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2022年10月27日 (木)

ケイティ・メルア Simon Goff Katie Melua「AERIAL OBJECTS」

ケイティ・メルアの変身は続く・・そして生まれたものは ?

<Rock, Pops, Indie>

Simon Goff Katie Melua「AERIAL OBJECTS」
BMB/ADA / Germ / 538807842 / 2022

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Simon Goff (producer) :  Violin, Electronics, Keyboads etc.
Katie Melua :  Vocals

 ジョージア(旧グルジア)で生まれでイギリスに移住し活動するシンガー・ソングライター、ケイティ・メルア(下左)は、日本でも、その透明感溢れる癒しのヴォーカルでファンの心を惹きつけてきた彼女だが、私も結構お気に入りで何年も多くのアルバムにお付き合いしている。今回はイギリス出身(今はベルリンを拠点に活躍する)作曲家・ヴァイオリニスト&マルチ・インストゥルメンタリスト・プロデューサーのサイモン・ゴフ(下右)と全く異色の新たなコラボレーション・アルバムをリリースした。

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 ケイティKatie Meluaは、Popsと言ってもややジャズっぽさがあり、"Closest Thing To Crazy"や"Nine Million Bicycles"などヒット曲を放ってもう20年のキャリア、「トップ10」入りのアルバム・リリースも8枚を数える。先日亡くなられた英国女王エリザベスにも気に入られていた。しかし英国で2008年のアデルAdele旋風によるJazzyなPops界の大変動によって、彼女も撃沈され、その後は四苦八苦でEva Cassidyの世界に迫ったり、グルジアのドラッドにまで至って芸術性は高めたが(アルバム『IN WINTER』(2017))、大きなヒットには恵まれなかった。
 そしてここに来て2021年にリリースされた最新アルバム『Album No. 8』は原点回帰でようやく多くの賞賛を受けたところだった。

 サイモン・ゴフSimon Goffは、上記のようにヴァイオリン奏者、作曲家、グラミー賞を受賞した(映画『ジョーカー』やドラマ『チェルノブイリ』の音楽)サウンド・エンジニア(タイプはエレトニック、クラシック、ポスト・ロック)である。彼とケイティ・メルアは、まったく異なる音楽の世界で生きてきているのだが、しかし二人は約1年前、ケイティのアルバム『Album No.8』の制作時に出会い、その後実験的なソングライティング・セッションを一緒に行っていたようだが、伝統的な音楽の流れと構成に一つの世界が見えてきて、このアルバムの制作へと向かったという事らしい。

(Tracklist)

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Written By – Zurab Melua
Written-By, Violin, Electronics, Keyboards, Bass – Simon Goff
Written-By, Vocals – Katie Melua

2 It Happened 4:57
Written-By, Violin, Electronics, Keyboards – Simon Goff
Written-By, Vocals – Katie Melua

3 Hotel Stamba 5:16
Cello – Dobrawa Czocher
Drums – Tobias Humble
Guitar – Lynn Wright
Written-By – Zurab Melua
Written-By, Violin, Electronics, Keyboards, Viola, Synthesizer – Simon Goff
Written-By, Vocals – Katie Melua

4 Textures Of Memories  4:39
Written-By, Violin, Electronics, Keyboards – Simon Goff
Written-By, Vocals – Katie Melua

5 Aerial Objects 5:06
Written-By, Violin, Electronics, Keyboards, Viola – Simon Goff
Written-By, Vocals – Katie Melua

6 Millions Of Things 6:49
Written By – Nicholas Crane
Written-By, Violin, Electronics, Keyboards, Viola – Simon Goff
Written-By, Vocals – Katie Melua

 透明感溢れる癒しのヴォーカルでファンの心を惹きつけてきた彼女だが、このアルバムでもその線は全く崩れていない。またサイモン自身によると、今作のサウンドはストリングスにキーボードやシンセ、そしてパーカッションを幾層も重ねて作りあげたとのことだが迫るものがある。
 それはなんと、ベルリンのケーニッヒ・ギャラリーで行われた展覧会に参加したことが、このアルバムのテーマの原点で、人工と自然の異なる両方の風景を探り、ケイティの歌の空間とサイモンの一つの世界に導くメロディーの間を、移動を繰り返す実験的な曲構成へと発展させたらしい。そして手法で言うと、ビジュアル・アートでいうミニマリズムの様式も加味しつつ繊細にして浮遊感のある美しい作品の完成を見た。

