雑談

2019年1月 8日 (火)

平成の終わりは平和の終わりでは困る? 2019年米国と日本の不安

「平成の最後の年」の始まりに・・・・・平成は何だったのか?

 新しい年を迎えてようやくここに来て新年の騒ぎから一段落。ふとこの新元号(年号)年の前途に想いを馳せると、何故か不安というか落ち着かない気分になるのは私だけであろうか。
 明治以来の「一世一元の制」による「平成」も、平成天皇の退位することから始まった歴史的意味論。”平成明仁天皇(1933-)は歳を取った、そして国民の象徴から降りる”という意味は何なんだろうかと、つまり「象徴論」にもふと疑問を持ちながらのこの日本の歴史に一つのけじめが付けられようとしている平成31年。

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 しかしそれ以上に世界は激動の様相を呈してきた。

① 米国トランプ政権の世界攪乱 

Donald_trump2w 歪んだポヒュリズムPopulismからの自国第一主義の成せる技。国際機関・機構の無視。大衆の欲求不満や不安を煽ってリーダーとしての大統領の支持の源泉とする手法が愚行にも行われれば、民主政治は衆愚政治と化し、一般庶民大衆のエネルギーは自由の破壊、集団的熱狂に向かってしまう危険性。
 
ナショナリズムNationalismの台頭を促進させるに至る。
 
リベラリズムLiberalism(啓蒙思想から生まれた近代思想の社会自由主義Social Liberalism)に相対する新自由主義neoliberalismの負の部分の露呈。
 
リバタリアニズムLibertarianism(古典的自由主義=自主自立、福祉政策の否定、所得再分配製作の否定)の蔓延。
 
米中貿易戦争=米国派遣の維持

 「新自由主義neoliberalism」
 特にこの「新自由主義neoliberalism」をよく知る必要がある。1979年英国サッチャー首相、1981年に就任したレーガン大統領以来の英・米国における主流的経済思想であり、日本に於いても小泉内閣がその顕著な姿を示したのだが、それは安倍内閣に繋がっている。
 価格統制の廃止、資本市場の規制緩和、貿易障壁の縮小などの下に、特に民営化と緊縮財政などの政府による経済への影響の削減などの経済改革政策であったものが、 国家による福祉・公共サービスの縮小(小さな政府、民営化)に繋がり、大幅な規制緩和、市場原理主義の重視は、それによって社会の一部の構成員への富の集中と貧困層の増大を生む結果となっている。

 世界的レベルで見ると、資本移動を自由化するグローバル資本主義は新自由主義を一国規模から世界規模まで拡大したものともみられている。しかしそれが丁度日本の平成時代に、あっと言う間に世界の主流となったのだ。しかしその結果、それに極端に相対する流れを生むきっかけにもなってしまった。”グローバリゼーションによって加速する人の移動や外国の文化的影響を排し、国民国家という枠に回帰しようという志向性をもつ思潮”が反グローバリズムであり、なんとこの数年急速に成長している。トランプ以来顕著となったのは、反EU(ヨーロッパ連合)や反自由貿易、反移民などを掲げる思潮・イデオロギーや政党などが世界各地に台頭したことだ。そして急速に勢いを得ている。これらの思潮は、ある意味では歪んだポピュリズムとしての性格を示してきたこのトランプ時代の産物でもあると言えるのか。

 しかし米国にはこの新自由主義は決して崩れない基調がある。そしてトランプの出現は何をもたらしているのか、彼の政策は国境を越えて経済活動拡大し利潤極大化を目指す多国籍企業とは別ものであり一見”反新自由主義”のように見えるが、それは”反グローバリズムを装った新自由主義に自己中心主義の上乗せをしているに過ぎない”との見方が正しいようだ。現に合法的移民は積極的に受け入れているし、不法移民は徹底的に否定している。"征服民族である彼の言うオリジナル米国人"の存在と利益を最優先しているだけだ。それにしてもあの暴言、不節操と言う表面(おもてづら)とは別に、国民の支持を得るアメリカ的何かが確実に存在している。それを我々は知らねばならないのではないか。

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 このところのミュージック界では”トランプ批判”が目立つ。先陣をきったロジャー・ウォーターズの2018年12月までの二年間に及んだ世界ツアー「US+THEM tour」上左)、 ラテン・アメリカの血の入ったインドラ・リオス・ムーアの叫びのアルバム「CARRY MY HEART」 (上中央)、そしてここに来てのアントニオ・サンチェスのアルバム「LINES IN THE SAND」(上右)の登場、更にあのアイドル・テイラー・スウィフト(右)ですら公然と批判を述べた。これらのこのようにトランプ批判の流れと犠牲になっている人々への想いを寄せる心は強まっている。これは何を物語っているかは自ずから知れるところである。

800pxpresident_barack_obama_2 更に興味あることはバラク・オバマ元米国大統領が、アメリカの音楽チャートの上位に初登場したニュースだ。彼の名前は俳優でシンガーのクリストファー・ジャクソンChristopher Jacksonの曲「One Last Time (44 Remix)」に、ゴスペルシンガーのベベ・ウィナンスとともにフィーチャーされ、曲中には彼が、初代米国大統領のジョージ・ワシントンの辞任挨拶を引用した演説が盛り込まれている。ビルボードのHot R&Bソングチャートで急浮上したのである。このよって来たるところは・・・と問う事も、米国の良心を知る上に必要だ。

