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2024年9月27日 (金)

トルド・グスタフセン Tord Gustavsen Trio 「Seeing」

教会讃美歌を自己の思索的・瞑想的感覚に結び付けて描く深淵なる世界

<Jazz>

Tord Gustavsen Trio 「Seeing」 
ECM Records / JPN / UCCE-1210 / 2024 

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Tord Gustavsen (p)
Steinar Raknes (b)
Jarle Vespestad (ds)
 

434756619_956845876000445w    今年創立55周年を迎えたECMレコードから、我が最も愛するノルウェーの深遠なる美メロ・ピアニストのトルド・グスタフセンの記念すべき10枚目のアルバムの登場である。2023年秋に南フランスのステュディオ・ラ・ビュイソンヌでマンフレッド・アイヒャーのプロデュースの下、録音された。グスタフセンのオリジナル5曲、ヨハン・セバスティアン・バッハの合唱曲2曲、ノルウェーの伝統的な教会賛美歌、そして19世紀のイギリスの合唱曲という"Near My God, to Thee"を通して、グスタフセンは長年の盟友であるヤーレ・ヴェスペスタッド(ds)、そしてステイナー・ラクネス(double-b)と共に、ジャズ、ゴスペル、スカンジナビアの民族音楽、教会音楽をブレンドした独自の音楽を展開する。彼の言うところによると「年を重ねるにつれ、人生と音楽の本質を追求するようになった私の個人的な成長を反映している」と。

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(Tracklist)

1. 神様、私を静めてください / Jesus, gjør meg stille
2. 古い教会 / The Old Church
3. シーイング / Seeing 
4. キリストは死の縄目につながれたり / Christ lag in Todesbanden
5. いとしき主に われは頼らん / Auf meinen lieben Gott.
6. エクステンデッド・サークル / Extended Circle
7. ピアノ・インタールード:メディテーション / Piano Interlude - Meditation(瞑想)
8. ビニース・ユア・ウィズダム / Beneath Your Wisdom (あなたの知恵の下に) 
9. 主よ 御許に近づかん / Nearer My God, To Thee
10. シアトル・ソング / Seattle Song

  冒頭M1."Jesus, gjør meg stille"は、ノルウェーの穏やかで牧歌的なゴスペル(教会讃美歌)だという。かなり感情がにじみでていて、深く、静かで、精神的世界が感じられる。グスタフセンの心沈めるピアノの流れ、ラクネスのアルコのベースからピチカートへと移行して、そこにヴェスペスタッドのシンバルを叩くステック音が軽く繊細に重なって感動的な背景に美しく三者の交錯が構築される。
 続くグスタフセンの作曲M2."The Old Church"M3."Seeing"は、どちらも彼の特徴的の内省的な世界だ。前者は印象的なシンバルワークと内省的な温かみのあるベースソロが印象付ける中で、そんな雰囲気の中をピアノの旋律が静かに語る。後者のアルバム・タイトル曲のパターンは、彼の特徴である波が間をもって連続的に襲ってくるようなパターンで、哀愁に満ちた内省的にして深遠なピアノの響きの世界に連れて行ってくれる。

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 続く2曲は、グスタフセンはJ.S.バッハの古典的な美旋律世界をトリオ演奏スタイルに取り入れて美しく聴かせる。M4."Christ Lag in Todesbanden"では感傷的に彼の演奏の特徴であるルバート奏法を用いての瞑想の世界に、M5."Auf Meinen Lieben Gott"では、一転して三者のアクティブな攻めによるグルーヴ感の演出をして見せる。
 M6."Extended Circle"ベース、ドラムスの刻むリズムに乗って、ピアノがここでも波のごとく襲いつつ美メロを演じ、後半にベースの響きが物語を語るように展開する。
   M7."Piano Interlude - Meditation" ピアノの響きによる瞑想。
 M8."Beneath Your Wisdom"  過去のグスタフセンを思い起こす深く沈み込む音とメロディー、そして中盤に入ると展望が開け、最後は再び哲学的瞑想に。
 M9."Nearer My God, To Thee" イギリスのコラールが登場、ヴェスペスタッドのシンバル音が印象的で、静の中から一筋の光明が差してくるようなピアノの世界だ。
   M10."Seattle Song"グスタフセンのピアノ・ソロ曲に、ベース・ドラムスが旨くトリオの相互作用を築いて作り上げたとか。締めの曲として納得させる親密な世界を構築。