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 しかし、そこで感ずるものは、サイモンのヴァイオリンとシンセによって描く世界とケイティの意味深なる美ヴォーカルとその歌詞との兼ね合いにおいて、例えばM3."Hotel Stamba"は、彼女の幼き8年間過ごした場所をオマージュをもって描くのだが、しかしここでは若干無理の生じた場面を感ずるのだ。彼女のヴォーカルがサイモンの描くストリングスとシンセの盛り上がりの中に消えてしまっている。従って歌詞がよく聴きとれない。これはアルバム作成上のミックスにおいてサイモンの演奏の世界を強調しすぎているのだ。勿論、ヴォーカルがバックの演奏の中に溶け込んで消えていった方が良い状況はよくある事だが・・・このような、そうでない場面はちょっと空しい。
 M1."Tbilisi Airport"のトリビシ空港はグルジアの首都でケイティの生誕地、瞑想的に流れる曲。
 M2."It Happened"は、むしろサイモンの演奏が静かな曲で、ケイティの歌の味が出ている。災害と運命への服従を歌い、それを超えての後半のラ・ラララ・・・ラ・ラララと歌うケイティの美しさが魅力的。
 M4."Textures Of Memories  "の、ここでも楽器の演奏内容がおとなしい曲で、失望と後悔そして愛のための闘争の残酷さ歌う。しかしその美しさは極上である。
 M5."Aerial Objects"の盛り上がりから、締めのM6."Millions Of Things"の安定感と深遠さへの流れも見事。

Katiemeluaalovew1  非常に優れた面白さを感ずる演奏と歌であるが、演奏なのか、歌を聴くのか、歌は演奏の一部とみるか、又はその両者の融合なのかというバランスにおいて私は難を感ずるところが若干あったのが、やや悔やまれるアルバムと感じたのである。
 これはアルバム作成上において楽器演奏に重点を置きすぎた結果の作成上のミスとみている。演奏者がプロデューサーということで良く起こる事でもあるが。その点、ジャズに於いてはピアニストそしてアルバム作成エンジニアは非常にバランス感覚が良い。それは日頃の慣れでしょうね。
 ケイティの過去の歩みを歌いそして新展開のあった作品としてその音楽的価値を十分感ずるところにあるだけに、そこがちょっと悔やまれるところだった。

(評価)
□ 曲・演奏・歌 : 88/100
□ 録音・ミックス : 80/100

(試聴)

ここでは、良かった曲 "Textures Of Memories " を・・・・

*
ちょっと問題の"Hotel Stamba"

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2022年10月22日 (土)

テレサ・ブライト Teresa Bright 「 BLUE SKIES」

軽快な明るいジャズをヒーリング・ヴォイスで

<Jazz>

Teresa Bright 「 BLUE SKIES」
ALOHA GOT SOUL/DIW / JPN / AGSJ1 / 2022 (MQA-CD)

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Teresa Bright (vocal except 12) (ukulele on 12)
Kit Ebersbach (piano except 01, 08) (organ on 06) (probably synthesizer on 07)
Sam Ahia, Sr.(guitar on 01, 02, 03, 05, 11)
Dean Taba (upright electric bass)
Noel Okimoto (drums) (vibraphone on 02, 07)
Rocky Holmes (tenor saxophone on 04, 05) (flute on 08, 12, 13)
Casey Olsen (steel guitar on 08)

Recorded in 2005 at Pacific Music Productions, Honolulu, Hawai
(2020年作品のCD化)