② 安倍政権下の諸問題

 あの昭和・平成時代では歴代総理の中でトップの圧倒的人気のあった小泉純一郎以来の「新自由主義neoliberalism」、つまり”小さい政府、規制緩和、社会保障費圧縮などの構造改革”と”市場原理主義の重視をする経済改革政策”は続いて来た。
 これは国家による富の再分配を主張する自由主義liberalismや社会民主主義Democratic Socialismと対立する面を持っている。そしてその性格はこの安倍時代に明確になり、その結果もたらしたものとして、格差の拡大、国富は1%の富裕層と大企業に集約が進んでしまっているのではないだろうかという批判に耐えられるか。

Photo_2  ▶誰もが認める安倍総理の独裁化、中央官庁エリート社会の墜落、企業の経営倫理の崩壊
 
安倍自民党のおごりと不誠実
 
官僚の文書改ざん・財務省の道義崩壊と腐敗
 
御用マスコミ、そしてテレビを代表する国民総無関心化路線へ
 
国防費の増大 
 
外国人労働者はまさか現代の奴隷制度なのか
 
対北朝鮮、対韓国の日本政策の危険性
 
北方領土問題と平和条約の意義
 
異常とも言える日本の自然災害
 
捕鯨問題と国際機関からの脱退の意味するもの
 
沖縄基地問題と対米関係
 
学問と教育の軽視、教育者・研究者環境の劣悪化

 まだまだ取りあげるとキリがない。新元号に期待して希望的に今年は全てが動く年であることは事実だが、しかし米国にそして日本に問題が山積みされている。さらに世界的には欧州には英国(EU脱退)からイタリア(政治的混迷)、フランス(反マクロン経済政策運動)、ドイツ(リベラル・メルケル首相の支持低下と新興右翼政党「AfD」)をはじめ新たな問題が山積みとなり、中近東、中国、東南アジア、南アメリカのどこをみても戦後の反省から築いてきたものの崩壊が進みつつある。
 少なくとも日本に於いては・・・・意外に大切なのは、ある人がいみじくも言った”この現実にみる西洋思想の弱点が浮き彫りの中では、原点の東洋思想の良い点に今こそ目を馳せ、極めるところ儒教の真髄である「仁・義・礼・智・信」ぐらいは基礎に持って動くべきだ”まさにそうあって欲しいものである。

(取り敢えず・・・・・)
Photo_3 こんな時代に間違いのない道を歩む為に今必要な事は、日本の昭和時代の戦争の反省からの再スタートとその経過から、平成の30年をしっかりそれなりに分析し、これからの時代を評価出来るものを持つ事だと思う。

 実はその意味に於いても、学者をはじめ歴史研究者の語ることは勿論それなりに重要であると思うところだが・・・もう少し砕けた話としては、昨年友人から紹介された本がある。それは右の赤坂真理という1964年東京生まれの女流作家の講談社現代新書「愛と暴力の戦後とその後」(2014年第一刷発行現在第11刷)(→)である。私からすると日本の戦後の歴史の一大事件「60年安保闘争」に関して全く関わっていない人達の書き物は評価が難しいところにある思って来た。しかし現在60年安保闘争に関わった人間は少なくとも75歳以上といってよい。早く言えば後期高齢者に当たる。今や昭和の時代の、平成の時代の若い人達こそ、現状の日本をリードする人間である。その為に現状を知るためにも日本の歴史を知り語るべきと思う。そんな時にこのような事を書く人間が居るということを含めて興味深く読んだ本であるので取りあげた。

(その他の参考書)
「新自由主義の自滅 日本・アメリカ・韓国」
    菊池英博 著            文春新書 2015
「アベノミクスの終焉」
    服部茂幸 著            岩波新書 2014
「新自由主義-その歴史的展開と現在」
    デヴィド・ハーヴェイ著      作品社   2007
「新自由主義の復権-日本経済はなせ停滞しているのか」
    八代尚宏 著            中公新書 2011

(試聴)

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2018年11月 1日 (木)

この10月は、ちょっと「城巡り」~その2

名城四国編

 昨年の10月に続いて、今年もちょっと城巡りの機会がありました。
 城でもやはりなんと言っても天守閣が魅力があるのですが、現在日本全国でも「現存天守」と言われるものは、寂しいことですが12城しかないわけで、そのあたりは全て見ておきたい気持ちがある。つまり再建した城はどうしても味わいに欠けると言うか、どこか空しいのですが、現存天守はやはり心に響きます。

 (参考1)「天守閣の分類」
    ■ そのまま現存している天守
     ①現存天守 : 江戸時代からのそのまま現在に残った天守
    ■ 復元した天守
     ②木造復元天守 : 図面をもとに忠実に復元
     ③外観復元天守 : 図面の外観のみ復元
    ■ 忠実な再現なし
     ④復興天守 : 天守はあったが忠実な再現はせず
     ⑤模擬天守 : 本来は天守なしの場合に作られたもの 
 
