爆発、その結果の一つがこのギルモアのギター・ソロを無視した曲の編曲がなされた一つの所以でもある。そして一方、曲というのは造りようによっては、どんな変化をもたらすか、そこに訴えるものは何か、そしてもたらす効果は何なのかをここに示したのである。1977年が2022年に通ずるというこのあたりがトリックの得意なロジャーのなせる業だ。
ピンク・フロイドがアルバム『THE DARK SIDE OF THE MOON 狂気』、『WISH YOU WERE HERE 炎』で、プログレッシブ・ロックの頂点に立ったときに、これらをAORとして否定する社会派ロック運動の一つであったパンク・ムーブントへの回答として、ロジャーが作り出したアルバム『ANIMALS』の世界観であったことの暴露は、あまりにもロジャーの偉業が大きすぎるために、ピンク・フロイドを名乗っているにも関わらず、影に隠れてしまうことを嫌ったギルモアの抵抗でもあった。この事のあまりの馬鹿馬鹿しさにロジャーおよびニック・メイスンはこのライナー・ノーツの掲載に関してはやむを得ないものとして折れて載せることを止めることを認めたわけだが、そんな「歴史的社会現象の中から生まれてくるロック・ミュージックの流れ」を現代の若者に伝えたいという作業は、「単なるミュージック」として捉えるギルモアの思惑で消えることになった。ロジャーにしてみれば、ロックのロックたる所以は音楽であると同時に訴えであることが重要と考えているためだ。これがこの9月リリース予定のリイッシュー・リマスター・アルバム『ANIMALS』騒動であった。
今回のライブでも、アルバム『ANIMALS』から曲"Sheep"を登場させている。前回の「US+THEM Tour」では曲"Big"、"Dog"を登場させ、トランプ批判を展開したが、今回もこのアルバムでの社会批判はロジャーにとっては後期ピンク・フロイド・ミュージックの魂でもあることによっている。これがあのアルバム『THE WALL』にもつながるのであるから。このあたりが、彼が"Creative Genius of Pink Floyd"(ピンク・フロイドの創造的才能)と言われる所以でもある。
(参考)この「アニマルズ」の誕生の背景には、英国の産業競争、経済混乱、北アイルランド問題、人種問題・暴動などの時代があり、アルバム・コンセプトがロジャーにより造られ(1曲のみ共作で、残る4曲はロジャーによるもので、すべての歌詞もロジャー作だ)、「羊」が経済的優位に立つ専制的な「豚」とインテリに代表される権威主義的な「犬」に仕えるという動物を擬人化しての"悪循環に陥った人類・社会の描写とその問題と批判"に集中したものである。
■Roger Waters, PPG Paints Arena, Pittsburgh, PA, July 6, 2022, Setlist
-Set 1-
1. Comfortably Numb
2. The Happiest Days of Our Lives
3. Another Brick in the Wall, Part 2
4. Another Brick in the Wall, Part 3
5. The Powers That Be
6. The Bravery of Being Out of Range
7. The Bar
8. Have a Cigar
9. Wish You Were Here
10. Shine On You Crazy Diamond(Parts VI-IX)
11. Sheep
-Set 2-
12. In the Flesh
13. Run Like Hell
14. Déjà Vu
15. Is This the Life We Really Want?
16. Money
17. Us and Them
18. Any Colour You Like
19. Brain Damage
20. Eclipse
21. Two Suns in the Sunset
22. The Bar(Reprise)
23. Outside the Wall
今回は、ピンク・フロイド曲は当然だが、ロジャーのソロ・アルバムから5曲登場し、更に新曲"The Bar"が演じられている。バンド・メンバーは若干の変動はあるがギタリストのジョナサン・ウィルソンとデイヴ・キルミンスター、ギタリスト/ベーシストのガス・セイファート、キーボーディスト/ギタリストのジョン・キャリンあたりは常連で変わっていない。又このところ時々見られるロジャーのピアノの演奏が初めてツアー・ライブに登場した。
(Band members)
Roger Waters (b, g, piano, vo)
Dave Kilminster (g)
Jon Carin (key, g)
Jonathan Wilson (g, vo)
Joey Waronker (d)
Gus Seyffert (b, g)
Robert Walter (org)
Amanda Belair (vo)
Shanay Johnson (vo)
Seamus Blake (ts)
ちょうどこのツアーと期を一にして、2018年ジェームズ・ガスリーによるピンク・フロイド・アルバム『ANIMALS』の新しいミックスが完成し、当アルバム史上初の5.1サラウンド・サウンド・ミックスも登場する。パンデミック下であったことと、ロジャー・ウォーターズとデヴィッド・ギルモアの絶え間ない口論の間で(問題のライナー・ノーツを書いたピンク・フロイド研究で評価の高いマーク・ブレイクにしてみれば、内容の真実に対してのギルモアの拒否行動にはあきれると同時に空しかったようだ)、実際に発売までには時間がかかったが、ついにこの9月16日にさまざまなエディションで発売されることとなった。これも考えてみると奇遇である。
今回のこのツアーは、ロジャーの"初めての別れのツアー"と言われている。彼が、祖父そして父親の戦死よりの孤独な幼少期から始まっての社会への疑惑、国家的教育の不信、世界の紛争、戦争、貧困、人種問題などなど社会に疑問の人生から生まれたロック・ミュージックに生きて、ここに80歳を迎えようとして、今なお訴えるロック魂を失われずいるのが不思議なくらいだが、ここに別れのツアーを開始したのだ。
(試聴)
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