今年創立55周年を迎えたECMレコードから、我が最も愛するノルウェーの深遠なる美メロ・ピアニストのトルド・グスタフセンの記念すべき10枚目のアルバムの登場である。2023年秋に南フランスのステュディオ・ラ・ビュイソンヌでマンフレッド・アイヒャーのプロデュースの下、録音された。グスタフセンのオリジナル5曲、ヨハン・セバスティアン・バッハの合唱曲2曲、ノルウェーの伝統的な教会賛美歌、そして19世紀のイギリスの合唱曲という"Near My God, to Thee"を通して、グスタフセンは長年の盟友であるヤーレ・ヴェスペスタッド(ds)、そしてステイナー・ラクネス(double-b)と共に、ジャズ、ゴスペル、スカンジナビアの民族音楽、教会音楽をブレンドした独自の音楽を展開する。彼の言うところによると「年を重ねるにつれ、人生と音楽の本質を追求するようになった私の個人的な成長を反映している」と。
(Tracklist)
1. 神様、私を静めてください / Jesus, gjør meg stille 2. 古い教会 / The Old Church 3. シーイング / Seeing 4. キリストは死の縄目につながれたり / Christ lag in Todesbanden 5. いとしき主に われは頼らん / Auf meinen lieben Gott. 6. エクステンデッド・サークル / Extended Circle 7. ピアノ・インタールード:メディテーション / Piano Interlude - Meditation(瞑想) 8. ビニース・ユア・ウィズダム / Beneath Your Wisdom (あなたの知恵の下に) 9. 主よ 御許に近づかん / Nearer My God, To Thee 10. シアトル・ソング / Seattle Song
冒頭M1."Jesus, gjør meg stille"は、ノルウェーの穏やかで牧歌的なゴスペル(教会讃美歌)だという。かなり感情がにじみでていて、深く、静かで、精神的世界が感じられる。グスタフセンの心沈めるピアノの流れ、ラクネスのアルコのベースからピチカートへと移行して、そこにヴェスペスタッドのシンバルを叩くステック音が軽く繊細に重なって感動的な背景に美しく三者の交錯が構築される。 続くグスタフセンの作曲M2."The Old Church"とM3."Seeing"は、どちらも彼の特徴的の内省的な世界だ。前者は印象的なシンバルワークと内省的な温かみのあるベースソロが印象付ける中で、そんな雰囲気の中をピアノの旋律が静かに語る。後者のアルバム・タイトル曲のパターンは、彼の特徴である波が間をもって連続的に襲ってくるようなパターンで、哀愁に満ちた内省的にして深遠なピアノの響きの世界に連れて行ってくれる。
続く2曲は、グスタフセンはJ.S.バッハの古典的な美旋律世界をトリオ演奏スタイルに取り入れて美しく聴かせる。M4."Christ Lag in Todesbanden"では感傷的に彼の演奏の特徴であるルバート奏法を用いての瞑想の世界に、M5."Auf Meinen Lieben Gott"では、一転して三者のアクティブな攻めによるグルーヴ感の演出をして見せる。 M6."Extended Circle"ベース、ドラムスの刻むリズムに乗って、ピアノがここでも波のごとく襲いつつ美メロを演じ、後半にベースの響きが物語を語るように展開する。 M7."Piano Interlude - Meditation" ピアノの響きによる瞑想。 M8."Beneath Your Wisdom" 過去のグスタフセンを思い起こす深く沈み込む音とメロディー、そして中盤に入ると展望が開け、最後は再び哲学的瞑想に。 M9."Nearer My God, To Thee" イギリスのコラールが登場、ヴェスペスタッドのシンバル音が印象的で、静の中から一筋の光明が差してくるようなピアノの世界だ。 M10."Seattle Song"グスタフセンのピアノ・ソロ曲に、ベース・ドラムスが旨くトリオの相互作用を築いて作り上げたとか。締めの曲として納得させる親密な世界を構築。
(考察) 年末に登場したAlessandro Galati Trio 「Portrait in Black and White」が、なんと1位を飾った。2位のWorfert Brederode 「Ruins and Remains」と同点であったが、ジャズ・アルバムとしての楽しさの評価を加味してこの順とさせて頂いた。 しかし、相変わらずAlessandro Galatiの演ずるところ、ジャズというものの奥深さと聴く人間との関係に迫ってくるところは素晴らしい。そんな意味では「European Walkabout」は、もう少し上位と今は考えているが、聴いた当初の評価がこうであったので10位に甘んじた。
Worfert Brederode 「Ruins and Remains」は、異色であるが彼の特徴が十分生かされた企画で驚きとともに上位に評価。 今年はTord Gustavsen の久々のトリオものの出現があって嬉しかった。ほんとは3位ぐらいかもと今となると思うのだが、Angelo Comisso 「NUMEN」とKjetil Mulelid Trio 「who do you love most ?」の実力ある素晴らしさに圧倒されてしまった。 Helge Lien のトリオものも嬉しかったが、曲が再演奏集というところで、こんなところに落ち着いた。
Kit Downes 「Vermillion」の品格のあるジャズには高評価を付けた。 Giovanni Mirabashiは、相変わらずのピアニストの演ずるレベルの高さが実感できた。 Joel Lyssarides 「Stay Now」この線の北欧世界に期待しての高評価とした。
