戦争映画の裏側の世界

2016年10月15日 (土)

アンジェイ・ワイダAndrzej Wajda監督 波乱の人生に幕

多くの教訓を残して90歳で死去

640  悲しい訃報ですが、'50年代後半からポーランド映画界での活躍によって、映画史に残る映画監督・巨匠アンジェイ・ワイダ Andrzej Wajdaが10月9日に亡くなった。90歳でした。

 初期の代表作「抵抗三部作」と言われる(「世代」、「地下水道」、 灰とダイヤモンド」)でも日本でも広く知られて来た訳だが、ポーランド社会の宿命的苛酷な運命を描き、それは国際的評価を得た。ポーランドの激動の時代に波瀾万丈の人生を生き抜いて来たワイダは、映画を通じて我々に多くの教訓を残してきた。

58_ その多くの作品の中でも、まず「灰とダイヤモンド」(1958)は、私の映画史に於いても重要な位置にある。ドイツ・ナチス占領下からドイツ降服に至った直後の1945年のポーランドを背景に、そこにみたソ連共産主義統治下の圧政に対しての抵抗組織に属した青年を描いたもの。その彼が労働党書記を暗殺しようとすることで起こる暗い悲劇の物語だ。ゴミ捨て場で人間の価値観も感じられない虫けらのように息絶える主人公のラストの姿の虚しさを見るにつけ、歴史に翻弄されるポーランドの悲劇そのものを描いて衝撃的でした。

   アンジェイ・ワイダは、1926年、ポーランド北東部スヴァウキ生まれ。第二次世界大戦中は反ナチスのレジスタンス活動に参加した。ウッチ映画大学を卒業後、1954年に「世代」で監督デビュー。常にポーランドを愛し、この国の苛酷な運命を描いた。
   81年には、ポーランド民主化を率いた自主管理労組「連帯」を題材にした「鉄の男」を発表し、カンヌ映画祭のパルムドール(最高賞)を獲得した。だが同年の戒厳令で映画は公開禁止となり、映画人協会長の職を追われた。その後一時消息不明となる。
 しかし民主化激動の89~91年には上院議員を務め、連帯議長から大統領に就任したワレサ氏の諮問機関「文化評議会」の議長に就いた。

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 2000年以降も80歳という高齢でありながら、創作意欲はすざまじく、ソ連によるポーランド軍人らの2万人以上と言われる大量虐殺事件が題材の「カティンの森」(07年)を製作した。この映画の描く虐殺された軍人の一人は彼の父親でもあったことから、ワイダにとってはようやく自由を勝ち取ったポーランドで描かざるを得なかった宿命の映画であっとも言える。この映画が日本に紹介されるまでは、彼の存在すら明らかで無く、投獄されていたという話もあった時期があった。その為この映画の出現は、映画以上に私にとっては驚きを持って歓迎したのであった。

 更にポーランド民主化への労働者に生まれた運動を描いた「ワレサ 連帯の男」(13年)などを発表した。もうここまで来ると映画の出来ということより彼の生きてきた執念の総決算という感じだった。
 そして今年、90歳になっても、共産主義時代を生きた前衛芸術家を描く新作を完成させたばかりだった。

 一方、ポーランドと言う国は歴史的にも日本との関係は良好で、今でも語られる杉浦千畝のユダヤ人救出、シベリアにおけるポーランド孤児救出、モンテ・カシーノの激戦にてポーランド部隊と日系人部隊の共闘などから親日家が多い。
Photo
 芸術を愛するワイダも若き日に浮世絵などの日本美術に感銘を受け、そんなところからも親日家だった。87年に受賞した京都賞の賞金を基金に母国の古都クラクフに日本美術技術センター「マンガ」(→)を設立した。このセンターは日本の伝統工芸品や美術作品で中・東欧随一のコレクションを持っている。