 教会讃美歌を演じつつ、それをグスタフセンの微妙な深淵な世界に繋いで見事な哀愁と真摯な美を感ずる哲学的世界を作り上げていて、やはり彼のトリオ世界は、類を見ない存在感がある。相変わらずしっかりとメロディーを尊重して描きつつ、このグループのインタープレイは、攻めというのと反対に抑制の中に於いて、三者で築き上げてゆく様はシンプルでありながら深淵にして広大な世界観を聴かせる。やはりグスタフセンものは、一時試みられたアンサンブルを楽しむカルテットものより、トリオものに私は感銘が深まる。繊細なタッチをもってゴスペルの存在に大きな意義を求め認識する壮大な一つの組曲として仕上げているところに納得感の強いアルバムであった。

(評価)
□ 曲、編曲、演奏 : 90/100
□   録音      : 88/100

(試聴)

 *

 

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2024年9月22日 (日)

ベッカ・スティーヴンス Becca Stevens 「Maple to Paper」

ギター弾き語りで訴えるジャジーなフォークの世界

<Jazz, Contemporary Folk>
Becca Stevens 「Maple to Paper」
Ground Up Records / Import / GNDP8242 / 2024

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Becca Stevens : Guitar, Vocals

*Produced, arranged, engineered by Becca Stevens
*Mixed by Nic Hard
*Mastered by Danid McNair
*All lyrics and composed by Becca Stevens
 (except M13:Paul H.Williams / kenneth Lee Ascher)
 (except M14:Lyrics adapted from William Shakespear’s
  King Lyre/Music by Becca Stevens)

  グラミー賞に2度ノミネートされた USAのジャズ 、ポップ 、フォーク音楽のシンガーソングライターであり、ギタリストであるベッカ・スティーヴンス(1984年、ノースカロライナ州ウィンストン・セーラム生まれ)の4年ぶりのニュー・アルバム。今やまさに油が乗っての今回のアルバムは、キャリア初の全曲ギター弾き語りによるソロ・オリジナルアルバム。ここ数年はコラボレーション作品が続いていたが、久々の最新オリジナル・アルバムで注目されている。
453631697_184467807760w  歴史的なのポップス、ジャズ、インディーロック、フォークミュージックからインスピレーションを得た作曲の評価は高く、抵抗感の無い聴きやすいボーカルによって支持者が多い。

 彼女の音楽は、クラシックと歴史的に20世紀前は孤立していたと言われる彼女の生まれた地と関係のあるアパラチア地方の民俗音楽の生い立ちとジャズとワールドミュージックの豊かなリズムとハーモニーが織り交ぜられた曲と評されている。
 このアパラチア地方というのは、ニューヨーク州からミシシッピ州まで伸びるアメリカ合衆国東部の地域(アパラチア山脈周辺地域の田舎と都会と産業化された地域)で、18世紀中にこの地域を開発した彼らの祖先(多くはイングランド人、スコットランド人、スコッチ=アイリッシュ、アイルランド人)の文化が保存されていた。その地域の文化には、強い口承の伝統(音楽や歌など)、自給自足の生活と、固い信仰などの特徴があった。19世紀後半になるとこの地の石炭が注目され、アイルランドや中央ヨーロッパからの新たな移民の波を迎えた。そしてこの工業化により都市化が進んだという所だ。

 そして彼女は、ノースカロライナ州の芸術大学(University of North Carolina School of the Arts)でクラシック・ギターを専攻したのち、ニューヨークにあるニュースクール大学のジャズ・コンテンポラリー音楽専攻に入学した。そこで彼女は、ボーカル・ジャズと作曲で芸術学士の学位を取得した。現在彼女は、ニューヨークに在住している。

420664607_18407550w  そして今回のアルバムは、2022年以降に母親の死、娘の出産という人生における二つの重大な変化が訪れ、さらに理解者でありコラボレイターでもあったデヴィッド・クロスビー(ロック・バンドCSN&Y,1941-2023)も死去するという境遇に襲われ、アーティストとしての活動と、プライべートな人生との間の生きがいと葛藤、そして自分自身への問題意識をここでは歌いあげたものとして注目される。
 

(Tracklist)

1.Now Feels Bigger than the Past
2.Shoulda Been There
3.I'm Not Her
4.Hey, Bear
5.How to Listen
6.So Many Angels
7.Wild Eyes Open
8.Maple to Paper
9.If I Die Before You
10.Someone Else Again
11.Beast of a Song
12.Payin' to be Apart
13.Rainbow Connection
14.The Fool Will Stay (日本盤ボーナス曲)

