トルド・グスタフセン Tord Gustavsen Trio 「Seeing」
教会讃美歌を自己の思索的・瞑想的感覚に結び付けて描く深淵なる世界
<Jazz>
Tord Gustavsen Trio 「Seeing」
ECM Records / JPN / UCCE-1210 / 2024
Tord Gustavsen (p)
Steinar Raknes (b)
Jarle Vespestad (ds)
今年創立55周年を迎えたECMレコードから、我が最も愛するノルウェーの深遠なる美メロ・ピアニストのトルド・グスタフセンの記念すべき10枚目のアルバムの登場である。2023年秋に南フランスのステュディオ・ラ・ビュイソンヌでマンフレッド・アイヒャーのプロデュースの下、録音された。グスタフセンのオリジナル5曲、ヨハン・セバスティアン・バッハの合唱曲2曲、ノルウェーの伝統的な教会賛美歌、そして19世紀のイギリスの合唱曲という"Near My God, to Thee"を通して、グスタフセンは長年の盟友であるヤーレ・ヴェスペスタッド(ds)、そしてステイナー・ラクネス(double-b)と共に、ジャズ、ゴスペル、スカンジナビアの民族音楽、教会音楽をブレンドした独自の音楽を展開する。彼の言うところによると「年を重ねるにつれ、人生と音楽の本質を追求するようになった私の個人的な成長を反映している」と。
(Tracklist)
1. 神様、私を静めてください / Jesus, gjør meg stille
2. 古い教会 / The Old Church
3. シーイング / Seeing
4. キリストは死の縄目につながれたり / Christ lag in Todesbanden
5. いとしき主に われは頼らん / Auf meinen lieben Gott.
6. エクステンデッド・サークル / Extended Circle
7. ピアノ・インタールード:メディテーション / Piano Interlude - Meditation(瞑想)
8. ビニース・ユア・ウィズダム / Beneath Your Wisdom (あなたの知恵の下に)
9. 主よ 御許に近づかん / Nearer My God, To Thee
10. シアトル・ソング / Seattle Song
冒頭M1."Jesus, gjør meg stille"は、ノルウェーの穏やかで牧歌的なゴスペル(教会讃美歌)だという。かなり感情がにじみでていて、深く、静かで、精神的世界が感じられる。グスタフセンの心沈めるピアノの流れ、ラクネスのアルコのベースからピチカートへと移行して、そこにヴェスペスタッドのシンバルを叩くステック音が軽く繊細に重なって感動的な背景に美しく三者の交錯が構築される。
続くグスタフセンの作曲M2."The Old Church"とM3."Seeing"は、どちらも彼の特徴的の内省的な世界だ。前者は印象的なシンバルワークと内省的な温かみのあるベースソロが印象付ける中で、そんな雰囲気の中をピアノの旋律が静かに語る。後者のアルバム・タイトル曲のパターンは、彼の特徴である波が間をもって連続的に襲ってくるようなパターンで、哀愁に満ちた内省的にして深遠なピアノの響きの世界に連れて行ってくれる。
続く2曲は、グスタフセンはJ.S.バッハの古典的な美旋律世界をトリオ演奏スタイルに取り入れて美しく聴かせる。M4."Christ Lag in Todesbanden"では感傷的に彼の演奏の特徴であるルバート奏法を用いての瞑想の世界に、M5."Auf Meinen Lieben Gott"では、一転して三者のアクティブな攻めによるグルーヴ感の演出をして見せる。
M6."Extended Circle"ベース、ドラムスの刻むリズムに乗って、ピアノがここでも波のごとく襲いつつ美メロを演じ、後半にベースの響きが物語を語るように展開する。
M7."Piano Interlude - Meditation" ピアノの響きによる瞑想。
M8."Beneath Your Wisdom" 過去のグスタフセンを思い起こす深く沈み込む音とメロディー、そして中盤に入ると展望が開け、最後は再び哲学的瞑想に。
M9."Nearer My God, To Thee" イギリスのコラールが登場、ヴェスペスタッドのシンバル音が印象的で、静の中から一筋の光明が差してくるようなピアノの世界だ。
M10."Seattle Song"グスタフセンのピアノ・ソロ曲に、ベース・ドラムスが旨くトリオの相互作用を築いて作り上げたとか。締めの曲として納得させる親密な世界を構築。
教会讃美歌を演じつつ、それをグスタフセンの微妙な深淵な世界に繋いで見事な哀愁と真摯な美を感ずる哲学的世界を作り上げていて、やはり彼のトリオ世界は、類を見ない存在感がある。相変わらずしっかりとメロディーを尊重して描きつつ、このグループのインタープレイは、攻めというのと反対に抑制の中に於いて、三者で築き上げてゆく様はシンプルでありながら深淵にして広大な世界観を聴かせる。やはりグスタフセンものは、一時試みられたアンサンブルを楽しむカルテットものより、トリオものに私は感銘が深まる。繊細なタッチをもってゴスペルの存在に大きな意義を求め認識する壮大な一つの組曲として仕上げているところに納得感の強いアルバムであった。
(評価)
□ 曲、編曲、演奏 : 90/100
□ 録音 : 88/100
(試聴)
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