ドミニク・ミラー Dominic Miller 「Vagabond」
南仏の自然の中から生まれた詩情豊かな作品
<Jazz>
Dominic Miller 「Vagabond」
ECM / Import / 4589048 / 2023
Dominic Miller (g)
Jacob Karlzon (p)
Nicolas Fiszman (b)
Ziv Ravitz (d)
これはドミニク・ミラーDominic MillerのギターによるECM作品である。2017年のアコースティックギターがメインの作品『Silent Light』(ECM5728484)に出会ってからもう5年以上になるのかと、ちょっと時間の経つのの速さに驚いているが、あの作品は繊細で美しい音色を奏でて、ECM的というか静かで穏やか、落ち着いた雰囲気が漂っていて素晴らしかった(マイルズ・ボウルドが時折パーカッションで参加しているがほぼ全編ソロ・ギタリストとしての作品)。そして2作目『Absinthe』(ECM6788468/2019=これはクインテット作品)を経て3作目となる作品だ。
この今作『Vogabond』は、前作にも参加したベースのニコラ・フィズマン(ベルギー)に加え、イスラエル・ジャズ・シーンを牽引するドラマー、ジヴ・ラヴィッツとスウェーデンのピアニスト、ヤコブ・カールソンを迎えたカルテットのスタイルだ。そして全曲オリジナルで構成されている。
今作のタイトル"Vogabond"とは、"放浪者"という意味だが、ドミニクの亡き父が大切にしていたイギリスの詩人ジョン・メイスフィールドの同名の詩からとったものらしい。ドミニクは「私は自分を放浪者(ヴァガボンド)だとは思わないが、旅をする人々に共感しているし、一箇所に留まって毎日同じ人々に会うよりも、このライフスタイルを好む」と話しているが、実はその意味より"父親を回顧している"作品であるという事の意味が強そうだ。
実際には、この2年はパンデミックもあって、ほとんど旅行する機会がなかったため、現在数年住んでいる南フランスの身近な環境に焦点を当て、新曲を書いたという。彼の説明では「このパンデミックの間、とても自然に私は南仏の周囲の環境に影響を受けました。私は何度も長い孤独な散歩に出かけ、田舎はいつの間にかこのアルバムにおける私のコラボレーターとなっていました。“Vaugines”(M4)は、私が歩いていた美しい小さな村のことですし、“Clandestine”(M5)は時々地元の人たちに会う隠れ家的なバーのことです。“Mi Viejo”(M7))は簡単に言うと、私のお父さんという意味です。」と。
01. All Change
02. Cruel But Fair
03. Open Heart
04. Vaugines
05. Clandestin
06. Altea
07. Mi Viejo
08. Lone Waltz
このアルバムは、2021年4月に南フランスで録音され、ECMマンフレッド・アイヒャーによるプロデュース作品となっている。スティングのドミニクを知る人からは、ロックからECMというとかなり不自然と思うだろうが、彼は1960年3月21日、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。バークレー音楽学校、ロンドン・ギルドホールスクールでクラシックを学んでいるのだ。ただ1991年にスティングのアルバム『ソウル・ケージ』に参加し、その後のスティングのツアー、レコーディングには欠かせないギタリストとなった。しかし彼の関心のある処、キース・ジャレットをはじめ、パット・メセニーやラルフ・タウナー、エグベルト・ジスモンチをはじめECM作がいろいろあったようだ。そうすると"成程、そうゆうことか"と、疑問も晴れてくる。
このアルバムでは、オープニングのM1." All Change"では、四者のそれぞれが一つの流れに向かって繊細にして多彩な演じ合いが、自己紹介的に聴きとれるが、M2." Cruel But Fair"でぐっと深遠な世界に入る。ギターのリードは決して技巧に凝った難しさというよりはその場をいかに描くかという状況の反映というところに音は流れる。したがって旋律を流すということよりもピアノ、ベースを誘って物語を始めるようなスタイルだ。ドラムスはあらゆる状況を丁寧にサポートする。
M3." Open Heart "ギターに続いてピアノと静かな状況描写、シンバル音がささえる。
M4."Vaugines" ギターの響きがローカルな美しいのどかな村を連想させる。
M5." Clandestin" ギターとピアノが静から動へ。ドラムスとベースで築くリズムが力強く印象的。