 アンジェイ・ワイダの死は、世の定めとは言え日本にとっても悲しい出来事である。しかし彼もようやく安らかな時を迎えたのかも知れない。いずれにしてもご冥福を祈りたい。

(参考)<アンジェイ・ワイダ監督作品>

 世代 Pokolenie (1955年)
地下水道 Kanał (1957年)
灰とダイヤモンド Popioł i diament (1958年)
ロトナ Lotna (1959年)
夜の終りに Niewinni czarodzieje (1960年)
サムソン Samson (1961年
シベリアのマクベス夫人 Powiatowa lady Makbet (1962年)
Popioły (1965年)
Gate to Paradise (1968年)
すべて売り物 Wszystko na sprzedaż (1969年)
蝿取り紙 Polowanie na muchy (1969年)
戦いのあとの風景 Krajobraz po bitwie (1970年)
白樺の林 Brzezina (1970年)
婚礼 Wesele (1973年)
約束の土地 Ziemia obiecana (1975年)
大理石の男 Człowiek z marmuru (1977年)
麻酔なし Bez znieczulenia (1978年)
ヴィルコの娘たち Panny z Wilka (1979年)
ザ・コンダクター Dyrygent (1980年)
鉄の男 Człowiek z żelaza (1981年)
ダントン Danton (1983年)
ドイツの恋 Un amour en allemagne (1983年)
愛の記録 Kronika wypadków miłosnych (1986年)
悪霊 Les possédes (1988年)
コルチャック先生 Korczak (1990年)
鷲の指輪 Pierścionek z orłem w koronie (1992年)
ナスターシャ Nastasja (1994年)
聖週間 Wielki Tydzien (1995年)
Panna Nikt (1996年)
パン・タデウシュ物語 Pan Tadeusz (1999年)
Zemsta (2002年)
カティンの森 Katyń (2007年)
菖蒲 Tatarak (2009年)
ワレサ 連帯の男 Walesa. Czlowiek z Nadziei (2013年)

(アンジェイ・ワイダの人生)

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2010年7月21日 (水)

映画「カティンの森」~抵抗の監督アンジェイ・ワイダの執念~(戦争映画の裏側の世界-2-)

ポーランドの悲劇を今ここに世に問う・・・・

Dvd ポーランド映画「KATYN'  カティンの森」 2007製作 配給アルバトロス (日本公開2009.12.5)
  
 監督:アンジェイ・ワイダ Andrzej Wajda 
 制作:ミハウ・クフィェチンスキ
 脚本:アンジェイ・ワイダ
 原作:アンジェイ・ムラクチク
 撮影:パヴェル・エデルマン
 出演者:マヤ・オスタシェフスカ
      アルトゥル・ジミイェフスキ

 この映画は、1940年ポーランドにおいて第2次世界大戦中に起きたロシア(旧ソ連)の行為による悲劇的事件”カティンの森事件”を取り上げている。ソ連占領下のポーランドで、国の中枢を担う軍人(将校たち)など1万5000人以上の捕虜が、スターリン指導下のソ連軍により裁判もなく一方的にカティンの森で大量に銃殺され森の地中に埋められたのがこの事件である。
 しかし、この事件は戦後もソ連支配となったポーランドにおいては語ることも禁じられ、歴史の闇の中に葬り去られていた。そしてソ連崩壊後1990年になって初めてソ連はゴルバチョフによりこの事実を認めることになる。

Photo  そしてこの映画は、ポーランドの”抵抗3部作”と言われる映画(「世代」(1954)、「地下水道」(1956)、「灰とダイアモンド」(1957))で有名なアンジェイ・ワイダ監督 (左)の執念の渾身の作品。彼の生涯をかけてのテーマである第二次世界大戦中そして戦後のソ連支配下のポーランド体制のレジスタンス活動から、反ナチズム、更にはソ連のスターリニズムの告発とポーランドの悲劇を訴え、その総集編とも言える作品で、80歳を超してもまだみなぎる彼の信念の力作である。
 (参考:特に映画「灰とダイアモンド」は、私のこのブログのテーマでもあり、第一号アーティクルとして2006年12月24日に取り上げている)
 
 映画の物語の作りは、実際に遺された手紙や日記をもとに、ソ連軍に捉えられた将校たちの姿を描きつつ、彼らの帰還を待つ家族特に女性たちの苦悩をつづりながらこの悲劇的事件を告発してゆく。
Story_img_1  銃殺されたアンジェイ大尉の妻のそれでも”生”を信じて一筋の希望をたよりに生きるアンナの哀しき生き様。
 大将の妻ルジャはドイツの発表したカティンの犠牲者リストに夫の名を見る。しかしドイツの思惑に乗ることを拒否して悲劇の人生を送る。
 アグニェシュカは非業の死の兄のロザリオを受け取り、墓碑を作る。その墓碑には”1940年カティンに死す”と記した。それは反ソ宣伝をした罪として逮捕される。
 タデウシュはアンナの甥。父親を虐殺され、レジスタンス活動をしていたが、ソ連を受け入れることが出来ず警察の車でひき殺される。