  いずれにしても、シンプルなアコースティック・ギター一本の演奏に乗って(弾き語りで)、飾り気のないメッセージ性の高い歌唱がインパクトがあり、そこには苦悩と感動が赤裸々にしかも力強く歌い上げられている。本人の話でも「今回の歌詞は、親密で生々しく自分を曝け出したネイキッドな表現が多い。だから、あえて加えることを拒んでみようと思うようになって、曲だけに語らせようとした。レコーディングされた形で曲が存在するために、それ以上のものは必要としない。そういう曲づくりをしてみたかった。それで曲に任せた結果、この形になった」と語っており、それがむしろ効果としても成功していると思われる。

 そしてコロナ禍の為もあったためか、自宅で録音、エンジニアリング、制作されたこのアルバムは、喪失の悲しみと母性という愛情が彼女のミュージック世界への影響は非常に大きかったと思われ、個人的な人生の旅の一部として綴っていて、久々のリアルな世界を垣間見れるアルバムだ。

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 オープニングのM1."Now Feels Bigger than the Past"は、このアルバムのプロローグとして重要なテーマである人生においての失うといういう事「喪失」についての意味について瞑想する。一方今日のストリーミングのミュージック界におけるアーティストとしての挑戦とそれにより生まれた個人的な葛藤についても歌っている。
 そしてアルバムタイトル曲のM8."Maple to Paper"では、母親の死からの心情を語っているが、非常に詩的で、ある意味美しく、それは「自然の木々が紙に変わる」という比喩を使って、"人間の無常"について聴く者にも考えさせる曲となっている。
 M2."Shoulda Been There" 和訳では"そこにゆけばよかった"ということになるのだろうか、いろいろな後悔、反省を含めての心からの訴えが歌い上げられ感動的である。このアルバムの一つのテーマを訴えたところであろう。
 こうした人生にての初めての悲しみや驚きに近い感動などの波にもまれての心情の吐露だけでなく、一方M3."I'm Not Her"のように、単にここで迫ってきた事件に留まらず、社会に生きてゆく中での出会ったふたりの女性インフルエンサーのことを取り上げて、自分にはないと思う人格の他人の中に自分の姿を対比して描くという自分というものの評価にも思いを馳せている。

 スティーヴンスが、人生にて多くの人が不幸にも誰もが経験する重大事を身をもってここに経験し、年齢的にもそんな時を迎えた自分にふと思いを向けてみた個人的なテーマの内容となっているが、たまたまコロナ禍という社会的にも暗雲に包まれていたこともあって、おそらくそれも助長することとなったと思われるやや陰鬱な内向きの感情が中心に歌われたアルバムであったと思う。
 ただここには、関連した人生のテーマとして「母を失った喪失感」、物事の「受容」、「個人的人間と更に社会における生の感情」、「ミュージックの芸術性」についても歌っていることで、アルバムとしての価値を高めていると思われる。彼女の歴史において重要な作品となるだろう。

(評価)
□ 作曲・歌・演奏  88/100
□ 録音       86/100

(試聴)


 (参考) Becca Stevens の過去のアルバム (転載)
 フォーキーで高度なアンサンブルの『Weightless』(2011)、インディー・ロックに接近した『Perfect Animal』(2014)、多重コーラスとスケールアップしたプロダクションを駆使して伝説的女性達をテーマとした『Regina』(2017)、40名以上のミュージシャンを集めてダンサブルなエレクトリック・ポップを作った『WONDERBLOOM』(2020)を発表。コラボ・アルバムとしてはグレッチェン・パーラト&レベッカ・マーティンと組んだ『Tillery』(2016)、中近東~バルカン音楽をとりいれた『Becca Stevens & The Secret Trio』(2021)、弦楽アンサンブルと共にオリジナル曲の再解釈にアプーチした『Becca Stevens | Attacca Quartet』(2022)を発表。

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2024年9月17日 (火)

マニュエル・ヴァレラ Manuel Valera Trio 「 Live At l'Osons Jazz Club 」

これぞ現代流叙情派アグレッシブ・アクション・ピアノトリオだ

<Jazz>
Manuel Valera Trio 「 Live At l'Osons Jazz Club 」
Jammin' Colors / Import / AD9036C / 2024

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Manuel Valera (piano)
中村 恭士 Yasushi Nakamura (bass)
Mark Whitfield Jr. (drums)

Recorded at L'osons Jazz Club, Lurs, France in October 2018
Recorded by France Musique for the Program Jazz Club


