マデリン・ペルー Madeleine Peyroux 「Let's Walk」
彼女の苦悩の心が歌い込まれる名盤の出現
<Jazz, Folk>
Madeleine Peyroux 「Let's Walk」
BSMF Records / JPN / BSMF5128 / 2024
Madeleine Peyroux : vocals
Jon Herington : guitor
Andy Ezrin : Keyboad
Paul Fraser : Bass
Graham Hawthome : Drums
注目してきたジャズ&フォーク・シンガーソングライターのマデリン・ペルーの久々6年ぶり10枚目のアルバム登場。グラミー賞受賞のプロデューサー&エンジニアのエリオット・シャイナーを迎え、ギタリスト、ジョン・ヘリントン(米、1954-)が作曲・アレンジで全面協力。久しぶりのこのアルバム、過去と異なって、全曲自らも関わってのオリジナルで訴えてきた。どうもコロナ禍によって、全て抑制された困難を乗り越えての、中身は政治的・社会的な問題を彼女ならではの世界観で捉えた歌詞で、ニューヨーク州北部のクラブハウスで録音されたこのサウンドはフォーキーに、ブルージーに、シャンソン風にと多彩に表現している。
マデリン・ペルーは、1974年アメリカ、ジョージア州生まれのジャズ系シンガー・ソングライター。ニューヨークなどに住んでいたが、13歳の時に両親の離婚で、母親とパリへ移住。2年後セーヌ川の南のラテン・クオーターでストリート・ミュージシャンとして活動を始め、一方ジャズ・グループに参加し経験を積む。そしてアトランティック・レコードに見いだされ1996年『Dreamland』でデビュー。しかし声帯のポリ-プ手術のため8年間のブランク。2004年プロデューサーのラリー・クラインと組んで発表した復帰作『Careless Love』が大ヒット。続く2006年『Half the Perfect World』もヒット。その後2009年『Bare Bones』、2013年『The Blue Room』、2018年『Anthem』など続けて発表。レナード·コーエン、レイ・チャールズなどの名曲を彼女らしさで再構築し、ジャンルという枠を越えた音楽で世界的に評価されてきた。
(Tracklist)
1.Find True Love
2.How I Wish
3.Let's Walk
4.Please Come On Inside
5.Blues for Heaven
6.Et Puis
7.Me and the Mosquito
8.Nothing Personal
9.Showman Dan
10.Take Care
過去のアルバムから、“21世紀のビリー・ホリデイ”とか形容されることも多い独特の深く温かい力みのない歌声で、今回は作曲者のジョン・へリントン(↓左)のギターに加え、アンディ・エズリン(キーボード↓左から2番目)、ポール・フレイジャー(ベース↓右から2番目)、グレアム・ホーソーン(ドラム↓右)らがバックアップ。フォーキーな因子を聴かせながらも、シャンソン風も顔を出し、ブルージー、ジャジーな曲などで聴く者を飽きさせない。
アルバムのオープニング曲M1."Find True Love"は、ジョージ・フロイド殺人事件の裁判中にペイルーに届いた曲だという。闇の中から希望を求めて彼女の歌がスタートする。ヘリントンのアコースティックギターとアンディ・エズリンのKeyboadが優しく彼女の希望の歌を支える。
M2."How I Wish"は、白いアメリカ人の肌と格闘した哀感漂うやや暗めの心に響くワルツの曲。2020年の3ヶ月間に起きたジョージ・フロイド、ブレオナ・テイラー、アフマド・アーベリーの恐怖の殺人事件に対するペルーの反応である。「2020年は私が目を覚ました年でした」と彼女は言い、一つの苦悩を負っている。それはアメリカ・オクラホマ州出身の哲学者、政治思想家の人種問題を歴史学的分析を用いて論じ、熱心な社会活動家としても知られるコーネル・ウェスト(エチオピア系のアフリカ系アメリカ人)の作品に影響を受けている彼女は、ニーナ・シモン、ルイ・アームストロング、マリアン・アンダーソンなど、抑圧に対して音楽で対応することに感銘を受けている。「アフリカ系アメリカ人の音楽は、私の人生で不変の真の道です」とまで言っている。
アルバム・タイトル曲M3."Let's Walk"はゴスペル調であるが、アップビートで、コーラスもバックに入れてなかなか快活だ。「この歌詞は、世界中の公民権を求めるデモ参加者の大衆動員について言及しています」と彼女は説明している。「人道主義のイデオロギーを支持する自発的に統一された行動」を歌い上げ、続く難民をテーマにしたM4."Please Come On Inside"とM5."Blues for Heaven"では、感情を豊かに高めている。オルガンの響きの印象的なM5.では、天国の平和を願いあげている。
そして中盤では世界を変えて、フランス語で歌うM6."Et Puis"はパリの街角に白人の特権、そしてM7."Me and the Mosquito"は国境の南カリブへと想いを馳せて、陽気な曲でありながらここではマラリアとの関係に。「私たちはどんな時でも単に喜びを求めてはならない。そして、皮肉を考えずにそのように」と、ただし暗さだけには終わらせていない。
そして問題作M8."Nothing Personal"では、女性への性的虐待・暴行にも正面から取り組み、加害者は「自分の行動の結果のあらゆる側面を学び、被害者が歓迎するあらゆる方法で回復の当事者になるべきだ」と反省を訴える。ペルーの切なくも決意された心のヴォーカルは優しく美しい。
このアルバムは、この6年間の困難な社会を生き抜いての彼女の再々出発への一つの道のような位置にあるようだ。人種問題、性問題など社会問題を取り上げての社会的位置を明確にしている。彼女自身の人種については、アメリカ人であり、具体的な人種についての詳細な情報は公にされてい。ただし、音楽のスタイルや影響を受けたアーティストの多くはアフリカ系アメリカ人であるため、ジャズとブルースの伝統を深く理解し、それを自らの音楽に取り入れて、そこから生きるということの大切さを訴えていることが解る。
久々の彼女のアルバムに触れて、心のミュージックとして曲の多彩さに感動し彼女の決意を見る思いであった。
(評価)
□ 曲・演奏・歌 : 90/100
□ 録音 : 87/100
(試聴) "How I Wish"
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