Story_img  もともとドイツ:ヒットラーとソ連:スターリンの密約によって、ポーランドへの両国の侵攻が起ったものだ。映画は西からのドイツ軍から逃げる市民と、東からのソ連赤軍から逃げる市民が、鉄橋の上でかちあわせになり、混乱するシーンから始まる。これがポーランドの悲劇そのものの姿であった。
 監督アンジェイ・ワイダは、彼の父がソ連捕虜になりカティン犠牲者であったこと。犠牲者リストには名が誤記されていた為、母は夫(ワイダの父)の無事生還を死去(1950年)するまでその希望を持って生きたこと。これらの自分の生々しい体験から、この事件についてその真相を訴えた映画の製作を試みるも、戦後のソ連支配下ポーランド体制の中では許されることではなかった。しかし、彼はそれらソ連の非人道的体質の告発は既に抵抗3部作において描いていた。そしてその後の映画「大理石の男」など一連の彼の映画製作の行為は反国家的行為と烙印を押されポーランドから追放されてしまっている(かっては投獄されたとも伝えられていた)。しかしその後のポーランドのソ連からの解放を期に帰還し、ようやく80歳を過ぎてこの事件の映画化に着手。なんと17年経て製作が実現できたものだ。

Jecy1_1  この”カティンの森事件”は、ドイツ軍により1943年にソ連犯罪として当初暴露されたが、ソ連は全面否定しむしろドイツの残虐行為として宣伝した。ドイツは1945年のニュルンベルグ裁判によるドイツ・ナチス否定の中でソ連告発は困難であった。こんな事情から戦後20年に及んでこの事件は闇の中にあったのだ。
 ソ連の解体とともに、この事件の究明の動きも活発化した。2000年にソ連プーチン大統領はこの事件のポーランドとの合同調査に同意した。そしてスターリン時代のソ連の汚点が確認されたのだ。
 
 そしてこの映画の終章に描かれる将校の銃殺シーンは、けっして忘れてはならない戦争という国家間の紛争下での人間の感覚を超えた悲惨な行為の現実を浮き彫りにした。この映画により、ポーランドそしてソ連、ドイツに歴史の真相を認識させ、世界に悲惨な事件の真実を知らしめ、現代の我々にアンジェイ・ワイダは人生をかけて伝えているのである。

     

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2010年3月28日 (日)

戦争映画の裏側の世界(1) 「戦場のピアニスト」:ポーランドと監督ポランスキーの悲劇

ユダヤ系市民の苦節の歴史から生まれるもの・・・・・

 映画の世界では歴史的にも、戦争を題材にしての作品は多い。古くはその内容も戦争の勝利までの作戦や戦いぶりを描いたものが多かった。しかし、近年は2002年のカンヌ映画祭にて最高賞であるパルムドールを受賞した「戦場のピアニスト」のような、戦時下に於ける一般市民の人間模様や、その他戦争と社会に眼を向けたもの、さらには戦争に従軍した戦士の人間的姿を描こうとするものなども多い。
 そしてその舞台は、かってのベトナムものは影を潜め、イラク、アフガニスタンが注目されており、一方ナチス・ドイツに纏わる作品も相変わらず多い。そんな作品に眼を少し向けてみたい。

Thepianist 「戦場のピアニスト The Pianist」フランス・ドイツ・ポーランド・イギリス合作 2002年 監督:ロマン・ポランスキー

 この映画は、既に多くが語られているのでここではそのストーリーなどには触れない。ナチス・ドイツのポーランド侵攻、ユダヤ人への迫害をユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンの体験記(伝記)がストーリーとなっている。このシュピルマンはドイツのベルリン音楽大学で活動していたが、ヒトラー政権樹立からポーランドに帰り、ポーランド放送のピアニストであった。ドイツ占領下では家族全員が収容所送りとなったが、彼は生死の境をさまよいながら逃亡中、奇跡的にも音楽を愛するドイツ将校ヴィルム・ホーゼンフェルトに救われた。この経験の伝記「ある都市の死」を1946年出版。これがこの映画の原本であるが、しかしポーランド共産主義政権により絶版となってしまっていた。