 キューバ出身の実力派ピアニスト、マヌエル・ヴァレラ(1980年生まれ 下左)の約9年ぶりとなるピアノトリオによる新作が登場した。2000年以降にNYにて評価を高め今や支持者も多いのだが、私は今回のこのトリオ構成は初聴きの世界である。現在NYで支持されている高評価のベーシストの中村恭士(下中央)、ドラマーのマーク・ホイットフィールド・ジュニア(下右)とのトリオで、南フランスのプロヴァンスにある会場L'osons Jazz Club(このL'osonの名に注意)でラジオ局France-Musiqueが録音したライブものである。
 このアルバムには、ヴァレラが、このトリオのために書き下ろした新曲や過去のアルバムからの曲、又モンクやポーターの曲を彼らの音楽としての新たなアレンジを施したナンバーとして作り上げての曲が収録されている。彼にとっては「音楽の魔法」と言える納得の演奏が出来たこのロゾン・ジャズ・クラブでのライブ録音は、2020年にリリースする予定でありそれと共にツアーの計画もあったようだが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって延期され、それがようやく、ここにリリース出来たという経過のようだ。

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  もともとフランス・ミュージックの生放送用に録音されたもののようで、この新トリオが、ジャズ・トリオとしての室内楽、ロックからの影響、アヴァンギャルド・ミュージックの世界、静とアクション、深遠な静とアクティブな攻撃性の世界などもろもろの音楽の多面性の領域に適応したものとして評価されていたものの結果、企画されたものではないかと推測するのである。

(Tracklist)

1. Sun Prelude 1  Mercury - The Messenger 5:59
2. From The Ashes 6:22
3. Evidence (Thelonious Monk) 5:24
4. Ballade 8:13
5. Mirage 8:22
6. Darn That Dream (Jimmy van Heusen) 6:17
7. Tres Palabras (Osvaldo Farres) 8:01
8. Neptune 7:42
9. All Of You (Cole Porter)
All compositions and arrangements by Manuel Valera, exept where noted.

 哀愁感あるロマンティシズム溢れるリリカル傾向のピアノにて、歌心ある美旋律を聴かせるも、次第に積み上げるダイナミック・アクションで迫るという戦法での演奏は、後半にドラムスのパワーを絡ませ壮快にパワフルに、攻撃的にまとめ上げる手法が全曲に見え隠れして、まさに圧巻の演奏が満ち溢れている。これがまさに現代流と言うなら、現代流叙情派アグレッシブ・アクション・ピアノトリオといったところだ。
 とにかく、彼らの曲展開はクラシカルなピアノ・トリオの美しさと現代流叙情派とアヴァンギャルドな展開の先進性とを如何に結び付けてゆくのかという世界にアプローチしているのではないかと・・・ふと思うのである。

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M1. " Mercury " オープニング、静かに異世界に案内招待されたごとき印象だ。中盤にベースの音が響き、ドラムスがアクティブな展開を見せ、それと共にピアノも転調して高速アタック、ただでは終わらせない。
M2. "From The Ashes" クラシカルな美的ピアノの流れ。
M3. "Evidence" モンクの曲が登場。アグレッシブなスリル満点のアヴァンギャルドな展開に圧倒される。いっやー恐ろしいトリオだ。
M4. "Ballade" 決して甘くないバラード。
M5. "Mirage" 中村のベースのソロでスタートして深遠な世界に、中盤からピアノ、ドラムスが絡んでのインプロ合戦
M6. "Darn That Dream" ピアノが主役での現代性の美の強調。
M7. "Tres Palabras" キューバの古典的ボレロを現代調に蘇らせ、ピアノのソロ的な美的情感でのアプローチでしっとりと聴かせる。あの攻撃性がここでは無いために聴く方はめろめろになる。  
M8. "Neptune" 冒頭から、ドラムスの嵐、ここでは後半トリオのアヴァンギャルドな世界が見えてくる。
そしてこのM9. "All Of You"は、アンコール曲なのか、コール・ポーターのあの慰め的な世界で今日のオーディエンスに安堵の世界をプレゼントしてくれる。

 いっやーー、しっとりとした美の哀感と一転してのドキドキする緊張感のある攻撃的トリオのインプロ合戦が聴ける。このトリオ結成経過は解らないのだが、お互い干渉してゆくスタイルの完成度は長年積み上げた結果のように高い。精悍で鋭いタッチのピアノが哀愁的ロマンティシズム溢れる美旋律を聴かせたかと思うと、躍動型のダイナミック手法を展開し、それに負けないベース&ドラムのアタック的サポートも圧巻という見事さで、久々に強力な現代ピアノ・トリオが聴くことができた。

(評価)
□ 曲、編曲、演奏  :   90/100
□   録音      :   88/100

(試聴)

 

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2024年9月12日 (木)