(参考2)「現存天守」
   全国見渡してわずか12城しかない。それは弘前城、松本城、丸岡城、
犬山城、彦根城、
   姫路城、松江城、備中松山城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城、の12城。

 

□ 高知城 (現存天守) 2018.10.19

Pa190567w2_4 好天の高知城を拝見できた。高知市の中央にある。規模は大きいとは言えないが、なかなか美しいたたづまいである。日本100名城に選定されている。別名鷹城(たかじょう)。
 江戸時代に建造された天守や本丸御殿、追手門等が現存している貴重な城。

 江戸時代初期(慶長8年1603年)に、関ヶ原の戦いの功績者・土佐藩初代藩主・山内一豊によって着工され、2代忠義の時代に完成したもの。3層6階の天守は、一豊の前任地であった掛川城の天守を模したといわれているらしい。名称は一豊により河中山城(こうちやまじょう)と名付けられたが、その後、高智山城と名を変え更に現在の高知城。 
 一度城下町の大火で焼失し、寛延2年1749年に再建されたもの。
 追手門が現存し、そのバックに天守が見られ、美しい。現在、自由民権運動の板垣退助の像も置かれている。

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□ 松山城  (現存天守) 2018.10.20

 愛媛県松山市にある城。現在は「松山城」と呼ばれいるが、別名金亀城(きんきじょう)、勝山城(かつやまじょう)。(各地の松山城と区別するため『伊予松山城』と呼ばれることもある)。この10月好天の下、訪れることが出来た。

Img_1221trw 松山城は、松山市の中心部である標高132mの城山(勝山)山頂に本丸があり(今回宿泊した道後温泉から見た写真→)、裾野に二之丸(二之丸史跡庭園)、三之丸(堀之内)がある、広大な平山城だ。
 大天守(現存天守の1つ)を含む21棟の現存建造物が国の重要文化財に、城郭遺構が国の史跡に指定されている。
 昭和初期の1933年に大天守を残して焼失した。その為連立式天守群の小天守以下5棟をはじめとする22棟(塀を含む)が木造で復元された。したがって現在、かっての立派な威容を誇っている。

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  天守は安政元(1602)年に落成したもので、三重三階地下一階の層塔型天守という様式で、江戸時代最後の完全な城郭建築だそうだ。
 天守と小天守、隅櫓を渡櫓で結ぶ天守建造物群は、連立式天守を備えた城郭と言われるもの。なかなかお見事な構造である。
 親藩・松平家によって建築されており、そのことを物語る「葵の御紋」が瓦などに見られる。

Pa200677tr3w 現在はこの城址は市民や観光のための公園の形で管理され、市の中心観光地である。私の訪れたのは秋の好天で、多くの観光客で賑わっていた。山頂の天守までは昇るのは大変なため、ロープウェイ、リフトが途中まで運行されていて、かなり観光客にとってはスムーズな鑑賞が出来る(右のように地元の大学生の暖かい歓迎を受けた→)。

 昨年、ここでジャズ・ブロガーのJamkenさんに勧められた城で、是非とも、と・・・・訪れた次第。     (click to enlarge)

(参考)

① 高知城

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② 松山城

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2018年9月 1日 (土)

NIKON遂に「SONYの二番煎じ」への道に

面白くなったミラーレス・カメラ戦争本格化
~キャノン、ニコンの参入

 ソニーが今から5年前の2013年にスタートさせた「α7シリーズ」で本格化したミラー・レス・一眼カメラであるが、フルサイズのセンサーを持ってのその小型化、高性能化が世界初の大成功を納め、今やミラーを持つ往年の一眼レフを圧倒するところまで来た(↓左「Sony α7RⅢ」 、↓右「Sony α7Ⅲ」 。この他最高級機「Sony α9」もある)。
 そこで、なんと言っても日本のカメラ界をリードするニコン、キャノンは黙って見ている訳にゆかなくなったところに追い込まれたわけだ。

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■ キャノン
Eoskissmw_3 そしてつい先日、キャノンは恐る恐る何時もの様子見のテスト機であるCanon Kissシリーズに、ちょっと試験的にSonyのフルサイズまでには及ばなかったが、取り敢えずはAPS-Cサイズのミラー・レス機を発売した( 「Canon Kiss M」 →)。これによってユーザー離れを防ぐ意味でのSonyに対抗してのミラーレス機にも本腰を入れますよと言うアッピールをした訳だ。しかし機能の点からもあらゆるところで1ランク下のために、話題性があったにも関わらず、イマイチの反応でちょっと空しい状況にある。しかしこの結果から、おそらくキャノンは企業力でSonyを越えるべく新展開を試みる一つの序章とする事であろうと想像出来て、これは又面白いと言うところだ。

180905_canon_eos_r_revealedw960_2(追記) 2018.9.6
  キャノンもフルサイズ・ミラーレスの発売が決定・・・・「Canon EOS R」 (→)   
 Sony α7Ⅲに対応したものとして新マウントにて開発されている。ニコンより発表は遅れたが、発売は早い。ボディーは急遽の開発らしくSony α7シリーズよりかなり大きい(ニコンもソニーより大きいが、それより更に大きい)。

