ヴィジェイ・アイヤー Vijay Iyer, Linda May Han Oh, Tyshawn Sorey 「Compassion」
アメリカ社会の暗部を背景に人間的に迫ろうとする意欲作
<Contemporary Jazz>
Vijay Iyer, Linda May Han Oh, Tyshawn Sorey 「 Compassion」
ECM Records / JPN / UCCE-1204 / 2024
Vijay Iyer(p)
Linda My Han Oh(double-b)
Tyshawn Sorey(ds)
Recorded May 2022, Oktaven Audio, Mount Vernon, NY
「21世紀のECM」を代表するピアニストといわれるヴィジェイ・アイヤー(米、右、紹介は末尾に)の3年ぶりのECM通算8作目となるピアノ・トリオ・アルバムの登場。 前作『Uneasy』(ECM352696)に続いての彼は多くのインスピレーションを二人から受けているというベーシストのリンダ・メイ・ハン・オー(1884年マレーシア生まれ、中国系移民、オーストラリア育ち、下左)とドラマーのタイショーン・ソーリー(1980年米国生まれ、クラシック・ジャズ両面で評価を受けている、下右)をフィーチャーしたトリオの2作目。 "独特な創造性のある作品"と前評判のコンテンポラリー・ジャズ・アルバム『Compassion』だ。
ニューヨークタイムズ紙は、「新たな領域を探求する意欲を持ち続けると同時に、レーベルに長く関わってきた先人たちにも言及している。このアルバムには、スティーヴィー・ワンダーの「Overjoyed」の力強い解釈が収録されており、故チック・コリアへの間接的なオマージュ。もうひとつの「Nonaah」は、ピアニストにとって重要なメンターである前衛の賢人ロスコー・ミッチェルの作品。オリジナル曲群は、メロディアスに魅惑的でリズミカルな爽快な曲、物思いにふけるようなタイトル曲、フックが絡み合ったハイライト曲「Tempest」や「Ghostrumental」まで、多岐にわたる」と評価し説明している。
収録曲は13曲で、新たな世界の展開を試みるヴィジェイ・アイヤーのオリジナル曲は9曲、それは社会に存在するレイシズム(人種主義)そしてアパルトヘイトなどの不安、一方コロナ禍のような社会不安などがテーマで、ここ数年で作られてきたものだ。そしてその上に、彼の尊敬する人たちの曲やそれにまつわるもの等の4曲である。
(Tracklist)
1. コンパッション Compassion (Vijay Iyer)
2. アーチ Arch (Vijay Iyer)
3. オーヴァージョイド Overjoyed (Stevie Wonder)
4. マエルストロム Maelstrom (Vijay Iyer)
5. プレリュード:オリソン Prelude: Orison (Vijay Iyer)
6. テンペスト Tempest (Vijay Iyer)
7. パネジリック Panegyric (Vijay Iyer)
8. ノナー Nonaah (Roscoe Mitchell)
9. ホエア・アイ・アム Where I Am (Vijay Iyer)
10. ゴーストゥルメンタル Ghostrumental (Vijay Iyer)
11. イット・ゴーズ It Goes (Vijay Iyer)
12. フリー・スピリッツ / ドラマーズ・ソング Free Spirits / Drummer’s Song (John Stubblefield / Geri Allen)
アイヤーのECMからのデビューは、2007年のロスコー・ミッチェルのメンバーとして参加したアルバム『ファー・サイド』で、マンフレート・アイヒャーの支持を受けECMと契約し、2014年に室内楽との共演作品『ミューテイションズ』をリリース。その後、その都度異なるミュージシャンとの共演が展開され、2021年には新トリオ作品『Uneasy』をリリースし、絶賛を受け評価を勝ち取った。その為か今作はその同トリオによる待望の2ndとなる新作である。
何といっても、その心結ばれるメンバー同士において、センスと技量においての認め合う関係があり、その上での自由な空間でのインタープレイがインパクトのある音世界を演じ見事である。 アメリカン・ジャズのエッセンスはしっかり持って、その上に築かれる創造性はこのアルバムで一層充実した。しかも、その根底にあるところの"アメリカ社会の暗部"に対しての訴えがにじみ出ているところにも注目すべきである。
スタートのM1."Compassion"から、アルバム・タイトル曲の登場。「思いやり」ということか、彼の話からもインストゥルメンタル曲に深い意味を持たせるがための試みである今作のスタートである。 静というか深層心理に迫りそうな静かなピアノの演奏から終盤への盛り上がりが素晴らしいのだが、ピアノとベースの絡み合いも聴きどころ。アメリカ社会におけるそれは苦しみや不安の表現から、襲ってくる得体のしれない波を表現しつつ、思いやりの心を描きたっかったのだろうか。このトリオは「有色人種の3人組」というところにも意味が見えてくる。
M2." Arch" アパルトヘイト廃止へ尽力したDesmond Turu大主教に心を寄せた曲。
M3." Overjoyed"は、ピアノ・ジャズの世界そのものの演奏。アメリカン・ジャズの匂いがプンプンとしている。亡きチック・コリアを脳裏に描きつつ彼の感謝・祝福の言葉なのだろうか。