なお、録音の質もかなり良くなってきているが、その出来から見ても、エンジニアとしては、やはりStefano Amerio(ArteSuono Recording Studio / Itary→)の活躍が抜きんでていた。私の偏りもあるが、ここに選ばれた10枚うち、なんと6枚が彼の録音によるものであったという結果に驚いている。
DISC 1 01. Carol of the Bells 2:06 02. The Bells [solo piano] Tord Gustavsen 2:04 03. Det lyser i stille grender 2:49 04. Deilig er den himmel blå Det Norske Jentekor,Anne Karin Sundal-Ask 3:05 05. Jul i svingen Det Norske Jentekor,Anne Karin Sundal-Ask 2:17 06. Glade jul [Stille natt] 2:23 07. Joleklokker over jorda 3:45 08. Eg veit i himmerik ei borg Det Norske Jentekor,Anne Karin Sundal-Ask 2:32 09. Jul, jul, strålande jul 4:03 10. Jeg er så glad hver julekveld Det Norske Jentekor,Tord Gustavsen,Anne Karin Sundal-Ask,Janna Dons Strøm,Elida Angvik Hovdar,Agnes Onshus Grønn,Anna Elisabeth Giercksky Russnes,Amalie Eikenes Randen,Anne Magdalene Bru Rem 6:28 11. Nå tennes tusen julelys 3:31 12. Mitt hjerte alltid vanker 8:28 13. Folkefrelsar Det Norske Jentekor,Tord Gustavsen,Anne Karin Sundal-Ask,Janna Dons Strøm,Elida Angvik Hovdar,Agnes Onshus Grønn 5:48 14. Ljoset nytt i natti rann [solo piano] Tord Gustavsen 4:15 15. Deilig er Jorden 3:41
DISC 2 01. Ved myrke midnattstid [solo piano] Tord Gustavsen 6:04 02. Sjelenes pilgrimsgang [solo piano] Tord Gustavsen 1:58 03. Ingen krok er mørk [solo piano] Tord Gustavsen 2:56 04. Inkarnasjon I [solo piano] Tord Gustavsen 2:36 05. Inkarnasjon II [solo piano] Tord Gustavsen 1:21 06. Inkarnasjon III [solo piano] Tord Gustavsen 3:14 07. Inkarnasjon IV [solo piano] Tord Gustavsen 1:21 08. Til lave hytter [solo piano] Tord Gustavsen 4:14 09. Klårt di krubba skina kan [solo piano] Tord Gustavsen 4:05 10. Inkarnasjon V [solo piano] Tord Gustavsen 3:14 11. Inkarnasjon VI [solo piano] Tord Gustavsen 4:28
とにかく、幼い声まで聴きとれる合唱団が見事です。特にM5."Jul i svingen (スウィンゲンのクリスマス)"は、おそらくまだ日本でいえば小学校前の幼い少女たちの歌声のようだ。あどけなさの残ったかわいらしさと美しさだ。多くの曲は、中学生ぐらいまでの少女達だろうか、一緒に作り上げる世界が見事なのである。 こんな世界がクリスマス聖歌・讃美歌としては貴重なんでしょうね。
アン・カリン・スンダル・アスクAnne Karin Sundal-Ask は、2005年からノルウェー少女合唱団の芸術監督兼指揮者として働いていて、彼女はトロンハイムの音楽院とノルウェー音楽アカデミーで指揮者、フルート奏者、教師として教育を受けた。そして2017年から、彼女はノルウェー少女合唱団の全てにおける責任者となり、合唱団の指揮でいくつかの賞を受賞し、又合唱団を多くの国際コンクールでトップの地位に導いたと。更に彼女は、国際合唱コンクールの審査員も務めてきているとのこと。 彼女は、特に質を意識し、目標志向で刺激的なリーダーであり、各団員個人が最高のパフォーマンスを発揮できるように、音楽の目標を歌手に伝える能力を備えていると説明されている。指揮者のイントネーション、サウンド、アンサンブル音楽への焦点はトレードマークになり、彼女は合唱団の音楽表現の開発に継続的に取り組んでいるようだ。
最初の有名な曲M1."Carol of the Bells"では、低音の弦を使ってエレキ・ベースのようなエッジの効いた音のリフを披露して、少女達の密度の高いハーモニーに色づけする。続けてM2."The Bells"この曲のテーマを今度はソロでアレンジして聴かせるなど、単なる伴奏ピアノには終わっていない。 又M14."Ljoset nytt i natti rann(昨日の夜、新たな光が)"のグスタフセンのソロはダイナミックで、展開も圧巻である。