■ ニコン
 さて、そこでニコンはどうかと言うと、ニコンの最高級機である「Nikon D5」の機能をもSonyのαシリーズのベーシック機である「α7Ⅲ」ですら凌駕されるところに至っていることに危機感を持ったのは事実だろう。ついにここに来て今年末に発売するカメラを、なり振り構わす現行発売しているカメラを尻目に大々的宣伝に入った。あまりのSonyのミラーレス・ブームに指を咥えてみていることは出来なかったのであろう。(なんと好評だったNikon D850も影に隠れそうである)

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  そしてそこに出現したのは、先ずは対抗上フルサイズ・ミラーレスに限定し、ボディは撮像素子の異なる「Nikon Z7」(↑左)と「Nikon Z6」(↑右)の2種類で、「Z7」は有効画素数4575万画素の裏面照射型CMOSセンサー採用の高画素モデル、「Z6」は有効画素数2450万画素の裏面照射型CMOSセンサーを採用したオールラウンドモデルという位置付けのものを発表した。そしてマウントも新しい「Zマウント」とし、それに対応した最新レンズ「NIKKOR Z」3本や、既存のFマウントレンズに対応した「マウントアダプター FTZ」も発売に合わせて投入するのである。

 これを「Sony αシリーズ」と比較してみると、ニコンはまあよくここまで”ソニーを意識しての二番煎じ”を展開したものだと、呆れるというか、露骨というか、見方によっては最近のキャノンに比してニコンの業績不振がそのまま窺い知れるところとなった。
 それは、明らかに①「Sony α7Ⅲ」に対しての「Nikon Z6」、②「Sony α7RⅢ」から「Sonyα9」を意識しての「NikonZ7」という構図が見事に見られるからである。価格構成、機器の内容が当に右習えに近いと言うから驚きである。ただし「Sony α9」までには至ることが出来たかどうかは疑問のようだ。
 まあそれでも、カメラ・ユーザーからすれば、比較対象が増えることで楽しいことでもあるのだが、ミラーの無いフリーな構造下であるので、もう少しあっと驚く”ニコンらしいミラー・レス”と言ってもよい注目新技術は無かったものかとちょっと寂しくもなる。


 こうして、どうも高度な技術と費用が要求されるかってのミラーによる一眼レフから、そこをエレクトロニクス化でカットし、画像高機能に費用を転化するミラーレス機に傾いてきたのは事実である。ニコンが遂にここまで力を入れてきたことで、更なるミラーレス・ブームはエスカレートすることは間違いない。現状では、キャノンが遅れをとってしまっているが巻き返しを図るのは目に見えている。そこで今年はカメラ界にとって記念すべき新段階の年なのかもしれない。

Alpha_7000_01 「カメラの歴史」を見ると、・・・・・・・・ソニーの「αシリーズ」というのは、常に新技術を売り物にしてきたミノルタ・カメラの歴史でもある。30年以上前の1985年には、ミノルタ(現コニカミノルタ)が世界初の実用的なシステムを持つオートフォーカス一眼レフカメラ「α-7000」(→)発売してカメラ業界全体へ大きな衝撃を与えた。これは「αショック」と言われるほどの大事件であったのだ。
 すぐさまニコンは1986年過去のシステムと互換性のあるオートフォーカス一眼レフカメラ「ニコンF-501」を、キヤノンは1987年それまでのシステムとは互換性はあきらめ、レンズ内モーターで迅速なピント合わせの「EOS650」を発売してこれに対抗したのだった。こうしてなんと数年後にはあっと言う間に半数以上のカメラがオートフォーカスとなってしまった。
 この「αショック」を起こしたミノルタのカメラの流れは、コニカミノルタを経てソニーへと流れるのである。まず2005年、ソニーはαマウントを採用したデジタル一眼レフをコニカミノルタと共同開発を企画。その後、ソニーはそのコニカミノルタを技術陣、工場などそっくり引き受けて「αブランド」を発展させたのである。ソニーはもともと撮像素子を製造していることもあり、更にレンズはカール・ツァイスと協力関係に有り、新開発は順調に展開、今日のカメラの大ブランドへと発展したその一つがこのミラーレス・カメラであった。

(参考)
ミラーレス機 最新「Sony α7シリーズ」紹介 (ネット上の記事より転載)

 ソニーα7R III (ILCE-7RM3)(2017年11月25日発売) - α7RIIの後継機(7R,7RIIは併売)。画像処理システムのBIONZ Xは新世代になり、画像処理をサポートするフロントエンドLSIも搭載したことで広いダイナミックレンジを実現。連続撮影も約4,240万画素×約10コマ/秒の高解像度かつ高速連写になり、常用感度は最高でISO32000までアップ、使用頻度の高い中感度域では約一段分のノイズ低減を実現。光学式5軸ボディ内手ブレ補正も世界最高の5.5段になり、フォーカスはα9同様「4D FOCUS」に対応。瞳AFの追従性能も、約2倍に向上した。動画撮影面では、ソニー製デジタルスチルカメラとして初めて、撮影後にカラーグレーディングを必要としないインスタントHDRワークフローを実現するHLG(ハイブリッドログガンマ)方式による4K HDR撮影に対応した。ファインダーは、α7IIと比べて最大輝度が約2倍になりファインダー倍率0.78倍を実現したQuad-VGA OLED Tru-Finderを搭載する。