M6."Altea" は、静かな展開の中にギターとドラムスの掛け合いが面白い。そして中盤からはピアノが主流に変わって動的に変化し、かなりドラムスのパワーが生きてアクティブな展開も。最後再びギターの静かな世界に戻る。
M7."Mi Viejo"は英語で言うと"my old man"という意味で父親のことらしい。ふと回顧的な静。
最後のM8."Lone Waltz"は、再びカルテットのアンサンブルを楽しむ世界。
繊細な表現に個々のプレイヤーが長けていて、そのセンスから生まれる優雅であり牧歌的であり詩的である世界の表現が見事である。フランスはそれなりにあちこち旅したことがあるが、考えてみると南フランスは未経験だった。このアルバムに接してみると、メンバーは実際に南仏に3日間滞在して演奏の核を感じてのアルバム作りであったようだ。それを聞いてなんとなく時間の余裕のある旅をしたくなる世界を想像することが出来た。
(評価)
□ 曲・演奏 88/100
□ 録音 88/100
(試聴)
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コメント
メジャーに転調するところ、難しいですね。
この映像に出てる人が弾いているのですか。
渋い老けですね。 わたしはこのような男っぽい感じにはなれないというか。
投稿: iwamoto | 2023年5月14日 (日) 12時09分
iwamoto様
コメント有難うございます ^^
クラシックを学び、ロックを演じ、そしてECM世界に・・・・人生はこんなものなのでしょうか
おっしゃるように"渋い老け"ですね・・・日本人には、ちょっと憧れるところもありますね。
いろいろな老け方がありますが・・・"ベニスに死す"なども、ふと想い浮かべました。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2023年5月15日 (月) 11時07分
あのアダージェットより美しいと思える曲があったら、教えてください。
投稿: iwamoto | 2023年5月15日 (月) 12時39分
iwamoto様
これはこれは難題ですね ^^
マーラー超えですか、これほどの難題はありません。単に「美」といっても陰影がかぶって来る美には、その環境が演ずるモノと聴くモノの世界観が相当に影響しますから・・・私=iwamoto様と言うわけにもいかないでしようね、そこが面白いところでもありますが・・・
http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/cat42365001/index.html
を参考にしていただければ・・・と、逃げました。(笑い)
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2023年5月15日 (月) 16時25分
こんばんは。
今回新譜で来たアルバム、それぞれ趣向は違えと興味深い内容でしたけど、このアルバムは、特にギターが奏でるメロディに引き込まれました。それを有名どころのミュージシャンたちがサポートしていて、もっと何かできるんじゃないか、ということはあまり考えずに、ここから湧き出てくる音楽を楽しみました。このアルバムは、おそらく何度も聴き返すことになると思います。いいアルバムに出会えました。
私のブログは以下のアドレスです。
https://jazz.txt-nifty.com/kudojazz/2023/05/post-77f3a7.html
投稿: 910 | 2023年5月16日 (火) 19時56分
910さん
こちらまで、お越し頂いて有り難うございました。
スウィング・ジャズとは全くの別世界、こんなユーロの世界も私は好きです。
北欧とは又一味違う牧歌的世界・・・ある程度年齢を重ねての味わいはなかなか奥深いですね。
ECMがあってリリース出来るアルバムかもしれませんが大歓迎でした。
リンクも有難うございます。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2023年5月17日 (水) 12時36分
突然すみません。日本でドミニク・ミラーのファンサイトを運営している者です。検索をしておりましたらこちらのサイトがヒットしましたのでお邪魔させて頂きました。まずは、『Vagabond』を聴いて頂き、また気に入って頂けたようで嬉しいです。
ドミニク・ミラーという人は正統派のJAZZファンではなく、今も彼自身、自分がJAZZをやっているつもりは全然ありません。ギターアルバムを作っているつもりすら無いです。というか、そういうのは作りたくなかった、とハッキリ言っています。