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 ハワイの音楽シーンを代表する人気女性歌手(兼ウクレレ奏者)でキャリア40年となる日本でおなじみのテレサ・ブライト(1959年生まれの63歳)のジャズ・スタンダード・アルバム。小コンボ編成で2005年(彼女の46歳時)に録音され、それが遅れること15年の2020年に配信のみでリリースされ、その後アナログLP化もされ、好評での今年日本限定初CD化(Hi-Res MQA-CD)されたもの。

W_20221019131401  このアルバムは、ピアニスト・エンジニアのキット・エーバースバッハ(→)と共に好きであったジャズ調のアルバムを録音したもので、彼女のお気に入りのスタンダードソングと、オリジナル曲"Sp-r-ing"を収めた。そしてこれらの録音は、エーバースバッハのハードドライブに辛抱強く長年保管されていた。
 その後今日になって彼女が過去の活動を評価されハワイ・アカデミー・オブ・レコーディング・アーツから生涯功労賞を受賞するにあたって、授賞式を見越して、エバースバッハはレーベルAloha Got Soulにアプローチし、この「Blue Skies」を最終的にリリースするという提案をし、実現したという経過だ。

 彼女は音楽家の父とフラ・ダンサーの母という音楽一家に生まれる。1988年にアコースティック・デュオ(ハワイアン、ボサノバ、ジャズなどを融合させたスタイル)の"スティーヴ&テレサ"としてハワイのグラミー賞、そしてその後のソロとしての活躍を含め各種の多くの賞を受賞して、彼女は今やハワイアンの女性No.1歌手の地位を確立しているベテラン。
  
(Tracklist)

01. You'd Be So Nice To Come Home To (vo/g/elb/ds)
02. Let There Be Love (vo/g/vib/p/elb/ds)
03. Sunny Side Of The Street (vo/g/p/elb/ds)
04. That's My Desire (vo/ts/p/elb/ds)
05. I Cover The Waterfront (vo/ts/g/p/elb/ds)
06. Lazy Bones (vo/org/p/elb/ds)
07. Alone At Last (vo/vib/p/synth/elb/ds)
08. Sp-r-ing (vo/fl/steel-g/elb/ds)
09. Skylark (vo/p/elb/ds)
10. Java Jive (vo/p/elb/ds)
11. Blue Skies (vo/g/p/elb/ds)
12. Accentuate The Positive (instrumental) (fl/ukulele/p/elb/ds)
13. Accentuate The Positive (vocal) (*Japan bonus track) (vo/fl/p/elb/ds)

 当時40歳代円熟期のテレサ・ブライトの清爽感のある潤いに満ちた高めのクリーン・ヴォイスはなかなかのものだ。どちらかというと熱いというのでなくリリカル歌唱で優しく誠実真摯に語りかけてくる感じのリキみなき自然体調子がいいですね。
 ジャズ・ヴォーカルの中でも、アルバム・タイトル曲M11."Blue Skies"を代表に、小気味よさのあるリズムカルにしてスッキリ感の世界はいこごちがいい。バック陣の演奏もなかなかおしゃれムードに仕上げられている。

 おなじみのM1."You'd Be So Nice To Come Home To"の軽妙なジャズ・ヴォーカルからスタート、M3."Sunny Side Of The Street "まではなかなかギターの支えも良く小気味よい。M4."That's My Desire"となると、それでも結構しっとり感も訴えてきて、この曲ではテナー・サックスも色を添える。
 その後、ブルース、ボサノヴァまで多彩なアレンジと可憐な歌声で展開し、ビブラフォンがジャズ色を強めたり、一部でスティールギター(彼女のオリジナルM8."Sp-r-ing")やウクレレ(M.12"Accentuate The Positive")もフィーチャーし、ハワイであることも忘れていないアレンジも楽しめる。

 まあハワイアン因子はかなり後退しているが、軽い明るめのジャズを歌心溢れる最高のヒーリングヴォイスでどちらかというと癒しを与えてくれる快適なヴォーカル・ジャズ盤だ。なおこのCDはMQA-CDで高音質で楽しめる(勿論。、普通のCDとしても再生可能)。

(評価)
□ 曲・演奏・歌 :  88/100 
□ 録音     :      88/100

(試聴) 
"You'd Be So Nice To Come Home To"