ソニーα7 III(ILCE-7M3)(2018年3月23日発売) - α7IIの後継機(α7及びα7IIは併売)。センサーシフト式5軸手ブレ補正は7IIと比べて0.5段分上昇し、5.0段分の補正効果を実現した。センサーは同機と比べて裏面照射型のExmor Rと新世代のBIONZ Xの組み合わせに変更され、α7R IIIで対応している「4D FOCUS」にも対応、瞳AFモードはAF-Cでも利用可能になった。シャッターチャージユニットに最新型を採用したことにより、AF/AE追従で最高約10コマ/秒の高速連写(サイレントモード含む)も可能になった。また、4K記録ではα7R III同様ハイブリッドログガンマによる4K HDR撮影にも対応した。また、USB端子はSuperSpeed USB(USB 3.1 Gen 1)対応に変更されている。

(My Photo = α7) 
  「A Memory of Summer2018」
      Sony α7Ⅲ ILCE-7M3,   ZEISS Vario-Tessar FE 4/16-35 ZA OSS

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(視聴) ニコンZシリーズ紹介

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2018年8月28日 (火)

懐かしの海外スナップ集(8) ウィーン(オーストリア)2000年

ウィーン・スナップ  2000年

 Minolta TC-1, G-ROKKOR 28mm, Fuji Reala 100
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 ウィーンというのは誰でも観光に行くという最もありふれた都市だが、まあ都会そのものであってしかも観光化されていて実はそれほど面白いところでは無い。ここも私は何回と別目的で欧州に行った際に立ち寄ることになったところである。このスナップは2000年のもの。

「シュテファン大聖堂」

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 この壮大な「シュテファン大聖堂」は、見所は実は地下である。ここは一般市民の教会で有り、地下室にはペストで亡くなった2000人以上の遺骨が詰め込まれている(圧巻、撮影禁止)。
 あのモーツァルトも亡くなったときは、まずはこの聖堂に亡骸はおかれ、一般市民と一緒に土葬されたのだ。

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 ↑ここが、モーツァルトの遺体が一端置かれた場所といわれている。

「ベルヴェデーレ宮殿」

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「ポスター板」

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「ベートーベンゆかりの家」

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「大道芸人1」

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「大道芸人2」

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「大道芸人3」

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「ウィーン中央墓地」

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  中央墓地入り口(↑)を入って行くと、向こうにモーツァルトの墓標が見える(→)

「ベートーベン、モーツァルト、シューベルトの墓地」

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 左の奥が、ベートーベン、右の奥がシューベルト、中央手前がモーツァルトの墓標。モーツァルトのみが、遺骨が埋葬されていない。

(参考視聴) シュテファン大聖堂に於けるサラ・ブライトマンのライブ

 この聖堂の中は、冬期には全く暖房らしき物が無く非常に寒い。このライブのオーディエンスはコートに身を包んでの鑑賞。しかしさすがサラは芸人根性が凄い。寒さの中でもこの映像のような衣装で演技仕切っていたのである。(2008年1月16日収録)

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 この映像は私は何度か観たオフィシャルDVDライブ盤 『SARAH BRIGHTMAN「Symphomy~LIVE IN VIENNA」』TOBW-3370/2009)からである。

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2018年8月27日 (月)

懐かしの海外スナップ集(7) ブタペスト(ハンガリー)2000年

ブタペスト「王宮の丘」にて   2000年撮影(18年前への回顧)

  ハンガリーの首都ブタペストは、ドナウ川を挟んでブダ地区とペスト地区に別れているが、西側のブダ地区の小高い丘は「王宮の丘」 と呼ばれ、「ブダ城」、「マチャーシュ教会(聖堂)」、「三位一体広場」、「漁夫の砦」とあって、観光の中心地。その「漁夫の砦」が素晴らしいドナウ川とペスト地区の都市風景を展望できる為、人気の場所だ。特にゴシック・リヴァイヴル建築の国会議事堂の眺めが素晴らしい。ブタペストは共産圏時代(1980年)とこの2000年と2回訪れているが、ここに登場するスナップ写真は2000年のフィルム撮影である。

「漁夫の砦にて」

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        Mamiya 645 AFD, Zoom AF 55-110mm,  Fuji Reala 100

「漁夫の砦から対岸(ペスト地区)の国会議事堂を望む」

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               Mamiya 645 AFD , Zoom AF 55-110mm,  Fuji Reala 100

「漁夫の砦からマチャーシュ聖堂」

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                       Minolta TC-1, G-ROKKOR 28mm, Fuji Reala 100

「漁夫の砦を望む」

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                         Minolta TC-1, G-ROKKOR28mm,  Fuji Reala 100