とにかく、聴きなれた曲M6."Glade jul (Stille natt)(きよしこの夜)"も含めてのクリスマスキャロル(私の知識レベルでは聖歌、讃美歌、クリスマスソングも含めている)、フォークソングなどの曲群で、ノルウェー少女合唱団とトルド・グスタフセンが見事な連携プレイを披露している。この緊密な優しくのどかで美しい歌声とピアノの透明感のある音との相互作用の中で、我々は表現を倍増させる即興演奏を介して静かな心の安らぎの世界からうっとりとした瞬間へと導かれるのだ。M12."Mitt hjerte alltid vanker (常に待ち望む心を)"、M15."Deilig er jorden(この世はうるわし)"はそのさえたる出来だ。単なる聖歌でないこの世界は貴重であった。
1. The Circle 2. Findings / Visa fran Rattvik 3. Opening 4. The Longing 5. Shepherd Song 6. Helensburgh Tango 7. Re-Opening 8. Findings II 9. Stream 10. Ritual 11.Floytelat/The Flute 12. Varsterk,min sjel
スウェーデンの伝統的な民謡だという「Visa från Rättvik」、Geirr Tveittの「Flutelåt」、美しい曲Egil Hovlandの「Varsterk,min sjel」を除いて、12曲はすべてグスタフセンによって書かれたオリジナル曲で構成されている。
1. The Tunnel 2. Kirken, den er et gammelt hus 3. Re-Melt 4. Duality 5. Ingen veinner frem til den evige ro 6. Taste and See 7. Schlafes Bruder * 8. Jesu, meine Freude * Jesus, des eneste 9. The Other Side 10. O Traurigkeit * 11. Left Over Lullaby No.4 12. Curves
今回はトルド・グスタフセン自身の曲が主だが、J.S.Bachが取りあげられている(上記*印の3曲)。 オープニングM1. "The Tunnel" から、グスタフセン世界が迫ってくる。何度聴いてもドップリと浸れるグスタフセン世界は、やはり深遠であり哲学的でも有り、人間心理の究極の姿を描くが如くで、このアルバムも全編を通して真摯な気持ちで聴くことが出来る。 M4. "Duality" M5.、 "Ingen veinner frem til den evige ro"に来るともう自他共に許すグスタフセン世界だ。 アルバム・タイトル曲である彼の曲M9."The Other Side "は、珍しく”彼独特の静寂の中に流れる美しさと深遠さ”というタイプでなく、静かに物語り調に淡々と描いてどこか明るさも感じられる。この"Other Side"の意味はそんなところにあるのだろうか。 これに続いてM10. "O Traurigkeit"は、やや対比的にJ.S.Bachのメディーをオリジナルの世界とは全く異なる完全なグフタフセン世界に沈み込ませるが、中盤から後半にかけてはトリオで盛り上がる珍しいタイプ。これも彼の今回の一つの試みの曲とみる。 そしてM11. "Left Over Lullaby No.4"は、彼のファン・サービスの演奏。完全に本来の静寂と沈静の世界ですね。
Tord Gustavsen ( piano, electronics,synth bass) Simin Tander (voice) Jarle Vespestad (drums) Recorded April 13-15, 2015 at Rainbow Studio, Oslo
(Tracklist) 1. Your Grief * 2. I See You 3. Imagine The Fog Disappearing 4. A Castle In Heaven 5. Journey Of Life 6. I Refuse * 7. What Was Said To the Rose * - O Sacred Head 8. The Way You Play My Heart * 9. Rull * 10. The Source Of Now * 11. Sweet Melting 12. Longing To Praise Thee 13. Sweet Melting Afterglow * (*印 Music : Tord Gustavsen)
収録全12曲中11曲が彼女のオリジナル曲。シンガー・ソングライターの面目躍如と言ったところ。 ”this is not america”のみパット・メセニーとデヴィット・ボウイによる曲だが、何故この1曲のみが加わったのか?と言うところは解らないが、このアルバムの中では一つのポイントとなる出来の良い曲だ。 Jazzyな曲で、トルド・グスタフセンのピアノが中盤や、後半にソロに近い演奏が聴かれる曲”how am i supposed to see the stars”、”in a sentence”などがなかなか良いし、”unbreakable heart”もピアノの味と彼女のヴォーカルの聴かせどころの曲だ。その他”dance me love”などのピアノとトランペットをバックにしてのバラード調の曲もいい線をいっている。 しかし全体のアルバムの印象としては、英語で国際的なところを狙っているとは思うが、ジャズ特有の演奏やヴォーカルの面に於いて、妖しげでスリリングなところがあまりないというところで、私好みからは若干物足りなさも感ずるアルバムでもあった。
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