*

"That's My Desire "

 

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2022年10月16日 (日)

ケイティル・ムレリド Kjetil Mulelid Trio 「who do you love the most?」

北欧ジャズの味と醍醐味

<Jazz>

Kjetil Mulelid Trio 「who do you love the most?」
Rune Grammofon / RCD2229 / Hi-Res flac96kHz/24bit / 2022

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Kjetil Andre Mulelid (p)
Bjørn Marius Hegge (b)
Andreas Skar Winther (ds)

Mastered By – Karl Klaseie
Mixed By – Kyrre Laastad
Recorded By – Dag Erik Johansen

recorded june 21st and 22nd 2021

7033662022083w2  ノルウェーのジャズ・ピアニストのケイティル・ムレリドKjetil André Mulerid(1991年2月4日ノルウェーのHurdal生まれ)は、久しぶりの出会いのような感じであった。いつぞや彼らのトリオ2ndアルバム『What You Thought Was Home 』 (Rune Grammofon 2019)(→)で知ってから久しぶりであった。今回はこのトリオの3作目で、私はこれもCDでなく外国配給会社から"Hi-Res flac96kHz/24bitの音源"で入手した。

  ムレリドは2014年、ロンハイムのノルウェー科学技術大学のジャズプログラムを修了し、その後、数種のバンドで活動している(「Wako」、「Lauv」など)。そしてこのKjetil Mulelid Trioは2017年にデビューアルバム『Not Near Enough To Buy A House』リリースして以来、メンバーはベーシストのビョルン・マリウス・ヘッゲ、ドラマーのアンドレアス・スコール・ヴィンターと不変。このトリオは、私の好むところのノルウェーのEspen Eriksen Trioとジャズ界では同じ流れの中にあり、賛美歌からフリージャズまであらゆるものに触発されて彼らなりの実績を上げているという。

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 とにかく、トリオの2017年のデビュー作は国際的に広く受け入れられ、キース・ジャレットとビル・エヴァンスとの比較にも挙がった。この称賛は2019年の続編アルバムも同様だった。これは若さ以上の経験が結晶していると評価もある。
 前作もそうだが、下の収録曲リストのように主としてピアニストのトリオ・リーダーのムレリドにより作曲されているが、ベーシスト、ドラマーも、それぞれの即興を交えての特徴が遺憾なく発揮されたなかなか味のあるトリオである。

(Tracklist)

1.Paul  (Composed By – Kjetil A Mulelid) 4:35
2.Endless  (Composed By – Kjetil A Mulelid) 5:02
3.The Road  (Composed By – Kjetil A Mulelid) 4:47
4.Remembering  (Composed By – Kjetil A Mulelid) 4:43
5.Point Of View  (Composed By – Kjetil A Mulelid) 3:48
6.The Archetypal Man  (Composed By – Judee Sill) 5:10
7.For You I'll Do Anything  (Composed By – Kjetil A Mulelid) 5:50
8.Imagine Your Front Door  (freely improvised) 1:30
9.Gospel  (Composed By – Kjetil A Mulelid) 4:15
10.Morning Song  (Composed By – Kjetil A Mulelid) 3:18

  多くのミュージシャンやヴォーカリストとの競演が多いムレリドだが、こうして彼のリーダー・アルバムは1st以来の鉄壁のトリオ作品に集約されている (昨年リリースされたソロ・ピアノ・アルバム『Piano』があるが)。
 このアルバムの録音は優秀で、ピアノは勿論だがべース、ドラムスも手に取るように聴きとれて、トリオの良さが実感できるところだ。又Hi-Res音源で聴いているだけに、澄んだ音も快感。
 北欧らしいフォークっぽいムードと深淵さと、美しいメロディー、ハーモニーの美と複雑なリズム、民族音楽的な雰囲気にゴスペルの要素も忘れていない多彩さだが、究極は真摯な世界にある。