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「ブタペスト-その2」

 ブタペストの人口は170万人で、都市圏には330万人という大都市である。従って夜となれば華々しい都会の夜と化して、遊びに関しても事欠かない。しかしこの都会模様は日本の東京や大阪と同じで、私自身は「海外の地に於けるふれ合い」としてはローカルな地が好きであって、その意味に於いてはあまり興味の湧かない都市世界であった。夜にベンツのタクシーを拾うと確実に高額となる・・・と言った都市だ。

「ブタペスト駅から、ちょっと南への旅に向かう」

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                         Minolta TC-1, G-ROKKOR 28mm, Fuji Reala 100

「ブタペスト駅にて」

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                       Minolta TC-1, G-ROKKOR 28mm, Fuji Reala 100

「ブタペスト朝の通り」

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                        Mamiya 645 AFD , Zoom AF 55-110mm, Fuji Reala100

「マチャーシュ教会の裏通り」

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                           Minolta TC-1, G-ROKKOR 28mm, Fuji Reala 100


「ハンガリー・カロチャ刺繍」

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                       Mamiya 645 AFD , Zoom AF 55-110mm,Kodak E200

 ☆この「懐かしの海外スナップ集」は・・・
  私の別室ブログ「瞬光残像」
http://photofloyd.exblog.jp/と連携しています

(参考映像)

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2018年8月18日 (土)

中国製品に納得出来るか・・・カメラ用周辺アクセサリー器具

巷に溢れる中国製品を有効に使う

 しかし面白い時代だ。いつの間にか今の日本で、「Made in Japan」という製品は、間違い無しの優良品の代名詞になっているのだ。
 ところが爆発的人気のミラーレス・カメラ「Sony α7Ⅲ」は日本の優良品と信じているだろうが生産は中国で"Made in China"である。こうした精密機器に近いものでも例えばニコン・カメラも"Made in Thailand"が多い、その他諸々の製品も"Made in Philippines "、"Made in Laos"などなど巷には満ち溢れている。と、言うことは"日本"、"日本"と言うけれど、既に日本近隣の韓国、台湾は勿論、東南アジアでも、既に日本と同等あるいはものによってはそれ以上の品質の生産能力を持っているのだ。

 そこで、最近カメラ関係の周辺アクセサリー器具を「Made in China 」で買ってみたのである。どうしてかというと、お解りのように価格は日本生産製品の1/2 からものによって1/10なんてこともあって、その点では魅力なんだなぁ~~。
   
 ① 「SmallRig  Sonyα7Ⅲ、 Sony α7RⅢ、Sony α9 専用ケージLブラケットキット」
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これがなかなか使用感が良いし、見た目もそれなりの質感を持って出来ていて重宝している。特にSony αシリーズは小型が売り物であるだけ、グリップを握って持った時に少々小指のひっかかりが少なく固定感がやや不安。このブラケット・キットを装着すると、これが快適なんですね。
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 そして国際基準のArca Swissで出来ているために、三脚への取り付け時そのシューへの装着も楽という代物。又これに撮影諸機器の取り付けも出来る。これに関しては価格も含めて中国様々であるのだ。なんとその価格は日本製の類似品の明らかに1/3位で、品質も負けていない。

② 「INPON  汎用L型クイックリリース・プレート・ブラケット アルカスイス互換」

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 これは、Canon, Nikon, Sony, Pentax, Fujifilm, Olympus,Panasonic などなど全てに対応したL型ブラケットなのだ。これによって三脚への固定はどうかと思ったが、全く問題ない。そして驚くなかれ、価格は税込み1,000円少々なのである。駄目でもともとと思って買ってはみたが、驚きの価値あり品だった。

「自由雲台econtrolly ボールヘッド クイックシュー付 」
  
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  360度回転可能、耐荷重量8Kg以上、アルミ製というところ。これが購入してからよく見たのだが、製品名ロゴが入っていない。自由雲台のボールの動きが無抵抗の完全スムーズ運動というわけには行かないが、使用に当たって全く問題なし。3コントロール・ノブ固定で良好。水準器も二方向に付いている。
  撮影時の三脚固定において、フルサイズのビックカメラは問題だろうが、ミラーレス機であれば全く固定もしっかりしていて文句なし。立派に役目を果たしている。3/8→1/4変換パーツも付いている。
  そしてこの規模のモノは20,000円ぐらいするのだが、なんと1/10位の値段。それじゃ文句も言えないというところ。

④  「INPON クイックリリース クランプ アルカスイス互換 」

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  これは私は三脚でなく一本足にカメラを固定するに使ってます。もともと一本足は、私の技法では、きゃしゃなもので十分目的を果たしてくれるので、カメラ固定はこれで十分。なんとお値段税込み1,000円少々というもの。
 


⑤ その他、レンズ・マウントなど・・・

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 私の場合は、レンズ・マウント・アダプターを多用しているのですが、それが殆どレンズごとに1ヶづつ付けるという贅沢使用の為、かなりの数が必要となるも、K&F Conceptはじめ殆ど中国製で賄っている。これがかなり私の財政を援護していてくれるのです。この場合の注意は、有用な品探しに、使用したユーザーの報告を十分耳に入れて購入する。数ある中から選ぶのも楽しいもので、この努力は結構有効で、暇つぶしには最高のこと。

