手塚治虫

2011年1月 7日 (金)

手塚治虫漫画全集(2) : 愛する「鉄腕アトム」”海蛇島の巻”

ロボットであるがゆえのアトムの哀愁

Photo_7  「手塚治虫漫画全集」全400巻は講談社という出版社の誇りと意地によって成し遂げられた偉業と言っていいと私は思っている。この全集を手中にしたかったきっかけは前回お話ししたとおりであるが、この全集からの話題を一つ取り上げてみたい。

 「鉄腕アトム」というのはもちろん手塚治虫の代表作の一つであることは誰も異論がないであろう。ただ私にとっては、これが「科学冒険漫画:アトム大使」と言う題で、ケン一少年を主人公に始まった雑誌「少年」でのスタートが強烈な印象となっている。それが一年(昭和26年4月から27年3月)連載して「鉄腕アトム」という題となるわけであるが、その後一般に思われている科学アクションものと言うよりは、そうした環境を舞台にしてのかなり人間くさい内容であったと思っている。そんな中で、私の愛する物語を取り上げてみたい。

Photo 光文社の雑誌「少年」昭和28年8月号付録「MIGHTY ATOM アトム赤道をゆく」

雑誌連載2年以上経て、人気漫画となった「鉄腕アトム」の短編完結物語の付録であったこの話は、後に”海蛇島の巻”として現在も愛されているもの。私も「鉄腕アトム」の多くの話の中での5本の指に入る。
 そしてこの「手塚治虫漫画全集」には、約10年後の昭和39年に光文社のカッパ・コミクス「鉄腕アトム2巻」に”海蛇島の巻”として修正・リメイクされたものが収載されている。

 この物語では、赤道直下の島でのウラニューム大鉱脈を手に入れようとしている悪徳者に奴隷的に働かされている人達との出会いに、アトムの救出活動を舞台に展開する人間ドラマである。
 手塚治虫はロボットであるアトムの話の中では”ロボット法”というものを必ず出す。これは人間とロボットの主従関係を規定しているもので、ロボットはかってのアメリカにおける黒人の虐げられた環境に通ずるものがある。この物語でも自由を束縛されたロボットの位置関係を想定し、また人間同様の意識を持つようになったロボットの人間との関係においての哀しさを描いている。この物語は非常にドラマチックな展開で興味をそそりながら、アトムが密かに心を寄せる女の子が、アトムをロボットと知らないことによってアトムは哀しく身を引いてゆく哀愁も描いているのだ。

Photo_4 (上=クリック拡大)は、オリジナル版”アトム赤道をゆく”のエンディングである。赤道直下の南の島でアトムに助けられた女の子ルミコとその父親が、アトムの通っている学校を訪れる。ルミコはアトムは人間と思っていて、助けられた際にアトムは傷ついてそれにより死んだと思っている。実はロボットであり簡単に修理され元気であるのだが、ロボットということも知られたくなく 、その子に会いたいが仲間に知らないと言って去ってゆく女の子ルミコの姿をただただ見送るしかすべがなかった。

Photo_5 さて、後のリメイク版が左である。題名は”海蛇島の巻”になっている。ここでは面白いことに、オリジナル版ではアトムと心の通じ合った女の子ルミコの父親は、あのヒゲオヤジであるが、リメイク版では異なった父親になっている。そしてアトムの通う学校の先生と兄弟という設定だが、リメイク版では全く別の人として扱われている。
 このように結構後には修正やリメイクは他の場合も結構ある。しかしオリジナルものにはそれはそれ結構荒っぽい話の展開やちょっとつじつまの合わないところなどがあって、見方によっては、完璧でないところが又楽しいと言うことにもなる。

Photo_6 これが、リメイク版のラスト・シーンである。見送るアトムと最後にうなだれているアトムが印象的である。これが後にアトムの初恋であったのではという見方もある。
 まさしく、手塚治虫の描くロボットのアトムは人間としての生き方をしているところが魅力である。しかしそれとは裏腹にロボットであるがゆえの社会規制の中で生きなければならないこと、又人間としての生き方は結局のところ出来ないものとしての悲哀をこの物語では描いている。
 手塚治虫の作品の魅力、そして私が愛するところはそんなところに大きなポイントがあるように思う。数多くの作品の中で印象的なものは数え切れない訳であるが、その一つを取り上げてみた。
 