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 M1."Paul "は、ビル・エバンスとの世界にあったドラマーのポール・モティアンに敬意を表したと。冒頭から思索的で叙情的な曲。
 M2."Endless "は、メロディックで、M3."The Road "は、探求と試練を求めての珍しくダイナミックな活力ある曲。ヴィンターのパーカッシブなドラムスが効果発揮。
 M4."Remembering " ピアノの優しさあるメロディーにヴィンターの一風変わったパーカッシブな伴奏、ヘッゲのベースも大いなる貢献している曲。
 M.5."Point Of View " ピアノ・ソロ・アルバムにある曲、シンバル音が印象的にピアノ美旋律に色付け。
 M7."For You I'll Do Anything" 深いベース・ソロからスタート。これもムレリドのソロ曲でピアノの調べは何かに語り掛けるような優しさが。
 M8.".Imagine Your Front Door " は、遊び心のトリオ集団即興演奏。
 M9."Gospel" は、ムレリドの心地よさのゴスペル。M9."Morning Song" は爽やかな展望の心地になる曲。

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 ムレリド自身のピアノで描くメロディックな曲が、このトリオとなると複雑なジャズ曲と変化し、トリオ効果が大きいところが魅力。それは録音においてもその効果を助長されいると思う。かってのピアノ主流でベース、ドラムスは一歩下がって影の支えというスタイルから脱却し発展して、三者の挑戦的に描くトリオ音楽として描く因子も感じられ全てが新しいというわけではないが、興味深い。

(評価)
□ 曲・演奏   90/100
□ 録音     92/100
(試聴)  
"Poul"

*
(参考) トリオ映像

 

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2022年10月11日 (火)

ヴォルフェルト・ブレデロード Wolfert Brederode 「Ruins and Remains」

ピアノと弦楽カルテットとドラムスの構成にる深淵なる世界
待望のニュー・アルバム6年ぶりに登場

<Contemporariy Jazz>

Wolfert Brederode Matangi Quartet Joost Libaart
「Ruins and Remains」
ECM / GERM / ECM 2734 / 2022

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Wolfert Brederode: piano
Joost Lijbaart: drums, percussion
The Matangi Quartet: Maria-Paula Majoor, Daniel Torrico Manacho: violins; Karsten Kleijer: viola; Arno van der Vuurst: violoncello

81b09jlhmal_ac_ul320_   オランダのピアニスト、ヴォルフェルト・ブレデロードによる、ECMでは4枚目のアルバム。私が彼に注目するのは2003年のアルバム『'en blanc et noir'9』(Daybreak DB CHR 75187 →)やアルバム『Black Ice』(ECM2476/2016)が気に入って以来である。そして私が彼と話が出来たのは、もう6年前の2016年にSusanne Abbuehl(スイス)と来日した時だった。彼は40歳を少し過ぎたころでなかなかの好青年、新潟県上越市の浄土真宗の浄興寺というお寺でのことであったが、こんな田舎で彼のあの時のニュー・アルバム『Black Ice』を持っていた私を見て非常に喜んでくれたのを思い出す(右下、浄興寺本堂にて)。それ以来の久々の登場のアルバムで私の待ちに待った期待作である。

P5121751trxxw  これまで彼はトリオやカルテットでの作品をリリースしてきたが、今作は異色の特別なプロジェクトと言ってよいだろうピアノ、弦楽四重奏、パーカッションという構成だ。もともとは第一次世界大戦の終結から100年を記念する音楽の依頼を受けていて、彼が作曲したもので、2018年11月に既に初演されたが、その後の今回のリリースの為の2021年の録音(エンジニアはStefano Amerioで期待が更に高まる)までの間に、さらに練り上げ個人的な意味をも表現できるところまでに至ったとか。それは彼の言葉によると「さまざまな段階で、この作品は悲しみと喪失、そして再び立ち上がる事を学ぶことと関係がある」という事だ。