 見てのお解りのように、カメラの肝心の究極のポイントもの例えばレンズそのものとかカメラ本体に関するもの等にはこうした製品は買っていないというのが、私の現状。しかしこのようなアクセサリー用品をこのところ買って使用していると、かってのように全く使い物にならないというものは殆ど無くなってきている。従ってこれからは、もっと対象が広がるだろうと思っているのだ。

 昔は米国や欧州などでは、「Made in Japan」と言えば、安物、半端物ということの代名詞の時代もあった。しかし今や全く逆の展開、カメラや自動車に関しては最も世界で信頼がある。時代は流れているのだ、中国製品をバカに出来ない時は、刻々と迫っているようにも思うのであるが・・・・それは私だけであろうか。日本もうかうかしていられない時代が迫っていると私は感じている。

(参考)

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2018年8月14日 (火)

懐かしの海外スナップ集(6) ペーチュ(ハンガリー)第6集

ペーチュPécs(ハンガリー)スナップ最終編    

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2000年5月撮影

撮影機器:Mamiya 645 AFD , Mamiya ZOOM AF 55-110mm 1:4.5
フィルム: posi-film KODAK E200

「青春」

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「歴史に耐える」

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「生活の道」

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 これらを撮影した今から18年前の当時、やはり35mmカメラは少々物足りないと言うことで、ブローニー版のカメラを結構使いました。しかしブローニー版(120、220フィルム)の6x9、6x7、6x6、6x45版撮影となると(最も小さい6x45でも、135フイルムを使う35mm版に比べると撮影フィルム面積は2.7倍と大きくなる)、操作はマニュアル機が主力であった。そこでオートフォーカスによるスナッピンク撮影に耐えられるカメラとしてこの「Mamiya 645AFD」を結構使ったのです。しかしこれが思いの外、重量級である。それでも頑張ってこのペーチュを訪れた時には併行したのでした(この55-110mmのズーム・レンズも重い)。今思うによくこの重さのカメラを持って行ったものだと感心するというところなんです。
Mamiya_645df_500
  このカメラは、フィルムバックは交換式になっており、それがその後デジタル・バックの開発が進んでデジタル機としても使えるカメラに変身(当初からそれを見据えて開発されていた)、その為プロには結構使われた。
 そして現在は「Mamiya DF+」(→)と進化して、完全な中版デジタル機となっている。今や、APS-Cからフルサイズ(35mm版)とデジタル機も画像センサーが大きくなる方向にあるが、この6x45サイズの更なる大きなセンサーの中判デジタル機もここに来て話題になっているのである。

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2018年8月 9日 (木)

懐かしの海外スナップ集(5) ペーチュ(ハンガリー)第5集

ペーチュPécs(ハンガリー)にて  2000年5月 

ミノルタ名機TC-1(nega-film : Fuji Reala ace 100)スナップ集

 ハンガリーは陶器でも有名な国。日本にもかなりの影響をもたらして来たという。そしてこの町ペーチュも陶器製造でも世界的に有名なのだ。それは1853年に陶芸家であるZsolnay Vilmos(ジョルナイ・ヴェルモシュ)によって設立されたもの。有名な陶器「ジョルナイZSOLNAY」の製造本拠地である。その他芸術的センスも溢れた町だ。

ペーチュの郊外にて-5- 「ジョルナイ陶器工場」

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ペーチュの郊外にて-6-  陶器の絵付け(1)

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ペーチュの郊外にて-7-  陶器の絵付け(2)

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ペーチュの郊外にて-8-  

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ペーチュの郊外にて-9-  卵の殻への彩色

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ペーチュの郊外にて-10-  卵の殻への彩色(作品)

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MINOLTA TC-1,  Minolta G-ROKKOR 28mm  1:3.5
NegaColor-Film : Fuji Reala ace 100

Pecs29trmzw このペーチュのシリーズも残すところあと1回、右は当時(もう18年前と言うことになりますが)ペーチュの郊外の農家を訪れた筆者である。ベルトにミノルタTC-1のケースがみえる。お恥ずかしなからこんな格好で歩いていたんです。

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2018年8月 7日 (火)

懐かしの海外スナップ集(4) ペーチュ(ハンガリー)第4集

ペーチュPécs(ハンガリー)にて   2000年5月 

ミノルタ名機TC-1(Fuji Reala ace 100)スナップ集

Img_1104trw_2 超小型35mmフィルムカメラの頂点に君臨したこのMinoltaTC-1は、ROKKORレンズの優秀性から愛用された。そして2000年前後は、海外旅行には打って付けの小型で、便利に使わせてもらったカメラである。

ペーチュの郊外にて-1-  ハンガリー民族舞踏のメンバー

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ペーチュの郊外にて-2-   ハイキングの少年少女

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ペーチュの郊外にて-3-   農家の一角

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ペーチュの郊外にて-4-  学校のバンド

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MINOLTA TC-1, Minolta G-ROKKOR 28mm 1:3.5
Nega-Color Film : Fuji Reala ace 100