 

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2010年12月 3日 (金)

手塚治虫漫画全集(その1) : 「おお!われら三人」

講談社 「手塚治虫漫画全集」全400巻(1977年-1997年の20年越しの完結品

 秋も過ぎ冬を迎えると夜長はますます顕著となり、午後5時というと既に暗い世界となってしまう。こんな時にふと昔の少年時代の漫画も恋しくなる。

Photo  私が大切にしている漫画全集がある。それは講談社がかなりの気合いを入れて発刊したもの。

「手塚治虫漫画全集」

 目下、全400巻左のように安置してある(B6判であるため、本棚の一段に奥と前面と2列で収納)。
 これは1977年6月より当初300巻の予定で、第1期1977年6月~1979年8月、第2期1979年10月~1981年11月そして第3期1982年2月~1984年10月と一期100巻の計300巻を7年かけて発刊した。

 もともと手塚治虫ファンであった私は、この全集購入に踏み切ったのは、1950年代の彼の作品を改めて手に入れたかった事による。それは1956年から57年にかけて「中学生の友」という雑誌に連載した「おお!われら三人」という作品を、なんとしても20年経た1970年代になって再び見たくなった事による。この作品数回連載したのみで中断してしまったもの。

 もともと手塚治虫の全作品を網羅したいという構想からの「全集」発刊であった為、毎月4巻発刊されるものを7年間かけて1巻も漏らさず購入したわけだ。あの最も代表作「鉄腕アトム」は全18巻+別巻2巻の20巻で完全に納めた。
 しかし残念ながらこの300巻には、私の目当ての「おお!われら三人」は登場しなかった。非常に残念な思いをしたわけであるが、そうこうしているうちに10年近く経過し、手塚治虫死後になっての1993年になって、なんと第4期100巻の刊行が始まったのだ。そしてそれには5年近くかけて1997年12月に全400巻が完結したのである。

Photo_2  そして316巻「流星王子」(左)にこの「おお!われら三人」(1993年4月発刊)が併載されたのだ。なんと私の26年目の夢がかなった瞬間であった。

 この作品は当時の中学生を対象とした学習雑誌「中学生の友」(小学館)に昭和31年(1956)4月号~昭和32年(1957)1月号に連載した。この雑誌は戦後の日本における子供にとっての重要な役割を果たし、1949年1月から1957年3月まで発行された雑誌である。
 手塚治虫の話によると、原稿の提出が遅く、もうダメだということで切られてしまったのだという。しかしその直後にこの雑誌も廃刊となったのは偶然であろうか?。

Photo_3

Photo_5  日本に於いて、第二次世界大戦(太平洋戦争)開戦時の年に旧制中学校に入学した3人の少年の姿を中心に、当時の世相や大人社会と子供の純粋な世界の矛盾を軽快に描き、全く性格と環境の異なる3人の男子が心を一つにして生きてゆくドラマである。

 手塚治虫の回顧によると、かなり大作のつもりでスタートしたらしい。しかし先の話ようなことで中断してしまったわけであるが、私にとっては返す返すも残念であった。彼の記したものでには「戦争が終わるまでの話を描くつもりであった。 3人が出征して戦地に行き、そして戦争直後まで3人共生き残るのです。バラバラになって、一人は捕虜になり、一人は横井さんみたいに逃げまわり、そしてもう一人は疎開してそこで学校の先生になり、子供達と空襲にあいながら生きるわけです・・・そこで”日本の武士道とは何か”ということをずっと描いてゆくつもりだった」と言っている。

 一人が予科練に入っての生き様、残った二人は戦争勃発の日本の社会にうごめく社会悪(軍需産業家や特高)と戦うところで終わってしまう。

 非常に私の子供心に焼き付いた作品であった。多分その後、手塚治虫はまだ延々と2~3年は続けるつもりであったと思われる。 非常に残念な作品であった。

 ふと、彼の全集400巻を眺めつつ、古い話に回顧してみた。

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