ダニエル・ガルシア Daniel Garcia Trio 「Wanderland」

一筋にはゆかない曲展開、ちらっと美旋律も・・・

<Jazz>

Daniel Garcia Trio 「Wanderland」
ACT MUISC / Import / ACT9996 / 2024

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Daniel García (piano) (toy piano on 04) (vocal on 10)
Reinier “El Negrón” (double bass except 01)
Michael Olivera (drums except 01, 10) (vocal on 06)

special guests:
Gilad Hekselman (guitar on 03)
Lau Noah (vocal on 07)
Verónica Ferreiro (vocal on 11)

2024年1月12-14日スペイン-マドリードのCamaleon Music Studio録音

Imagesw_20240911230301   私にとっては初物のスペイン出身のピアニスト、ダニエル・ガルシア・ディエゴ(1983年スペインのサラマンカ生まれ)のトリオ作が、ACT より3作目としてリリース。彼は米バークリー音大でダニーロ・ペレスに師事し、現在はマドリードに本拠を置いて活動、2016年以降リーダー・アルバムも着々と発表し評判を上げてきたとか、40歳代に入ったスペイン新世代ピアニストの期待の俊英といった存在らしい。

 聴いてみると、全てガルシアによるオリジナル曲構成で、どうも一口に表現できないユーロ系の叙情派とは異なる世界だ。彼の音楽は、このヘクセルマン(B)とオリベラ(D)とは普遍の鉄壁トリオ(下写真)であり、特にこのアルバムは、本人の話としても、「人間の本質のさまざまな側面を覗くための入り口として機能し、私たちの内面の領域を垣間見ることです。それは同時に個人的であると同時に普遍的であると考えている。ここには、私たちの最も深い恐怖に立ち向かい、夢を大切にし、幻想に疑問を投げかけ、そして最終的には希望を持ち続けるための挑戦がある」と。

 音楽タイプは、故郷カスティーリャ・イ・レオンの民族音楽、フラメンコなど自身のルーツに根差したものに、自国の音楽院でクラシック、その後バークリー音楽院でダニーロ・ペレスにジャズを学び、更にロック、エレクトロニック・ミュージック、中東音楽、キューバ音楽、中世音楽、グレゴリオ聖歌を学び、それらの様々な要素が反映されたものという紹介があった。そんな背景を描きながら聴いたところである。

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(Tracklist)

01. Paz (solo p)
02. Gates To The Land Of Wonders
03. Wonderland
04. The Gathering
05. Mi Bolita
06. Resistance Song  
07. You And Me
08. Tears Of Joy
09. Witness The Smile
10. A Little Immensity (p/vo & b duo)
11. La Tarara 
12. The Path Of Life

  スタートのM1." Paz "は、ガルシアの静かに流れるピアノ・ソロでアルバム導入、おおっと思わせる美しさがある。
 M2. "Gates To The Land Of Wonders" 一変して展開の激しいトリオ演奏。
   M3. "Wonderland"アルバム・タイトル曲、ピアノとベースのユニゾンで進行し、主題のダイナミックな演奏が、イスラエルの名ギタリスト・ギラッド・ヘルクセルマンのギターが入って展開。
   M4. "The Gathering" toy pianoという不思議な音でリズムカルに展開する曲。
   M5. "Mi Bolita" ピアノの旋律がようやく美しく楽しめる。
   M6. "Resistance Song" 奇妙なリズムが流れ、3者のハーモニー演奏が見事、そしてドラマーのオリベエラのなかなか味のあるヴォーカルが入る。
   M7. "You And Me" 突然スペイン女性SSW・ラウ・ノアのヴォーカルの登場。スローで情緒たっぷりの歌声、ピアノのバックが美しい。いい曲だ。
 M8. "Tears Of Joy" ここでも美しいピアノが流れ、ベースの響きも美しく、曲は次第にドラムスと共に盛り上がる見事な展開。
   M9. "Witness The Smile" トリオの連携が見事に速攻で・・・
   M10. "A Little Immensity" ピアノとベースのゆったりとしたデュオ
   M11. "La Tarara" ゆったりと美しいピアノのメロディーでスタート、突如女性ヴォーカルが民族的音楽の様相で登場。
   M12. "The Path Of Life" 締めはトリオがそれぞれのまとめ役を演じてきちっと見事に納める。

