ヴォルフェルト・ブレデロード Wolfert Brederode 「Ruins and Remains」
ピアノと弦楽カルテットとドラムスの構成にる深淵なる世界
待望のニュー・アルバム6年ぶりに登場
<Contemporariy Jazz>
Wolfert Brederode Matangi Quartet Joost Libaart
「Ruins and Remains」
ECM / GERM / ECM 2734 / 2022
Wolfert Brederode: piano
Joost Lijbaart: drums, percussion
The Matangi Quartet: Maria-Paula Majoor, Daniel Torrico Manacho: violins; Karsten Kleijer: viola; Arno van der Vuurst: violoncello
オランダのピアニスト、ヴォルフェルト・ブレデロードによる、ECMでは4枚目のアルバム。私が彼に注目するのは2003年のアルバム『'en blanc et noir'9』(Daybreak DB CHR 75187 →)やアルバム『Black Ice』(ECM2476/2016)が気に入って以来である。そして私が彼と話が出来たのは、もう6年前の2016年にSusanne Abbuehl(スイス)と来日した時だった。彼は40歳を少し過ぎたころでなかなかの好青年、新潟県上越市の浄土真宗の浄興寺というお寺でのことであったが、こんな田舎で彼のあの時のニュー・アルバム『Black Ice』を持っていた私を見て非常に喜んでくれたのを思い出す(右下、浄興寺本堂にて)。それ以来の久々の登場のアルバムで私の待ちに待った期待作である。
これまで彼はトリオやカルテットでの作品をリリースしてきたが、今作は異色の特別なプロジェクトと言ってよいだろうピアノ、弦楽四重奏、パーカッションという構成だ。もともとは第一次世界大戦の終結から100年を記念する音楽の依頼を受けていて、彼が作曲したもので、2018年11月に既に初演されたが、その後の今回のリリースの為の2021年の録音(エンジニアはStefano Amerioで期待が更に高まる)までの間に、さらに練り上げ個人的な意味をも表現できるところまでに至ったとか。それは彼の言葉によると「さまざまな段階で、この作品は悲しみと喪失、そして再び立ち上がる事を学ぶことと関係がある」という事だ。
今回の特徴の弦楽四重奏団との共演だが、このマタンギ四重奏団(下中央)はオランダでも非常に新たな世界に果敢に冒険し成果を上げている四重奏団として評価があるようだが、もともとブレデローデ(下左)とはハーグの王立音楽院(オランダ)の学生時代からの友人で、ブレデロードの演劇音楽の公演でしばしば共演しており、バロック音楽、現代作曲、ジャズなど幅広いレパートリーを持ち、オランダで最も多才な弦楽四重奏団として高い評価を受けている。
又ドラマーのヨースト・ライバート(下右)も、2004年からブレデローデと共にジャンルを超えて活動している仲間だ。
(Tracklist)
1. Ruins Ⅰ
2. Swallow
3. Remains
4. Cloudless
5. Ruins and Remains
6. Ka
7. Ruins Ⅱ
8. Duhra
9. Ruins III
10. Retrouvailles
11. Nothing for granted
12. Dissolve
13. March
14. Ruins IV
第一次世界大戦の終結をテーマにしているだけあって、決して陽気ではない。そしてアルバム・タイトルも「廃墟と遺跡」ということだと思うが、100年の経過で今にしてそれを知らない人間としての心に置くべき世界を描いていると言ってよいのだろう。
そもそも第一次世界大戦は、同盟国(ドイツ・オーストリア・オスマン帝国が中心)と連合国(イギリス・フランス・ロシアが中心、そして日本(日英同盟による))の世界の植民地化に伴う列強の対立、民族の対立に加えサラエボ事件などにより始まった世界を巻き込んでの1914年から1918年にかけての戦争であり、なんと戦闘員900万人、非戦闘員700万人が死亡した。オランダ、スウェーデン、ノルウェー、デンマークなどは中立国の立場で苦労し、オランダはドイツの影響を強く受けていた国であったが、連合軍側に譲歩したことから逆にドイツからの攻撃を受け、国は悲惨な状態となった。