 ハンガリーのこの都市ペーチュを訪れて解ることは、郊外に行ってみると、欧州独特のワイン作りは勿論だが、彼らは人間性を大切にする農業をベースにした生産業に非常に充実感を持って従事していることだ。経済力としては日本は圧倒的に優位にあるが、人間重視というところでどうも敵わないと行ったところではないか。

10000w 余談だが、デジタル機時代になって、このスナップに用いたフィルム・カメラMinoltaTC-1も、いつの間にかなんとなく除湿箱に鎮座することが多くなり、最近はそれに変わって、やはりデジタル機としてスナップ用に、ほぼ同じ小型の Canon  PowerShot G9X mark II(→)の出番が多くなった。しかしそうは言ってもこの両機を腰に付けてのフィルムとデジタルの欲張り散歩は、結構楽しい時となっている。

 

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2018年7月 2日 (月)

(友人から勧められた本)與那覇 潤 「知性は死なない」

平成はもうあと少しで終わる・・・・リベラルの凋落
こんな時代で終えて良かったのか?

 雨の6月末に読んだ本です。
 私はなかなかこの手の本を自分で見つけて読むと言うことが苦手。それは普段は目的が偏って決まっている為にその方面に沿った本しか選べない為です。
 しかし有り難いことにこうして本を薦めてくれる友人が居るということです。そんなおかげで、最近はかなり多方面の本に接しています。

與那覇 潤 「知性は死なない--平成の鬱をこえて
(発行者:吉安章  発行所:(株)文芸春秋 / 2018 )

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 この著者與那覇潤とは私は知らなかった。彼は「日本の存在」ということにかなりの意欲で対峙していた東京大学教養部卒で、同大学院総合文化研究科博士課程を経て(2007年)、愛知県立大学日本文化学部准教授であった。
 この書は、「双極性障害(躁鬱病)」という精神疾患に襲われ彼が、無能化した状態からの再生、そして平成を振り返り現在の状況に彼らの「知性」は何故崩壊と言えるに状態に至ったかを問いながらも、「ポスト平成」にやはり”光”を求める書である。

W_2 與那覇氏は1979年生まれと言うから、私から見れば失礼だがまだまだ若い青年と言える年頃。そして生きてきた時代は主として「平成」である。だから「平成」こそ思想と人格形成の時であった訳で、そんな目から見た貴重な「平成」は何であったかと思い残す気持ちは大きいと思う。それは私のような「昭和」の人間からすれば「昭和」の激動をどう生かしてくれるかとむしろそうした目で見てしまうのであるが。

■ 精神疾患からの再生
 與那覇氏が精神的に調子を崩すに至った過程は主として大学という場であったと思うが、ちらっと見える大学人批判らしきところからも「平成の流れに迎合して行く知性とは?」と言う懐疑心の世界がみえている。彼の精神病下のやるせない悲哀感も伝わってくる中で、療養生活(障害者との共同生活も含めて)下で、今までに経験の無かった世界を眺めるようになったこと、「言語」と「身体」という二つの視点からリベラルの凋落を考察するところに至る話も興味深い。

I0455_03_01a■日本のリベラルの破綻と知性の崩壊
 この書では「平成の年表」も「日本編」「海外編」と分けて記しているが、日本に於いては、細川非自民政権発足(1993)から、村山自社さ政権(1994)、自民・公明連立与党(1999)、小泉純一郎政権(2001)、第一次安倍晋三内閣(2006)、民主党政権(2009)、第二次安倍内閣(2012)と、やはり30年となると大きな変化があったとも言えるが、この過程の中にリベラルの破綻と知性の崩壊の歴史をみることになる。それは昭和の「60年安保闘争」の念頭に置いての「集団的自衛権に反対して政権を倒す」という人たちの運動は、知識人も含めて完敗した現実。

■ コムニズムへの期待は?
 そして世界情勢では冷戦以降の資本主義と共産主義、宗教、民族と広く分析する。マルクスのコムニズムCommunismを「共産主義」と言うので無く「共存主義」と説くところに至る過程も興味深い。

 これは私が薦められて読んだ書であるが、多くの人に読んで欲しい書でもある。

(最後に280頁から)
 私たちはのこりわずか一年で、新しい元号を迎えます。しかしそれがどこまでほんとうに「あたらしい時代」となるのかは、私たち自身がどのように、古い時代をふりかえり、その成果と課題を検討して、なにを残しなにを変えて行いくと決めるのか--すなわち、どのように「知性」をはたらかせるかにかかっています。

(與那覇潤 著書)
『翻訳の政治学 近代東アジア世界の形成と日琉関係の変容』岩波書店、2009年
『帝国の残影 兵士・小津安二郎の昭和史』NTT出版、2011年
『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』文藝春秋、2011年
『日本人はなぜ存在するか』集英社インターナショナル、2013年
『史論の復権』新潮新書、2013
『知性は死なないー平成の鬱をこえて』文藝春秋、2018


(参考映像)

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