山本 剛 Tsuyoshi Yamamoto Trio 「A SHADE OF BLUE」
ホール感たっぷりの臨場感ある高音質録音によるトリオ演奏
SA-CD, MQA-CD (両者通常CD対応), LP でリリース
<Jazz>
Tsuyoshi Yamamoto Trio 「A SHADE OF BLUE」
evolution music / MQA-CD / Import / EVSA2536M / 2023
山本剛(ピアノ)
香川裕史(ベース)
大隅寿男(ドラムス)
(録音場所) 品川区立五反田文化センター音楽ホール
おなじみの山本剛トリオによる最新録音アルバムが、音にうるさいEvolution Musicからリリースされた。今回は、かなり音にこだわってクラシックの演奏会でも使用される五反田文化センター音楽ホールでのライブ録音で、エンジニアに日本スタジオ協会主催「日本プロ音楽録音賞」で数々の賞を受賞した入交英雄氏が当たっている。演奏内容は、これまでのトリオやソロ名義の人気曲に焦点を合わせて、最近の作品では収録されていないものも選んで、192mHz/24bitのハイレゾ+イマーシブImmersive録音(立体音響・没入型サラウンド / MQA-CDはステレオ、SACDは5.1chを収録)で収録。いわゆる人間が会場で聴いた感覚に迫りたいという事であり、入交英雄氏によると「イマーシブ作品として制作されました。ピアノに8本、ベースに3本、ドラムに12本、さらにホールトーン用に16本ものマイクを使用しています。皆様が手に取っていらっしゃる、ステレオ、5.1ch製品(ハイブリッドSACDのみに収録)は、イマーシブ録音の良さをできるだけ取り入れるようにミックスしています」と言っている。更にマスタリングはオランダのBK AUDIOスタジオで行ったとか。
(Tracklist)
1.Speed Ball Blues
2.Speak Low
3.The Way We Were
4.Like Someone In Love
5.Black Is The Color
6.Girl Talk
7.Midnight Sugar
8.Last Tango In Paris
9.Misty
10.Bye Bye Blackbird
今回私が聴いたのは、MQA対応装置によってのMQA-CD・ステレオ盤だが、聴いて直ぐ解るのは、確かにこれまでの作品には見られないホール感というか奥行きと広がりを味わえる臨場感がある。近年はオーディオ界で求めているのは、こうしたトリオ演奏盤などではそれぞれの楽器の演ずる音のリアル感と迫ってくるような高音質を求めるものと、ホール感などの臨場感を描くことなど多様である。このアルバムの目指すところは、単なる楽器のリアルな音というのでなく、音楽として聴くときのライブで聴ける会場のホール感などを含めての雰囲気などを再現したいという事なのだろうか。
近年のこのトリオは、2021年の『MISTY for Direct Cutting』(SCOL-1056)とか、2022年の『BLUES FOR K』(SCOL-1062)など円熟トリオの演奏の味を聴かせつつ、その度に録音にこだわったところを聴かせてきた。今回もその一つの手法を試みているところがあって、私にとってはその企画は実に楽しい。選曲も演奏も2アルバムと似たようなものなので録音音質に興味が湧くところだ。
M1."Speed Ball Blues"はスタートとして、スピート感もあって冒頭から、確かに山本のピアノの音が単に前面に出てくるのでなく、ホール感の中で適度に迫ってきた。たが、それに続く中盤のソロで演じられる香川のベースの音がドラムスの音と比較しても若干曇りがある感じでリアルに迫ってこない。そのあたりが気になったがそのまま進行。
M2."Speak Low"は山本もかなり気合の入る曲。ここではベースとドラムスの快適なテンポのリードが楽しい。
M3."The Way We Were"は、ピアノ・ソロに近い演奏であるが、ピアノの音の澄んだところ、高音への響きなど理想に近い録音に聴こえ、大隅のブラシ音も手ごろだ。
M4."Like Someone In Love"は、ドラムスの活動が表に出た録音であり、音質も良好だ。
M5."Black Is The Color"は、スウィング感十分のトリオとして楽しめるところに仕上がっていて、ピアノの高音の美しさ、ドラムスのスティック音も快適。ただしやっぱりベース・ソロにおける迫る音の録音音質不完全さが気になった。
M6."Girl Talk"は、ベースの響きも重要だと思うのだが、それが若干曇りがあってリアルな響きに聴こえてこない。