そんな歴史を回顧しての全曲ブレデローデによるもので、演奏は静か世界を描きつつ、心に響いてくる荒涼としたムードと一方どこか不思議に希望に満ちたムードが感じられるところにある。この全14曲は、「廃墟」の観察を冒頭にそして中盤に二つ、最後にと4曲配して全体を一つのテーマにまとめ上げていて、弦楽カルテットとドラムスの音に彼の繊細にして美的なピアノの音が溶け込んで一つの集合体としてのサウンドを構築し、時に現れるピアノの音がぐっと情景に迫るスタイルで進行する。この流れはある時は哲学的な深さに誘い、ある時は人間社会の美をも感じられる世界が交錯するところにあって、どの曲がというより全曲を一つとして聴くところに人生の最盛期を迎えようとしているブレデローデの人生観も含めて大きな感動がある。
ECM的世界と言ってしまえばそれまでだが、戦争の主体でもあったドイツからのリリースは今にして不思議と言えば不思議であり、ECMを担うプロデューサーのManfred Eicherの哲学も垣間見れるところだ。更にエンジニアのStefano Amerioの音楽的録音技術は見事で、ストリングスの位置、ドラマーのシンバルの響き、それにピアノの音の配置などが絶妙で描く世界を彼が大きく支えている。
おそらく、ECMとしても重要なアルバムとなってゆくことだろうと思うのである。
(評価)
□ 曲・演奏 : 95/100
□ 録音 : 95/100
(試聴)
*
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コメント
美しいですね。
タイトルは「破滅の名残り」なのでしょうか。
核戦争の一撃から逃れても、死ぬのが少し遅くなるだけですよね。
投稿: iwamoto | 2022年10月12日 (水) 12時45分
iwamoto様
コメント有難うございます
Ruinsとは廃墟とか破滅ということですよね・・・なんとなく描こうという世界が解りますが、100年前の第一次世界大戦にも思いを馳せる、常に中立でありたいと願っていても大国との関係で悲惨な状況を招かねばならなかった国が戦争の悲惨さを常に認識しようとする姿は日本も見習わなければならないですね。
それにしても全く戦争とは歴史的にもかけ離れた現代人たちが・・・何かそこに迫り学ぼうするところは感ずることが出来たアルバムでした。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2022年10月13日 (木) 12時13分
こんにちは。
当方に書き込みありがとうございます。
今回はあまり何も読まずにアルバムコメントを書いてしまったのですが、第一次世界大戦終結がテーマでしたか。もともとこのアルバムは好きになりましたが、そういうことを知ることで一層深みが増すのではないかと思います。この変則編成も納得の仕上がりではないかと思います。
当方のブログアドレスは以下の通りです。
https://jazz.txt-nifty.com/kudojazz/2022/10/post-ff9173.html
投稿: 910 | 2022年10月23日 (日) 17時02分
910さん
わざわざ、こちらにコメント有難うございました。
今回のブレデローデのアルバムも、彼らしいところが覗きつつの荒涼とした世界から訴えも感じられる素晴らしいものでした。この点の評価も同じで喜んでいます。
アルバム一枚を通して、何かを描き訴えそしてそれに対峙する心を表すというところは素晴らしいですね。アイヒヤーも十分解っての作成だったと思います。
又よろしくお願いします。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2022年10月23日 (日) 20時30分
風呂井戸さん,こんにちは。
これは実に素晴らしいアルバムで,私は大いに感銘を受けました。間違いなく,今年のベスト盤候補です。記事にも書きましたが,これはプレイヤーの演奏の質だけでなく,プロデュースの勝利の部分もあると思いました。最高ですね。おっしゃる通り,ECMレーベルにとっても重要作になると思います。
ということで,当方記事のURLを貼り付けさせて頂きます。
https://music-music.cocolog-wbs.com/blog/2022/11/post-920bc6.html
投稿: 中年音楽狂 | 2022年11月 6日 (日) 16時14分
中年音楽狂さん
コメント有難うございます
私は、このWolfert Brederodeは期待のピアニストで、待ちに待っていました。ストリングス・カルテットとの共演には驚きましたが、この仕上げの良さでピアノが十分生きていて納得しています。
おっしゃるようにプロデューサーManfred Eicherのかなり力の入れた作品と思います。ドイツの知識人は戦争にも敏感で、その意識も入っているのかなぁーーと想像していますが。
そしてBrederodeには次はピアノ・トリオに期待です。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2022年11月 6日 (日) 17時33分