Polanskiiffkv  1999年になって、イギリスにて「The Pianist:The extraordinary story of one man's survival in Warsaw,1939-1945の題名で復刊され、ポーランド人のロマン・ポランスキーRoman Polanski(左  1933-)により製作・監督されて映画化されたもの。(日本では佐藤泰一訳、春秋社、2000年)
 この監督は、やはりユダヤ系であり、第二次世界大戦中に、ナチス・ドイツによりユダヤ人ゲットーに押し込められての生活に追いやられる。しかし彼の父親の力によりゲットーより脱出、その後は転々と逃亡劇となる。
Photo  戦後、ポーラントに戻り映画畑にて俳優として活動したが、ポーランドの共産党統制下から自由を求めてフランスに移る。(この当時のポーランドの悲劇は、この私のブログの初回(2006.12.24)に取り上げたアンジェイ・ワイダ監督の1958年の映画「灰とダイアモンド」(左)にて知ることが出来る)
 そして1962年「水の中のナイフ」で監督として映画界に頭角を現す。その後アメリカを活動の場とするが、1977年には13歳の子役モデルに性的行為をした容疑で逮捕され、有罪判決を受ける。本人は冤罪として訴えたが受け入れられていない。その保釈中にアメリカを脱出してフランスにて市民権を獲得する。

 そうした波瀾万丈の人生の中で、2002年になってこの「戦場のピアニスト」の中で、ユダヤ系ポーランド人としてどうしても訴えたかったのであろう。そして更に一つの人間的総括として監督・制作に力を注いだ。そして見事アカデミー監督賞を受賞するも、アメリカに渡ると逮捕されるため、授賞式には参加していない。2009年にはチューリッヒ映画祭の”生涯功労賞”授与式に出席のためスイスに行き、スイス司法当局に身柄を拘束されてしまった。
 日本では、この映画は久々に戦争におけるナチス・ドイツ占領下の市民の悲惨な姿を訴えたものとしてヒットした。そしてこの映画の救いは、ナチス・ドイツ兵にも人間的な面あったことを描いたところにあったとも言える。しかしその裏には監督自身の暗い過去と現実の状況があったことがここにきて注目されるのだった。

 さて、この映画のもう一つのポイントは、主人公シュピルマンが弾くショパンの夜想曲第20番嬰ハ短調「遺作」の美しさにあるだろう。もともと日本では第1番変ロ短調、第2番変ホ長調などは誰にも愛されてきたが、この第20番は1975年になって遺稿として出版されたもの。意外にショパンの若いときの作品であるが、奥深い魅力があり、この映画で取り上げられ多くにの人の心を打った。

 
 

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2009年10月29日 (木)

私の映画史(4) : 衝撃の映画「攻撃 ATTACK!」

ロバート・アルドリッチ監督の執念が作り上げた衝撃の問題作

Attack2  「攻撃 ATTACK!」 1956年 米国映画 モノクロ

 一口に戦争映画と言っても、その内容は千差万別、この映画に描かれる世界は、極限の状態に押しやられた人間の姿を描いた凄まじい戦争映画と言っていいであろう。
 美化されるアメリカ軍部に対しての真の姿は何だったのか?、戦争下、その前線では何が起きていたのか?と、まさにアルドリッチ監督の反骨の精神の象徴のような不正に対する挑戦の映画。
 当時、この映画製作に当たってはアメリカ国防省が協力拒否し制作中止を勧告したと言われている。しかしアルドリッチ監督は自費を投げうって完成させた執念の結晶らしい。
 
 この映画を観た時は、そうした背景は知らずに、しかも私はまさに感受性の高い高校時代であって、私自身の人生の中でも、戦争映画という範疇では現在に至っても、最も最右翼にある屈指の名作と思っている。

 監督・制作ロバート・アルドリッチ
 脚本ジェームス・ポー
 原作ノーマン・ブルックス
 撮影ジョセフ・バイロック
 音楽フランク・デ・ヴォール

(キャスト)
 ジョー・コスタ中尉・・・ジャック・パランス
 クーニー大尉・・・エディ・アルパート
 クライド・ハーレット大佐・・・リー・マーヴィン
 ハロルド・ウッドラフ中尉・・・ウィリアム・スミサーズ

(ストーリー)
 第二次世界大戦末期のベルギー戦線を舞台に、ジャック・パランス演ずるコスタ中尉は臆病でしかも卑怯な無能な上官クーニー大尉により、部下を多数無駄死に同様の戦死に追いやられる。しかもそれを咎めないハーレット大佐、それには自己の戦後の利得のための野望の結果であった。再度にわたる上官クーニー大尉の裏切りにより、絶体絶命の窮地に陥ったコスタ中尉は、全てをこの上官を殺す為に戦火の中、鬼となり命をかけて部下の復讐を期す為に戦うのだ。