 今回の特徴の弦楽四重奏団との共演だが、このマタンギ四重奏団(下中央)はオランダでも非常に新たな世界に果敢に冒険し成果を上げている四重奏団として評価があるようだが、もともとブレデローデ(下左)とはハーグの王立音楽院(オランダ)の学生時代からの友人で、ブレデロードの演劇音楽の公演でしばしば共演しており、バロック音楽、現代作曲、ジャズなど幅広いレパートリーを持ち、オランダで最も多才な弦楽四重奏団として高い評価を受けている。
 又ドラマーのヨースト・ライバート(下右)も、2004年からブレデローデと共にジャンルを超えて活動している仲間だ。

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(Tracklist)

1. Ruins Ⅰ
2. Swallow
3. Remains
4. Cloudless
5. Ruins and Remains
6. Ka
7. Ruins Ⅱ
8. Duhra
9. Ruins III
10. Retrouvailles
11. Nothing for granted
12. Dissolve
13. March
14. Ruins IV

 第一次世界大戦の終結をテーマにしているだけあって、決して陽気ではない。そしてアルバム・タイトルも「廃墟と遺跡」ということだと思うが、100年の経過で今にしてそれを知らない人間としての心に置くべき世界を描いていると言ってよいのだろう。

 そもそも第一次世界大戦は、同盟国(ドイツ・オーストリア・オスマン帝国が中心)と連合国(イギリス・フランス・ロシアが中心、そして日本(日英同盟による))の世界の植民地化に伴う列強の対立、民族の対立に加えサラエボ事件などにより始まった世界を巻き込んでの1914年から1918年にかけての戦争であり、なんと戦闘員900万人、非戦闘員700万人が死亡した。オランダ、スウェーデン、ノルウェー、デンマークなどは中立国の立場で苦労し、オランダはドイツの影響を強く受けていた国であったが、連合軍側に譲歩したことから逆にドイツからの攻撃を受け、国は悲惨な状態となった。

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 そんな歴史を回顧しての全曲ブレデローデによるもので、演奏は静か世界を描きつつ、心に響いてくる荒涼としたムードと一方どこか不思議に希望に満ちたムードが感じられるところにある。この全14曲は、「廃墟」の観察を冒頭にそして中盤に二つ、最後にと4曲配して全体を一つのテーマにまとめ上げていて、弦楽カルテットとドラムスの音に彼の繊細にして美的なピアノの音が溶け込んで一つの集合体としてのサウンドを構築し、時に現れるピアノの音がぐっと情景に迫るスタイルで進行する。この流れはある時は哲学的な深さに誘い、ある時は人間社会の美をも感じられる世界が交錯するところにあって、どの曲がというより全曲を一つとして聴くところに人生の最盛期を迎えようとしているブレデローデの人生観も含めて大きな感動がある。

 ECM的世界と言ってしまえばそれまでだが、戦争の主体でもあったドイツからのリリースは今にして不思議と言えば不思議であり、ECMを担うプロデューサーのManfred Eicherの哲学も垣間見れるところだ。更にエンジニアのStefano Amerioの音楽的録音技術は見事で、ストリングスの位置、ドラマーのシンバルの響き、それにピアノの音の配置などが絶妙で描く世界を彼が大きく支えている。
 おそらく、ECMとしても重要なアルバムとなってゆくことだろうと思うのである。

(評価)
□ 曲・演奏 :  95/100
□   録音   :  95/100

(試聴)

*

 

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2022年10月 6日 (木)

ブラッド・メルドー Brad Mehldau 「PLAY THE BEATLES AND MORE」

ビートルズ、レディオヘッドなどの曲を好録音で聴ける

<Jazz>

Brad Mehldau 「PLAY THE BEATLES AND MORE」
LIVE at FESTIVAL DA JAZZ ST.MORITZ.2021
STARGAZER'S FILE / SFF-00127 / 2022

Bradmehldaulive

Recorded Live at Hotel Reine Victoria, Festival Da Jazz, St. Moritz, Switzerland, July 08, 2021 EXCELLENT Soundboard Recording // 75 min

