ベッカ・スティーヴンス Becca Stevens 「Maple to Paper」
ギター弾き語りで訴えるジャジーなフォークの世界
<Jazz, Contemporary Folk>
Becca Stevens 「Maple to Paper」
Ground Up Records / Import / GNDP8242 / 2024
Becca Stevens : Guitar, Vocals
*Produced, arranged, engineered by Becca Stevens
*Mixed by Nic Hard
*Mastered by Danid McNair
*All lyrics and composed by Becca Stevens
(except M13:Paul H.Williams / kenneth Lee Ascher)
(except M14:Lyrics adapted from William Shakespear’s
King Lyre/Music by Becca Stevens)
グラミー賞に2度ノミネートされた USAのジャズ 、ポップ 、フォーク音楽のシンガーソングライターであり、ギタリストであるベッカ・スティーヴンス(1984年、ノースカロライナ州ウィンストン・セーラム生まれ)の4年ぶりのニュー・アルバム。今やまさに油が乗っての今回のアルバムは、キャリア初の全曲ギター弾き語りによるソロ・オリジナルアルバム。ここ数年はコラボレーション作品が続いていたが、久々の最新オリジナル・アルバムで注目されている。
歴史的なのポップス、ジャズ、インディーロック、フォークミュージックからインスピレーションを得た作曲の評価は高く、抵抗感の無い聴きやすいボーカルによって支持者が多い。
彼女の音楽は、クラシックと歴史的に20世紀前は孤立していたと言われる彼女の生まれた地と関係のあるアパラチア地方の民俗音楽の生い立ちとジャズとワールドミュージックの豊かなリズムとハーモニーが織り交ぜられた曲と評されている。
このアパラチア地方というのは、ニューヨーク州からミシシッピ州まで伸びるアメリカ合衆国東部の地域(アパラチア山脈周辺地域の田舎と都会と産業化された地域)で、18世紀中にこの地域を開発した彼らの祖先(多くはイングランド人、スコットランド人、スコッチ=アイリッシュ、アイルランド人)の文化が保存されていた。その地域の文化には、強い口承の伝統(音楽や歌など)、自給自足の生活と、固い信仰などの特徴があった。19世紀後半になるとこの地の石炭が注目され、アイルランドや中央ヨーロッパからの新たな移民の波を迎えた。そしてこの工業化により都市化が進んだという所だ。
そして彼女は、ノースカロライナ州の芸術大学(University of North Carolina School of the Arts)でクラシック・ギターを専攻したのち、ニューヨークにあるニュースクール大学のジャズ・コンテンポラリー音楽専攻に入学した。そこで彼女は、ボーカル・ジャズと作曲で芸術学士の学位を取得した。現在彼女は、ニューヨークに在住している。
そして今回のアルバムは、2022年以降に母親の死、娘の出産という人生における二つの重大な変化が訪れ、さらに理解者でありコラボレイターでもあったデヴィッド・クロスビー(ロック・バンドCSN&Y,1941-2023)も死去するという境遇に襲われ、アーティストとしての活動と、プライべートな人生との間の生きがいと葛藤、そして自分自身への問題意識をここでは歌いあげたものとして注目される。
(Tracklist)
1.Now Feels Bigger than the Past
2.Shoulda Been There
3.I'm Not Her
4.Hey, Bear
5.How to Listen
6.So Many Angels
7.Wild Eyes Open
8.Maple to Paper
9.If I Die Before You
10.Someone Else Again
11.Beast of a Song
12.Payin' to be Apart
13.Rainbow Connection
14.The Fool Will Stay (日本盤ボーナス曲)