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 いっやーーなかなか単純に一筋縄にはゆかない曲展開が信条のトリオ演奏だ。そこに時にトリオ・メンバーのヴォーカルが入ったり、ゲストとしての二人の女性の個性豊かなヴォーカルも入ったりと色彩豊かな演奏が響く。トリオ演奏はそれぞれの役割が単純でなく、特にドラムスの鋭い刺激が魅力的な役を成し、ピアノの美旋律、ベースの語る物語調も魅力ある。
リズム、ハーモニー、メロディの多様性もあり、楽曲ごとに異なる色彩を示すが、一曲一曲がきちっと仕上げてあるのだが、アルバムとしての配列の結果、何か一つのコンセプトを持った物語を聴いた印象になる。なるほど新世代トリオというスタイルがここにありというアルバムづくりに敬服だ。

(評価)
□ 曲・演奏・歌 :   88/100
□   録音     :   87/100

(試聴)

 *

 

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2024年9月 7日 (土)

ヘンリック・グンデ Henrik Gunde 「Moods」,「Moods Vol.2」

デンマークのジャズ・ピアニストの北欧流美的哀愁世界とトリオ・ジャズの楽しさを描くアルバムが2枚リリース

   北欧・デンマークの2022年、2023年の近年の一手段である配信リリースによるアルバムが寺島レコードから装い新たにLPとCDでリリース。ピアノ・トリオとはかくあるべきと寺島靖国氏に言わしめるピアニストのヘンリック・グンデとイェスパー・ボディルセン(Bass)、モーテン・ルンド(drums)のトリオだ。そして何としてもCD化をと言うことであったようで、ここにその成果が結実。
 私自身は北欧のピアニストが描く世界には共感するところが多いのだが、このグンデの作品は過去に実は入手の記憶がない。寺島靖国の推薦を知ってストリーミング・サービスにより、最近この過去の配信アルバム聴いたところであった。彼らが織り成す演奏は「北欧浪漫派ならではの繊細にしてエレガントな奥深い哀愁風情をしっとりと描いてくれる」というところで、高音質のアルバムを期待していたところである。LPが今や再人気だが、私は音質的にも価格的にもCD軍配派で、CDで購入。
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 ヘンリック・グンデ・ペデルセンHenrik Gunde(→)は、1969年にデンマークのエスビヤーで生まれたジャズピアニストだ。彼はデンマークのジャズシーンで誰もが知る存在のようだ。デンマークのラジオビッグバンドや彼自身のプロジェクトGunde on Garnerなど、さまざまなフォーメーションで演奏活動をしている。このトリオ・プロジェクトは、ジャズの伝説的存在であるエロール・ガーナーのスタイルに敬意を表したもので、特にグンデは、ガーナーのスイングとエネルギーをパフォーマンスに呼び起こす能力で称賛されている。
 イェスパー・ボディルセン(Bass ↓左)は、1970年デンマーク-シェラン島のハスレヴ生まれ、モーテン・ルンド(drums ↓右)は、1972年デンマーク-ユラン半島のヴィボー生まれと、デンマークの実力派トリオである。

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 さて、そのアルバムは下のような二枚で、ジャケも配信時のモノからリニューアルされている。

<Jazz>

Henrik Gunde 「Moods」
Terashima Records / JPN / TYR1127 / 2024

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Henrik Gunde (piano)
Jesper Bodilsen (bass)
Morten Lund (drums)

(Tracklist)
1. Blame It on My Youth
2. My Funny Valentine
3. Solveigs Sang
4. Kärlekens ögon
5. I Will Wait for You
6. Bye Bye Blackbird
7. Moon River
8. Softly as in a Morning Sunrise
9. Fanølyng

 M1."Blame It on My Youth" 冒頭から光り輝くが如くの欧州でもイタリア風とちょっと違った瑞々しい端正なるタッチのピアノの音が響き、北欧独特のどこか哀感のある世界が展開。いっやー美しいですね。
 M2."My Funny Valentine"、M5."I Will Wait for You、M6."Bye Bye Blackbird"、M7."Moon River"、M8."Softly as in a Morning Sunrise"といった日本でもお馴染みのスタンダード曲が続く。これだけポピュラーだと、特徴をどのように原曲を大切にしつつ表現するかは難しいところだと思うが、メロディーを大切にしたピアノと暴れずぐっと曲を深く支えるベースが印象的。そしてM5.は"シェルブールの雨傘"ですね、ドラムスが繊細なステックによるシンバルなどの音を軽快に流し、洗練されたピアノによるメロディーは、適度な編曲を加えて、ベースの音と共に静かな躍動感を加えて、聴くものに又新鮮な感動を与えてくれる。M7.はぐっとしっとり仕上げ、M8.は、"朝日のごとくさわやかに"ですね、詩情の世界から一転しリズミカルに、軽妙な味を3者のテクニックで楽しませ、ピアノとベースも珍しく低音部でのインプロも披露し、ドラムスも最後に出る幕を飾ってジャズを楽しませる。
 録音もただただ音で圧倒するのでなく、繊細に描くところが見事で、寺島靖国が欲しがるアルバムだということが、しっかり伝わってくる。