BRAD MEHLDAU : Piano

   昨年(2021年)7月8日のスイスでのブラッド・メルドーのピアノ・ソロ・ライブ収録盤である。とにかく最高音質というところが聴きどころの重要な一つのポイントのアルバム。曲間はカット編集し75分1枚になんとか収めたもの。従って会場の音が無いのでライヴ感が無いが、良く言えば「オフィシャルのスタジオ録音」かと間違うほどのものである。この日のセットリストはビートルズはじめレディオヘッドやデヴィッド・ボウイなどロック・ポップスからの選曲が多く、特にビートルズは全体の三分の一を占める5曲が演奏されている。
 2021年のソロ・ライブものは、以前にドイツにおけるものを(「MOERS2021」)を紹介したが、ここでは数曲はダブっているが、又別物として楽しめる。

 実は最近のブラッド・メルドーはマンネリの回避か、実験色の強いアルバムがオフィシャルにはリリースされていて、ちょっと私には敷居が高いアルバムが続いているのだ。そんな時には、彼のライブが実に楽しめる。今年の夏の来日公演は中止になってしまったが、彼の世界各地でのソロ・ライブものは、親近感の強い演奏が多く、従ってそんなところを狙ってのライブ盤を探し求めてのそんな一枚なのである。

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(Tracklist)
01. KARMA POLICE (Radiohead)
02. I AM THE WALRUS (The Beatles)*
03. YOUR MOTHER SHOULD KNOW (The Beatles)*
04. IN THE KITCHEN (Brad Mehldau)
05. BABY'S IN BLACK (The Beatles)*
06. COME RAIN OR COME SHINE (Harold Arlen)
07. VALSA BRASILEIRA (Chico Buarque)
08. SOMETIMES REAL (traditional)
09. SKIPPY (Thelonious Monk)
10. LIFE ON MARS (David Bowie)*
11. DEAR PRUDENCE (The Beatles)
12. SHE SAID SHE SAID (The Beatles)*
13. LITTLE BY LITTLE (Radiohead)
14. HERE'S THAT RAINY DAY (Jimmy Van Heusen)
15. IN THE STILL OF THE NIGHT (Cole Porter)

(追記 Feb.2023) *印 : 公式アルバム「Your Mother Should Know : Brad Mehldau plays The Beatles」に登場した曲。

  いっやー、とにかくオーディエンス録音ものでなく、サウンド・ボード録音で好音質ですねぇ。ここまで仕上げが良いと、オフィシャルは真っ青ですね。なにせブートですからその宣伝も面白い・・それはなんと「ピアノに首を突っ込んだような音」と表現されている。いっやー-初めて聞いた言葉(表現)だ(笑)。
 たっぷり15曲、ビートルズ(下左)ものが5曲、レディオヘッド(下右)が2曲、デヴッド・ボウイ1曲、セロニヤス・モンクやコール・ポーターも登場。メルドー自身のオリジナル曲は1曲のみだ。

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 ビートルズものは選ばれるのも解るが、レディオヘッドがお気に入りなのだろうか、ロックといっても音楽性が高いという事か、オルタナティヴ・ロックの大枠にジャズ、クラシック、現代音楽などを混交した多彩な実験性のある音楽性にメルドーもどこか気に入っているのかもしれない。
 私にとってはM01,M3.,M10, M14, M15 あたりが聴きやすかった。しかし相変わらず左手の演奏が別格に充実していて、M8."SOMETIMES REAL"はトラディツショナルという事だが、おそらく彼の即興が加味されての曲の深みが凄い。

 しかし、あまりないことだが、オフィシャル盤をパスしてブートをあさって楽しんでいるブラッド・メルドーというのは私にとっては異端児ですねぇーー。皆さんはどうなんだろうか。

(評価)
□ 曲・演奏 88/100
□   録音   88/100

(参考試聴)
Mehldauのソロ演奏 "YOUR MOTHER SHOULD KNOW"(The Beatles)

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2022年10月 1日 (土)

ジュゼッペ・マガニーノ Giuseppe Magagnino 「My Inner Child」

いかにも物語が見えてくる世界を描く端正なピアノ・トリオ・ジャズ

<Jazz>

Giuseppe Magagnino 「My Inner Child」
GleAM Records / Import / AM7014 / 2022

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Giuseppe Magagnino (piano) 
Luca Alemanno (double bass )
Karl-Henrik Ousbäck (drums )
Unknown (female voice on 5)