いずれにしても、シンプルなアコースティック・ギター一本の演奏に乗って(弾き語りで)、飾り気のないメッセージ性の高い歌唱がインパクトがあり、そこには苦悩と感動が赤裸々にしかも力強く歌い上げられている。本人の話でも「今回の歌詞は、親密で生々しく自分を曝け出したネイキッドな表現が多い。だから、あえて加えることを拒んでみようと思うようになって、曲だけに語らせようとした。レコーディングされた形で曲が存在するために、それ以上のものは必要としない。そういう曲づくりをしてみたかった。それで曲に任せた結果、この形になった」と語っており、それがむしろ効果としても成功していると思われる。
そしてコロナ禍の為もあったためか、自宅で録音、エンジニアリング、制作されたこのアルバムは、喪失の悲しみと母性という愛情が彼女のミュージック世界への影響は非常に大きかったと思われ、個人的な人生の旅の一部として綴っていて、久々のリアルな世界を垣間見れるアルバムだ。
オープニングのM1."Now Feels Bigger than the Past"は、このアルバムのプロローグとして重要なテーマである人生においての失うといういう事「喪失」についての意味について瞑想する。一方今日のストリーミングのミュージック界におけるアーティストとしての挑戦とそれにより生まれた個人的な葛藤についても歌っている。
そしてアルバムタイトル曲のM8."Maple to Paper"では、母親の死からの心情を語っているが、非常に詩的で、ある意味美しく、それは「自然の木々が紙に変わる」という比喩を使って、"人間の無常"について聴く者にも考えさせる曲となっている。
M2."Shoulda Been There" 和訳では"そこにゆけばよかった"ということになるのだろうか、いろいろな後悔、反省を含めての心からの訴えが歌い上げられ感動的である。このアルバムの一つのテーマを訴えたところであろう。
こうした人生にての初めての悲しみや驚きに近い感動などの波にもまれての心情の吐露だけでなく、一方M3."I'm Not Her"のように、単にここで迫ってきた事件に留まらず、社会に生きてゆく中での出会ったふたりの女性インフルエンサーのことを取り上げて、自分にはないと思う人格の他人の中に自分の姿を対比して描くという自分というものの評価にも思いを馳せている。
スティーヴンスが、人生にて多くの人が不幸にも誰もが経験する重大事を身をもってここに経験し、年齢的にもそんな時を迎えた自分にふと思いを向けてみた個人的なテーマの内容となっているが、たまたまコロナ禍という社会的にも暗雲に包まれていたこともあって、おそらくそれも助長することとなったと思われるやや陰鬱な内向きの感情が中心に歌われたアルバムであったと思う。
ただここには、関連した人生のテーマとして「母を失った喪失感」、物事の「受容」、「個人的人間と更に社会における生の感情」、「ミュージックの芸術性」についても歌っていることで、アルバムとしての価値を高めていると思われる。彼女の歴史において重要な作品となるだろう。
(評価)
□ 作曲・歌・演奏 88/100
□ 録音 86/100
(試聴)
(参考) Becca Stevens の過去のアルバム (転載)
フォーキーで高度なアンサンブルの『Weightless』(2011)、インディー・ロックに接近した『Perfect Animal』(2014)、多重コーラスとスケールアップしたプロダクションを駆使して伝説的女性達をテーマとした『Regina』(2017)、40名以上のミュージシャンを集めてダンサブルなエレクトリック・ポップを作った『WONDERBLOOM』(2020)を発表。コラボ・アルバムとしてはグレッチェン・パーラト&レベッカ・マーティンと組んだ『Tillery』(2016)、中近東~バルカン音楽をとりいれた『Becca Stevens & The Secret Trio』(2021)、弦楽アンサンブルと共にオリジナル曲の再解釈にアプーチした『Becca Stevens | Attacca Quartet』(2022)を発表。
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コメント
好きなタイプです。
声質には、問題を感じますけど。
ヴォイストレーニングは受ける気が無いでしょう。
意味は分かりませんが、楓で作る紙?
投稿: iwamoto | 2024年9月23日 (月) 12時52分
iwamoto様
コメントどうも有難うございます
アコギで弾き語りでしっとり歌い上げる・・・訴えてきますねぇ・・・
「楓から紙へ」 生きていた自然の木々が紙というものに変化する無情さを表しているようですが・・・日本ではあまり使われない喩えですね。
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2024年9月23日 (月) 13時12分