       * * * * * * * * * * *

<Jazz>

Henrik Gunde「Moods Vol.2」
Terashima Records / JPN / TYR1128 / 2024

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Henrik Gunde (piano)
Jesper Bodilsen (bass)
Morten Lund (drums except 1)

2023年Mingus Records作品

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1. Introduction (p & b only)
2. Ol' Man River
3. Fever
4. The Windmills Of Your Mind
5. Tennessee Waltz
6. From E's Point Of View
7. Golden Earrings
8. Olivia

  さて続編であるが、1stがあまりにも見事であったので、こちらでは少々細工が出てくるのかと思いながら聴いたのだが、ここでもスタンダードと彼のオリジナルの曲との混成によって成り立たせる手法は変わっていない。アルバムはグンデのピアノによる導入曲の後、M2."Ol' Man River"のカントリーつぽい牧歌的哀歌でスタートする。
 とにかく誰もが知っているポピュラーなM5."Tennessee Waltz"を如何に聴かせるかが、寺島靖国に言わせても大きなポイントだったようだ。それだけ有名なのだから、聴く方も何かを求めるわけで、名演でもアレンジが原曲から大きく離れてちょっと残念だということも確かにあり、そんな状況下で適度にジャズ化し適度にメロディーを聴かせ、なかなかうまく処理している。まあその点は心得た処なんでしょうね。
 戻ってM3."Fever"だが、北欧の詩情性アルバムにこの曲というのは驚いた。しかし前後の曲を聴くとこの流れは必要だったことが納得できる。アルバムというのは曲の配列によるメリハリが重要なのだ。
 その他 M4."The Windmills of Your Mind"の"微妙な心境での希望"と M7."Golden Earrings"の"展望"といった未来志向の暗さから脱皮したスタンダードに加え、グンデ作曲のM1."Introduction,M6."From E's Point of View",M8."Olivia" の3曲、これらはやはり透明感あふれるピアノの旋律美にメロディ尊重派を感ずるし、ベース、ドラムスは、単なるサポート役でない対等なインタープレイを演ずるジャズ・グルーヴ感も印象的。1stから、一歩展望ある世界に踏み出した印象の2ndアルバムだった。

 究極、ジャズの難しい面の押し売りは感じさせず、ピアノの美しい世界に、トリオとしての味をうまく加えたアルバムと言って良いだろう。ヨーロッパ耽美派ピアノ・トリオの典型と現代欧州流解釈のトリオ・ジャズの楽しさを描いている。グンデの演奏にはユーロ系の北欧独特の詩情性と抒情性が独特の繊細さで描かれるが、けっしてそれだけでないジャズのハード・バッブ系のグルーヴ感を忘れないところが、やっぱりキャリアなんだろうと感じさせられた。
 

(評価)
□ 曲・演奏 :  90/100   
□ 録音        :  88/100

(試聴) 
"Blame It on My Youth" from「Moods」

*
" Tennessee Waltz"from 「Moods Vol.2」

 

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2024年9月 3日 (火)

サンディ・パットン Sandy Patton 「Round Midnight」

ベテランのアメリカン・スタンダート・ジャズ・ヴォーカル・アルバム

<Jazz>

Sandy Patton 「Round Midnight」
Venus / JPN / VHGD10012 / 2024

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サンディ・パットン Sandy Patton - vocal
マッシモ・ファラオ Massimo Farao' - piano
ダヴィデ・パラディン Davide Palladin - guitar
ニコラ・バルボン Nicola Barbon - double bass

Produced by Tetsuo Hara
Recorded at Art Music Studio - Bassano Del Grappa - Italy
On February 26 & 27, 2024.