彼はあくまでも自分が歌わない、歌詞をかかないので、その歌の部分をメロディとして表現し、曲全体に自分が語りたい「Narrative (物語)を込める、という意図を持って曲を書いていて、所謂尺の長い即興が延々続くタイプのJAZZはあまり好きじゃ無いです。
そして、一応彼なりに語りたい物語はあるんですが、でも、できるだけ音楽の中に「空間」を残して、その「空間」にリスナーが思い思いに自分のストーリーを投影してほしい、という思いがあり、このような「空間」が多い音楽をやっています。かなりのテクニックを持つギタリストなんですが、テクニック面に注目して欲しくなくて、あくまでも「曲」を聴いてほしい人です。
この人は恐らくここまで雑多に世界中の音楽を幅広く体得しているギタリストも少ないだろう、という人です。そういう「一風変わった引き出しの多さ」がマンフレート・アイヒャーの興味を引いたんでしょうね。(ECM側から彼にアプローチがあったんです)
あとは「音を良くする事」に命かけてる人なので(スティングの時にエレキ弾いていても彼の音は本当に素晴らしいです。)いろんな面でECMに来る事ができて、本当によかったとファンは思っている次第です。ただ、アイヒャーは色々要求は厳しめのようですね。このアルバム、8曲(うち1曲は昔の曲)しか入ってませんが、ドミニクは32曲ほど準備していたようです。
投稿: Dominic Miller FanPage JAPAN管理人 | 2024年1月14日 (日) 02時06分
Dominic Miller FanPages JAPAN管理人様
ご丁寧なコメント有り難うございます
ロックではプログレッシブ(死語に近い)な世界を愛して、現在はかってのジャック・ルーシェからジャズの世界に興味を持ち、キース・ジャレットを経て現在に至っている者ですが、このアルバムのDominic Millerの世界にも惚れ込みました。音楽へのミュージシャンのアプローチの仕方には、人それぞれのパターンがあるようですが、まだまだ彼の目指すものには興味があります。よろしく御願いします。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2024年1月17日 (水) 09時24分
ドミニクが聞いたらとても喜びそうなコメントをありがとうございます。この人は南米出身なので、ブラジルスタイルのギター、アルゼンチンのフォークロアから始まり、教会音楽、クラシック、母方のケルト音楽から始まって、後からエレキギターを始め、ジミ・ヘンドリクス、ジョン・マクラフリン、ラリー・カールトン、パット・メセニーが彼のヒーローでした。あとはグレイトフル・デッドのジェリー・ガルシアの超ファンというのが変わっている部分です。そして、バッハ命です(笑)
引き出しが多い故、また次はそれまでと全然違う作品出してくると思いますが(同じ事を絶対やりたくない人です)クオリティ的には間違いないもの出してくるはずなので、今後も気にしてあげてください(笑)
ちなみに、本日、彼の5年ぶりの来日公演の日程が正式にリリースされました。4/19-21の3日間、前と同じく東京のコットン・クラブとなります。もしよろしければ是非。キーボードは今回、ヤコブ・カールソンではなく、ジェイソン・リベロとなります。
投稿: | 2024年1月17日 (水) 23時47分
うっかりして名前を入れないまま送信しましたが、上のコメントは私です。すみません・・・。
https://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/dominic-miller/index-test.html
投稿: Dominic Miller FanPages JAPAN管理人 | 2024年1月17日 (水) 23時49分
D.Miller FanPqges JAPAN管理人様
ご丁寧にコメント有難うございました。
ロック界のギターとジャズ界のギターの違いを感じつつ、ロックではかってあれだけ好んだギターでしたが、ジャズに於いてはピアノの世界に没頭している私ですが、ふとジャズとしてのDominicのギターが、私は惹かれるものを感じてます。
来日なんですか、カルテットで・・・楽しい情報をありがとうございました。コロナ以来コットン・クラブもご無沙汰してますが(笑)、期待度は高いです。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2024年1月18日 (木) 23時38分