 このジャック・パランスの凄まじい熱演は、彼ならものでありアルドリッチ監督の執念が乗り移ったかの感がある。
 当時、ここまでもアメリカ軍の腐敗した一面を強烈に描き批判したものはなかったと思う。又、コスタ中尉が、男としての怒りを戦争の敵ではなく自分のいる軍隊の中に持ち、上官を殺す決断をするも、壮絶な死を遂げ、なしうることが出来なかった結末の姿に、戦争という究極の世界で何が起こるのか、何の為に多くが死んでいったのか?と我々に問いかけてくるのだ。
 更に、正義のアメリカ軍、人道的なアメリカ軍として伝えられてきた戦争の中に、実際にはどちらにも醜い何かがあった事をこの映画は教えてくれる。ただ敢えて言えば、コスタ中尉の部下達や同僚のウッドラフ中尉らの生き様に、男の正義というものがあることを示した終章に、なんとか救いがあると言いたい。

Jackpalance1  主演のコスタ中尉演ずるジャック・パランスは、日本では有名なあの西部劇「シェーン」の敵役、それから「革命戦士ゲバラ」のカストロ役などで知るところである。既に亡くなってしまっているが、彼の個性的な顔貌と演技はアメリカ映画史に燦然と輝き残っているところであるが、この映画こそ彼の最も彼らしい演技で埋め尽くされていると思う。

 執念で作り上げたこの映画のアルドリッチ Robert Aldorich 監督は、後の映画「特攻大作戦」にみる単なる人間性という安易なものへの危機感、「ワイルド・アパッチ」などにも憎悪という人間感覚などを描いたと言われるが、残念ながら私は観ていない。しかし、この「攻撃」が反軍的な内容と烙印され、アメリカで上映禁止にされたなどの事実が残っており、彼はこの直後イタリアに渡っている。そして4本の映画を製作した。これは明らかにアメリカという自由が売り物の国においての、その表向きの世界と異なった圧力が彼を襲った事の結果であったろうことは想像に難くない。そして再びハリウッドに戻っての活動再開は、アメリカという国の腐敗にメスを入れ、反骨精神の塊のような作品群を作り上げたことの事実が残っている。

 この映画、かなり以前にVHSビデオ・テープで家庭用にも販売され、その時は何はともあれ飛びついて買ったのを思い出す。今日(こんにち)においては、2003年と今年(2009年)にDVDで三度、我々に提供されている。戦争映画というものの世界を超えて、人間や社会に迫った価値ある映画であり、反体制的反骨精神から生まれた貴重な作品であることを訴えたい。

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2006年12月24日 (日)

<序言> 「灰とダイアモンドの世界」は・・・・

 松明のごと、なれの身より火花の飛び散るとき

  なれ知らずや、我が身をこがしつつ自由の身となれるを   

 持てるものは失わるべきさだめにあるを

  残るはただ灰とあらしのごと深淵に落ち行く昏迷のみなるを

    永遠の勝利のあかつきに、灰の底ふかく   

 さんさんたるダイアモンドの残らんことを・・・・・・

(ポーランドの詩人ツィプリアン・カミル・ノルヴィットcyprian kamil norwidの作品「舞台裏にて」にあるという一節である。訳は映画「灰とダイアモンド」の日本語字幕から)      

アンジェイ・ワイダ監督「灰とダイアモンド」=私の映画史(1) 1958 ポーランド映画

Dvd  第二次世界大戦後のソ連体制下のポーランドにて、共産派新政権に対してレジスタンスに生きて悲惨な死をとげる若き闘士(マチェック)を描く。
 バーにいた美しい給仕クリスチナとの愛を知り、生きることの意義を知る中で、自分のテロリストの意義は何か?悩みながらノルヴィットの詩”灰とダイアモンド”(廃墟と化した教会で、マチェックとクリスチナは愛を確認する時、そこの墓銘に”君は知らぬ、燃え尽きた灰の底に、ダイアモンドがひそむことを”を見る)と交錯して、ズビグニエフ・チブルスキー演ずる主人公の若者マチェックは、同じ国の人間同士の戦いに無惨な死の時を迎える。壮絶な彼の死のシーンは、観るものにポーランドという国の歴史的状況の複雑な厳しさとその悲劇を訴えてくる。
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監督:アンジェイ・ワイダAndrzej Wajda
原作:イェジー・アンジェイエフスキーJerzy Andrzejewski