Festival_teachers_as_120717_204945_patto   ここに来て、アメリカ生まれの本格派ジャズ・シンガー、 ベテランのサンディ・パットンのニュー・アルバムにお目にかかるとは思っていなかった。それは意外に彼女はキャリアの割には日本ではそれ程一般的には浸透していなかったためだ。そこで興味もあり何はともあれ早速聴くこととしたもの。

 サンディ・パットンSandy Patton(→)は、アメリカ・ミシガン州インクスターに1948年に生まれ、幼少期から音楽に情熱を注ぎ、ワシントンD.C.のハワード大学とマイアミ大学で声楽を学び、マイアミ大学コンサート・ジャズ・ビッグバンドのツアーにも参加した。キャリアの初期にはライオネル・ハンプトンのバンドと共に3年間ツアーを行い、多くのジャズ界の巨匠と共演した経験を持っている超ベテラン。そして音楽活動はアメリカ国内だけでなく、ヨーロッパや中東、極東など世界中に広がっており、特にスイスのベルンにある「Hochschule der Künste」(ベルン芸術大学)では18年間ジャズボーカル教授として教鞭を執り、多くの若手ミュージシャンを育て注目されてきた。

 なんと現在78歳であるが、国際的に活躍しており、過去にフランス、ドイツ、スイス、アブダビ、セネガル、モザンビーク、ロシア/シベリア、ボリビア、韓国で世界各地で公演を行っている。現在イタリアのピアニスト、マッシモ・ファラオとの共演など、ヨーロッパの著名なミュージシャンとも精力的にコラボレーションを続けている。彼女のステージは、感情の深みと技術的な完成度で観客を魅了し、国際的なジャズシーンで高く評価されている。

 今回のアルバム、その経過は解らないが、日本のVenusからのリリースのアメリカン・ジャズ・スタンダード曲集。タイトルが「真夜中」ですから、やっぱり久々のナイト・クラブのムードのジャズ・ボーカル・アルバムとして期待して聴いた次第。

(Tracklist)
1. オールド・カントリー The Old Country (N. Adderley) 7:26
2. ゼア・イズ・ノー・グレイター・ラブ There Is No Greater Love (I. Jones) 5:23
3. ゲット・ハッピー Get Happy (H. Arlen) 2:59
4 .スクラップル・フロム・ジ・アップル Scrapple From The Apple (C. Parker) 3:31
5. ウェーヴ Wave (A.C. Jobim) 3:56
6. サック・フル・オブ・ドリームス Sack Full Of Dreams (L. Savary - G. McFarland) 4:49
7. インビテーション Invitation (B. Kaper) 5:37
8. ラウンド・ミッドナイトRound Midnight (T. Monk) 5:42
9. ラッシュ・ライフ Lush Life (B. Strayhorn) 5:42
10. ウィスパー・ノット Whisper Not (B. Golson) 6:24
11. マイ・ワン・アンド・オンリー・ラブ My One And Only Love (Wood - Mellin) 5:34
12. レディ・ビ・グッド Lady Be Good (G. Gershwin) 4:58

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  M1."The Old Country" オープニングから、ピアノの流れにに乗って、ぐっと深いヴォーカルでもうすっかりジャズ・クラブのムードが、ベテランの味ですね。スキャットや少しフェイクも入れてうまく歌っている。この曲かってキース・ジャレットの昔のアルバム『STANDARS LIVE』で、スタンダーズ・トリオの演奏で聴いたことがあったが、やっぱり名曲だ。
 M4."Scrapple From The Apple "は、スキャットを多用してピアノとのユニゾンでの歌は見事。
 そして、なんといってもアルバムタイトル曲M8."Round Midnight"曲は、マイルス・ディビスの演奏の代表曲("Round about Midnight")でもあり、彼女の気合の入り方も尋常ではない。マッシモ・ファラオ(上左)のピアノの美しさと共に情感と優しさが満ち満ちていて、夜のジャズの良さがしみじみと伝わってくる。ジャズ・ヴォーカルは、現在は、やっぱりなんなくこのスタイルが忘れられているが、今ここで聴くと納得なのである。
 曲によっては、バックがギター(ダヴィデ・パラディン(上右))でムードを盛り上げる曲もあって、M7."Invitation "は、映画音楽だが、なかなかピアノの情感と違って、むしろ感傷的とはいっても洒落た世界を描いている。M9." Lush Life "は、歌詞の表現に見事なテクニックを披露。

3_20240903152201  とにかく、アメリカの良き時代のジャズ・スタンダード曲の流れのおさらいのようなもので、それが又サンディ・パットンのベテランの説得力のあるヴォーカルが、一層歴史的ジャズの良さを実感させるので、広く聴いてほしいアルバム。そうそう演奏の中心であるマッシモ・ファラオ(piano)、そしてダヴィデ・パラディン( guitar)も慣れたもので、この世界を見事に描いていると思う。これはとにかくジャズ・ファンなら、いろいろと言わずに聴いて歴史的スタンダード・ジャズの良さを確認しておくことの出来る名盤の登場と言っても良いものだ。

(評価)
□ 選曲・演奏・歌 :   90/100
□   録音      :    88/100

(試聴) "Round Midnight"

*
(参考) 映画「Round Midnight」

 

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