   どうも私のイタリア好きの中では名前が初聞きのようであったが、イタリアの俊英ピアニスト、ジュゼッペ・マガニーノGiuseppe Magagnino(1977年生)がピアノトリオとピアノ・ソロで構成した叙情派ピアノ・ジャズの2022年作品で、これは彼のデビュー作となる作品であった。
 この企画は2018年にスタートし、芸術的価値を求めつつ自分自身を完全に表現できるように磨きをかけてのリリースに至ったものらしい。2020年パンデミックによるロックダウンのため、当初予定されていた録音が延期され、その結果作品のコンセプトをより明確にし、自信を持ってプロジェクトを実現することができたと言う。
 説明によると、アルバムに収録された楽曲は彼の人生の物語を語っているらしい。
 彼のスタイルは、ジャズの伝統と北ヨーロッパのジャズの典型的なサウンドとアレンジして、イタリア音楽の特徴であるメロディーを生かしたものと説明されていた。

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(Tracklist)

1. Mi Vida 8:33
2. Deja Vu 4:27
3. A Long Journey 8:26
4. Dancing With Shadows 5:14 (solo piano)
5. My Inner Child 4:19
6. Conversando Con George 3:40
7. Nelle Tue Mani 4:52
8. I Loves You, Porgy 3:35 (solo piano)

   all composed & arranged by Giuseppe Magagnino except #8 G.Gershwin
 (Track4&8 recorded in piano solo)
   Recorded on August 9 & 10 2021 at Sudestudio di Guagnano Lecce (Italy) (#1, 2, 3, 5, 6, 7)
   Recorded on November 18 2021 at Teatro Oratorio Don Orione di Arnesano Lecce (Italy) (#4,#8)

  イタリアの伝統からか多くのミュージシャンを生んでいるが、ジャズに限らずそこにはメロディーの豊かさと歌心が存在して世界に愛されてきたことは事実だ。このジュゼッペ・マガニーノ(下左)も、そんな世界かと期待をしながらの初お目見えであった。
 このアルバムのコンセプトは彼自身のジャズ界への初見参であり、パンデミックによるコンサートの中断期間中に生まれた一つの世界「マイ・インナー・チャイルド」である(2017から2021年まで生まれた曲を十分練ることが出来たという)。それは時間をさかのぼっての子供時代への回顧と当時の新鮮な感情を尊重した生き方の表現のようだ。大人の年齢であっても、子供がまだ私たちの一人一人の中に住んでいる状態で、好奇心、衝動と熱意を大切にすることの表現につながっている。

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 とにかく端正できめ細かく感覚豊かにして流麗に展開してゆくクリアー・タッチのピアノが、繊細で奥深い憂愁的情景やロマンティシズムを描き出す。これは実は私の描く現代イタリアものという世界からは少々異なっていて、襟を正した世界で、いい意味で裏切っている。そこには彼のクラシック勉学の味が根付いているのかも知れないが、コンテンポラリーな味付けも生きていて楽しめる。

 特に私のお気に入りはM4."Dancing With Shadows"で、美しいメロディーを静かな演奏でつづってゆく彼のピアノ・ソロだ。
 しかしその他のトリオ演奏でもM3." A Long Journey"の中盤のルカ・アレマーノ(上中央)のベース・ソロ、M6." Conversando Con George"のカール・ヘンリック・オウスバック(上右)のドラムス・ソロも節度の中でマガニーノのピアノの流れを崩さず見事であり、又ピアノに与える刺激性も適度にあって快演だ。
 最後M8." I Loves You, Porgy"は、静かな落ち着いた心を描いてこのアルバムを締めるのであるが、そのあたりはなかなか練られたアルバム作りだ。

 どちらかというとネッチリ歌心というイタリアものでなく、北欧風の牧歌的色も加味した端正にして回顧する詩的空間に誘導してくれた気品高いピアノ・トリオ・ジャズであった。

(評価)
□  曲・演奏 :   87/100
□      録音   :   87/100

(試聴)

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