M5."Prelude: Orison" 静かな世界に響く祈りの心。哀感と美しさのピアノの世界にベースの響きも美しく。これは彼が尊敬し愛した南インド出身の薬学博士で平等主義者のY.Raghunathanに捧げた曲だ。
M6." Tempest " 激動と動揺の社会現象を荒々しく表現し、M7."Panegyric"では、努力と尽力の礼賛の心の表現か、メイ・ハン・オーの低音ベースが光る。。
M8."Nonaah" アイヤーの拠り所であるRoscoe Mitchellの曲で、前衛的攻めのトリオのインタープレイは圧巻。 ソーリーの巧みなアタックが印象的。
M11." It Goes" 失った人(人種問題研究者でもあった作家・詩人Eve L. Ewing)への思慕と感謝、そして寂しさの複雑な世界を描く。優しさ溢れる曲。
M12." Free Spirits / Drummer’s Song " 喜びの表現が感じられ、前途への意欲を感ずるところが救いか。
この究極のアイヤー音楽は、人種問題を背景にした葛藤と不安とある意味での戦いが描かれている。そして一方歩んできた人生の経験の中で得られた感謝の心の世界の表現の曲も含めている。それは社会的に政治的に共感的な立場を取れる重要人物を賞賛する。又痛ましい出来事に対しては追悼の心を表すことを忘れていない。
インストゥメンタル・ミュージックでの表現において、創造的な試みが彼の一つのテーマでもあったようで、このアルバムは、曲単位というよりはトータルに聴いて理解すべきものと思った。全体的に派手な華々しさの明るさはない、テーマからしてもちょっと重く暗い世界だ。しかし音楽的展開においては多彩で聴き応え十分。単なる暗さというのでなく、感謝の世界や、人間の生き様への敬愛の心の美しさのある音楽も演じてくれ心休まるところもある。これには特に息の合った三者のインタープレイが見事で、描くところ現代アメリカン・ジャズではやはり異色の世界を構築している。
アイヤーの音楽スタイルは、アメリカの歴史的な偉大な作曲家・ピアニストの世界が基礎にあるのは間違いないが、60年代から70年代のアフリカ系アメリカ人の創造してきたジャス音楽の影響を受けての彼自身の独創的な世界を構築するに至ったものだろう。そしてそこには「社会的問題意識を表現してゆく作品としての意義」を、このようなコンテンポラリーなジャズ世界に求めているのかもしれない。
(参考)
<ヴィジェイ・アイヤー VIJAY IYER> (SNSより引用)
ニューヨーク、オルバニーで生まれた(1971年)。アメリカ合衆国へのインド系タミル人移民の息子である。3歳から15年間、西洋クラシックのヴァイオリンを習う。更にほとんど独学でピアノを習得。イェール大学で数学と物理学を学び、カリフォルニア大学バークレー校で音楽認知科学を学びながらジャズ・クラブに出演し音楽の道へと進んだという異才。
マンハッタン音楽学校、ニューヨーク大学、ニュー・スクールで教鞭をとり、カナダ、アルバータ、バンフ・センターのジャズ・クリエイティブ・ミュージック国際ワークショップのディレクターをつとめている。2014年1月には、ハーバード大学の芸術科学学部初のフランクリン・D、フローレンス・ローゼンブラット教授に就任した。
多くのレーベルで作品をリリース。2009年のACTデビュー作「Historicity」がグラミー賞にノミネートされ、一躍ニューヨーク・ジャズ・シーンをリードするピアニストとして注目を集めた。 又、イラク・アフガニスタン戦争に行った兵士たちの詩がフィーチャーされた『ホールディング・イット・ダウン』は注目された。
ECMにおける初リリースは、2007年のノート・ファクトリーのメンバーとして参加したライヴ・アルバム『ファー・サイド』。そして2014年に室内楽との共演作品『ミューテイションズ』でECMリーダー・デビューを果たす。続く『Radhe radhe:ライツ・オブ・ホーリー』、そして2015年トリオ作品『ブレイク・スタッフ』など次々と異なるプロジェクトで活動し精力的に作品を発表。2021年リリースの新トリオ(今アルバム・メンバー)作品『Uneasy』は、各メディアで絶賛された。
(評価)
□ 曲・演奏 90/100
□ 録音 87/100
(視聴)
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コメント
風呂井戸さん,こんにちは。
年が明けてそんなに時間がたっていないところに,強烈なアルバムが登場してしまいました。
Vijay Iyerの知性は疑うところはないですが,更に優れあ共演者を迎えて,このアルバムは最高レベルに達したと思っています。
気は早いですが,間違いなく今年のベスト作入り確実です。それぐらい興奮してしまいました。
ということで,当方記事のURLを貼り付けさせて頂きます。
https://music-music.cocolog-wbs.com/blog/2024/02/post-a9b700.html
投稿: 中年音楽狂 | 2024年2月18日 (日) 16時54分
中年音楽狂様
コメント有難うございます
音楽的技能の高さが創造するものってやはり凄いですね。私もこのアルバムにはいろいろな意味で敬意を払っております。
この世界がECMのEicherのプロデュースということに驚きを感じています。ECMの一つの革新的発展につながるのではと・・・
リンクも有難うございました。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2024年2月18日 (日) 18時31分