キャスト
 ズビグニエフ・チブルスキーZbigniew Cybulski :Maciek
 エヴァ・クジイジェフスカEva Krzyzwska : Krystyna
 アダム・パウリコフスキーAdam Pawlikoski : Andrzej

 世界歴史上(もちろん日本に於いても)、「灰とダイアモンドという言葉が我々の耳にすることになるのは、やはりアンジェイ・ワイダの映画が大いにその役割を果たした結果であろう。その言葉の意味は、若き人々の生き様に強烈なメッセージを送っている。ポーランドの作家であり詩人であるノルヴィットは、歴史的な困難を抱えた国において、人間を深く見つめ、懐疑と聡明なる知力にて、人というものに迫ったという。   

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 *          *          *          *

音楽(ROCK)
 
 Pink Floyd / 「the final cut」 1983 

 ロック・グループPink Floydを語るとき、結成当初のシド・バレット(今年2006死亡)は忘れられない存在であることは論を待たない。しかし、世界に彼らの存在を知らしめることになるのは、当初からのメンバーであるベーシストのロジャー・ウォーターズのコンセプト(その一つは「狂気The Dark Side of The Moon」=”月の裏側の世界”)、そしてブルージーなディヴィット・ギルモアのギター・サウンドが主役である。しかしウォーターズの存在したPink Floydの最後のアルバムとなるこの「the final cut」こそは、数多いロック界に残る名盤の中でも、一際灰の中に光る一粒のダイアモンドのごとく存在する。

Thefinalcut a requiem for the post war dream by roger waters と記し、彼の父親(彼が生まれた直後に戦争に出征し、その戦いで死亡したためその後一度も会っていない)に捧げられたところに、彼のソロに近いアルバムであるとの評価は間違っていない。
 ロック・アルバムというものの考え方や評価、音楽論に於いても、グループ活動が長い年月を経ると、その中には次第に相違が生まれ、亀裂が生ずるのは多くのグループが経験することだ。ピンク・フロイドも例外ではない。そして分裂の危機感ある緊張の中で作られたのがこのアルバムである。そのようなものであるだけに、逆に中身は濃い。ウォーターズの主張は先鋭化して前面に出る、そうしたことに対立したギルモアであるが、彼の奏でるギターのサウンドは極めて哀しく美しい。
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 このアルバムの最後の曲である”two suns in the sunset”に、ロジャーによって書かれた詩には、”灰とダイアモンド”という言葉が登場する。

   ついに ボクは理解した 

    後に残された少数者の気持ちを・・・・

    灰とダイアモンド

    敵と友人

    結局 僕らは皆おなじなのだ

                    (山本安見 訳) 

 (注: 最後の文章"結局 僕らは皆おなじなのだ"は、むしろ"最後の時を迎えたときは、僕らは全ておなじになってしまうのだ"と、訳す方が解りやすい)

 と、ここにこのように”灰とダイアモンド”が・・・・・・・・。

 この「Final Cut」の世界は、ウォーターズが英国の”フォークランド紛争”の悲惨な現実を見たときに、彼の問題意識による血が騒いだ結果であり、父親の戦死と交錯して、若い命を奪われていく無惨な世界に黙っていられなかった結果でもある。それはPink Floydとして長く繋がれてきた仲間とも袂を別にしてでも、このアルバムを通して訴えざるを得ないところに追い込まれたとみてよい。つまりそれは彼の生涯の戦いのテーマでもある為に。
  そして一方、このアルバムの曲"southampton dock"には、息子を戦場に送る悲痛な母親の姿が歌われ、特に英国市民の善良な兵士の母親達の涙をさそうことになった。

 このブログのプロローグでは、ここまでにとどめよう。しかし、この「灰とダイアモンド」のテーマはこれがスタートである。 

(このブログには、各種の本の表紙、話題対象の写真、人物写真、音楽CDジャケ、映像DVDジャケ、又それらの内容の写真等多く登場するが、公開されたものに限定し使用いたします。”研究用にとして公開されたものを使用”という理由により、著作権には抵触しないと判断しています(著作権法32条)。・・・なお問題があればご連絡ください>真摯に対応いたします)

 

  

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