M7."Midnight Sugar"、M9."Misty"は、山本剛としては、忘れてならないお馴染みの曲だが、若い時のぐっと迫るという演奏よりは、年齢を重ねた結果のアッサリ感がやはり感じられるところだ。しかしM7の夜のブルースがムード満点で楽しめるところはさすがだ。しかしここにおいてもベースの重要性を納得できるリアル感で聴けなかったところがやはり残念。
M8."Last Tango In Paris"は、ドラムスのソロも入ってトリオとしての楽しさが伝わってくる。
M10."Bye Bye Blackbird"は楽しさが前面に出てご機嫌。
いろいろと音質に関しての要望も強い近年、それを意識してのアルバムであったと思う。音場・ホール感を重視しての録音や、楽器それぞれの音質のリアルな録音と求めるといった多彩な中での一つの回答のようにも思うが、音楽的な全体像と個々の演奏の味をうまく聴かせるには、相当のミックス、マスターリングのセンスも問われるところであろう。このアルバムでは若干ウッド・ベースの録音が低音は出ていても、今や演奏者のピチカート奏法の味まで求める時代にしては、若干期待外れと言ってもしょうがないであろう。
そして一方高音質を求める中で、LP(Vinyl)盤が勢いを吹き返しているが、このアルバムもご多忙にもれずLP盤のリリースもある。しかしLP盤を納得した音で聴くのには、かなりの投資が必要で、そうでないならCDの方が勝っている。従ってLP盤がただ音が良いというのは幻想で、その味を引き出して聴くというのはそれなりの経済的覚悟が必要だろう。
もう結構歴史を重ねたSACDなどもその価値は解るが、それより従来のCDや安価で高音質を求めたMQA-CDが目下難航しているのは、オーディオ界各社の思惑のある商業的な背景も影響しているのか・・・残念なことだ。しかし聴く者の立場も尊重して、このアルバムはSACD、MQA-CD両方でリリースしたのは評価しておこう。
更に余談だが、近年のオーディオ界は愛好者の減少の流れは相変わらずで、その為高音質というものを一つの大きな売り物にしている。それは悪いことではないが、なんでも高価なハイエンド機器優先というような流れにあることが問題だ。標準機器を大切に育て供給することを忘れ、ただ利益の多い高価な世界に安住しているとしっぺ返しがあるかもしれないと、ふとそんな余計な事も思った次第。
(評価)
□ 演奏 88/100
□ 録音 88/100
(試聴)
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コメント
コチラに公開された過去の記事を眺めてみたら小生が全く知らない人ばかり・・、貴殿の音楽ジャンルの幅広さには驚かされます。山本剛さんという方はジャズ界で有名なピアニストなのですね。小生はジャズは全く苦手ですが、友達に誘われてキース・ジャレットと秋吉敏子のコンサートは見に行ったことがあります。
投稿: ローリングウエスト | 2023年11月 8日 (水) 12時50分
ロ-リングウエスト様
コメント有難うございます
山本剛は、1970年代当時ジャズ愛好家の中では驚異の高音質録音盤で人気のあった"three blind mice"というレーベルにてピアノ・トリオでデビュー(アルバム「MIDNIGHT SUGER」)して、その後のアルバム「Misty」で最高の人気を博して以来の日本ジャズ・ピアニストです。ジャズ喫茶でもてはやされました。
はっきり言って、世界的ジャズ・ピアニストのキース・ジャレットの名盤は多いですが、それよりはるかに高音質LPで、オーディオ人気の時代に一世を風靡しました。今はCDで当時のものが手に入りますが、負けずの高音質盤です。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2023年11月 8日 (水) 18時34分
「更に余談だが、近年の・・」、まったく同感です。CD以降ディジタル化の果たした役割は私にとっては大きく、
1)安価で高音質な音楽が聴けるようになった
2)移動中など、どこでも同質の音楽が聴けるようになった
3)再生装置より、より多くのミュージシャンの音楽、ライブにお金がかけられるようになった
そのメリットを評価し、享受しています。
投稿: 爵士 | 2023年11月12日 (日) 09時56分
爵士さん
コメント有り難うございます
おっしゃるようにデジタルの音楽界、オーディオ界にもたらした福音は大きく・・・それを忘れてはいけませんね。
オーディオ的にアナログの魅力は魅力として、だからデジタルを否定は今や全く出来ません。そしてその勝るところも甚大ですネ。
ストリーミング時代になりましたが、良い面を更に充実させて、大衆を忘れず発展していってほしいものです。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2023年11月12日 (日) 11時03分